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異世界恋愛系(短編)

推しであるヤンデレ当て馬令息さまを救うつもりで執事と相談していますが、なぜか私が幸せになっています。

「宣誓! 私は令嬢精神にのっとり、推しであるヤンデレ当て馬令息さまの幸せのために、正々堂々と戦い抜くことを誓います」

「正々堂々と戦って負けていては意味がありません。どんなに汚い手を使っても、勝ちさえすれば良いのです」


 目覚めると同時に片手を挙げ、高らかに宣言した私に向かって、執事のグウィンが呆れたように声をかけてきた。私を見下すように見つめてくるその顔が今日も美しい。まあ、見下しているように見えているのは、私がいつまで経ってもベッドから起き上がらないからってだけなんだけれどね!


「おはよう、グウィン。言うに事欠いて私の頭の悪い発言に対してのツッコミがそれなの?」

「おはようございます。お嬢さまの奇行についてはいつものことですので、こちらといたしましても令嬢精神に役立つ忠告をさせていただきました」


 くいっと眼鏡を押し上げて、グウィンが重々しくうなずく。なんだかものすごく失礼なことを言われたような気もするが、賢いグウィンが言うのなら、一理あるのだろう。私は自分がアホなことを知っているし、彼が賢いこともよくわかっている。とりあえず神妙な面持ちでうなずき返した。この世界の令嬢には負けられない戦いというものが存在するのだ。知らんけど。


「令嬢たるもの、手段を選ぶよりも大切なことがあるものね?」

「さようでございます。清らかなる涙さえも武器に変えて、たおやかに勝ちを奪い取ってこその令嬢精神でございます」

「さすがだわ。ちなみに執事精神というのはどういうものなの?」

「それは秘密とさせていただきます」

「あらまあ。あなたなら、『己の主がいかにポンコツであろうとも目標を達成できるように陰に日向にサポートしてみせるのが執事精神』なんて言うと思ったのだけれど」

「わたしは、お嬢さまのことをポンコツのド阿呆、欲望に正直すぎる怠惰なご令嬢などと思ってはおりませんよ。少々、素直すぎるきらいがあるとは思っておりますが」

「えーん、ナチュラルにディスってくるう」


 しくしくと泣き真似をするものの、グウィンはてきぱきと私をベッドから引きずり下ろしてきた。放っておけば文字通り一日中、ベッドの中で惰眠をむさぼっているに違いないと思われているのだ。そしてそれは完全に事実である。ふかふかベッド最高~。不労所得万歳~。


「さあ、さっさと着替えてください」

「ベッドの中から引きずり出して、服を引ん剝こうだなんて。私の身体が目当てなのね!」

「そもそもお嬢さまご自身がおっしゃったではありませんか。いちいち、着替え程度で侍女に囲まれてしまっては心が休まる暇さえないと。ひとりで着替えをすると時間がかかるのですから、急いでください」

「それは確かに言った記憶があるけれど」

「それならば、今の状況に何の問題がございましょう」

「ぐぬぬ、何か騙されているような気がする」


 歯噛みしながら、クローゼットの扉を開く。ネグリジェのボタンに手をかけたところで、あっという間にグウィンは部屋を出ていってしまった。なるほど、主人に対して一切の情欲を持たない完璧な使用人の態度だ。ひゃあ、カッコいい~。Web小説にはいないモブキャラでも、こんな風に性癖に来るキャラクターがいるもんなんだなあ。冷たい横顔がたまらないと悶絶していたら、しびれを切らして再び呼びに来たグウィンにしこたま怒られることになった。



 ***



 私は前世日本人のいわゆる転生者だ。一体何が起きたのか、気が付けばかつてドはまりしていたWeb小説の世界に転生していた。前世を思い出したきっかけは、王城で行われていた王家主催のお茶会だ。そのお茶会では私と同じくらいの年齢の少年、少女たちばかりが集められていた。きっと王太子殿下の御学友を選定していたのだろう。私はなんとも言えない居心地の悪さにひたすらお茶とお菓子を口に入れて、相槌だけを必死に打っていた。


