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白井紫影の憂鬱  作者: ドクター・減る


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螺子(ねじ)と夢想と鋼鉄の血脈――あるいは少年寺石の内的宇宙

第一章 孤絶の部屋と銀色の福音


 寺石の少年時代は、音の乏しい、静謐せいしつ極まる空間の中にあった。

 父子家庭という環境の下、日々の生計を維持するために粉骨砕身する父の姿は、幼き寺石にとっては多忙という名の厚いとばりの向こうにある、影のような存在に過ぎなかった。彼を育て、その日々のかてを与えたのは、慈愛に満ちた、しかしどこか現実離れした静けさをまとう祖母であった。


 日の光がほこりのダンスを照らし出す無人の部屋で、寺石は一人、空想という名の広大な沃野よくやにその身を投じた。外界との接点を最小限に絞り、己の内なる宇宙を膨張させる日々。その朦朧もうろうとした夢想の淵で、彼は一冊の書物と運命的な邂逅かいこうを果たす。

 ヒューゴー・ガーンズバックが遺した記念碑的著作、**『ラルフ124C 41+』**である。


 その奇妙な書名の意味するところが、“one to foresee for one” (未来を見通す人)という、英語の高度な言葉遊びであることに、当時、まだ異国の言葉を一字も解さぬ寺石が気づくはずもなかった。しかし、少年は直感的に悟っていた。この記号の羅列こそが、未知なる地平を切り拓くための「鍵」であることを。

 そこに描かれていたのは、技術が万能の神として君臨し、重力を克服し、銀色のロケットが星々を繋ぐ、能天気なまでに輝かしいユートピア的未来像であった。寺石はむさぼるようにそのページめくった。科学が全ての苦悩を解決し、知性が宇宙を支配する。その壮大なる楽観主義に、少年の魂は激しく共鳴したのである。


第二章 黄金時代の終焉と俯瞰ふかんの眼


 しかし、運命とは常に皮肉な振り子である。

 寺石がガーンズバック的な「輝ける未来」に耽溺たんできしていたその時、現実のSF界わーるどは、大きな転換期の渦中にあった。

 銀色のロケットは錆びつき、万能と思われた科学は管理社会という名の冷徹な監獄を生み出す。スペースオペラという名の甘き夢は終焉を迎え、代わって台頭してきたのは、顚落てんらくと絶望、あるいは精神の深淵をえぐるような、ニューウェーブ的なディストピア的世界観であった。


 寺石は、この二つの相反する潮流のはざまに立ち、自らの精神を研ぎ澄ませた。

 「科学は光のみならず、影をも創出する。ならば、私はその両方をてのひらの上で転がす者とならねばならぬ。」

 この時期に芽生えた**「マッドサイエンティストへの憧憬」**は、単なる悪への傾倒ではない。それは、被造物としての地位を脱し、全てを客観視し、全宇宙を一点の曇りなく俯瞰ふかんしようとする、ある種の「神を目指す精神性」の発露であった。

 ハンダごてを握り、電子部品を組み替えるその手元は、既に単なる少年の遊びを超えていた。彼は、自らの手で小宇宙を構築し、それを支配しようとする、孤高の設計者デミウルゴスとしての道を歩み始めていたのである。


第三章 レンズマンの峻烈とスカイラークの飛翔


 俯瞰の眼を養い始めた寺石が、次なる段階ステップとして摂取したのは、SFの父、E・E・スミスの著作群であった。

 **『レンズマン』**シリーズ。

 銀河系規模の正邪の対決、超常的な精神力を媒介する「レンズ」、そして何より、惑星そのものを兵器として運用する圧倒的な質量攻撃の美学。寺石は、この荒唐無稽とも思える「大鑑巨砲主義の極北」に、あらがいがたい魅力を感じた。


