VS巨大怪獣 ~未知なる波濤~
海が、低く唸っていた。
最初に異変に気づいたのは、沿岸の監視員だった。水平線の向こうに、明らかに「島ではない何か」が見えたのだという。ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる影。双眼鏡越しに捉えたそれは、波の動きとは無関係に、海そのものを押し分けるように進んでいた。
通報はすぐに上がり、防衛省、自治体、各種機関へと連絡が飛ぶ。だが、どの部署も最初は同じ反応を示した。
――見間違いではないか。
しかし数分後、その疑念は消し飛ぶ。
沖合に設置されたブイの映像に、明確な“輪郭”が映り込んだ。巨大な背びれのような突起。黒く濡れた皮膚。水面を割って現れるその姿は、既存のどの生物とも一致しない。
「……なんだ、あれは」
誰かが呟いたその言葉に、答えられる者はいなかった。
やがて、サイレンが鳴り響く。
避難命令が発令され、海沿いの街は一気に混乱へと傾いた。車のエンジン音、怒号、泣き声、ヘリコプターの旋回音。テレビでは臨時ニュースが流れ、専門家と呼ばれる者たちが口々に推測を並べている。
だが、映像の中で海から現れた“それ”は、そんな言葉を一切受け付けなかった。
全長数十メートルを優に超える巨体。濡れた黒い皮膚の隙間から、赤い光が脈打つように走る。顔と呼ぶべき部位には、無機質な眼光が灯っていた。
怪獣。
誰が言い出したのか分からないその単語が、瞬く間に共有される。
――怪獣が現れた。
街は、逃げるしかなかった。
「チャオ!」
瑞穂は、何度目か分からない呼び声を上げた。
周囲では大人たちが急かしている。「早く!」「こっちだ!」それでも瑞穂は足を止め、小さな路地へと目を向ける。さっきまで腕の中にいたはずの三毛猫――チャオが、いつの間にかいなくなっていたのだ。
「チャオ、どこ……!」
遠くで、地面が震えた。
振り向かなくても分かる。怪獣が、街に上陸したのだ。ビルの影が揺れ、何かが崩れる轟音が空気を裂く。それでも瑞穂は引き返せなかった。
チャオは、怖がりだ。知らない音がすればすぐに物陰に隠れる。こんな状況で、一匹で外にいるはずがない。
「チャオ!」
呼びかけに応えるように、小さな鳴き声が聞こえた。
振り返ると、赤い郵便ポストの上で、三毛の尾が揺れていた。愛猫は何も知らないかのように、海の方向を向いている。
瑞穂は駆け寄り、チャオを抱き上げた。
「もう……どこ行ってたの……!」
胸に抱き寄せたその瞬間、影が落ちた。
音が消える。
正確には、あまりに大きな存在が近づいたことで、他のすべての音が意味を失った。
ゆっくりと顔を上げる。
そこには、怪獣がいた。
間近で見るそれは、映像で見るよりも遥かに巨大で、そして“重かった”。存在そのものが空気を押し潰しているような圧迫感。足がすくみ、呼吸が浅くなる。
逃げなければならない。
頭では分かっているのに、身体が動かない。
その時だった。
光が、降りてきた。
上空から、白い光が一直線に落ちてくる。まるで空そのものが裂けたかのような眩しさに、思わず目を覆う。
次の瞬間。
地面が揺れ、空気が弾けた。
怪獣と瑞穂の間に、何かが“立っている”。
ゆっくりと、光が収まる。
そこに現れたのは、人型の巨人だった。
銀色に近い白い身体。滑らかな曲線で構成された装甲のような外殻。頭部には目にあたる部分があり、そこが淡く発光している。