 コミュ障には、マジ辛いですわあ。うん、コミュ障って何だっけ? 首を傾げつつ、よくわからないまま私は、気分転換にお手洗いと称して会場を抜け出した。とんでもなく頻尿だと思われようが、あのよくわからない褒め殺しあい――実際は相手を引きずりおろすための腹の探り合い――に参加するよりはよっぽどマシだったのだ。


 せっかくなら、このまま迷子になればお茶会に戻らずに済むのかなあなんて不敬なことを考えていた罰が当たったのかもしれない。ドレスの裾を踏みつけた挙句、階段ですっ転んだ。そして盛大に尻もちをついた拍子に前世の記憶を思い出してしまったのである。


「頭を打って気絶じゃなくて、尻もちをついて悶絶。後に前世の記憶を取り戻すとか全然ときめかない! 尾てい骨にひびが入っていたらどうしよう。……っていうか、ちょっと待って。ここはあの『夢見る乙女の花園』の世界では?」


 その事実に気が付いたのは、先ほどお茶会にて紹介されていた王太子殿下の名前に聞き覚えがあったからだ。ドはまりしたくせに、キャラクターを見た瞬間に異世界転生に気が付かなったのかよなんていう批判はご勘弁いただきたい。


 だって、くだんのWeb小説は書籍化とコミカライズ化が決定したばかりで、まだキャラクターイラストが出そろっていなかったのだ。文字だけの状態では、キャラクターの顔面は個々のイメージに委ねられている。本人たちが出てきたとしても絵心ゼロの私にはわからない。わかるはずがない。


 えーっと、そういえば先ほどご紹介にあずかったメインキャラクターさんやら重要人物の皆さまは、どんな顔をしていたっけ? ひとの顔を覚えることが苦手な私は、この時点で誰の顔も覚えていなかった。一度紹介されただけで記憶できるか。営業先のお客さまの顔を思い出せず、苦労していた前世の私の弱点は、今世にも引き継がれているらしい。


 とはいえ、さすが王子さまは美形だなあと感心した記憶はちらりと残っているので、美少年だったことは確かだ。二次元のキャラクターが三次元のキャラクターに具現化しても大成功だというだけでありがたい。


 それならばやることは決まっている。私は拳を突き上げると、ふんすと鼻息を荒くした。かつての私の推しを探し、彼が幸せになるためのお手伝いをするのだ。何せ私の推しは、ヤンデレ当て馬令息というなんとも気の毒な立ち位置だったのだから。



 ***



 まあ結論から先に言ってしまうと、推しである彼に出会うことはできなかった。だって、推しの外見もやっぱりわかんなかったんだもん。黒髪・黒目ってことだけは確かだったんだけど、いっぱいいたよ、そんな奴。代わりに私は、自分と同じように迷子になっていた少年に、蘇ったばかりの推しへの愛をひたすら語りまくっていたのである。どうしてそうなったって?


 もともと横文字が苦手なせいで彼の生家である侯爵家の家名も思い出せないまま、名前だけを頼りに捜索。外見の色合いが推しと一致するなあって思った男の子に声をかけ、自分の事実確認も兼ねて事情を説明するうちに、内なるリビドーがたぎってしまい、収拾がつかなくなったってわけ。オタクあるあるだよね? ない? ああ、そうですか。


 ちなみに私の推しであるヤンデレ当て馬令息ことエドワードきゅんは、高貴な家柄に生まれつつ優秀すぎるがゆえに何にも興味の持てない男の子だ。平民上がりで貴族の常識に疎いヒロインをきまぐれでサポートしていた彼は、貴族社会において異分子である彼女に親近感を覚える。けれど、彼女が自分とは全然異なる光属性のヒーローに恋をすることで密かに失恋し、初恋を心の奥底に封じ込めてしまうのだ。そんな彼の葛藤に気づかぬまま、爽やかに恋愛相談を仕掛けてくるヒロインちゃん。小悪魔か?


