鉄管の秘録と銀粒の弾道――あるいは『ガンスミス』寺石の沈黙
第一章 筒の呻吟
ある日の放課後、聖交学園の部室の一隅において、寺石は蹲り、無機質な工具の群れを相手に独り、奇怪な独白を繰り返していた。その眼光は、恰も錬金術師が賢者の石を希求するが如き、峻烈なる狂気を帯びている。
「……畢竟、パイプの肉厚が内圧の膨張に耐え得ぬか。鋼材の抗張力が、黒色火薬の爆燃速度に追いつかぬのでは、それは銃ではなく、自爆装置に他ならぬ。」
彼は手にした鉄管を凝視し、さらに思考を深化させる。
銃器製作において、最大の障壁は「腔線」の刻設にある。弾丸に旋回運動を与え、ジャイロ効果による直進安定性を得るための螺旋の溝。これを、旋盤も持たぬ部室の貧弱な設備で如何に実現すべきか。
「逆転の発想……内径に合致する心金に螺旋を切り、これをパイプに嵌め込み、隙間を蝕刻で穿つ。……否、鉄管内部における均一なる化学的浸食など、この設備では空理空論に過ぎぬ。ライフリングは、断念すべきか。……然り、散弾。面による制圧、それこそがこの不完全な筒に与えられた唯一の使命なり。」
寺石は一人、暗い納得の内に頷いた。
第二章 殺気という名のレジェンド
寺石がこの「禁忌の遊戯」に耽る背景には、一人の師の存在があった。
部の顧問である、通称**「殺気」先生**。生徒たちが親愛を込めてそう呼ぶこの男の素性を知る者は少ない。
しかし、殺気先生には、若かりし頃の凄絶な過去があった。
大戦前、混乱の極致にあった日本に密かに流入した、コルト・シングルアクション・アーミー(SAA)。一八七三年に合衆国軍に採用され、「ピースメーカー(平和を造る者)」の異名を取ったその四五口径リボルバーを、先生はかつて所持していた。
西部開拓時代のカウボーイたちが、「神は人間を造ったが、コルトは人間を平等にした」と称えたその重厚なる鉄塊を、先生は電光石火の早撃ち(ファストドロウ)で操ったという。
だが、時代の移ろいと共に、その鉄の友は「法」という名の鎖に縛られる運命にあった。後年、先生は己の過去を清算すべく、愛銃を強力な酸の中に投じ、その姿を煙と共に消し去ったのである。証拠隠滅としての、そして一つの時代の幕引きとしての、ストイックなる消去。
殺気先生は、自らの内に秘めた技術の断片を、見所のある学生――寺石に、静かに伝授した。寺石が部室のジャンクパーツから再現しようとしたのは、師が酸に溶かした「鉄の意志」の残滓であった。
第三章 銀粒の弾道学
数日の苦闘の末、出来上がったのは「種子島(火縄銃)」にすら満たぬ、不格好な短筒であった。
ライフリングを持たぬ滑腔銃。寺石は弾丸として、鉛の玉ではなく、自ら愛用する**「森下仁丹」**を選んだ。銀色のコーティングを施されたその微小な丸薬は、高校生としての彼の日常に溶け込んだ、最も身近な重金属もどきであった。
「仁丹……これを十六粒。火薬量は規定の七割。試射を開始する。」
標的は、部室に転がっていたゴーフル(薄焼き煎餅)の金属缶である。
寺石は引き金を引く。
乾いた「パン!」という音を予想していた周囲の期待を裏切り、部室を揺るがしたのは、空気を重く押し潰すような「ドンッ!」という、腹に響く低音であった。
衝撃波と共に、ゴーフルの缶が生き物のように宙に跳ね、床に転がった。
第四章 螺髪の黙示録
寺石は、地に落ちた缶の蓋を拾い上げた。
金属の薄板を貫通した形跡はない。しかし、拾い上げた蓋を目にした瞬間、寺石は戦慄した。
蓋の表面は無残に半球状に凹み、そこには無数の「銀色の粒」が、恰も大仏の頭に並ぶ**「螺髪」**の如く、びっしりと食い込んでいた。裏側を見れば、金属そのものが粒の形に変形し、おぞましいまでの突起の群れを形成している。
「貫通せず……全運動エネルギーがこの瞬間に消費されたか。」
物理学の冷徹なる計算が、寺石の脳裏を過る。
鉛の弾丸であれば、容易に薄板を突き破り、エネルギーの多くをその先へ逃がしたであろう。しかし、軽量にして変形しやすい仁丹の粒群は、金属表面に衝突した刹那、その運動量を全て「缶の変形」へと転換したのだ。
この「不格好な鉄管」が、仁丹という名の無害な丸薬を、極めて破壊的な打撃武器へと変貌させた事実。
寺石は、自らの手の中にあったその「力」の正体に、深い嫌悪と、そして奇妙な満足感を覚えた。
この不気味な螺髪の模様は、もはや遊びの領域を超え、殺気先生がかつて酸に溶かした「暴力の深淵」へと繋がっている。
終章 封印の美学
寺石は、その蓋を再び缶に戻すと、静かに工具を置いた。
彼は師である殺気先生に倣い、この技術、経験、そして現物を歴史の闇に葬る決意を固めた。
「過ぎたる力は、所有者を滅ぼす。……殺気さんの判断は、正しかったのだ。」
数分後、部室の片隅で、強力な薬品の臭いが立ち上った。
不格好な鉄管も、螺髪の刻まれた缶の蓋も、静かに、しかし確実に、形なき液体へと還ってゆく。
寺石は、口の中に一粒の仁丹を放り込んだ。
清涼感と共に広がるその味は、先程までの硝煙の残り香を、優しく、しかし冷酷に上書きしていった。
聖交学園の部室に、再び無為な平和が訪れたのである。




