vs巨獣(ベヒモス) (1)
「現れました。神依獣です!」
モニターを見る班員が声を張り上げた。神特対戦闘班の中にピリついた空気が流れだす。
「総員、配置につけ!守衛班は非常事態宣言の発令を政府に促せ!科学班は神依獣の分析を!」
指揮官のその指示に、現場は慌ただしく動き出した。
その中で、気弱そうな若い男性が指揮官のもとに向かった。
「あの・・・」
「なんだ?」
「あの・・・やはり、その・・・タイガーマンに連絡した方が良いと思うのですが」
「いらん」
「・・・え?」
「いらないと言っているのが分からないのか?まだその必要はない。怯える気持ちは分かるが、作戦通り遂行する!お前たち、気を張っていくぞ!」
現場の者たちは、指揮官の言葉に返事をする余裕はなかった。この度は今までと勝手が違う。神依獣と戦うのはタイガーマンではない。自分らだったからだ。
(ああもう・・・僕たちが戦えなんて、無理だよ・・・)
この場にいるほとんどの人間がそう思っていた。
ただしかし、虎のような鋭い目をもつ一人の男だけは違った。
(これが神依獣か・・・美しいな・・・)
※※※※※
事の発端は数週間前のことである。
タイガーマンの元に一人の男が現れた。
「初めまして、タイガーマン。噂通りの、虎の顔ですね」
「は、はあ・・・あなたは・・・」
「既にお聞きかとは思うのですが、神特対の中に、新たに戦闘班というものが組織されました。私はその神特対戦闘班の指揮をとらせていただきます、天羽野と申します。それで・・・この度はタイガーマンにお願いがあって参りました」
「お願いですか?」
「ええ。神依獣が現れた時なのですが、タイガーマンには今までと違って待機していただきたいのです」
「・・・え」
タイガーマンは何とも言えない感情になった。うれしいようで、悲しい感情に。
「かなり驚かれたと思うのですが、これは地球の、いえ日本の未来のためなのです。いつまでもタイガーマンに頼ってばかりではいけない。もし、あなたが戦闘不能な状態になった時・・・それは決して望ましいものではないのですが、現状では私たちがどこまで戦えるのかが分からないのです。ですから、いざという時のために・・・」
「・・・分かりました」
タイガーマンが承諾するその姿を見て、天羽野は一部の冊子を取り出した。
「この第一次神特対計画は、既に総理大臣の許可をとっております。ですから、次に神依獣が現れた時から実行したいと思います。どうか、ご理解のほどを。・・・しかし、タイガーマン。これはあなたの力を必要としていないというわけではありません。誰一人として負傷者を出さないことが前提の計画ですので、最終的にはあなたに要請する事態が大きく予想されます。ですから・・・その時は・・・」
※※※※※
「目標は北西175.127㎞地点!地上を時速40㎞でこちらに向かって進行中!」
「非常事態宣言発令完了!」
「自衛隊、警察への出動要請完了!」
慌ただしく情報が飛び交う中、天羽野だけは冷静だった。
「よし、まずは民間人の保護を優先しろ。攻撃はそれからだ。科学班は少しでも多く映像から神依獣の特徴をつかめ!」
「指揮官!民間人の安全は確保されました。現在神依獣が進行する場所は幸いにも人が住んでいない山の奥深くであり、その周囲50㎞に住む住民は守衛班が保護したとのことです!」
「了解!」
「指揮官!神依獣は全長1200メートルであり、アフリカゾウに似た容姿をしています。今までの第一から第三神依獣の傾向から見ると、おそらくその戦闘能力もアフリカゾウに近いかと思われます。また、何か日本語のような言葉を発しているとの情報も・・・」
「何?すぐに現地の音声をここに流せ!神依獣になった異星人の言葉かもしれない」
指令室には、神依獣の声が流れた。
『はやく現れるでトス!タイガーマン!この巨獣が相手になってやるでトス!』
「ベヒモス?」
「おそらく、この神依獣の名称かと思われます。また、この口癖は第二異星人のウェヤーと合致しています」
「分かった。我々も統一して、この神依獣を以降ベヒモスと呼ぶ。全班に早急に通達しろ」
「指揮官!ベヒモスの様子が・・・」
「どうした?」
「進行をやめて何やら・・・」
指揮官がモニターを見ると、巨獣はその巨体を、猫が伸びをするような体制をとっていた。
