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白井紫影の憂鬱  作者: ドクター・減る


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狂科学者の憂鬱と帝国の夢――あるいは宇宙猿人への挽歌

第一章 問い


 ある日の午後下がり。

 部室には、いつものように怠惰な時間が流れていた。窓から差し込む西日が、宙を舞う埃を黄金色に照らし出し、古びた実験器具や漫画の山を、一種の遺跡の如き静寂で包み込んでいる。

 その静寂を破り、白井紫影は、ふと脳裏を過ぎった率直な疑問を、作業中の背中に投げかけた。


 「寺石よ。貴様は一体、何を目指し、何をそうとしているのか?」


 唐突な問いであった。

 しかし、その言葉は、弛緩しかんしていた空気を一変させた。たむろしていた「七変」の面々――鷹、マスターK、蛮座らは、各々の手元の雑誌やスケッチブックから顔を上げ、にわかに注目して耳を傾けた。

 誰もが一度は抱きつつ、あえて口にしなかった問いである。この奇矯なる男の行動原理エンジンは、奈辺なへんにあるのか。


 寺石は、半田ごてを握る手を止め、ゆっくりと振り返った。

 眼鏡の奥の瞳が一瞬、逡巡しゅんじゅんの色を帯びたかに見えたが、彼は覚悟を決めたように、重々しく口を開いた。


第二章 追放者への共感


 「……俺は、科学者になりたかった。」


 寺石は遠い目をした。

 「貴殿らは、宇宙猿人ゴリを知っているか? 特撮番組『スペクトルマン』に登場した、あの孤独なる天才科学者を。」


 「ああ、あの金髪の猿か。」鷹が短く答える。


 「猿と呼ぶな。彼は悲劇の英雄だ。」

 寺石の声に熱が帯びる。

 「彼は、故郷である惑星Eにおいて、あまりに優れた知能と、純粋すぎる理想を持っていたが故に、『宇宙の敵』の烙印を押され、追放されたのだ。その境遇が、どうにも他人事とは思えなくてな……。」


 寺石は拳を握りしめた。

 「そして、敵であるスペクトルマン……いや、その背後にいるネビュラ71遊星の支配者どもが、これまた冷酷無比なやからだ。彼らは『宇宙の秩序』なる美名の下に内政干渉を行い、体制にあらがう怪獣たちを、裁判にかけることもなく、現地裁量で即時処刑する。問答無用の虐殺だ! これが正義か? 断じて否! 許せぬ蛮行だ!」


 寺石の義憤は、あたかも圧政に苦しむ植民地の闘士の如く切実であった。彼にとって、特撮番組は娯楽ではなく、理不尽な国際政治の縮図として映っていたのである。


第三章 身の程を知る野望


 「……ああ、話がれたな。」

 寺石は咳払いをし、本題へと戻った。


 「故に、俺は科学者、それも既存の倫理を超越した**狂科学者マッド・サイエンティスト**になって、世界を征服したいと思った。」


 「せ、世界征服……?」

 上松が怯えたように呟く。


 「安心しろ。俺はその器ではないことぐらい、百も承知だ。ゴリのような天才的頭脳もなければ、ラーのような忠実な部下もいない。自分の身の程はわきまえておるさ。」


 寺石は自嘲気味に笑ったが、すぐにその表情を引き締めた。

 「しかしな、今の社会を見ろ。まだ良くなる余地があるというのに、衆愚政治という名の足の引っ張り合いによって、その歩みは遅々として進まぬ。俺は、この非効率極まりない民主主義というシステムに、苛立ちを禁じ得ないのだ!」


 彼は立ち上がり、西日に向かって両手を広げた。

 「ならばどうするか。答えは一つ。天皇陛下に大権をお戻しするのだ。万世一系の権威の下、強力なリーダーシップを発揮していただき、科学技術の粋を集めた富国強兵を推し進める。国民全員が等しく『テクノロジー・バンザイ』を叫び、銀河の果てまで版図はんとを広げる……そのような、美しくも狂った世にしたいのだ。わかるか?」


第四章 特高警察の影


 演説が終わった後、部室には氷のような沈黙が落ちた。

 「わかるか?」と問われても、同意できるはずがない。それは、戦前の亡霊とSFの悪夢を悪魔合体させた、あまりにも時代錯誤な妄想であった。


 一同は、首を横にフルフルと振り、可哀想な子を見るような、慈悲と諦めが入り混じった目で寺石を見た。

 沈黙を破ったのは、常に冷静な批評家気取りの蛮座であった。


 「寺石よ。その『テクノロジー・バンザイ』の世が実現したあかつきには、君のような危険思想の持ち主は、真っ先に特高警察に捕まって粛清されるぞ。」


 正論である。独裁国家において、最初に排除されるのは、寺石のような「制御不能なインテリ」であることは歴史が証明している。


 しかし、寺石は動じなかった。

 「ふははは! そうかもしれんな。」

 彼は愉快そうに笑い飛ばした。

 「自らが作り上げたシステムによって、自らが滅ぼされる。それもまた、狂科学者の本懐ほんかい。マッド・サイエンティストの最期に相応しい末路ではないか。それもまた、良し!」


終章 沈黙の肯定


 その破滅的な美学に対し、呆れ返る部員たちの中で、ただ一人、白井紫影だけは違っていた。

 彼は、じっと真剣な真顔で寺石を見つめ、無言を貫いていた。

 白井の脳裏には、知覧での寺石の言葉――「純粋な信条は恥じるに足らぬ」というあの一言がよみがえっていたのかもしれない。あるいは、自分自身が抱える「叶わぬロリコン」という業と、寺石の「叶わぬ世界征服」という業を重ね合わせていたのか。


 数刻の沈黙の後。

 白井は、誰に言うともなく、ぽつりと呟いた。


 「……寺石よ。貴様は、それで良いのかもしれんな。」


 それは、同意でも否定でもない。ただ、そのいびつな存在そのものを許容する、深い諦念ていねんと友情の言葉であった。

 寺石は満足げに頷くと、再び半田ごてを握り、壊れたラジカセの修理――世界征服への第一歩にしてはあまりにささやかな作業――へと戻っていった。

 夕日が完全に沈み、部室は黄昏たそがれの闇に包まれていった。

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