巨大宇宙人。
誰もが直感した。
それは振り返り、瑞穂の方を一瞬だけ見た。言葉はない。だが、その仕草は明確だった。
――下がれ。
瑞穂は、ようやく足を動かした。
後ずさりながら、その光景を見上げる。
「頑張って! 宇宙人さん!」
「ジュワ!」
宇宙人が応じ、そして怪獣も咆哮した。
空気が震え、窓ガラスが一斉に割れる。だが宇宙人は一歩も退かない。むしろ前へ出る。
巨体同士がぶつかる。
衝突音は爆発に近く、周囲の建物がその余波で崩れた。宇宙人は腕を振り、怪獣の顎を弾き上げる。反動で怪獣が数歩後退する。
速い。
そして、しなやかだ。
巨体とは思えない動きで、宇宙人は怪獣の攻撃を受け流す。横薙ぎの爪をかわし、腹部に打撃を叩き込む。衝撃で空気が歪む。
テレビ越しに見ている者たちが歓声を上げていた。
――いける。
誰もがそう思った。
だが。
怪獣の目が、赤く光る。
次の瞬間、宇宙人の動きが止まった。
見えない何かに縛られたかのように、その場で硬直する。腕も、足も、わずかに震えるだけで前に出ない。
それは身近で見ている瑞穂には、わずかに分かったものだ。
「……え?」
とても細いそれは、糸のような触手だった。
瑞穂が息を呑む。
怪獣が、ゆっくりと腕を振り上げる。
そして宇宙人の頭に、叩きつけた。
衝撃が地面を走り、宇宙人の身体が大きく弾き飛ばされる。ビルの壁を突き破り、そのまま崩れた瓦礫の中に沈む。
土煙が上がる。
しばらく、動かない。
「そんな……」
思わず洩れた自分の声は、おそらく絶望に満ちていた。
誰かが遠くで叫んでいる。
瓦礫が崩れ、宇宙人が姿を現す。ゆっくりと立ち上がるが、動きは明らかに鈍っていた。胸部の発光も、さきほどより弱い。
再び、怪獣が迫る。
宇宙人は構える。だが、その一歩が遅い。
振り下ろされた攻撃を、まともに受けた。
鈍い音。
巨体が地面に叩きつけられる。
今度は、起き上がるまでに時間がかかった。
それでも、立つ。
ふらつきながらも、前に出る。
だが――
三度目の衝突で、完全に均衡が崩れた。
怪獣の一撃が直撃し、宇宙人は大きく吹き飛ばされる。地面を転がり、動きを止めた。
静寂が落ちる。
怪獣だけが、そこに立っていた。
そして勝利の咆哮を上げる。
獣の残虐さで、己の力を誇示していた。
ゆっくりと、次の標的を探すように首を巡らせる。
その視線が、再び瑞穂の方へ向いた。
胸の中で、チャオが小さく鳴いた。
「大丈夫だからね……」
瑞穂は震える声でチャオに応じる。
怪獣の視線が、瑞穂を捉えた。
空気が凍りつく。
逃げなければならない。今度こそ、本当に。だが足が動かない。胸の中でチャオが小さく震え、爪が服に食い込む。
その時だった。
風が、逆巻いた。
一瞬で、空気の流れが変わる。さっきまで重く沈んでいたはずの空間に、鋭い切っ先のような気配が走る。
――何かが来る。
次の瞬間、怪獣の頭部が大きく揺れた。
遅れて、衝撃音が響く。
まるで見えない弾丸に撃ち抜かれたかのように、怪獣の身体がわずかに傾ぐ。その額に、小さな“影”が浮かび上がった。
人影だった。
人間と同じ大きさの、しかし明らかに人間ではない存在。風に翻る赤いマント。空中に静止したその姿は、重力から解放されているかのように軽やかだ。
……人間?
けれど人間は、空を飛ばない。
つまり小型の、宇宙人だろうか?
