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ワンパンマンについて

作者: 相浦アキラ
掲載日:2026/02/07

 現代における個人は「やるべき事」や「価値基準」を強要してくる宗教や家から解放され自由になっていったのですが、この自由というのはいい事ばかりでもありません。個人は自由なあまり何もやることも目指すべきこともなくなってしまい、何のために生きればいいのか分からなくなってしまいました。幸か不幸か多くの人は普通に生きていくだけでも色々とやらなくてはならないので、当面のやることとして「生きていく」とか「一日をやり過ごす」といったお題目を掲げて頑張っていけばとりあえずは生きる意味なんて事に悩まなくて済むのですが、ふとした瞬間に暇になったりすると「いったい何のために生きているのだろうか」なんて考えたりすることもあるでしょう。


 戦前戦後は国を強くしようとか国を大きくしようといった共同体に広がる大目標があったでしょう。しかしいい加減日本も衰退してきて国家に自己を重ねるようなやり方も無理が出てきています。そもそも大きいとか強いとか多いとか、そういう量的・数的優位性を誇ってどうすんだという力そのものへのニヒリズムのような空気も出てきています。そういう訳で人生を賭けるに値する何ものかを見つけるのはどんどん難しくなりつつあります。バブル期なんかでは「核戦争でいつ世界が滅んでもおかしくないんだからナイトフィーバーして今を楽しもう」という価値観もあったのでしょうが、今からするとそれはそれで浮世離れしていて何だかアホらしい感じがします。かといって今さら旧来の枠組みに回帰する気にもなれず、結局当面の生活問題に血道をあげるくらいしかやることがありません。


 こういった現代のニヒリズムが上手く組み込まれているのがワンパンマンという漫画作品だと思います。主人公のサイタマは文字通り最強で大体の敵はワンパンで倒してしまいます。ワンパンできなくとも苦戦することは全くありません。しかし彼の功績はほとんど評価されておらず毎日敵の手ごたえの無さにうんざりするばかりで、せいぜいスーパーの特売日くらいしか真剣になれない空しい日々を送っています。一昔前のドラゴンボールだと「純粋に戦いを楽しみたいだけなのに勝手にシリアスになってしまう」というジレンマが描かれてきたのですが、ワンパンマンでは逆に「自分が強すぎてシリアスになれない」という真逆の問題が描かれているので、何となく時代の移り変わりを感じます。


 バブル崩壊を経て日本人は良くも悪くも大人になってしまったのでしょう。何かよさそうな目標や希望があっても、とりかかる前に叶えたその先の虚しさが見えてしまう。宝くじが当たったら最高だろうなーとか思ってみても、結局不幸になる道筋が見えてしまう。


 かつては宗教、天、家といった大きな軸があって、先人たちが残してくれた遺産と有機的につながりあう事ができました。個人は軸に縛られる代わりに軸に対する向き合い方で自由や個性を発揮し、彼もまた歴史になって過去とも未来とも時間を超えて繋がる事ができました。しかし現代にはあまり共通の軸というものがありません。自分で考えて何とかして軸を設定していくしかないのですが、そうやって無理やり立てた軸は歴史と引き離されぶつ切りになった孤独でか細い軸にしかなりえません。そんな軸に立って何か創造しようとしても、よくある現代アートみたいに何の自省も悲しみも孤独もなく表面的自由をオモチャにしてはしゃいでるだけの幼稚な代物が出来上がるのが精々です。


 ワンパンマンという作品もパロディを取り入れ表面的自由をオモチャにしているタイプの作品ではあるのですが、オモチャ遊びしかやることがない現代の虚しさや孤独を自覚しながらもそれを皮肉な形でカタルシスに昇華し、その上で何とか新しい軸を探そうとしているのが面白い所です。


 主人公のサイタマは基本おちゃらけたキャラなのですがたまに真剣になる時があります。それがヒーローとしての強い意志を見た時です。従来のヒーロー像というのは功利的な面が強く、強敵を倒す強いヒーローにスポットライトを当てる事が多かったのですが、ワンパンマンでは負けるとわかっていても強敵に立ち向かうヒーローや、ヒーローに理不尽に倒される敵側にも焦点を当てていきます。そういった様々な視点に立つことでヒーロー哲学を示していくのが本作の特徴です。他人から評価される為でなく、功利的な計算の為でもなく、「誰かの希望になりたい」「目の前の人を助けたい」という強い意志そのものが美しい……そういう軸が見えてくるわけです。


 もちろんワンパンマンという作品が古典文学ほど深いかというとそんなことはないでしょう。サイタマというデウスエクスマキナ的存在がいる以上、作中で描かれる絶望も痛みもどこかポップで白々しい感が否めません。結局最終的にサイタマがワンパンでやってくれるのが分かっているからこそ安心して読めますし弱いヒーローの意志も輝く訳ですが、じゃあ希望を持たせるだけ持たせて結局誰も守れず大勢の人が殺されてしまったとして、それでもヒーローの意志は素晴らしいのか……という本気でシリアスな所まで本作が踏み込むことはありませんし、作風的に多分これからもないでしょう。シリアスを求めているようで、結局シリアスを恐れてしまっている部分もあります。


 ……とかなんとか色々批判することはできるのですが、それでも現代という土台に立った上で何か軸を探そうとしている作品であることには違いありません。そういう意味でワンパンマンは時代的、歴史的な意義がある作品ではないかと思います。

個人的には村田版より無料公開されてる原作版がおすすめです。村田版はデッサンやデザインは優れていますが、ギャグ色が強すぎてスイリュー編以外はテンポが悪く雑な改変が多いです。凄みや漫画表現の面白さでも原作版の方が優れていると思います。

http://galaxyheavyblow.web.fc2.com/

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