 そんな状況で、彼が心中穏やかでいられようはずもない。それはもう全年齢では言えないあんなことやこんなことを妄想していた。それにもかかわらず、現実世界においてはひたすらに紳士として必死に耐えるエドワードきゅん。けれど、ヒロインちゃんがヒーローとのすれ違いによって苦しんでいるところを見て、一線を越えてしまう。


 くそ真面目で不器用。最終的にヒーローに救出されるヒロインちゃんの後姿を見つめながら、捕縛されるのだ。地面に倒れ伏したまま肩を震わせる彼のあまりの不憫な横顔に、私はドはまりしてしまった。そこ、性格が悪いとか言わないように。


「それでは、彼にあなたが愛を差し出せばよいのではありませんか? どうもチョロい相手のようですし、あなたの一途さを見せれば相手も簡単になびくような気がしますが」

「そんなの無理だよ。真面目なエドワードきゅんは、頑張り屋さんなのにどこか抜けている、まっすぐで一生懸命なヒロインちゃんだからこそ、心を動かされたんだよ」

「犯罪者相手に、真面目と言われても」

「R18な行動はしていないから問題なし。すべては、ヒロインちゃんが幸せになるための道筋でもあったわけだし。まあ、若干エドワードきゅんの欲望も混じっていたとは思うけどそこはまあ役得ってことで」

「役得……。ご令嬢とは思えない発想です」


 まずはヤンデレ開花を阻止しなくては。個人的にヤンデレは大好きだけれど、エドワードきゅんが処罰されては意味がない。命あっての物種っていうしね。


 そもそもヤンデレ行為が発動したとしても、ヒロインちゃんの合意さえ取れていれば、それこそ問題ないのだけれど。ヤンデレって好き嫌いがあるからなあ。ヒロインちゃんは完全なる陽の民だし……。


 Web小説内のヒロインちゃんは、エドワードきゅんではなく、王太子殿下の側近である大型犬みたいな男の子に恋をするのだ。陽の民×陽の民。う、目が潰れる。まぶしい! あれか、闇のヤンデレだからこそ手の届かぬ陽のヒロインちゃんに恋焦がれるのかもしれない。爽やかに共依存ルートはやっぱり倫理上難しかったのだろうか。ヤンデレ、一途でいいと思うけどなあ。ううう、エドワードきゅん、可哀想。しゅき。


 こんな勢いでエドワードきゅんについての萌えを語り続けた結果、ヤンデレ当て馬令息家の親戚だという少年を私専任の執事として引き抜くことに成功したのである。そして何を隠そうこの少年こそが、グウィンなのであった。



 ***



 よく考えると、私は大変やべえ奴である。よく考えなくても、完全にやべえ奴である。「前世の記憶」やら「侯爵家嫡男の危ない性癖」やら、そもそも意味不明な「ヤンデレ」発言などなど、狂人扱いされても仕方がなかったのだと今なら理解できる。


 それなのになぜグウィンが私の元にやってくることになったのか、正直わからない。もしかしたら、放っておくと自分の親戚によからぬことをするやもしれぬと心配されたのかもしれないし、あるいは頭が可哀想な女の子として同情してくれたのかもしれない。


 いずれにせよ、グウィンは令嬢らしからぬ私を日々サポートしてくれている。令嬢としてのギリギリ最低ラインで踏みとどまっていられるのは、あれこれと気を配ってくれるグウィンのお陰なのだ。


 将を射んとする者はまず馬を射よ。べらべらとヤンデレ当て馬令息についての魅力を語った結果、有能で万能な執事を手に入れるとは。何それ、すごい。やはり推しへの愛は、すべてを可能にする力を持つのだ。


