望み
「なんだろう。この複雑な気持ちは」
虎男はソファの上でため息をつく。これが本日10回目。
「望んだ時間なのになあ」
望んだ暇な時間。それは神特対のおかげである。
巨獣を始めとして、神特対の快進撃は凄まじく、どんな神依獣が現れようとも、即座に適応して撃退してきた。そこに、タイガーマンが割り込む隙間は無かった。
「だから、望んだ時間だって言ってんだろ!」
自分でも理解が出来なかった。
死という恐怖におびえる必要はもうないのだ。痛みに耐える必要もない。何をしたっていい、この時間を謳歌できる。それなのに、心の中は暗雲が立ち込めていた。
「ああ、くそだよくそ」
自分が嫌になる。あれほど文句や不満を垂れ流していたのに。しかし、この現状からしてその答えは分かっている。
「戦い以外に、俺には何にも残らない」
ただの平凡な元社会人。その姿こそ平凡とはかけ離れているが、中身は普通の25歳の男性。得意なことといえば、ちょっとだけ勉強が出来ること。でも抜きんでた才能ってほどもなかった。ただ適当な大学に通い、適当に就活をして、それで入ったのが典型的なブラック企業だった。怒鳴られて、寝て、怒鳴られて、寝て、怒鳴られて、寝て。そんな日々を過ごす中でふと思った。俺は何をしているのだろう、と。
でもその目的が無いからこそ、目前にあることに全力を尽くそうと思った。与えられた試練だと思って。乗り越えた先には何か価値を見出せるのかもしてない。だから嫌でも職場に足は向かった。
「言われなくても動けよ」
「うるさい」
「お前、ほんと何もできないのな。それでも大卒か?」
「うるさい」
「とりあえず、ゴミ捨てに行って来いよ」
「うるさい」
うるさい、うるさい、うるさい。
「あーあ。こんな会社、社員もろとも物理的にぶっ壊してやりたい」
そう、それは何も変わらない、残業した後の帰り道だった。見上げた星空。謎の光。そして、俺は普通の人間ではなくなっていた。
「あなたが思い描いていた夢を叶えました」
一つ目の異星人が説明をしてくれた。名を、ニマ。
「そんな夢、望んでなんていないよ」
ああそうだ。あの時はそうだと思っていた。でも、違ったんだ。俺は、俺は。心の奥底では望んでいた。それは、会社を壊すとかそういうことだけではなくて、一般から逸脱したかった。自分にしかできない何かが欲しかった。他の、誰もできないようなこと。それを、ニマは叶えてくれていたんだ。
やっと気が付いたよ。ありがとう、ニマ。
『それは違いますよ、タイガーマン』
タイガーマン。それは、俺にしかない名前。俺にしかない力。俺の役割。俺の価値。
『だから、違いますよ』
・・・って。その声は、ニマ!?
『お久しぶりですね、タイガーマン。元気にしていましたか?』
「ニマ、ニマ!久しぶりどころじゃないだろ。お前、どこで何しているんだよ!?」
『一切連絡もしなくてごめんなさいね。遠い場所で、ずっとあなたを見守っていましたよ』
「う、うそつけよ。本当は俺のことなんて忘れていたんだろ」
その姿は見えないが、ニマが微笑むのが分かった。
『あなたのことを忘れることなんて、ひと時たりともありませんでした。私の愛する地球を守るその勇士。目が離せません。それに・・・あなたと私には切っても切れない繋がりがある。あなたの体には、私のエナジーが流れているんですもの。エナジーでずっと繋がっているんです。私の力があなたの力となり、あなたの力が私の力となる。あなたは私。私はあなた・・・』
「じゃあ、それほどの繋がりがあるなら・・・どうして全然連絡してくれないんだよ!」
『それは・・・こちらにも、いろいろと事情があるわけです』
答えに困る様子が手に取るように分かった。
驚きとか、怒りとか、いろいろな感情が湧き上がるけど。でも、久しぶりにできたニマとの会話。次にいつ話せるかなんて分からない。だから、今のうちに。伝えられるうちに。
「ニマ・・・」
『・・・何ですか?』
「・・・ありがとう」
『・・・・・それは違います。』
「いや、今になってやっと俺は分かったんだ。あの瞬間から、俺が本当に望んでいたのは・・・」
『だから、それは本当に違うんです。エナジーを与えたのはあなたのためではなくて』
「でもそれが俺の力になっている」
『地球を守らせるためにあなたに力を与えただけで』
「それが俺の生きる意味に!」
『私のエゴが』
「俺の価値になっているんだよ!!!・・・だからさ、ありがとう、ニマ・・・」
『・・・そうですか・・・そうですか。あなたは不思議な人です。本当に、不思議な地球人』
「違う。俺は人間じゃない。虎と人間との融合。神依獣から地球を守るヒーロー。その名を・・・」
『・・・タイガーマン』
「そうさ、俺は・・・」
「タイガーマン!」
どこからか、ニマとは違う声が聞こえてきた。
「あなたの力が必要なんです!起きてください!タイガーマン!」
『出番のようですね、タイガーマン』
「出番・・・か」
『頑張ってくださいね。応援していますよ。また・・・会いましょうね』
ニマが意識の奥深くへと消えていくのが分かった。そう、ゆっくりと手を振りながら・・・。
「起きてよ!!!タイガーマン!!!」
目を開けると神特対の面々が、俺を囲うように顔を覗き込んでいた。
「お願いです、タイガーマン!あなたが・・・最後の望みなんです」
その真剣な眼差し。今の神特対でも勝てないとは、よほどの強敵が現れたようだ。
怖い。怖い。怖い。
・・・・でも、戦う。それが、俺の意味。
「・・・分かりました。今すぐに向かいます」
俺の、望み
読んでいただき、ありがとうございました。