瑞穂は、言葉にならないままそれを見上げた。
それは一瞬だけ、こちらを見た。鋭い視線。だがそれから感じるのは恐怖ではない。むしろ力強くこちらを、安心させてくれるものだった。
次の瞬間、姿が消える。
否、消えたように見えただけで、実際には高速で移動している。
怪獣の側頭部に、再び衝撃。今度は反対側。さらに背後。連続して打撃が叩き込まれる。音が遅れて追いかけてくるほどの速度だった。
速い。
先ほどの巨大宇宙人とはまったく異なる戦い方。重さではなく、速度と精密さで圧倒している。
怪獣が腕を振るうが、空を切る。次の瞬間には、もう別の位置から打撃が入る。眼、関節、喉元。急所を的確に狙っているのが分かる。
テレビカメラでは、それを追っても残像にしかならない。
「……すごい」
誰かが呟いた。
戦況は優勢に見えた。怪獣の動きは明らかに鈍り、反応も遅れている。体表の一部からは、赤い光が不規則に瞬いていた。
いける。
今度こそ。
そう思った、その瞬間。
怪獣の身体が、ぴたりと止まった。
まるで何かを“待つ”かのように。
次の一撃を放とうとした宇宙人の動きが、わずかに遅れる。
その刹那。
怪獣の口が、大きく開いた。
音はなかった。
ただ、空間そのものが歪んだ。
透明な衝撃が一直線に走り、空中にいた宇宙人を捉える。
「――ッ!」
声にならない衝撃が、瑞穂の胸にも伝わった。
空中で、宇宙人の動きが止まる。
そのまま落下した。
地面に叩きつけられる音が、やけに重く響く。瓦礫が跳ね、砂埃が舞う。
動かない。
マントだけが、遅れて地面に広がった。
怪獣が、ゆっくりと近づく。
まるで確認するように、足を振り上げる。
そして――踏み潰した。
鈍い音が、空気を押し潰す。
瑞穂は思わず目を逸らした。
敗北。
「……そんな」
どこからか、声が漏れた。
誰のものか分からない。だが、その言葉はこの場にいるすべての人間の思いを代弁していた。
巨大な存在も、速い存在も、通じなかった。
残っているのは、人間だけだ。
「待て! まだ生きている!」
小さな体が怪獣の巨体を、どうにか支えている。
「援護するんだ!」
「準備完了しました! 発進します!」
低い振動が、地面を伝ってきた。
最初は錯覚かと思った。だが違う。これは規則的な、機械的な振動だ。
遠くから、何かが近づいてくる。
瑞穂は顔を上げた。
煙の向こう、崩れたビルの隙間から、巨大な影が現れる。
鉄の塊。
否、もっと精密で、もっと意図を持った構造体。
二足歩行の巨体。無骨な装甲。肩部や脚部に取り付けられた無数の機構。関節が駆動するたびに、重い金属音が響く。
巨大ロボット。
自衛隊の秘匿兵器か、それとも別の何かか。詳細は分からない。ただ一つだけ確かなのは――人間が作ったものだ、ということ。
「……来た……」
誰かが、震える声で呟いた。
ロボットはゆっくりと歩を進める。その一歩ごとに地面が沈み、瓦礫が砕ける。怪獣の前で、止まった。
「人類を舐めるなよ!」
遠い司令部で、誰かが言った。
対峙。
小型宇宙人はその隙に、怪物の下から離脱する。
「大丈夫か?」
「光の巨人か。お互いやられたものだな」
「一度退避するぞ。地球人の力を見せてもらう」
人が己の力ではなく、知恵で生み出したそれ。
宇宙人の力とは、全く別の力であった。
しばしの静寂。
そして。
ロボットの腕が、上がった。
瞬間、轟音が弾ける。
肩部から発射された無数の弾体が、一直線に怪獣へと叩き込まれる。爆発が連続し、炎と煙が怪獣の身体を覆う。
さらに、腕部の砲門が火を噴く。衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばし、空気を震わせる。
圧倒的な火力。
今までの戦いとは違う、純粋な“兵器”としての暴力。
煙が晴れる。
怪獣は、立っていた。
だが無傷ではない。表皮の一部が抉れ、赤い光が露出している。明確なダメージ。
いける。
今度こそ。
ロボットが一歩、踏み込む。腕を振りかぶり、殴打を叩き込む。鈍い衝撃が伝わり、怪獣の身体がわずかに揺れる。
さらに追撃。
だが、その瞬間。
怪獣の目が、再び赤く光った。
ロボットの動きが、止まる。
関節が軋む音だけが響く。まるで見えない糸に縛られたかのように、その巨体が硬直する。
「……え?」
遠隔操作の発令所の中、操縦者が息をのむ。
「どうした!」
「動きが拘束されています! こんな!」
怪獣が、ゆっくりと腕を伸ばす。
ロボットの胴体を、掴んだ。
そして。
持ち上げる。
数十トンはあるはずの機体が、まるで玩具のように持ち上げられる。
次の瞬間、地面へと叩きつけられた。
衝撃で周囲の瓦礫が跳ね上がり、地面が裂ける。ロボットの装甲が歪み、火花が散る。
それでも、まだ動く。
腕を動かし、起き上がろうとする。
だが、遅い。
怪獣の足が、振り下ろされる。
直撃。
鈍い、重い音。
今度はもう、動かなかった。
静寂が戻る。
立っているのは、怪獣だけだった。
人類の切り札は、あまりにもあっけなく沈黙した。
そして人類の味方も、既に敗北している。
訪れた静寂の中で、何かが転がる音がした。
瑞穂はそちらの方を見る。
瓦礫の隙間から、人影が這い出してくる。先ほどまで空を切り裂くように飛んでいた小型の宇宙人。そしてそれに肩を貸しているのは、誰だろうか?