「グウィンは、きゅんじゃなくって、さまって感じだよね。しゃまでもいいかもしれない」

「何ですか、いきなり」


 三時のおやつを食べている最中に、グウィンに話しかけてみる。グウィンは、私が突然突拍子もないことを言ってもちょっとやそっとじゃ驚かない。よく訓練された執事なのである。


「いや、敬称の話。グウィンきゅんじゃなくって、グウィンさまって呼ぶ方がしっくりくるでしょう?」

「執事に『さま』をつけてどうするのです」

「だってそれっぽいんだもん~。グウィンさま、肩揉んで~」

「御戯れも大概になさってください。そうそう、例のものが侯爵家から到着しております。中を確認いたしましょう」

「はーい」


 紅茶のお代わりをしてもらいつつ、ずしりと重たい鍵付きの本を受け取る。エドワードきゅんの生家は侯爵家。本来なら格下の我が家からの接触は困難なのだが、エドワードきゅんの親戚であるグウィンを執事としたお陰で、その辺りは解決した。というかむしろ。


「なんで、エドワードきゅんと交換日記をすることになっているのかしら?」

「お嬢さまからの怪文書を渡すわけにもいかず、こちらからエドワードさまへの情報提供をお伝えしたところ、どうせならという形でなし崩し的に始まりました」

「ヤンデレ、ダメ絶対。ヤンデレるなら、相手の性癖を確かめてからって書いただけなのに」


 ちょっと頬を膨らませてみる。相手を調教……もとい訓練してからって書かなかっただけマシだということをわかってほしい。


「その内容を普通の手紙で送ることができるとお思いですか。しかも代筆として、わたしを使っているでしょう。エドワードさまに接触すると決めたのはお嬢さまなのですし、ご自身で書かれては?」

「だって私、字が汚いんだもん。見せられないよ。それに引き換えグウィンの字は綺麗だし、私の発言をまろやかなものに書き換えてくれるじゃない。本当に助かるわ」

「普通、異性との交換日記というのは他者へ内容を秘密にするものでしょうに」

「そういうものなの? でも私とグウィンとの仲じゃない! あ、これのパスワードって何だったかしら? たぶんグウィンの誕生日だったわよね?」

「魔道具のパスワードをわたしの誕生日で統一するのはおやめください」

「だって、数字覚えるの面倒くさいし。あ、今度から先にグウィンが中身を確認してくれてもいいのよ?」

「まったく……」


 無意味にドヤ顔で胸を張ってみせた。前世の記憶と推しの存在を既に伝えていることもあり、今さらグウィンに隠し立てすることなんてものは何ひとつ存在しないのである。さあ何でも見てくれたまえ。



 ***



 それからも日記帳を通しての交流は、滞りなく続いていった。


「エドワードきゅん、ヒロインちゃんをデートに誘うんだって。すごーい」

「まあ想いを寄せる相手なのですから、デートくらい行くでしょう」

「いや、エドワードきゅんは宝物は見せびらかさずに宝箱に隠して眺めるタイプだから。そうか、閉じ込めないでちゃんとお外に連れて行っているのか。妙だな」

「そもそも監禁は犯罪です」

「監禁じゃなくって、軟禁ね。でもさあ、家の中にいれば面倒な社交はやらなくていいんだよ?」

「お嬢さま」

「三食美味しい食事に本やお菓子といった娯楽。お風呂も入れるし、好きなことだけやっていて構わないんだよ。最高だよ」


 もちろん大前提として、相思相愛の中であるという条件はあるのだけれど。首を傾げる私に、グウィンが頭を抱える。


「ヒロインちゃんと一日中一緒にいられないことが辛いけれど、刺繍入りのハンカチを持って寂しさに耐えているらしいわ。青春ねえ」

「一日中一緒でないと無理だとか、愛が重すぎるでしょう」

「まあ確かに、一日中どこへ行くにも一緒っていうのは辛いこともあるとは思うけれど」

「さすがのお嬢さまも、自分の時間を確保できないのは苦痛という意見をお持ちのようですね」

「だってさあ、さすがにお手洗いについてこられたら嫌でしょ。音とか臭いとか、どんな美男美女であろうともロマンチックな魔法をかけられない気がする」

「……お手洗い。聞いたわたしが馬鹿でした」


 やれやれとグウィンが肩をすくめた。そこまで大きくため息を吐かなくてもいいんじゃない? 乙女にとっては切実な問題なのよ?


