妬圃祁(トーケ)卿の襲来
「はああああ・・・疲れた」
タイガーマンは研究所の一室、ソファの上に倒れこんだ。
神依獣との戦いを終えたことによる疲労ではない。度重なる検査が故に生じるものであった。
「お疲れ様です、タイガーマン。これで検査は全て終了です。疲れたとは思いますが、今からあなたの体の変化について分かっていることをご説明します」
寝転がるタイガーマンを気にもせず、神依獣特別対策本部の研究員は満足した顔で話を続けた。
「まず・・・あなたがその人智を超えた力を発する条件です。これは、感情の起伏に由来しています。つまり、あなたの持つ感情が強くなると、勝手に力が解放されるということです。その際には、力が解放された部位の見た目が変わることも分かりました。パンチを繰り出すときには手がトラの手に変身し、空高くジャンプするときには足がトラの足に変身します。それで、感情が弱まると変身部分も元に戻るようですね・・・」
タイガーマンは黙って自分の顔を指さした。ニマと出会った日から変わらない、トラの顔を。
「頭部だけは常にトラですが・・・これは変身とは違うように思われます。噛む力が特段強いわけでもないですし・・・CTスキャンの結果から見るに顔の表皮がトラになっているということしか分かりませんでした」
「・・・はあ」
「まあ、いいんじゃないですか?強そうでかっこいいですよ!」
「そんなお世辞はいらないよ・・・てか、それよりも、ニマから受け取ったエナジーについて知りたいんだけど」
「それは・・・分かりませんでした。視覚できるようなものでもなく、どういった原理で核反応を超えるような力が出るのかは分かりませんでした。実際、地球には存在しないエネルギーなので・・・」
「・・・やっぱ、そうか・・・」
ニマが言っていたところによると、エナジーはセア人にとっての力の源であり、生きる源であるという。それは他者から認識されることで増大し、それが信頼・信仰などの強い思いになるとより大きなものになるというが・・・タイガーマン自身にとっても、いまだに謎が多いものであった。
「私たち神特対は引き続き調査を続けますので、何か分かったら、またその都度教えますので!今後もよろしくお願いします!」
研究員は、ポッケから豆粒くらいの小さな機械を取り出した。
「これは最新型のトランシーバーです。あなたの猫耳に合わせて作りました。ぜひ、受け取ってください!私たちはテレパシーを送ることは出来ませんので、これであなたに戦いの助言できればと思います」
「あ・・・ありがとう」
タイガーマンがちょっと照れていると、緊迫した声が耳に入ってきた。・・・テレパシーだ。
『タイガーマン!タイガーマン!聞こえますか?』
「ああ、聞こえるよ。また来たのかい?」
『はい・・・覚悟してください。今までの二人とは違う異質の幹部、妬圃祁卿が・・・』
「また新しいやつか・・・いったい何人いるんだよ・・・っておい、もしもし、ニマ?」
『・・・』
「ニマ?聞こえる?」
『・・・』
(最近、ニマとの会話が一方的になってきたんだよなあ・・・)
そんなことを考えていると、神特対施設内にサイレンが鳴り響いた。
「タイガーマン、神依獣です!」
※※※※※※
「それで、神依獣はどこにいるんだ?」
「もう少し東に進んでください!海面にいるとの報告が上がっていますから!」
タイガーマンが向かった先は太平洋。ヒーローなら空でも飛びそうだが、タイガーマンにはジャンプする力はあっても浮遊することは出来なかった。だから、そこは文明の利器を借りて船で目的地へと向かうのであった。
「あ、あれか!」
数十分走らせていると、水面上に漂う巨大なクラゲのような神依獣がいた。
「待っていましたよ、タイガーマン」
神依獣は船上にいるタイガーマンを見ると、優しい声で話しかけた。
「このような姿で出迎えるようで申し訳ない。我が名は妬圃祁。主、サ・タ様の命令を受け、地球の侵略に参りました。その前に、タイガーマン。まずはあなたを倒します」
タイガーマンは身構えた。圧倒的な強者の雰囲気を感じたからだ。
「・・・と、まあ命令に従い戦いに来たわけですが、今回は私の負けでいいです。何もしませんので、どうぞ、私を倒してください」
「・・・え?」
「ですから、タイガーマン。私の負けでいいと言っているのです。油断させてからそこを狙おうなどといった作戦でもございません。もし、本気で戦うのであれば、この100本は超える弥勒の触手をあなたに向けて同時に刺すのですが・・・見ての通り、今日はそんな気分ではございません」
「い、いや、どういうことだよ?戦わないんだったら、俺だって倒す気にはなれないんだけど・・・」
タイガーマンが困惑していると、妬圃祁は大きな声で笑った。
「はっはっはっは!・・・そうですか、タイガーマン。いいですね・・・あなたが好きになりました。しかし・・・」
すると、海面から一本の細長い触手が伸びてきて、クラゲの傘にあたる部分を指した。
「・・・しかしですね、タイガーマン。無傷で帰りますと戦わなかったことが知られてしまいますのでそういうわけにもいかなくてですね・・・ここが弱点になりますので。ひと思いに倒してください!・・・このままでは帰れませんので・・・お願いです」
タイガーマンは本意ではなかったが、このまま地球に居座られても困るので思いっきり殴ることにした。
「タイガあああパンチいい!」
タイガーマンは船上から軽く飛び上がり、弥勒の傘をめがけて拳をぶつけた。
ぶにょぶにょぶにょ
(え?)