 また、**『宇宙のスカイラーク』**において、物理的制約を科学の力で次々と突破していく高揚感は、彼の中の「技術への全幅の信頼」をより強固なものとした。

 スミスの描く世界は、迷いがなかった。それは、正義が正義として機能し、力が知性によって正しく行使される、ある種の「理想的独裁」への憧憬を寺石の内に育てたのである。


第四章 宇宙の野獣狩りとゲリー・カーライル


 さらに、寺石の想像力を「生物学的領域」へと拡張せしめたのは、アーサー・K・バーンズによる**『ゲリー・カーライル』**シリーズであった。

 銀河一の宇宙動物収集家、ゲリー・カーライルが、金星の空飛ぶトカゲや木星の多脚獣を罠にかけ、捕獲する。そのプロセスは、単なる狩猟ハンティングではなく、未知の生態系に対する理知的かつ暴力的な介入であった。


 寺石にとって、この「未知の巨大生物を智略と武力で制圧し、標本化コレクションする」という行為は、科学者の知性と探検家の蛮性が高度に結晶した、一つの完成された美学として映ったに違いない。


第五章 ローダン――永遠なる紙上の帝国


 そして、少年寺石のSF巡礼は、一つの極北へと到達する。

 ドイツが生んだ、人類史上最大級の架空歴史、**『宇宙英雄ローダン・シリーズ』**への突入である。


 それは必然であった。

 後述する大叔父の語る「虎型戦車」への羨望。ドイツ的なるものの持つ、冷徹にして堅牢な様式美。それらを受け継ぐ少年が、一九六一年に月面で異星文明と接触した地球人、ペリー・ローダンの英雄譚に惹かれないはずがなかった。

 数週間に一冊という驚異的なペースで刊行され続ける、あの「ハヤカワ文庫の青き背表紙」の列。それは、寺石にとって単なる物語の集積ではなく、現実世界と並行して構築される**「第二の歴史」**であった。


 ローダンが月面でアルコン人と出会い、地球を統一して銀河帝国を築き上げていくプロセス。そこにあるのは、単なる冒険ではない。地政学的な駆け引き、技術革新による文明の飛躍、そして「不死」という究極の課題への挑戦である。

 「……しかり。真の帝国とは、このように一歩一歩、理詰めの積み重ねによってのみ築かれるのだ。」

 彼が後に「と学会」でトンデモ理論を冷徹に解体し、あるいは「不気味社」で豪快なシステムを構築する際の、その「体系化への執着」は、このローダンという名の「紙上の帝国」によって決定的に形作られたのである。


第六章 南洋の冒険譚と補給部隊の誇り


 だが、寺石の精神を支えるもう一つの太き柱は、空想の科学のみではなかった。

 少年の魂に、生々しい「鋼鉄の質量」と「土の匂い」を刻み込んだ存在――それこそが、第二次世界大戦という未曾有の煉獄を生き抜いた、彼の大叔父であった。


 大叔父の語る話は、世に溢れる悲惨極まる戦記とは一線を画していた。

 彼は補給部隊の隊長として、常に激戦地を後方から支え、硝煙の失せた後に現地入りする役割を担っていた。それ故、彼の記憶に刻まれていたのは死臭漂う凄惨な地獄絵図ではなく、未知の蛮土における血湧き肉躍る**「南洋冒険記」**であったのだ。


 大叔父は、少尉として任官したばかりの新米将校であったが、その天賦てんぷの剛音――凄まじくデカい声ゆえに、周囲からは戦場をくぐり抜けてきた「叩き上げの猛者」であると勘違いされ、誰一人として彼を侮る者はいなかったという。

 その威厳ある(と誤認された)風貌で、大叔父は南方の密林を闊歩した。

 ある時は、現地民の前に立ち、愛刀たる**備前長船びぜんおさふね**を抜いて見せた。鋭利な刃を光らせるのではなく、敢えてその「刀の腹」で現地民の頬をペタペタと叩くことで、無言の圧力を示したのである。そして、抜き放たれた白刃の先で高く聳えるヤシの木を指し示し、悠然とヤシの実を収穫させたという。その光景は、寺石の脳内で『冒険ダン吉』の如き痛快な武勇伝として再生された。


 大叔父の口癖は、「ドイツ軍の虎の子――**虎型戦車ティーガー**を我々に融通してくれていたら、戦局は変わっていたはずだ!」という、無念と羨望の混じり合った軍事的なifもしもであった。この言葉が、後の寺石の「ドイツ軍装への憧憬」と「ティーガー戦車への偏愛」の種となったことは疑いようもない。


