密室の断罪と軍歌のボルテス――あるいはジェームス三木の刃と革命の歌
第一章 処世術という名の欺瞞
ある時、七変人たちは、街の喧騒から逃れるようにカラオケボックスの一室へと雪崩れ込んだ。
密室における歌唱。それは本来、日頃の鬱屈を発散させる遊戯であるはずだ。
しかし、白井紫影はここに至っても尚、己の「硬派」という名の鎧を脱ぎ捨てることができずにいた。
彼が選曲したのは、当時のヒットチャートを賑わす一般的な流行歌(J-POP)であった。
意外にも、白井は歌が上手かった。腹式呼吸の整った発声、正確な音程。それは聴く者に不快感を与えぬ、完成された芸であった。
だが、その歌声には「魂」が欠落していた。それは、場を白けさせないための配慮、即ち**「処世術」**としての歌唱に過ぎなかったのである。
第二章 ジェームス三木の刃
白井が歌い終え、安堵の息を吐こうとした瞬間である。
寺石が、無言で立ち上がり、リモコンを操作した。
画面に表示された曲名は**『君の青春は輝いているか』**。
特撮番組『超人機メタルダー』の主題歌であり、脚本家・ジェームス三木が作詞を手がけた、アニソン界屈指の哲学的名曲である。
イントロが流れる。寺石はマイクを握りしめ、白井の方へゆっくりと向き直った。
その眼鏡の奥の瞳は、獲物を狙うスナイパーの如く冷徹に澄み渡っていた。
『――君の青春は輝いているか?』
寺石の第一声は、問いかけではなく、審問官の詰問であった。
『――ほんとうの自分を隠してはいないか?』
寺石は、右手を銃の形にし、ビシッと白井の眉間を指差した。
その指先から放たれた不可視の弾丸は、白井の心臓を正確に貫いた。
(ぐッ……!)
白井は思わず目を背けようとした。しかし、逃げ場はなかった。
驚くべきことに、周囲に座る他の七変人たち――鷹、蛮座、鈍蔵、マスターK、上松、琢磨――もまた、歌うことをやめ、一様に険しい表情で白井を睨みつけていたのである。
彼らの眼光は、「なぜ貴様は我々を裏切るのか」「なぜ魂を偽るのか」という無言の告発に満ちていた。蛇に睨まれた蛙の如く、彼は身動きが取れず、ただ全方位から降り注ぐ視線の刃を受け止めるしかなかった。
『――君の人生は満たされているか?』
『――ちっぽけな幸せに妥協してはいないか?』
歌詞の一言一句が、白井の肺腑を抉る。
動悸は激しくなり、心臓は早鐘のように鼓動を打つ。脂汗が額を伝い、視界が歪む。
これは歌ではない。魂の集団リンチだ。
第三章 太陽への曝露と一斉射撃
サビに入り、寺石のヴォルテージは最高潮に達した。
『――愛が欲しければ 誤解を恐れずに』
「ありのままの自分を 太陽にさらすのだ!!」
その歌詞に合わせて、寺石の指の銃口が、トドメとばかりに白井を撃ち抜く。
呼応するように、周囲の友人たちも一斉に立ち上がり、全員が人差し指を白井の鼻先に突きつけた。
鷹の隻眼が、鈍蔵の眼鏡が、Kの深淵なる瞳が、一斉に彼を射貫く。
断罪。
白井の心臓は既にオーバーヒートし、精神は瀕死の様相を呈していた。
「ありのまま」……即ち、ロリコンであり、ネカマであり、歪んだ性癖を持つ己を、太陽の下に晒せというのか! この四面楚歌ならぬ四面審問官の状況下で、これ以上逃げることは許されない。
『――友を裏切るな 自分を誤魔化すな』
「魂をぶつけ合い 真実を語るのだ!!」
歌が終わった時、白井は椅子の上で、散々痛めつけられ拷問された後のように項垂れ、灰のように燃え尽きていた。
静寂の中、寺石の声が響く。
「白井よ。お前はこの友との語らいの場、神聖なる趣味の場に、単なる『処世術』で挑んだのだ! 保身のために魂を売ったのだ! 恥を知れ!!」
その一喝は、白井の胸に深く突き刺さった。
しばしの沈黙の後、白井は憑き物が落ちたかのような表情で顔を上げ、その目から滂沱の涙を流した。
「……すまぬ。私が……私が浅ましかった。」
第四章 ボルテスVの改変と革命
白井の懺悔を見届けた寺石は、満足げに頷くと、更なる行動に出た。
次に彼が入れた曲は、ロボットアニメの金字塔**『ボルテスV』**の主題歌である。
勇壮なイントロと共に、寺石は歌い出した。
しかし、その歌詞は、原曲の勇ましさをそのままに、恐るべき方向へと変質を遂げていた。
『――たとえ あらしがふこうとも
たとえ 大波あれるとも
こぎだそう たたかいの海へ
とびこもう たたかいのうずへ
みつめあう ひとみとひとみ
ぬくもりをしんじあう 御国のなかま
天皇陛下 に すべてをかけて
やるぞ 力のつきるまで
日本 の夜明けは もうちかい』
白井は息を呑んだ。
歌詞の九割八分は原曲のままである。しかし、「五人」が「御国」に、「ボルテスV」が「天皇陛下」に、「地球」が「日本」に置換されただけで、それは完全に皇軍の進撃歌と化していた。
寺石の熱唱は止まらない。二番へ突入する。
『――たとえ いかずちふろうとも
たとえ 大地がゆれるとも
