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白井紫影の憂鬱  作者: ドクター・減る


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Z級グルメの探求と情治国家への憤激――あるいは狗肉(くにく)と鯨(くじら)を巡る文化論

第一章 トリュフ豚の如き嗅覚とZ級の美学


 寺石という男の家庭環境は、「ちんちくりんの七変」の面々から見ても、常に謎のベールに包まれていた。

 時折見せる洗練された所作の端々、あるいは古美術や伝統芸能への造詣ぞうけいの深さから、彼がそれなりに由緒ある旧家の血を引いていることは容易に推察された。しかし、彼の「食」に対する姿勢は、その育ちの良さとは対極にある、凄惨せいさんなまでの渇望と執着に満ちていた。その食欲は、あたかも戦時中の欠食児童、あるいは餓鬼道に堕ちた亡者が、現世に彷徨さまよい出たかの如き様相を呈していたのである。


 彼は、世間が崇める「A級グルメ」――星付きレストランのフランス料理や、仲居がうやうやしく給仕する高級料亭――には、軽蔑の眼差しすら向けていた。彼が愛したのは、市場の路地裏で正体不明の臓物が煮込まれる大鍋や、衛生観念の希薄な怪しげな屋台の串焼きといった、所謂いわゆる**「Z級グルメ」**である。B級ですらない。アルファベットの最後尾、即ち「底辺にして究極」を意味するZ級である。

 「値段も味の内である。」

 寺石は常々、箴言しんげんの如くそう言った。「一食数万円の晩餐ばんさんが美味いのは、物理的・経済的必然であり、そこに感動はない。金を出せば美味いものが食えるなど、資本主義の豚でも知っている。真の美食とは、百円玉数枚で脳髄を震わせる味、生命の危険と隣り合わせの快楽に出会うことにある。」


 その徹底したコストパフォーマンス至上主義と、異常に発達した野生の味覚嗅覚により、彼はあたかも土中の秘宝を探り当てるトリュフ豚の如く、街の片隅に埋もれた「安くて美味いもの」を探知する生体レーダーとしての役割を担っていた。彼の鼻は、半径一キロメートル以内の「煮込み」の匂いを嗅ぎ分け、その店主の腕前までも看破すると噂されていたのである。


第二章 関釜フェリーと禁断の滋味


 そんな寺石が、ある時、紅潮した顔で部室に現れ、興奮気味に、そしてどこか秘密めいた口調で語り始めた。

 「同志諸君。私はついに、究極の滋味じみに到達したぞ。あれこそは、生物としての活力を呼び覚ます、禁断の果実だ。」


 彼は週末を利用し、下関と釜山プサンを結ぶ関釜かんぷフェリーに乗り込み、船中二泊という強行軍で、隣国・韓国へと渡っていたのだ。当時、それは貧乏学生にとって最も手軽、かつ最も「旅情(という名の場末感)」を味わえる海外旅行の手段であった。二等船室の雑魚寝、飛び交う異国の言葉、そしてキムチとニンニクの匂い。

 釜山の市場(ジャガルチ市場か、あるいはさらにディープな亀浦市場か)の喧騒けんそうと熱気の中で、彼が出会ったもの。

 それは、**狗肉くにく**であった。


 「補身湯ポシンタン……。その赤きスープを一口啜すすった瞬間、私の五臓六腑ごぞうろっぷに電流が走った。」

 寺石は恍惚こうこつとした表情で、虚空を見つめながら語る。

 「世人は『臭い』と言うかもしれぬ。だが、それは偏見だ。適切に処理された肉には、臭みなど微塵もない。食した直後から、身体の芯がカッと燃えるように熱くなるのだ。これぞ生命のエネルギーそのもの。値段? 驚くなかれ、日本のラーメン一杯分だ!」


 ここで、食にうるさい蛮座が懐疑的な眼差しで問うた。

 「しかし寺石よ。その食感、味覚……既知の食材で例えるならば何に近いのだ? 牛か? 豚か?」


 寺石は腕を組み、苦渋の表情を浮かべた。未知なる味覚を言語化することの困難さに直面したのである。

 「ふむ……。牛や豚とは決定的に異なる。馬や鹿のような赤身の繊維質とも違う。多少の野趣ある香りはするが、羊のそれとも別種だ。身の裂け方だけで言えば、鶏のささ身に近いと言えなくもないが……それではあまりに淡白な表現になってしまう。」


 彼はしばし沈黙し、記憶の中の味蕾みらいを総動員して検索をかけた。そして、カッ!と目を見開いた。


 「……そうだ。思い当たったぞ。強いて例えるならば、それは**上質な鴨肉かもにく**に近い。」


 「鴨……だと?」


 「しかり。あの弾力ある歯ごたえ、噛み締めるほどに染み出す濃厚な脂の旨味……。あれは、大空を翔ける野鴨の生命力に通じるものがある。……なるほど、鴨か。長年の喉のつかえが取れたようだ。」

 寺石は、深く、重々しく頷いた。

 「気付き……。それは大切だな。」


 彼は、その素晴らしさを七変人たちに熱弁し、次回の渡航への同行を執拗しつように促した。

 「食うべきだ。これは単なるゲテモノ食いではない。偏見という名の殻を破り、隣国の食文化の深淵、アジアのエネルギーの極北に触れる、高尚なる異文化交流なのだ!」


第三章 孤立する予言者と文化の壁


 しかし、彼の熱狂に対する反応は、予想以上に冷ややかであった。そこには、普段の「ノリ」では超えられない、生理的・文化的な壁が立ちはだかっていた。


 「……いや、犬はちょっと。」

 白井紫影は眉をひそめた。彼はロリコンではあるが、同時に「小さきもの」全般を愛でる傾向があり、犬猫のたぐいには弱い。「愛玩動物を食すというのは、私の倫理コードに抵触する。それは、マルチを分解して部品を売るようなものだ。」