「難しい顔をしてどうしました?」

「今度王宮で開かれる夜会で着用するヒロインちゃんのドレスをどうしたらよいかって。どんなドレスをヒロインちゃんに贈ったらいいか悩んでいるみたい。はえええ、すごいよねえ。ドレスを贈るレベルに仲良くなれているんだもんね。婚約済みってことでしょ? ……バグかな?」

「ヒロインちゃんとやらとエドワードさまをくっつけるために、努力してきたのでしょう? 何を首を傾げているのです」

「いやあ、なんかしっくりこないんだよねえ。まあいいや。とりあえず返事が先だから」


 なんと言葉にすればよいものか。この「なんか違うんだよねえ」という曖昧な反応をしている限り、グウィンの同意は得られないだろう。彼に理解してもらうには、違和感を言語化しなければいけないのだ。


「何とお答えするのです?」

「裸に足枷みたいな格好を求めなければ、何でもいいと思うよ。脱がせる楽しみはとっておきなさいって書いておいて」

「絶対にダメです」


 だってエドワードきゅんの妄想内でのヒロインちゃんは、かろうじて薄布をまとっただけのほぼ全裸だったからなあ。超絶美人のナイスバディだから、コミカライズ映えしただろうね。Web小説は全部文字だから知らんけど! 全年齢の範囲の表現だったしね。


 ここまでくればおわかりの通り、私はエドワードきゅんのヤンデレ行為を見ても、あまりNG行為だとは感じないのだ。これ以上はマズいなあという基準がガバガバすぎて、参考にならないのである。あばたもえくぼ、蓼食う虫も好き好き。重い愛は大好物。何とでも言ってくれ。


「じゃあ、相手の希望を聞いてから準備したらいいじゃん」

「はっきり聞くのは、野暮なのですよ。問われずとも、完璧なドレスを贈ることが重要なのです」

「もう我儘だなあ。劇的にセンスが良くない限り、サプライズは危ないって。仕方がないから、いつもヒロインちゃんのドレスを用意してくれているドレスメーカーを抱きこめばいいじゃない。そのまま侯爵家の出資を受け入れてくれたらなお良し!」

「そういえば、こちらの夜会にはお嬢さまも招待されていましたね。ドレスの用意はいかがいたしましょう」

「いつも通り、グウィンがいいと思うドレスを注文しておいて」

「相手の希望を聞くことは大切とおっしゃったばかりではありませんか?」

「グウィンがドレス選びに失敗したことなんてないじゃない。グウィンの見立ては完璧だもの。あと私が選ぶなら、コルセットなしで着用できるだるだるネグリジェもどきにするけれど大丈夫?」

「どうぞお任せください」


 てきぱきと私の指示に従うグウィンは、今日は一段とカッコいい。いけないいけない、うっかり見惚れちゃったわ。何をしていても彼がキラキラと輝いて見えるのは、どうしてなのだろう。



 ***



 というわけで、やってきました。王家主催の夜会です。


 ちらりと会場の中を確認してみたけれど、エドワードきゅんは見当たらない。侯爵家の跡取りというだけではなく、王太子の側近としても動いているようなので、意外と忙しいのかもしれない。この辺り、私の知っているWeb小説とやっぱり状況が変わっているんだよなあ。


 まあ変わったものは、エドワードきゅんだけではないのだけれど。私はなぜか私のパートナーとして出席しているグウィンを見ながら、会場の隅っこで絶品デザートをつついていた。