とびだそう たたかいの空へ
まもろうよ たたかいの庭を
にぎりあう たがいの手と手
真心をしんじあう 御国のなかま
天皇陛下 に いのちをかけて
ゆくぞ 勝利をつかむまで
東亜 の夜明けは もうちかい』
「宇宙」が「東亜」へと書き換えられ、スケールが縮小するどころか、生々しい地政学的リアリティを帯びて迫ってくる。
更に拳を突き上げ、三番のクライマックスへと突入する。
『―― 鬼畜米英 がほえるとも
たとえ ゆくてをふさぐとも
うたおうよ たたかいのうたを
かたろうよ たたかいの道を
あしなみを そろえてゆこう
おたがいをしんじあう 御国のなかま
天皇陛下 に あずけたいのち
とぶぜ 亜細亜 のはてまでも
銃後 の笑顔も もう近い』
「けもの」が「鬼畜米英」となり、「みんな」が「銃後」となる。
たった数語の改変で、巨大ロボットアニメの主題歌は、大東亜戦争の記録映画のBGMへと変貌を遂げたのである。
第五章 角なき父とイデオロギーの骨肉
歌い終えた寺石は、興奮冷めやらぬ様子でマイクを握りしめたまま、白井たちに向かって演説を始めた。
「白井よ。貴様はこの『ボルテスV』の物語構造に隠された、真の悲劇を理解しているか?」
白井は首を振る。
寺石は、あたかも大学教授が講義を行うが如き理路整然とした口調で語り出した。
「この物語の核にあるのは、ボアザン星における**『角』**の有無による差別だ。角を持たぬ者は奴隷とされ、角持つ貴族に支配される。主人公たちの父、ラ・ゴールこと剛健太郎は、角がないことが露見し、王位継承権を剥奪され、命からがら地球へ亡命した。」
寺石の声が低くなる。
「そして、地球で生まれた剛三兄弟と、ボアザン星に残され、帝国のエリートとして育てられたプリンス・ハイネル。彼らは同じ父の血を分けた兄弟でありながら、互いの正体を知らず、憎しみ合い、殺し合う。」
「……それが、どうしたと言うのだ?」
「愚か者め!」寺石が一喝する。「これは壮大なメタファーなのだ! 体制や教育が違うだけで、血を分けた兄弟すらもがイデオロギー的対立によって敵対し得るという、冷厳なるテーゼだ!」
寺石は眼鏡を光らせ、白井に迫る。
「これを現代の日本に当てはめてみよ。日教組による自虐史観教育を受けた者たちこそが、現代のプリンス・ハイネルだ! 彼らは『角(歪んだ選民思想や平和ボケ)』を持たされ、日本という母国を憎むようにプログラムされている。」
「対して、我々はどうだ!」
寺石は自らの胸を叩いた。
「我々は、古き良き教育勅語の精神を(勝手に)叩き込まれ、国家の誇りを胸に刻んだ剛三兄弟だ。同じ日本人でありながら、教育というOSが異なるが故に、我々は言葉が通じず、相容れず、永遠に平行線を辿る。この断絶こそが、戦後日本の悲劇であり、ボルテスVが予言した骨肉の争いそのものではないかッ!」
「な、なんと……!」
白井は戦慄した。ロボットアニメの悲劇が、これほどまでに鮮やかに、日本の教育問題とリンクするとは。
「兄弟喧嘩をしている場合ではない……我々は、角を超えて、父(国家)を取り戻さねばならぬのか……!」
終章 フィリピンの革命歌と熱狂の遺伝子
寺石の演説は止まらない。
「その証拠に、この歌の持つ力を見よ。かつてフィリピンにおいて、当時の独裁者マルコス大統領によって、この番組は放送禁止の憂き目に遭った。」
「圧政に対するレジスタンスを描いたこの物語は、当時、フィリピン全土で**最高視聴率五八%**という、常軌を逸した熱狂を巻き起こした。子供たちは放送時間になると路上から姿を消し、国中が静まり返ったという。」
寺石の声に熱が帯びる。
「子供たちは、日本語の意味など知らぬまま、この歌詞を丸暗記し、高らかに歌った。『たとえ嵐が吹こうとも』……その言葉は、圧政に抗う者たちの合言葉となった。驚くべきはその後だ。独裁政権が倒れた後、あろうことか、警察や軍の音楽隊までもが、この日本のロボットアニメの主題歌を、式典において厳粛に演奏するに至ったのだ!」
「そして現代、彼らは自らの手で実写リメイク**『ボルテスV レガシー』を作り上げた。そのクオリティと愛の深さは、本家日本をも凌駕する。フィリピンの民にとって、ボルテスとは単なる娯楽ではない。圧制を跳ね返す『魂の記憶』**なのだ!」
寺石は白井の肩を掴んだ。
「私が歌詞を改変したのは、その革命のエネルギーを、我が国の国体護持のベクトルへと修正・転用するためである。アニソンとは、かくも政治的であり、かつ力強いものなのだ。」
白井は、オーバーヒートして飽和した脳味噌に、寺石の狂気じみた、しかし圧倒的な説得力を持つ解説が、熱い鉛のように染み込んでいくのを感じた。
ジェームス三木による自我の解体と、フィリピンの革命史を経由したボルテスVによる国家思想の再構築。
このカラオケボックスでの一時は、白井にとって、洗脳にも似た、しかし心地よい**「教育」**の時間となったのであった。




