言語の魔人と南洋の仮面――あるいは琢磨(パクパー)の肖像
風貌:原始の記憶を宿す顔
琢磨という男の容貌は、一度見たら網膜に焼き付いて離れぬほどの、強烈なインパクト(衝撃)を有していた。
その肌は、日本人の平均を遥かに超えて浅黒いが、それは南洋の太陽に愛された健康的な輝きというよりは、何処かの土埃が皮膚の皺にまで染み込んだかのような、得体の知れぬ薄汚さを帯びていた。そして何より目を引くのは、その唇である。アフリカの大地を思わせる分厚く逞しい唇は、あたかもいかりや長介の如き威厳と、ある種のコミカルな愛嬌を同時に醸し出していた。
彼がその巨大な口を開き、白い歯を見せて笑う時、周囲には洗練とは無縁の、泥臭い生命力が溢れ出す。その風貌から、ついたあだ名は**「パクパー」。
その由来については諸説ある。彼が未知の言語を発音する際の破裂音が「パクパク」と聞こえるからだという説が一般的だが、まことしやかに囁かれるもう一つの説がある。それは、古代ローマの悲劇詩人マルクス・パクウィウス(Marcus Pacuvius)**に由来するというものだ。彼が古典ラテン語の詩を朗読した際、そのあまりの熱量と唇の動きに圧倒された級友たちが、敬意と畏怖を込めて(あるいは単に語呂の良さから)そう呼び始めたという。本人はこの高尚な由来を、満更でもない顔で受け入れている。
知性:線文字βの解読者
しかし、この原始的な風貌の裏には、戦慄すべき知性が隠されていた。
彼は語学の怪物である。
英語、独語、仏語は言うに及ばず、スワヒリ語からサンスクリット語まで、十数ヶ国語を自在に操る。
特筆すべきは、彼が中学時代に成し遂げた偉業である。周囲の生徒たちが二次方程式に頭を悩ませている最中、彼は独学でミケーネ文明の**線文字β(ベータ)**を完全マスターし、未解読の粘土板を読み下して教師を腰抜かさせたという伝説を持つ。
彼にとって、言葉とは単なる伝達ツールではない。人類の歴史そのものを解き明かすための、数理的かつ神秘的な暗号鍵なのである。
欠落:理数系の壊滅
天は二物を与えず。
言語野において神の領域に達した彼の脳は、その代償として理数系の処理能力を完全に欠落させていた。
「1+1」が何故「2」になるのかを、哲学的に疑いすぎて計算ができない。化学式を見れば「これは古代ルーン文字の一種か?」と誤読し、物理の授業では「重力とは地球の愛である」と詩的な解釈をして赤点を取る。
語学の天才にして、理科の赤子。
その極端な凸凹こそが、彼を「ちんちくりんの七変」たらしめる所以である。
家庭内格差:シンヤ皇帝の圧政
そして、琢磨にはもう一つ、誰にも語りたがらぬアキレス腱があった。それは、実の弟、真夜の存在である。
弟・真夜は、神が造形の際に兄とは異なる鋳型を用いたとしか思えぬほどの、涼やかな目元を持つ美丈夫であった。さらに残酷なことに、彼の頭脳は兄のような偏りを持たず、文理を問わず完璧にこなすオールマイティな秀才であった。
その結果、琢磨の家庭内における地位は悲惨を極めた。
両親にとって、実社会で何の役にも立たぬ死語(ラテン語等)ばかりを呟く兄は「穀潰し」であり、将来有望な弟こそが「希望の星」であったからだ。
琢磨は、部室の片隅で、弟のことを畏怖と皮肉を込めてこう呼ぶ。
「……我が家はシンヤ皇帝の独裁下にある。」
彼は、古代ローマの暴君になぞらえて弟を揶揄し、家庭での冷遇を嘆くが、その言葉の端々には、完璧超人である弟への、どうしても拭い去れぬコンプレックスが滲み出ているのであった。




