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白井紫影の憂鬱  作者: ドクター・減る


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白井紫影(遅漏)の韜晦(とうかい)

 白井紫影しらいしえいは、私立聖交学園の二年に在籍する少年である。この学園は、カトリックの古き教義より派生した、**荒塩衆道会あれじおしゅうどうかい**なる異端の宗派によって運営され、その閉鎖的なる規律と、俗世を峻拒しゅんきょする気風きふうをもって知られていた。紫影の風貌は異様であった。頭髪は剃り上げられ、武術僧の如き清貧を思わせるが、彼の肉体は鋼の如く研ぎ澄まされ、その内には、常人では計り知れぬ煩悶の火が、烈々(れつれつ)と燃え盛っていた。


 彼を支配する性向は、古今東西、数多の文人墨客が触れ得たが、語るをはばかる性質のものであった。彼は純粋で、極端なる幼形愛好家、すなわちロリコンであった。しかしながら、紫影の峻厳しゅんげんな倫理観は、この内なる渇望を外界へ投影することを決して許さなかった。彼は自らに一つの金科玉条きんかぎょくじょうを課していた。曰く、「イエス・ロリータ、ノー・タッチ」。


 この禁欲的硬派を貫くことこそ、彼の自意識の防壁であり、俗物たる己を精神的な高みへと引き上げんとする、苛烈な修行に他ならなかった。彼の剃髪は、己の欲望という猛獣を鎖に繋ぎ、その獣性を武術という鉄槌で打ち砕かんとする、彼自身の形而上学的な抗議の表明であったのだ。


 然るに、かくも高邁こうまいな精神を追求する彼にも、秘匿せざるを得ない、滑稽なる肉体の裏切りがあった。

 それは、彼が夜な夜な自室で費やす、壮大にして私的な「儀式」の後に必ず現れる、不可解な結果であった。彼の内に渦巻く欲望は、外界への接触を拒絶されるがゆえに、全て内向きの奔流となり、精神の全てを注ぎ込んで自慰に耽溺たんできする。その結果、彼の肉体は、過度の負荷と精神的な抑制の末に、一つの特異な症状を発するに至った。すなわち、遅漏である。


 この奇妙な肉体の滞留は、紫影にとって、己の自尊心が生み出した、最も滑稽で、最も深刻な業の烙印であった。完璧なる精神を求めた結果、肉体は逆に、その精神の過剰さの証左として機能不全を起こしたのである。彼はこの事実を誰にも語らず、ただ、己の自縄自縛じじょうじばくを、暗澹あんたんたる夜の静寂の中で噛みしめるより他なかった。


 しかしながら、彼の孤独な内面の劇とは裏腹に、学園での日々は淡々と、そして呑気に流れていく。ことに、紫影を含めた七人の友人は、その奇矯なる集団の様相から、世の竹林の七賢にならい、**「ちんちくりんの七変しちへん」**とかげで呼ばれていた。


 彼ら各々が、紫影と同様に、何らかの特異な嗜好しこうと、それに見合わぬ偏執的な探究心を抱えていた。**鈍蔵どんぞう**は、古の土塊つちくれに秘められた歴史の塵芥ちりあくたを愛し、考古学という死者に語りかける虚業にふける。**蛮座ばんざは、現代の俗なる戯画ぎがたる『うる星やつら』を聖典の如く崇拝し、文人としての高潔なる己と、通俗的なる快楽との間で、常に板挟みとなっていた。寺石てらいしに至っては、その内実を一切明かさぬ謎の塊であり、右翼思想を抱きつつ、コンピューターなる近代の魔術に精通し、得体の知れぬ人脈をようする、最も異質な存在であった。さらに、紫影と同じ幼形愛好家の道を歩むたか**は、自らの片眼を伊達政宗の如き眼帯で覆い隠し、その内なる妄執もうしゅうを絵筆に託して発散させる。琢磨たくまは十数ヶ国語に精通する語学の神童でありながら、一歩理科の分野に足を踏み入れれば、たちまち幼児以下の知能を露呈する、破綻した天才であった。そして、日系インディアンの末裔たるマスターKは、遠きアメリカ大陸のシャーマニズムを信仰し、この荒塩衆道会の男子校において、異教の神と精霊の声を聴くという、最も神秘的で、最も空疎くうそな探求に人生を費やしていた。


 「紫影よ、その円満なるこうべは、今日もまた、我々凡愚ぼんぐには計り知れぬわびの境地にあるのか?」


 七変の一人である、文学青年の蛮座が、彼の隣に座り、口調は格調高いが、その話題は極めて俗なものであった。「しかしながら、貴様のその禁欲は、如何なる高慢な自意識の所産か。吾輩には、ラムちゃんの電撃を浴びるが如き、奔放な情熱こそが、詩の源泉と思えるのだが。」


 彼らは紫影の剃髪を武術への傾倒と理解し、その孤高な姿勢をある種の畏敬をもって迎えていた。七変の仲間たちは、紫影の内面的な複雑さなど知る由もない。彼らが知るのは、白井紫影という男が、時に難解な漢詩を口ずさみ、時に驚くべき身体能力で校庭を駆ける、風変わりだが信頼のおける友人であるという、ただそれだけの、極めて単純な事実であった。


 彼らの無邪気な友情、特に、彼の自意識の過剰さとは無縁な、日常の瑣末さまつな会話は、紫影の内に築かれた、完璧主義という名の自己桎梏を、微々たるものとはいえ、溶解させる力を持っていた。遅漏という肉体の罰は彼個人の問題であるが、友人たちの存在は、彼をその問題から一瞬引き剥がし、生きた人間として世界に繋ぎ止める楔であった。

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