黄金の祈りと焼きそばパンの秘蹟――あるいは資本主義への土着信仰
第一章 部室の祭壇
ある日の放課後。
部室の片隅、普段はジャンクパーツの墓場となっている机の上に、異様な空間が出現していた。
寺石が、電子基板や真空管を積み上げて即席の祭壇をしつらえ、その中央に、購買部で購入したばかりの焼きそばパンを、恰も神への供物であるが如く安置していたのである。
寺石はクリスチャンではない。その精神の根底には、日本古来の八百万の神への畏敬があるはずであった。しかし、どうした訳か、あるいは特殊な家庭環境(破天荒な母の影響か)のせいか、彼はこの時、特殊な神様を拝金していた。
彼は、学ランの襟を正し、東の方角(恐らくは霞ヶ関・大蔵省の方角)に向かって跪き、厳かに祈りを捧げ始めた。
「……大蔵省に在します我等の銭よ。」
その祈りの文言は、聖交学園で毎朝唱えられる「主の祈り」の旋律を借りつつ、その内容はあまりにも俗物的な欲望に満ちていた。
「願わくは爾の額面の尊まれんことを。
爾の好景気の来らんことを。
爾の予算の大蔵省に行わるる如く、我等の懐にも行われんことを。」
朗々たるバリトンボイスが、部室に響き渡る。
それは単なるパロディではない。真空管アンプを買う金も、同人誌を刷る金もない、貧しき高校生の魂の叫びであった。
「我等の日用の銭を、今日我等に与え給え。
我等が人の借金を忘るる如く、我等の負債を帳消しにし給え。」
そして、祈りはクライマックスへ達する。
「我等を査察に引き給わざれ、我等を赤字より救い給え。
嗚呼!! 円。」
第二章 焼きそばパンの秘蹟
「嗚呼円。」 寺石は深く頭を垂れ、祈りを締めくくった。 そして、おもむろに顔を上げると、祭壇に供えてあった焼きそばパンを手に取り、それをあたかも聖体拝領のパン(ホスチア)であるかのように、うやうやしく、しかし豪快に一口で噛み千切った。 「……感謝していただく。これぞ、我等の血となり肉となる、炭水化物の恩寵なり。」
モグモグとパンを咀嚼する寺石。
その神妙かつ真剣な横顔を、同室していた「七変」の面々は、各々の立場から、戦慄と困惑の眼差しで見守っていた。
第三章 七変たちの反応
最初に口を開いたのは、やはり主人公・白井紫影であった。
彼は顔面を蒼白にし、震える指で寺石を指差した。
「て、寺石……! 貴様、正気か!? ここはカトリックの学園だぞ! その祈りは、最も神聖なる『主の祈り』の冒涜ではないか! もし神父様やシスターに聞かれたら、退学……いや、破門だぞ!」
白井の常識的な懸念に対し、経済と鉄道に明るい蛮座は、眼鏡を光らせて冷静な分析を加えた。
「いや、白井よ。問題はそこではない。彼の祈りの対象だ。彼は『大蔵省』と言ったな? 通貨発行権を持つのは日本銀行だが、予算編成権は大蔵省にある。つまり彼は、マネタリーベース(通貨供給量)の増加ではなく、財政出動による直接的な富の再分配を神に乞うているのだ。……高校生にしてケインズ主義的な修正資本主義を信仰するとは、なかなかの見識だ。」
「論点がズレているぞ、蛮座。」
隻眼の鷹が呆れたように言った。
「俺が気になるのは、最後の『円』だ。アーメンと円を掛けるそのセンス……悔しいが、嫌いじゃない。語呂が良すぎる。」
そして、部室の隅で紫煙(線香)をくゆらせていたマスターKが、静かに目を閉じて呟いた。
「……精霊たちが困惑している。黄金のオーラが見えるが、その正体は……ソースの匂いだ。寺石よ、その神は、胃袋を満たすことはできても、魂を救うことはできぬぞ。」
終章 現世利益の徒
寺石は、パンを飲み込むと、満足げに口元のソースを拭った。
「フン。何を言うか。腹が減っては戦はできぬ。世界征服の為には、まず資金(円)と食料が必要なのだ。これは冒涜ではない。徹底した唯物論的リアリズムへの祈りなのだよ。」
彼は再び祭壇に向かい、今度は「二礼二拍手一礼」の作法で拝礼した。神仏習合ここに極まれり。
白井は深いため息をつき、天を仰いだ。
この男にかかっては、神も仏も、ただのパトロン(出資者)に過ぎないのかもしれない。
部室には、夕日の赤と、ソースの香ばしい匂い、そして金欠高校生たちの切実なため息が満ちていた。