 「俺、猫派だし。」

 鷹は、スケッチブックから目を離さずに答えた。猫又という彼女を持つ彼にとって、犬を食うことは間接的に「ペット社会」への裏切りを意味するようであった。「それに、美しくない。食は美学だ。」


 「精霊が……友を食うなと言っている。」

 マスターKは、厳かに首を振った。「犬は霊界の番人だ。それを腹に収めれば、魂の迷路に迷い込むぞ。」


 誰もが嫌そうな目で話題を避け、あるいは露骨に顔をしかめた。

 寺石は、部室の真ん中で立ち尽くした。

 孤独であった。ガリレオが地動説を説いた時の孤独も、くやと思われた。

 美味いものを美味いと言い、安いものを安いと喜ぶ。その単純にして純粋な情熱が、文化的な壁や「可哀想」という感情論によって拒絶される。

 「……貴様ら、それでも知の探求者か。味覚の鎖国をして何が楽しい。食わず嫌いこそ、知性の敗北ではないか。」

 彼は寂しげに呟き、一人、レトルトのカレー(もちろん業務スーパーの激安品)を啜るのであった。その背中は、理解されぬ予言者の哀愁を帯びていた。


終章 情治国家への挽歌と鯨の供養塔


 時は流れ、現代(二〇二〇年代中盤)。

 かつての学ラン姿を脱ぎ捨て、社会的な地位(という名の仮面)を手に入れた寺石は、自宅の書斎でニュース映像を見ながら、怒りに震えていた。古書と真空管アンプに囲まれたその部屋で、手にしたグラスの中の氷が、カランと乾いた音を立てる。

 韓国において、**「犬肉食用禁止法」**が可決されたという報道である。


 「……愚かな。実に愚かなことだ。」

 寺石は、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。

 「数千年の歴史を持つ自国の食文化を、あろうことか大統領夫人の個人的な動物愛護という**『感情』**のゴリ押しによって、法的に抹殺するとは。これは、民主主義の手続きを装った、文化的な自殺行為だ。彼らは『文明的になった』と誇るかもしれんが、その実、自らの根を断ち切ったに過ぎぬ。」


 寺石の脳裏に、かつて味わった鴨肉にも似た滋味が蘇ると共に、もう一つの、より巨大な理不尽に対する義憤が湧き上がった。

 

 「この構造は、日本の**捕鯨ほげいに対する欧米の圧力と全くの同型だ。思い出してみろ。日本がIWC(国際捕鯨委員会)**を脱退し、商業捕鯨を再開した時のあの決断を。あれこそは、戦後日本が初めて欧米の理不尽な『価値観の押し付け』に対し、明確に『ノー』を突きつけた、**主権回復の狼煙のろし**であった。」


 寺石は立ち上がり、見えざる敵に向かって演説を始めた。

 「彼ら西洋人の捕鯨とは何だったか。産業革命の潤滑油、即ち機械油やランプの燃料を搾り取るためだけに、鯨を殺戮さつりくし、不要となった肉も骨も海に捨てて顧みなかった。彼らにとって、鯨とは単なる『泳ぐ油田』であり、収奪すべき『資源』に過ぎなかったのだ!」


 彼の声に熱が帯びる。

 「対して、我々日本人はどうだ。肉は刺身や鍋として食し、皮は工芸品とし、骨は粉砕して肥料とし、ひげはからくりの発条バネとした。命を余すところなく頂き、あまつさえ各地に**鯨塚くじらづかを建ててその霊を供養し、感謝の祈りを捧げてきたのだ。我々にとって、鯨は単なる獲物ではない。海からの恵み、『えびす』**そのものであった。」


 寺石の眼鏡が、冷徹に光る。

 「命を『資源』として使い捨てた者たちが、命を『かて』として崇め、骨の髄まで愛してきた我々を『野蛮』とののしる。これぞ**傲慢ヒュブリス**の極み、文化的優越感に浸る者のおごりではないか! 自らの血塗られた手を棚に上げ、他国の食卓に土足で踏み込む……そのような偽善的ヒューマニズムに、私は断固として唾を吐く!」


 「法とは、理性と伝統の上に築かれるべきものだ。一時の世論や、ディズニー映画で培われた『可愛げ』という名の主観で左右されてはならぬ。感情が法を凌駕りょうがする国……やはり、情治じょうち国家は最悪だ。彼らは、犬の命を救ったつもりで、自らの民族のアイデンティティの一部を殺し、多様性という名の庭を焼野原にしたことに気づいていない。」


 寺石は、手元の杯(中身は安酒だが、味は悪くない)をあおった。その苦味は、失われた文化の味であり、同時に、守るべきものを守ろうとする決意の味でもあった。

 失われた味への追悼と、文化を破壊する「正義」への静かなる怒り。

 孤高のZ級グルメハンターは、今宵もまた、理解されぬ憂国(と食い意地)の情を胸に、夜の街へと消えていくのであった。その足取りは、消えゆく昭和の残像を追うように、どこか頼りなく、しかし確固たる意志に満ちていた。

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