「それでこれからどうするつもりですか?」

「どうするって?」

「そもそもお嬢さまは、エドワードさまを応援することを目標としていたはず。ここでエドワードさまが無事にお相手と結婚した後は、お嬢さまの目標はどうなるのでしょうか」

「いやあ、本当にどうしようかしら。実はお父さまには、エドワードきゅんが幸せを掴むまでは婚約とかちょっと待ってほしいってお願いしていたのよ。でもエドワードきゅんがヒロインちゃんと結婚するなら、今後は政略結婚の相手を探すことになるんじゃないかしら? まあお父さまのことだし、もう相手は決まっているのかもしれないけれど」

「達観なさっているようですね。エドワードさまがお相手でないのなら、誰と結婚しても一緒だとお思いですか」

「あははは。そんな殊勝な心掛けじゃないって。この世界に来てから、推しというのは、恋愛対象とは違うものなんだなって実感しちゃったし」

「はあ?」


 いつも沈着冷静なグウィンがお酒の入ったグラスを取り落とす姿なんて、私は初めて目撃した。


「お嬢さま、一体何をおっしゃって……」

「いや、推しへの愛は永遠だと思っていたんだけれどね」


 この世界のエドワードきゅんは私にとってどうにもニセモノ感がぬぐえないのだ。現実世界からWeb小説の世界に転生してきた上に、ヤンデレ化を阻止しようとしてきたお前が言うなって話だけれど、こればかりはどうしようもない。


 だってあまりにも違いすぎる。イメージしていた声や見た目と違うとかそういうレベルではない。キャラクターの性格や行動が根本的に違う。あれだけ違ったら、もう別人なんだよ。


 私は心の中に闇を抱えつつも、一生懸命それを押さえてヒロインちゃんの幸せを願う彼が好きだった。前世、家族に恵まれなかった私にしてみれば、狂おしいまでにまっすぐにヒロインちゃんだけを求めるエドワードきゅんの姿こそが好ましかったのだ。


 もちろん何でもできるくせに大事なところで不器用な彼が幸せになることは、喜ぶべきことだとわかっている。彼の不幸な未来を変えたがったくせに、変わってしまった彼は彼ではないと言い出すなんて、私はどうかしているのかもしれない。


 でもきっと、エドワードきゅんが変わってしまったように、私も大きく変わってしまったのだと思う。蝶の羽ばたきは、私の心持ちにまで影響してしまったらしい。


 前世の私がエドワードきゅんに心のよりどころを求めたように、今世の私にはグウィンこそがこの世界でまっすぐ立つための手すりのようなものだった。グウィンは、私の妄想や妄言にずっと付き合ってくれた。彼がいなければ、前世を覚えていることに負担を感じ心を壊してきたかもしれない。怖いとか寂しいとか思わずに、ただただ日々を楽しく過ごせたのは辛辣に見えて実はとても優しいグウィンがいてくれたおかげだ。よくもまあ、この世界の常識を知らない私を見放すことなくお世話してくれたものだと思う。……給金がいいのかな?


 彼がいなければ、私はこの世界で生きていくことはできなかっただろう。社交界は、前世コミュ障には辛すぎる。そんな状況では、グウィンが現在最大の推しになっているのは当然とも言える。推し変、やってしまった……。浮気である。裏切りである。こんなことを本人に言える訳がない。ここまでエドワードきゅんへの愛を語っておいて、一番身近な相手に心惹かれちゃいましたとか絶対言えないじゃん。そう思っていたのに。


「お嬢さま、詳しく話を聞かせていただきましょうか?」


 眼鏡を光らせたグウィンにバルコニーに押し込まれた。やっぱり散々協力してきたのに、ここに来ての推し変とか許しがたいよね? ひとの道から外れた行いだよね? ひいいいい、ごめんなさいいいい。