マントは焼け、身体のあちこちに亀裂のような光の痕が走っている。呼吸は荒く、足取りも覚束ない。それでも、その目の力だけはまだ消えていなかった。
それは肩を貸す人物も同じこと。
ゆっくりと、瑞穂の方へ歩いてくる。
怪獣は今、ロボットの残骸を踏みしめながら、周囲を見渡している。次に何を壊すかを選んでいるかのように。
「……君……」
宇宙人が、声を絞り出した。
それを遮るように、もう一人の男性が声をかける。
瑞穂は一歩も動けず、その場で彼を見つめる。胸の中のチャオが、じっとその様子を見ていた。
「すまない……」
汚れたスーツの男性は、震える手で何かを差し出す。
それは、杖のようにも見えるし、機械のようにも見える奇妙な物体だった。細長く、表面には微細な光が流れている。
「君のような……まだ若い個体に、運命を託すしかないとは……。不甲斐ないと、笑ってくれ……」
意味は完全には分からない。それでも、言葉の重さだけは伝わる。
「戦ってくれ」
瑞穂は息を呑んだ。
自分に、そんなことができるのか。
出来るはずがない、と全身がそう叫んでいる。
怖い。だが、ここで受け取らなくて、どうすればいいのか?
決意など出来てはいない。
それでもゆっくりと、手を伸ばす。
その瞬間。
ふいに、腕の中が軽くなった。
「――あっ」
チャオが、跳んだ。
瑞穂の腕からすり抜けるように飛び出し、そのまま空中でくるりと身を捻る。狙いは一つ。宇宙人の手にある、その杖。
ぱくり、と。
ためらいもなく、口に咥えた。
「チャオ!?」
驚きの声を上げる間もない。
次の瞬間、光が弾けた。
眩しさが、すべてを覆う。
白でもなく、青でもない。言葉にしにくい色の奔流が、チャオの身体から溢れ出す。空気が震え、地面が低く唸る。
小さな三毛猫の輪郭が、急速に拡大していく。
骨格が伸び、筋肉が膨らみ、毛並みが光を反射して波打つ。影が地面を覆い、建物の壁を越え、街全体に広がる。
やがて。
そこに立っていたのは、猫だった。
巨大な、三毛猫。
ビルより巨大なその身体は、まさに怪獣に匹敵している。
しなやかでありながら、圧倒的な質量を感じさせる。尾がゆっくりと揺れ、耳がぴくりと動く。
そして、怪獣を見た。
「……にゃあ」
低く、しかし確かな声が響いた。
怪獣が振り向く。
二つの巨大な存在が、再び向き合う。
先に動いたのは、チャオだった。
地面を蹴る。
その瞬間、巨体とは思えない速度で距離を詰める。前足が振るわれ、鋭い猫パンチが怪獣の顎を捉えた。
「にゃ!」
衝撃。
「ガアッ!」
怪獣の頭部が弾かれる。
さらに、追撃。
左右の前足で連続のジャブ。軽いようでいて、確実に芯を打ち抜く打撃。怪獣の身体がわずかに後退する。
速い。
しなやかで、読めない。
怪獣が腕を振るう。だが猫は、その下をすり抜ける。
「うな~!」
――細い。
いや、違う。
一瞬、身体が“形を失った”ように見えた。流れるように変形し、攻撃の隙間を通り抜ける。
まるで液体のように。
次の瞬間には、元の形に戻っている。
やはり猫は液体であるのだ。
背後に回り込み、後ろ脚で強烈な蹴りを叩き込む。怪獣の巨体がよろめく。
「な~お」
遠くで、どこかで、歓声が上がっていた。
