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白井紫影の憂鬱  作者: ドクター・減る


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地層の賢人と土塊の夢――あるいは鈍蔵(どんぞう)の肖像

由来と鈍色の情熱


 鈍蔵どんぞう

 この一見して愚鈍なる響きを持つあだ名は、聖交学園の一般生徒たちの間では、専ら侮蔑、あるいは憐憫れんびんの情を込めて囁かれることが多い。「鈍重なる大男」「反応の遅い巨像」といったニュアンスである。しかし、白井や寺石ら「ちんちくりんの七変」の仲間内においてのみ、この名は全く異なる意味合い、即ち逆説的な敬意と畏怖に満ちた尊称として機能している。


 その名の真の由来は、彼が遺跡発掘現場、あるいはただの校庭の裏山において見せる、特異極まりない振る舞いにある。

 彼が愛用の移植鏝いしょくごて――通称ガリ――を振るうその速度は、傍目はためには苛立ちを覚えるほどに遅い。牛の歩み、否、亀の歩みと形容すべきであろう。周囲の部員や工事関係者が、成果を焦って粗雑にシャベルを突き立てる中、彼は土塊つちくれの一つ一つ、地層の僅かな変色(炭化物の痕跡か、あるいは単なる染みか)をも絶対に見逃さず、あたかも脳外科手術を行うが如き慎重さと手つきで、数千年の時を一枚一枚剥ぎ取っていくのである。

 「ガリ……ガリ……」

 彼の鏝が土を削る音は、リズムを刻むことなく、永遠に続くかのような単調な持続音となる。その姿は、一見すれば鈍く、不器用に見えるかもしれない。しかし、その遅さこそが、歴史の真実を傷つけずに現代へと蘇らせるための、**「重厚なる粘り強さ」**の証左なのである。


 彼は言う。「速さは罪だ。歴史は急がない。我々が急げば、遺構コンテキストは破壊され、過去の声は永遠に失われる」と。

 彼にとって「鈍」とは、鋭利さの欠如ではない。それは、数千、数万年という悠久の時が堆積した大地と対峙するために必要な、揺るぎない質量と耐久性の別名なのだ。鋭利な刃物は折れやすいが、鈍く重いつちは岩をも砕く。彼の在り方は、まさしくその「鈍色の情熱」を体現していた。


風貌:縄文の化身


 彼は常に、どこか土の匂いをまとっている。

 制服の袖口やズボンの裾は、校庭の裏山や近隣の工事現場(彼にとっては遺跡)を徘徊した痕跡として、常に赤土で汚れている。その汚れは、彼にとっての勲章であり、正装の一部ですらある。

 その風貌は、現役の高校生というよりは、現場一筋の職人か、あるいは荒野を往く探検家のようである。日焼けした肌、節くれだった指先、そして蓬髪ほうはつ。手には常に愛用の移植鏝いしょくごて――通称・ガリ――が握られており、彼はそれを伝説の聖剣エクスカリバーの如く愛で、研ぎ澄ませている。その佇まいは、あたかも現代に蘇った縄文の狩人が、獣皮の代わりに学生服を纏っているかのようであった。


知性:火焔の土器と縄文への回帰


 「ちんちくりんの七変」において、彼は最も**「時間軸の深い」男である。

 白井や鷹が「今」のアニメや「未来」の夢を語る時、鈍蔵の精神は、一万年以上続いたとされる「縄文時代」の深淵なる森の中を彷徨さまよっている。

 彼にとって、考古学とは単なる歴史の分類ではない。それは、稲作と共に渡来した弥生以降の「機能主義」によって失われた、日本人の魂の原型――すなわち「縄文の情念パトス」**を取り戻すための闘争なのである。


 彼は、弥生土器の端正で薄手なフォルムを「貧相な合理主義の始まり」として一蹴し、縄文土器、とりわけ中期の火焔型土器を至高の芸術として崇拝する。

 「見ろ、白井。この把手とっての過剰な隆起を。器としての機能を無視してまで虚空へと伸びようとする、この無駄にして壮絶なエネルギーを! これこそが人間の魂の叫びだ。現代人が忘却した、自然への畏怖と生命の爆発が、この土塊つちくれの中に凝縮されているのだ!」

 

 彼にとって、我々が通う現代の聖交学園もまた、一万年後の未来人によって発掘されるべき「遺跡の形成過程」に過ぎない。

 昼休み、彼は購買部のパンの袋を掲げ、傍らの寺石に向かって厳かに告げる。

 「見ろ、寺石。この薄汚れたビニール片を。これは21世紀のプラスチック文明の象徴だが、なんと魂の無い物質か。一万年前の縄文人は、土と木と石だけで、これよりも遥かに豊かな精神宇宙を構築していたのだ。」

 そう語る彼の眼差しは、現代文明への深い絶望と、太古への狂おしい憧憬をたたえている。友人・白井が血道を上げる美少女フィギュアもまた、彼には**「現代の遮光器土偶」**として、豊穣と繁栄を祈るための呪術的な祭祀さいし道具として、極めて肯定的に(しかしピントのずれた方向で)解釈されているのであった。


未来の予兆:ロンドに響くJOMON


 学業成績は極めて優秀であるが、その関心は歴史と地学、そして英語に極端に偏重している。

 彼は既に、日本の狭い枠組みを超えた視座を持っており、その野望は壮大である。

 「いつか俺は、霧のロンドンで、大英帝国の紳士たちに向かって**『JOMON』の美学を講義するのだ。ストーンヘンジを作った彼らならば、必ずや縄文の環状列石ストーンサークルの魂を理解し得るはずだ。」

 周囲はそれを「鈍蔵の寝言」と笑うが、彼の部屋の書棚には、分厚い英語の専門書や考古学の論文、富士山の地質データが、地層の如くうず高く積み上げられているのである。

 彼は、「過去(縄文)を掘ることで未来を見る」**という、矛盾した業を背負った賢人であり、その夢は土の中で静かに、しかし確実に発芽の時を待っているのだ。

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