しかし・・・弥勒の体はまるでスライムのような感触だった。物理的な力が吸収されてしまう・・・。
「あの、タイガーマン・・・どうしましたか?ウェヤーやツァラーを倒した時のように、本気でお願いします」
「い、いや・・・別に手加減をしたつもりじゃないんだけどな・・・もう一度!」
タイガーマンは拳に集中し、力を溜める。
「タイガあああパンチいい!」
ぶにょぶにょぶにょぶにょ
「ああああクソ!タイガあああパンチいいい!」
ぶにょぶにょぶにょぶにょぶにょ
「タイガあああああああパンチいいいいいい!!!」
ぶにょぶにょぶにょぶにょぶにょぶにょ
しかし、何回やっても結果は同じ。手ごたえの無い結果にいら立ちを募らせるタイガーマン。苛立ちという強い感情が力に変化し、徐々に威力も高まってはいるのだが、弥勒を破壊することはできなかった。
「タイガああああああああああああああパンチいいいいいいいいいいいい!!!!!」
ぶにょぶにょぶにょぶにょぶにょぶにょぶにょぶにょ・・・スポン!
「え?」
気が付くとタイガーマンは海中にいた。どうやら、弥勒の体を貫くことは出来たらしい。貫くことは出来たのだが・・・。
「タイガーマン・・・これでは帰れないです・・・」
「・・・あああああもう!!!」
何時間戦っていたのだろうか・・・水平線の向こうでは日が沈みかかっており、辺りは暗くなってきた。
(ホントに、どうすれば倒せるんだ・・・)
「もしもし、タイガーマン!こちら神特対です!聞こえますか?」
唖然としているタイガーマンの耳元で、装着したトランシーバーから声が聞こえてきた。
「うん、聞こえるよ。ちょうど困っていたんだよ・・・全然手ごたえが無くて」
「そうですか、分かりました。それではささやかではありますが情報提供を・・・。こちらの分析によると、いくら打撃を繰り出しても意味がないと考えられます。どれだけ強い一撃を繰り出しても、神依獣の外的損傷はほとんど見受けられません。ですから、殴るというより細かく切り刻むような攻撃の方が効果があるように思われます」
「いや、でも・・・俺にパンチ以外には技が・・・」
「あなたが融合しているというシベリアトラは鋭い爪を持っていますが・・・その爪で切り裂くみたいなことってできませんか?」
「爪・・・?」
攻撃をやめたタイガーマンを見て、妬圃祁卿はエールを送りだした。
「がんばれがんばれタイガーマン!負けるな負けるなタイガーマン!!!」
(ああああ!なんで神依獣に応援されているんだよ!!!)
と、その瞬間指の先に異変を感じた。
見ると虎の手に変わっているのと・・・5本の指の先にある爪。この一つ一つが太刀のように伸びていた。
「待たせたな妬圃祁卿!!!あんたのお望みの通り、これで倒してやるよ!!!タイガあああクロウうううううう!!!!!」
タイガークロウ――長い5本の爪が、柔らかい弥勒の体を切り裂いた。6つに分断された弥勒はその瞬間、大きな光を放ちながら破裂した。
「またお会いしましょう・・・タイガーマン・・・」
静かな夜の海。タイガーマンの耳にふとそんな声が聞こえたような気がした。
妬圃祁卿を倒したタイガーマンは、星空を見上げながらひとりため息をついた。
「今までで一番倒すのにクロウしたよ・・・ほんと」
読んでいただき、ありがとうございました。