 ***



「一体、どういうことか申し開きを聞きましょうか?」

「え、それはあ、えっとお」


 どうしよう。最初はあんなに理想に燃えていたはずなのに、途中から思い出を懐かしむような気持ちでエドワードきゅんの恋の成就を見守っていただとか、グウィンと作戦会議をしている方が楽しくてずっとおしゃべりをしていたかっただとか。執事であるグウィンと身分差で結婚できないのならば誰と結婚しても同じだと考えていただとか、私が誰かと結婚した後もグウィンに私の元で働いてもらうにはどうしたらいいかだとか。そんなこと、言えるはずがない。


「うわーん、私、こんなに尻軽じゃなかったはずなのにい」

「わたしに好意を持ったのは不本意だったと?」

「私の好きをなめるなよ! 世界の存亡よりもグウィンを選ぶくらい好きだわ!」

「では何の問題もないのでは?」

「え、もしかして私」

「いつも通り、全部口に出した状態でのたうち回っておりましたが」


 殺せ、いっそ殺してくれ! 私の願いが通ったのか、そこにまさかのエドワードきゅん、降臨。え、これって憤死するみたいに恥ずか死ねってこと? どことなく似通ったふたりの美青年が向かい合っている。


「兄上、ここにいらっしゃったのですね!」

「これはエドワードさま」

「エドワードさまはやめてください。そもそも、本来なら兄上がエドワードになるはずだったのに」

「どうしてこちらに?」

「婚約者殿は彼女の仲の良い御友人方とのおしゃべりに夢中なのです。せっかくなので、その間に兄上と久しぶりにお話したくて。また改めて彼女を連れて挨拶に来るつもりでおります」


 えーと、すみません、今何か大事なことをおっしゃいませんでしたか? 私の驚いた様子に、グウィンはくつくつと喉を鳴らした。


「グウィン、どういうこと?」

「ご説明しておりませんでしたでしょうか。彼とわたしは異母兄弟でして」

「そもそもエドワードという名前は、侯爵家では後継ぎとなる嫡男が受け取る名前として代々引き継がれているのです」


 グウィンのことを兄上と呼んだエドワードきゅんが、補足する。えっとつまりこれって、徳川家の嫡男の幼名が、みんな竹千代だったみたいな感じってこと? さび付いたロボットみたいに、妙な動きで私はふたりに向き直った。


「僕は当然、兄上が嫡男としてエドワードの名前を引き継ぐと思っていたのですけれどね。数年前の王太子殿下のお誕生日に、お茶会が終わるやいなやいきなり兄上が後継者にはならない、とある伯爵令嬢の元に婿入り前提で仕えることになったと言い出しまして」

「婿入り? え、どこに?」

「わたしがお嬢さま以外の誰のもとへ行くというのです」


 待て待て待て待て。確かにグウィンはエドワードきゅんの親戚だと言っていた。でも、親戚と異母兄弟では距離感が全然違うし、そもそも私が声をかけなければ、私の大好きなエドワードきゅんになっていたのはグウィンだったってことよね?


 じゃあ今のエドワードきゅんからニセモノ感が漂うのは当然じゃない。だって、もともと私が知っていたエドワードきゅんはグウィンなのだから。っていうか、婿入りとか聞いてないんですけど? 混乱する私の前で、グウィンがにこりと笑った。

 

「今まで何も疑問に思わなかったのですか」

「うん。グウィンが隣にいることが当たり前すぎて」

「なるほど。わたしの身分やら血筋云々について、旦那さまからの調査が入っておりますよ。そもそも将来の婚約者などでなければ、この年齢になってまでわたしがお世話係として一日中側にいることは難しかったでしょうね。一応説明はあったはずですが、お嬢さまは興味のないことは完全に聞き流してしまわれますから」

