遊戯の業と結石の福音――あるいは寺石のデジタル戦記
第一章 竜王への謁見と留年の冬
寺石は、博覧強記の知識人でありながら、動体視力を要する遊戯、すなわちシューティングゲームの類を極端に不得手としていた。弾幕を避ける反射神経が、彼の大脳皮質には欠落していたのである。
その代償としてか、彼は物語と数値を積み上げる遊戯、RPGに、魂を売り渡すほどの没入を見せた。
かつて、彼には学園生活における「空白の一年」が存在する。
それは、国民的遊戯**『ドラゴンクエスト』の発売と時期を同じくしていた。
彼は、勇者ロトの末裔となりてアレフガルドの大地を彷徨い、レベル上げという名の単純作業に、修行僧の如き勤勉さで没頭した。
「見よ。経験値という数値が蓄積される快感を。これこそが努力が正当に報われる理想郷だ。」
彼は現実の学業を放棄し、電子の世界での成長を選んだ。その結果、現実世界の彼は留年**という社会的制裁を受けるに至ったが、彼は全く意に介さず、こう嘯いた。
「留年ではない。私は一年間、ラダトームの城に留学していたのだ。」
第二章 砲撃槍のロマン
狩猟遊戯『モンスターハンター』において、寺石が選ぶ武器は、ただ一種。**ガンランス(銃槍)**のみである。
機動力は皆無、操作は複雑怪奇。しかし、巨大な盾と、爆発する砲撃機構を備えたその武骨な鉄塊に、彼は男の浪漫の全てを見出していた。
「他の武器など、爪楊枝に過ぎぬ。」
彼は太刀や双剣を使うハンターを軽蔑した。
「効率? DPS(時間あたりダメージ)? 笑止! 我々が求めているのは、数値を削ることではない。**『竜撃砲』**という名の、魂の炸裂を放つ瞬間のカタルシスのみだ!」
彼は、モンスターの攻撃を盾で受け止め、隙を見て至近距離から砲撃を叩き込む。その戦法は、あたかも要塞の如く重厚であり、そして悲しいほどに非効率であった。
「動かざること山の如し。これぞ、大鑑巨砲主義の正当なる継承者である。」
第三章 結石の激痛と真空管の絆
ある冬の日、寺石を未曾有の激痛が襲った。
**腎臓結石**である。
その痛みは「七転八倒」という言葉が生温く感じるほどであり、尿管を石が通過する際の激痛は、出産に匹敵するとも言われる。彼は脂汗を流し、獣の如くのたうち回った。
担ぎ込まれた病院で彼を待ち受けていた主治医は、ただの医師ではなかった。
この男こそ、夏と冬の年二回、有明の地に出現する世界最大の同人即売会において、戦場と化した会場の救護室を統べる総責任者であり、同人イベント界の生き字引とも称される古参の重鎮であった。
寺石とは、患者と医師という関係以前に、**「真空管アンプの灯火に魅せられたオーディオマニア」**という、深き業で結ばれた同志でもあった。医師としての腕は神業に近く、マニアとしての造詣は海より深い。
ベッドの上で悶絶する寺石に対し、主治医は鎮痛剤の注射を打ちながら、白衣のポケットから一枚のディスクを取り出した。
「寺石君。痛みを忘れるには、脳を別の刺激で満たすしかない。これをやりたまえ。」
渡されたのは、リズムゲーム**『アイドルマスター』**のソフトであった。
しかし、寺石は違和感を覚えた。パッケージの封は切られ、中に入っているはずの特典応募券が抜き取られているように見えたからだ。
「先生、これは……?」
「ああ、気にするな。知人たちが血眼になって集めている応募券を抜いた後の、言わば**『抜け殻』**だ。だが、中身のデータに変わりはない。無料で配っている一環だ。受け取れ。」
即売会の重鎮らしい、無駄のないリサイクル精神であった。
寺石は震える手でソフトを受け取ったが、すぐに絶望的な事実に気づいた。
「し、しかし先生……! 私は……これを再生するための**プレイステーション(専用機)**を持っておりません!」
激痛の中で訴える寺石。
ハードが無ければソフトはただの円盤である。
その悲痛な叫びに対し、主治医は慈悲深き名医の顔から、一転して浪速の商人のような、あるいは修羅場をくぐり抜けた歴戦のオタクの顔になり、ニヤリと笑ってこう言い放った。
「ほな、かいなはれ。」
その大阪弁の響きは、冷徹でありながら、有無を言わせぬ真理を突いていた。
「病を治したいんやろ? ほな、必要な医療器具(ゲーム機)は自費で揃えるんが筋や。……痛みを忘れたいなら、買うてきなはれ。」
寺石は、その論理の完璧さに打ちのめされた。
結局、彼は這うようにして電気街へ向かい、ハードを購入した。
そして画面の中で歌い踊る少女たちと対面した瞬間、その光と音の奔流は、不思議と彼の脳内麻薬を活性化させ、結石の激痛を彼方へと追いやったのである。
「おお……! 痛み、消えたり! これぞ電子の麻酔、いや、**女神の奇跡**だ!」
彼は、結石が排出されるまでの数日間、不眠不休でプロデューサー業に勤しんだ。彼にとって、三浦あずさの慈愛に満ちた微笑みと主治医の「かいなはれ」という言葉は、命を救った福音として刻まれたのである。
終章 天覧ライブへの野望
完治した後、寺石は部室で高らかに宣言した。
その目は、いつになく真剣であり、狂気を孕んでいた。
「私は決めたぞ、白井。この『アイドルマスター』という国宝級の文化を、いずれ**天覧**に供するのだ!」
「て、天覧……? まさか、天皇陛下の前でライブをやるというのか?」
白井が愕然として問う。
「然り! 相撲に天覧相撲があるように、アイマスに天覧ライブがあって何が悪い! 陛下にサイリウムを振っていただき、国民と共に『とかちつくちて』をコールする……これぞ、君民一体となった、美しき日本の未来図ではないか!」
「……不敬罪で捕まるぞ、貴様。」
しかし寺石は聞く耳を持たない。
彼の脳裏には、皇居のバルコニーで、765プロのアイドルたちが『THE IDOLM@STER』を熱唱し、その下で万歳三唱する自身の姿が、鮮明に描かれているのであった。
結石の痛みは消えたが、彼の脳髄に巣食う「業」という名の石は、より巨大に、より硬く成長していたのである。