自衛隊の隊員たち。テレビの向こうの人々。誰もが、その光景に目を奪われている。
――なんだ、あれは。
――猫だ。
――猫が戦っている。
理解は追いつかない。それでも、目の前の事実だけがすべてを塗り替えていく。
世界の歓声が、一匹の猫に向けられていた。
怪獣が咆哮する。
再び、あの不可視の圧力が放たれる。
空間が歪む。
だが猫は――止まらない。
身体を低く沈め、しなやかにその圧を“逃がす”。完全に無効化しているわけではない。ただ、受け流している。
常識の外側の動き。
怪獣の目が、わずかに揺れた。
猫は宇宙人ではない。
怪獣と同じ獣である。
獣には獣の、野生の力が宿っているのだ。
その時。
猫の胸元――いや、身体のどこかで、淡い光が点滅し始めた。
一定のリズム。
「いかんな。やはり変身時間は共通か」
杖を渡そうとした男は、苦く顔を歪める。
光は続く。
弱く、強く。
それはまるで、何かの限界を示しているかのようだった。
「……あれ……」
瑞穂が呟く。
周囲でも同じ認識が共有される。
――時間がない。
誰もが、そう感じた。
ならば、決めるしかない。
光線技だ!
猫が、大きく息を吸う。
全身の筋肉が収縮し、次の瞬間、地面を蹴った。
跳ぶ。
高く、さらに高く。
ビルを越え、煙を突き抜け、空へと舞い上がる。その姿が一瞬、太陽を背にして影になる。
くるり、と。
一回転。
さらに、もう一回。
三度目の回転で、身体が一直線に伸びる。
キャット空中三回転!
狙いは、ただ一点。
怪獣の中心。
落下。
加速。
そして――衝突!
後ろ脚による、全体重を乗せた一撃。
轟音。
「スーパーにゃんこキック……存在していたなんて……」
空気が爆ぜ、地面が揺れた。
怪獣の身体が、大きく沈み込む。
一瞬の静止。
次の瞬間、内部から走る光が暴走するように乱れ、全身に亀裂が広がる。
そして、崩れた。
音もなく、巨大な影が地面へと崩落する。
動かない。
完全に、沈黙した。
静寂。
それは数秒か、数分か。誰にも分からない時間が過ぎたあと、ようやく現実が戻ってくる。
歓声が、遅れて爆発した。
猫は、ゆっくりと地面に降り立った。
一歩、二歩。
そして、光に包まれる。
巨大な輪郭が収縮し、元の大きさへと戻っていく。
そこに残ったのは、いつもの三毛猫――チャオだった。
「……チャオ!」
瑞穂が駆け寄る。
チャオは何事もなかったかのように、小さく鳴いた。
その尾が、ふわりと揺れる。
一瞬だけ。
二股に分かれたのは、瑞穂には見えなかった。
瓦礫の向こうで、宇宙人たちがそれを見ていた。
傷だらけのまま、かすかに笑う。
「……なるほど……」
「参ったな……」
誰に言うでもなく、呟く。
「この星は……まだ、我々の知らないものに満ちている……」
地球の神秘は、まだ解明しきれていない。
遠くで、サイレンが鳴り始める。
自衛隊が動き出し、救助と復旧が始まる。人々が戻り、街は少しずつ息を取り戻していく。
瑞穂はチャオを抱き上げた。
温かい。いつも通りの重さ。
大切な家族は、な~おと鳴いた。
「……帰ろう」
そう言うと、チャオは小さく「にゃ」と応えた。
壊れた街の向こうに、まだ青い空が広がっていた。