「確かに」


 えーと、ヤンデレばっちこいとか言いましたけれど、いくらヤンデレ好きとはいえ自分の隣に連れてくるつもりはなかったんですよ。平凡モブには荷が重すぎる。


「何にも執着しなかった兄上の宣言に、みんな大層驚いたのですよ。あの心からの笑顔に、父上は腰を抜かしていましたからね」


 あれ、どういうことだ? 何か大事なことを言われたような気がしたけれど、続くグウィンの一言でまとまりかけた考えは吹き飛んでしまった。


「まあ経緯はどうでもよいではありませんか。結婚に何か問題でも? お嬢さまとの生活はとても楽しいものでしたよ。何より退屈しませんでしたし。お嬢さまもそう思うでしょう?」

「ぐはあっ、おもしれー女枠来た。満足そうなグウィンの顔面がまぶしい」

「ふふふ、お嬢さまは腹黒敬語の長髪眼鏡スパダリも大好きですもんね」

「いやあああ、私の性癖をいちいち言語化しないで! あと自分でスパダリって言うな」

「お嬢さまが教えてくれた単語でしょうに」


 そもそも私はグウィンが大好きだ。彼こそが前世の推しのエドワードきゅんだったという衝撃の事実はいったんおいておくとしても、グウィンがいない生活は考えられない。


 それにただの世話好きな紳士に育っただけでヤンデレ化した様子もないし、このままで特に問題ないのでは? まあ気になるところがあるとするなら、私の萌え語りを聞きつつ知らん顔をしていたその根性と性格の悪さくらいなものである。でも、そういうところも好き。だから許す。でも、ちょっとくらいわがままを言っても許されるはずだよね?


「グウィンったら、結局ヤンデレにならなかったじゃない。心配する必要なんてなかったのだし、もっと早くこれ以上アホな行動はしなくて大丈夫ですよって言ってくれてもよかったのに」

「申し訳ありません。どうぞ機嫌を直してください」

「じゃあ、しばらくお茶会や夜会には行きたくない。引きこもりたい」

「仕方がありませんね。許可しましょう。お断りの手紙についてもお手伝いいたしますよ」

「完璧に引きこもるんだからね! グウィン以外には、屋敷の誰にも会わないんだから」

「構いません。わたしが世話をしていれば問題ないでしょう」

「じゃあ、ご飯も全部グウィンが作って。オムライスが食べたい! こちらの世界では米が飼料扱いとか、そんなあるあるは要らないのよ」

「かしこまりました。ですが、野菜もちゃんと食べなければダメですよ」

「はあい」

「当主教育はわたしも一緒に受けますから、ちゃんと頑張りましょうね」

「わかったわ!」

「……相変わらず兄上は()()()()()()なんですから」


 困ったような顔でエドワードきゅん……もといエドワードさまが声をかけてくる。うん、エドワードきゅんじゃない。よかった、私が大好きだったエドワードきゅんじゃないんだと理解したら、エドワードさまはただのエドワードさまとして違和感なく受け入れられた。


「私が怠け者だから、彼がこまめにお世話をしてくれているだけなのです。グウィンのおかげで、私は毎日楽しく暮らしておりますよ」

「ほらごらんなさい。当の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のですよ」

「うん? なんのこと? もしかして生活改善が必要なのかしら?」

「まさか。今まで通り暮らしていただいて大丈夫ですよ」

「よかったあ。これからもずっとよろしくね、グウィン」

「こちらこそ、ミランダ」


 にこりと微笑むグウィンは、いつも通り優しくて素敵だ。初めて呼ばれるはずなのに、妙に耳に馴染む私の名前に頬が熱くなる。今までもこれからも大好きなひとと一緒だなんて、嬉しい。私はグウィンの腕に自分の腕を絡めると、にこりと笑い返した。

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「したたかでこそ真の令嬢ですわ! アンソロジーコミック」(ブシロードワークスさま 2024年12月6日発売)に、『「お前を愛することはない」と言われても私はちっとも構わなかった。だって欲しかったのは、優しい夫ではなく綺麗なお家だったから。』が収録されております。よろしくお願いいたします。 バナークリックで活動報告に繋がります。
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