合わせ鏡
一話完結のホラー小説です!
テンポが少し、悪いかもしれません(汗
「おはようございます!」
人によっては、ただの騒音と捉えるであろう大声が、静かな住宅街に響いた。
それに反応して、他の住民も挨拶を返してくれるが、全員どこか不愛想だ。
勿論、俺が何かをしたわけではないし、比較的真面目に過ごしているつもりだが...
しかし、特別気にもならなかった。他所から引っ越してきた人が受け入れられにくい場所なんだろうと納得できないことはなかったし、何より俺自身も、大声で挨拶したのはいいものの、近所付き合いというものは苦手だ。自分の時間を大切にしたい俺としては、他人との関りはあってないようなものである。
外に出て挨拶したのは、ゴミを捨てるついでの、ちょっとした日課だからだ。
仕事は基本リモートだから、買い物のときくらいしか外に出ないし、ご飯も自炊するから外食はおろかデリバリーだってしない。もうすぐ、朝礼の時間なこともあり、少し急いで家に戻った。
「最近、どうしたんだ俺?」
近頃、物忘れが激しいような気がしてならない。
直近だけでも、買ったはずの食器の存在を忘れていたり、書類に過不足が多発していた。
今も、コップに入れていたコーヒーがこぼれてしまっていた。おかげさまで書類がコーヒーでビショビショである。今からじゃ、どうしようもないので一旦書類を別の机に移して、朝礼に参加した。
「先輩、最近調子悪いんですか?ミスの量ヤバいですね。」
後輩のKに心配されるとは、本当に情けないと感じながらも、データの方は無傷なので、大した損害にもならなかった。しかし、ここまでくると、いつ取り返しのつかないことをやらかすか、自分ですら分かったもんじゃない。そう思って、病院にだって通ったが、身体と精神の両方とも極めて健康そのものだと言われてしまった。
正直信じたくはないが、この家に何かいるのでは?とすら考えている。
しかし、それはただの責任転嫁ではないか?自分のミスをいるかも分からない『何か』のせいにして、責任から逃れたいという自分の弱さだと感じてしまい、誰かに相談するのも躊躇ってしまう。
「でも、不思議ですよね。ちょっと前まで先輩ならミスなんて絶対しないですよね?」
確かに、Kの言うとおりだ。自慢じゃないが、前の俺は、業績トップを独走中の凄腕サラリーマンだったのだ。それが、今や見る影もないほどにボコボコな惨状に、苦笑いを浮かべてしまうほどであった。
「そういえば、引っ越してからですよね?ミスが目立つようになったの。」
「まあ、確かにな...」
「家に何かあるんじゃないですか?僕の知り合いにそういうの視える奴いるんで、一回視てもらいません?」
***
数日後、Kの熱弁もあって、俺はKの知り合いのLという霊媒師を家に招き入れた。
なんでもKの地元で知らない者はいないほどの人物らしく、かなり期待できそうだ。
Lは複数の道具を持って家を隅から隅まで練り歩き始め、数分もしないうちに家の前で待っていた俺のところに戻ってきて、「...静かすぎる」と一言だけ言ってきた。
ここで、俺は初めて、俺の不甲斐なさを痛感した。住む環境が変わるだけで、ここまでコンディションに差がついてしまうようでは、社会人失格である。
***
さらに数日後、俺は上司に無理を言って、一週間ほど休みをもらった。
一度、この環境にしっかりとなれる時間が必要だと感じたためだ。
再度、元の家に戻るのだってタダじゃない、かなりのお金が消えるし、何より疲れる。
だからこそ、ここに慣れ、前のコンディションを取り戻すべきだと感じたわけだ。
一先ず、この一週間で、とある日課を設けることにした。
まずは、朝と夜のランニングである。これをするだけで、脳がリフレッシュされるし、前の家の時は会社に行って仕事していたから、それの移動が運動になっていたが、よく考えると今はほとんど運動をしていなかったのだ。そして、毎日鏡を見て笑顔を作ることだ。これは深い理由はないが、単に笑顔を作った方が、気分が前向きになる気がした。それに今までの俺の顔は暗すぎて正直、自分の顔を見ている気がしなかった。
その効果は三日目あたりに現れ始めた。
体は軽くなった気がするし、頭も今までと比べ、冴えている気がする。
一番は、自分でも分かるほど気分が前向きになっている。
その影響もあり、挨拶の頻度も上がりそうだし、何より、近所付き合いというものをしてみたくなった。
思いついたら、すぐに実践したくなったため、
挨拶の際に、話をしているご近所さんの話に空気を壊さない範囲で、混ざっていった。
その結果、以前まで不愛想だったご近所さんも少しだけ愛想が良くなったように見えた。
***
「明日から、仕事だな。まあ、今の俺なら大丈夫だろ。」
気分もコンディションも明らかに、良くなった俺は、明日に向けて早めに床についた。
眼を覚ますと、外はまだ暗く月の光が、窓を通じて部屋を照らすだけだった。
時間を確認すると、朝の4時であり、今からもう一度寝ると、仕事に寝坊する気がしたため、
起き続けて、少し早めに日課に移ろうと考えた。
電気をつけようと、スイッチに手を伸ばしたところ、部屋が暗いこともあり、あまりスイッチが見えず押せなかった。ようやく押せたと思ったら、点いたのは、洗面所の電気であった。
寝室と洗面所が隣同士にあるせいか、スイッチの場所が同じなのだ。
まあタイミング的にも、ちょうどよかったので、用を足し、洗面所で手を洗う際に、日課の笑顔を作った。
《そこで異変は起きてしまった。》
鏡に映った自分が笑っていないのだ。
一瞬寝ぼけているだけだと感じたため、顔を冷水で洗った後もう一度笑顔を作るも、結果は変わらず、目の前の『何か』は、こちらの驚愕した顔を見て、薄ら笑いを浮かべていた。
この状況が飲み込めないまま立ち尽くしていると、鏡の『何か』は口を動かし始めた。何と言っているかは分からなかったが、今すぐ、この家から出るべきだと感じた俺は、洗面場を出ようとしたが、突然ドアが閉まり、鍵が付いていないはずなのに、開けようとしてもドアはビクともしなかった。
それでも、ドアを開けようとしながら、鏡に目を向けると、何も映っていなかった。
代わりに、目の前『何か』いや、『自分』が立っていたのだ。
必死になっている俺に、『自分』は徐々に近づき、俺の肩を持ったと瞬間にドアから俺を引き離し、
自身の正面を向くように仕向けてきた。このとき始めてしっかりと自分の顔を視認した。
そして、次の瞬間『自分』の顔が俺の耳元まで来て、つぶやいた。
「次は、お前の番だ。」
その日の朝、住宅街にはいつも通りの大声が響いた。
その声の主の、晴れやかな笑顔を見て、他の住民は、少し笑顔を見せつつ、いつも通りの不愛想な挨拶を返すだけであった。
始めて、ホラーを書いてみたんですけど、どうでしたか?
ぜひ、感想をいただけると幸いです!