第七章 手榴弾の漁法と闇を見通す瞳


 終戦間際、大叔父が置かれた状況は、奇妙な飽和状態オーバースペックの中にあった。

 南方で復員を待つ間、彼の部隊にはあろうことか三年分もの弾薬物資が積み上げられていたのだ。敗戦の絶望を打ち消すためか、彼らはその過剰なる物資――貴重極まる**「砂糖」**を惜しげもなく使い、白い大地に土俵を築いた。

 「砂糖の土俵で相撲をとる」という、飽食と狂気の入り混じった不条理。その甘くも虚しい饗宴の話に、少年寺石は人間の精神が極限状態で生み出す「高貴なる遊び」を見た。


 また、大叔父の「食料調達」における合理性もまた、常軌を逸していた。

 南方の密林に点在する淀んだ池。そこにはスッポンの如き巨大な亀が生息していたが、大叔父はこれを釣竿などで悠長に狙う愚を犯さなかった。

 彼は腰から九九式手榴弾を抜き、安全ピンを引き抜くと、一切の躊躇ためらいなく池の中央へと投擲とうてきしたのである。

 轟音と共に巨大な水柱が上がり、爆圧によって気絶した亀たちが、次々と白い腹を見せて浮き上がる。「爆発エネルギーの効率的運用による一網打尽。これこそが軍事における漁法だ」とうそぶく大叔父の姿に、寺石は「目的の為には手段を選ばぬ」というマキャベリズムの実践を見た。


 さらに、寺石を戦慄せしめたのは、大叔父が洋上の輸送船で鍛え上げたという**「闇を見通す瞳」**の話であった。

 灯火管制下の漆黒の甲板。月明かりさえ雲に遮られた真の闇の中で、大叔父は何時間も瞬き一つせず、海面を凝視し続けたという。

 「人間には、本来備わっている能力がある。極限の集中下では、網膜の桿体かんたい細胞が活性化し、星明かりだけで敵潜水艦の潜望鏡が引く白波すら視認できるようになるのだ。それはもはや、機械式の暗視装置ナイトビジョンなど顔負けの精度であった。」

 この逸話は、寺石に「人体の機能拡張」という可能性を示唆した。科学的トレーニングと精神力によって、人間は機械を超えうる。その思想は、後の彼が目指す「超人(あるいは怪人)への進化」の原動力となった。


第八章 密林の決闘デュエルと冷徹な戦術


 密林の深奥、南部十四年式拳銃一丁を携え、彼は真の猛獣と対峙した。真正面、一対一。

 虎の燃えるような眼光が彼を射抜き、大叔父は死を覚悟した。しかし、どれほどか知れぬ時間の凍結フリーズの後、虎はふいと目を逸らし、緑の闇へと消えていったという。

 「虎ですら、我が意志の力に気圧されたのだ。」

 その言葉は、少年寺石に「生物学的階級ヒエラルキー」の頂点に立つ者の孤独と、意志の勝利を教えた。


 大叔父の戦術論もまた、寺石の冷徹な合理主義を育んだ。

 「ワニは背中を撃っても跳弾する。倒すには、真正面に狙撃兵を配置し、奴が口を開けたその刹那、口内から脳髄を貫く以外に道はない。」

 「オランウータンとヒョウを生け捕りにし、決闘させた。オランウータンは、ヒョウの強靭な前足を掴むや否や、それを力任せに引き裂いて勝利したのだ。」


 これらの、科学的観察に基づきながらも暴力的な美しさを湛えたエピソード群は、寺石の内的宇宙において、ガーンズバックの科学幻想、スミスの銀河戦記、そしてローダンの帝国叙事詩と見事に融合した。

 「科学による未来の見通し」と、大叔父が体現した「野生的かつ軍事的な合理性」。

 かくして、父子家庭の静かな部屋で、一人の少年は、現実の不条理を「力」と「知恵」で捻じ伏せる怪人への道を、確かな歩みで進み始めたのである。

 ハンダの煙の向こう側に、砂糖の土俵と、口を開けたワニ、そして銀河を駆ける宇宙戦艦の幻影を見ながら、寺石は炯々(けいけい)とした瞳で、自らもまた「歴史を抉る側」の人間となることを誓うのであった。

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