龍虎相搏 (1)
サ・タの鋭い目が光る。
「いいでしょう。それがあなたの望む結果ならば。後悔させてやりますよ、タイガーマン」
サ・タはよろよろと立ち上がり、両手を天にかざした。
「フュージョン!!!黒龍!!!」
雷が落ちたかのように、辺りに閃光が走る。
眩んだ目が治った先に映るのは、炎のような形をした角、ワニみたいな大きな口と並びの悪い鋭い歯をもつ、蛇のような長い体をした巨大な龍だった。
「ミテロ・・・タイガーマン・・・」
黒龍が吠えた。
より一層雨が激しくなる。バケツをひっくり返したなんてものではない。海をひっくり返したような雨が地球を襲う。
「サ・タ・・・まさか、お前・・・」
水位が急激に上昇する。
つま先から膝へ、そして腰まで水に浸かっていく。
「やめろおおおおおお!!!!!!」
陸地が、地球人が皆、水に飲みこまれていく。すべてが水の底に。
至る場所から、地球人の叫び声が聞こえる。助けを求める声が。
「うわあああああああああああああああああああああああああ」
足掻いても、足掻いても、空高くに舞う黒龍に、俺のパンチは届かなかった。
「こんな、あっさり終わるのか・・・」
水は口元にまで上がってきた。
「ごめん・・・ミ・カ・・・」
ついには、助けを求める人々の声も、消えていった。
※※※※※
「哀れですね・・・タイガーマン・・・」
水中に沈みゆく俺の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「そういう私は、もっと哀れですが・・・」
「その声は・・・」
「お久しぶりです。妬圃祁です」
その姿は見えない。落ち着いたような声だけが、俺の耳に続けざまに入ってきた。
「本当に、この行動が正解なのでしょうか。私は分からなくってしまいます。分からないことが嫌で・・・そのために『卿』になったのに」
勝利を目前にして喜んでいると思いきや、妬圃祁卿はこの状況にひどく悩んでいるようだった。
「サ・タ様の言うことがこの世の真理であることは間違いない・・・はずなのです。あの方が神なのだから・・・そうですよね?・・・タイガーマン」
「なんでそれを・・・俺に聞くのです?」
「なんで・・・ですかね・・・それも私自身分かりません。ただ・・・」
「ただ?」
「ここにいると、ありえないことが起こるのです。サ・タ様の真理に反する事象が・・・」
「何があったのですか?・・・妬圃祁卿?・・・妬圃祁卿?」
何度も呼んでみたのだが、その声に返事は無かった。
「タイガーマン、そこにいるのでリムか?」
続けて聞こえてきたのは子供のような声だ。
「覚えているでリムか?ツァラーでリム。・・・少しの間、僕の話を聞いてほしいでリム。最低な人間の懺悔を・・・」
ツァラー卿は、精気のない声で、淡々と語り始めた。
「僕は審判をしたのでリム。役に立つ人間と役に立たない人間を・・・。役に立つ人間はそのまま残し、役に立たない人間は・・・エナジーに還したのでリム」
「エナジー・・・?」
「そうでリム。タイガーマンとこの惑星を包み込んでいる、この水たちは、還された人間や下等生物のエナジーなのでリム」
ツァラー卿の語りは、狂ったように加速した。
「強制的にエナジーに還元されて、強制的に生まれ変わらせられたのでリム。一粒、一粒の雨が別の個体のエナジー。それが地上に落ちることで混ざり合いひとつのものになる。そこには個体間の違いというものはないでリム。つまり、これが僕の目指していた理想の世界であり、幸せが広がっていると思っていたのでリムが・・・。なのに、全然違うのでリム。聞こえる声の多くは、みんなの苦しみ。そもそも、審判だなんて・・・」
そこでツァラー卿の声は、あぶくのように消えていった。
「僕がタイガーマンに聞きたいことは、ただ一つでトス」
誰かが、俺の頬を殴る。
その先には俺に跨るようにウェヤー卿がいた。
「なぜ、あのバカ女を殺したのでトスか?」
「・・・バカ女?」
「とぼけるなでトス!!!」
ウェヤー卿は、もう一度俺の顔を殴った。
「あのバカ女は・・・この世界で、誰よりも愛が溢れる人間だったでトス。そんなニマ卿を・・・お前は、どうして・・・」
ウェヤーは泣いていた。悔しそうに、俺の胸をドンドンと叩きながら。
「そこまでして、お前は自分の望みを叶えたかったのでトスか?ひとりの人間を殺してまでも・・・」
「・・・それは」
答えに、困った。
今でも理解しがたい複雑な事情。ニマ卿が本当は地球を創った創造主ミ・カであり、その引継ぎこそが彼女の願い。それを伝えたところで、ウェヤー卿が分かってくれるはずもない。彼にとってサ・タが全てなのは明らかなのだから・・・。
「余計なことを考えなくていいでトス!」
ウェヤー卿は、また俺を殴った。
「お前のその目を見れば分かるでトス。ありのままを教えて欲しいのでトス。それが、どんな理由であっても。ただただ真実が知りたいのでトス・・・お願いでトス・・・タイガーマン・・・」
「分かったよ。実は・・・」
俺は、話した。
この世界の摂理を。引継ぎの過程を。
彼は目に涙を浮かべながら、全ての話を静かに聞いていた。
「そう・・・そうだったのでトスか・・・ありがとうでトス、タイガーマン・・・」
ウェヤー卿の体は泡となり、水の中へ溶けていった。
「タイガーマン」
「タイガーマン」
「タイガーマン」
また別の声が聞こえた。複数人いる。聞き覚えの無い声だ。
「あなたが、タイガーマンなのね」
「お願い、タイガーマン。私たちの星を救って!」
「あなただけが、頼りなのです。あの悪魔を倒せるのは」
四方八方から、もみくちゃにされるように話しかけられた。
「君たちは誰なんだ?」
「私たちは・・・こことは遠く離れた星で暮らしていたもの」
「知性を持たないとされていたものや」
「強制された生き方が嫌になった者など」
「つまり、『最期の審判』にてエナジーに還元された者の集まりです」
「こうして出会えたことに感謝です。私たちはあなたの味方です」
「サ・タを倒すためならどんなことでもします。ですから、どうか、どうか・・・」
「立ち上がってください・・・サ・タを倒すために」
その瞬間、俺はものすごい力によって、背中を押し上げられた。
「この、エナジーは」
「あなたのために」
「あなたが、本当の」
「私たちの神様であり」
「英雄です」
そして、あっという間に俺の体は水面まで上昇した。
「これは・・・」
不思議なことが起きていた。水の上に、立っている。
そして、俺の体を渦巻くように風が吹き始めた。
「あきらめないで」
「まだ終わりじゃない」
「仏になった私が言うのだから、間違いない」
「裏切ったりしてすいませんでした。今は、あなたを信じています」
「私たちの地球を守って」
「それが、願い」
「お願い、私たちの英雄」
空耳ではない。風が、俺に話しかけてくれていた。
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