「何をする気だ・・・」
モニターに神特対の不安な視線が集まる。
そして、ウェヤーの声高な声が指令室に響く。
『こうすればその事態に慌てて来るでトスかな?』
その次の瞬間、ゴオオオという音が流れるとともに音声が途切れた。
「音声遮断!原因は現在不明!」
「いや、モニターを見れば一目瞭然だ・・・これが神依獣の力か・・・」
天羽野たちが見るモニターには、巨獣の周囲の木々がごっそり抜けてその大きな口内へと吸い込まれる様子が映し出された。そして、その映像を映していたドローンも徐々に引き寄せられていき・・・。
「・・・映像遮断」
「困ったな。代わりのものを飛ばして映像を映せ!音声もだ!」
「了解です!」
「指揮官!こちらは科学班。確認できたベヒモスの吸引力は200万W。一般的な掃除機の100万倍です!また、内臓温度の上昇が確認されています。吸い込まれた固体が分子レベルまで小さく・・・おそらく、吸い込んだものを瞬時に消化し、ソレが持つ全エネルギーを体に蓄えているものだと思われます」
「分かった。引き続き動向を確認しろ!・・・その吸引力でゴミを吸い込むことが出来たらどれだけ地球のためになるか・・・」
「映像、音声の準備ができました。接続します。」
モニターに再び映し出されたのはまるで台風が過ぎ去ったような裸の更地だった。
『タイガーマン、聞こえているでトスか?早く来ないと、次は地球人がいっぱいいるところでやってやるでトスよ!』
指令室にどよめきが走った。
「いかん。守衛班に至急通達しろ!ベヒモスが民間人の多くいる都市部に移動性があることを!」
「了解です!」
「こんな攻撃を都市でやられたもんなら・・・一度に人口が3分の1にまで減ってしまいそうだな」
「指揮官!」
「なんだ?」
「・・・」
天羽野の横に、先ほどの若者がいた。
「なんだ、言ってみろ?」
「・・・タイガーマンを呼びましょう」
「は?」
「タイガーマンを呼びましょうって言っているんです!・・・だって、ベヒモスの目的はもっぱらタイガーマンじゃないですか!僕たち普通の地球人は全く相手にされていないんですよ・・・それに、タイガーマンをベヒモスの前に出しさえすれば、納得して、民間人への被害は確実になくなるじゃないですか!」
口には出さないが、この若者の叫びは神特対のほとんどの叫びであった。指令室の皆の視線が集まる。
「・・・お前たちの気持ちは分かる。しかし、ここで諦めてはだめなのだ」
「どうしてですか?諦めではないですよ!これは戦略的な撤退で・・・」
「それはただの言い訳だろ!」
天羽野の腹から出る声は、雷のようであった。
「いいか。地球人・・・いや、特に我々は守られることに慣れてしまっているんだ。自国の防衛組織はあるものの、周囲の強豪国と条約を結んで、戦争が起きた時はそういった国々に任せようとしている。今回の神依獣の件だって・・・神依獣特別対策本部という組織を設立しながら、いつも支援に留まるのみで、前線に立って戦うのは最初からタイガーマンに任せっきりじゃないか。その証拠に、私が立ち上げるまで神依獣と戦う部門すらなかった。戦おうとする意思すらなかったのだ」
「・・・しかし指揮官。どう考えたって、僕たちの力で神依獣を倒せるわけが」
「だからやる前から決めつけるな!それに、今回は人間vs人間の戦いではない。地球人vs異星人だ。・・・まあ、その能力から地球人vs神といっても過言ではないかもしれないが。ただ、戦う相手が誰であれ、その戦いが起きているのは地球。それも、奇しくも日本なのだ。異星人が戦いたいのはタイガーマンかもしれないが、そこで生活している地球人・・・いや、日本人である我々が戦おうとしなくてどうする!・・・これは命令だ。作戦を続行する」
いつの間にか、その場にいた皆が天羽野の周囲に集まっていた。
天羽野の話が終わると、静かにそれぞれの持ち場に着き、再びモニターへ視線を向けるのであった。
「大丈夫だ。負傷者を絶対に出さないことが条件の作戦だからな。やれるところまででいい。そこまで、全力だ」
「了解です!」
絶望は0になったわけではないが、それぞれの心には希望という光が少しずつ差し込んでいるのであった。
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