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白井紫影の憂鬱  作者: ドクター・減る


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土塊(つちくれ)の晩餐と縄文の偶像――あるいは「縄文」という名の生活技法

第一章 土の女神と現代の偶像アイドル


 聖交学園の部室、その塵芥ちりあくたの積もる一隅において、**鈍蔵どんぞう**は一編の土器片をでながら、寺石や白井に向かって、あたかも太古の神託を授けるが如き厳かさで語り始めた。


 「白井よ、貴様が心血を注ぐあの『マルチ』や『あかり』のフィギュア……あれを単なる現代の病理、あるいは刹那的な愛好と侮るなかれ。あれこそは、一万年の時を超えて蘇った**『遮光器土偶』**の正当なる末裔まつえいに他ならぬ。」


 白井が絶句するのを余所に、鈍蔵は熱弁を振るう。

 「縄文の徒が土をね、あの異形にして豊満な女神をかたどったのは、単なる祭祀さいしではない。それは、厳しい自然環境にあらがい、生命の永続を祈るための、魂の外部記憶装置であり、究極の**『萌え』**の原初形態であったのだ。現代のオタクがプラスチックの偶像アイドルに救済を求めるのと、縄文人が土塊つちくれ豊穣ほうじょうを託したことに、如何いかなる精神的差異があるというのか。どちらも、届かぬ理想イデアを形に定着させようとする、人間の健気けなげにしてごうの深い営みなのだよ。」


第二章 貝塚の安全地帯と「地の理」


 鈍蔵の視座は、単なる審美眼に留まらない。彼は「過去」を、生き残るための「実学」として捉えていた。

 彼は部室の壁に、おもむろに古い海進図と貝塚の分布図を重ね合わせた。


 「見ろ。貝塚とは単なるゴミ捨て場ではない。それは、数千年にわたる津波や土砂災害を生き延びた**『生存の示準インデックス』**だ。縄文人は、何処いずこが安全で、何処が死地であるかを、身を以て地層に刻み込んだ。私が家を建てるなら、地盤工学のデータよりも、まずは貝塚の分布を確認する。過去の賢者が選んだ安住の地こそが、最も信頼に足るシェルターなのだから。」


第三章 骨の時計と獣の暦


 ある冬の夕暮れ。一行は、鈍蔵の主導により、山中の廃屋でジビエ、すなわちししの肉を食す機会を得た。

 鈍蔵は、提供された肉の傍らに転がる**下顎骨かがくこつ**を手に取り、それを検死官の如き鋭い眼差しで凝視した。


 「……この猪、生後十八ヶ月。永久歯が揃い始めたばかりの、最も脂の乗ったさかりの個体だ。そして、殺されたのは十一月の中旬……初雪の降る直前であったはずだ。」


 「何故、そこまでわかるのだ?」白井が驚愕する。


 「生物の成長は、鉄の歯車のように正確だ。」

 鈍蔵は骨の隆起を指でなぞる。

 「猪や鹿は一歳半で大人になる。永久歯の生え変わりを観察すれば、月齢はおのずと割り出せる。さらに彼らは発情期が固定されており、誕生月はおおむね一定している。故に、死んだ時の月齢が解れば、逆算してその命が尽きた季節を特定できるのだ。骨は、嘘をつかぬ。それは沈黙の内に語り続ける、精緻せいちなるカレンダーなのだよ。」


第四章 アースオーブン(地熱炉)の秘蹟


 調理において、鈍蔵は土器を用いることをあえて避けた。

 「土器による煮炊きは魚介類に任せれば良い。肉という巨大な質量をさばくには、より原始的で合理的な手法がある。」


 彼は地面に浅い穴を掘り、焚き火で熱した拳大こぶしだいの石――サヌカイトや安山岩の塊――を並べた。そこへ、柿の葉やバナナの皮に似た大きな葉で幾重にも包んだ塊肉を置き、さらに熱い石を被せ、土を盛り上げる。

 アースオーブン(土熱炉)。フィジーやベトナムの辺境においても今なお生き続ける、人類最古の低温調理法である。


 一時間の沈黙の後。

 土を退け、葉をけば、そこには遠赤外線の恩寵おんちょうを受けた、驚くほど柔らかな肉の塊が、湯気を立てて現れた。

 「包丁も鍋も持たぬ縄文人にとって、これが最も合理的な饗宴きょうえんであった。葉の持つカテキンやタンニンが肉を殺菌し、土という熱容量の大きなふたが、じっくりと火を通す。これは科学なのだよ、諸君。」


 白井たちは、その滋味溢れる肉を口にし、言葉を失った。  鈍蔵は、傍らに置いた**黒曜石こくようせき**の剥片はくへんで、器用に自らの肉を切り分ける。  「鉄よりも鋭利、しかしもろい。油がつかぬが故に、その切れ味は鋼を凌駕する。だが、これでは薄切り肉は作れぬ。縄文の味は、常に分厚く、重厚なのだ。」


 食後、焼けた石に水をかけ、立ち上る蒸気の中で彼らはサウナのような心地よさに包まれた。

 「バイキングも、北欧の賢者も、皆こうして石の熱で魂を浄化した。……どうだ、白井。一万年前の景色が見えてこないか?」


 夕闇の迫る山中で、鈍蔵の眼鏡の奥に宿る瞳は、現代の喧騒を通り越し、漆黒の森と、土の匂い、そして女神フィギュアに祈りを捧げるいにしえの民の鼓動を、確かに捉えていた。

 それは、便利さという名の退化を選んだ現代人への、ささやかな、しかし豪快なる逆襲の晩餐であった。

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