ウェヤー卿の襲来
あれから一ヶ月の月日が経過していた。ニマの言う通り、虎太郎は人間社会から孤立してしまっていた。会社はクビになり、彼を怖がり周囲から人は離れていき、その心は孤独に蝕まれていた。
その日も虎太郎はひとり公園のベンチに座っているのだった。
(はああああ。なんでこうなっちゃったんだろう。)
唯一の救いがあるとすれば、地球が平和であるということだった。青空、公園、はしゃぐ子供たち・・・。面は違えど、その瞳に映る世界は前と同じだった。
『こんにちはタイガーマン』
聞き覚えのある声がした。虎太郎の周りには誰一人いないのに・・・意識言語だ。
『聞こえますかタイガーマン、私です。ニマです。』
ニマ。それは虎太郎をタイガーマンに変えた異星人の名前である。
「おいおい、ニマ!あれから一ヶ月も音沙汰がないとはいったいどういうことなんだよ!」
『すいません。いろいろ事情がございまして』
「こっちは大変だよお、全く。見た目が変わっただけで会社はクビになるし、周りにいた人も俺の元からどんどん離れていくし・・・所詮俺はその程度の人間だったんだなあって」
『自分を卑下してはいけませんよ。それに・・・あなたは人間ではありません。地球を守る英雄、タイガーマンです』
「そのタイガーマンっていう呼び方もやめてくれよ。普通の人間じゃないにしても、俺には虎太郎って名前があるんだし、それに・・・微妙にダサいし」
『そうですか?セアで日本の文化を調べてみますと、似たような名前の英雄がいっぱい・・・ってこんな話をしている余裕はないんですよ、タイガーマン!ついにその時が来ちゃったのです!』
「その時?」
『はい。わが惑星セアの過激派が、地球を征服しに来るんです!』
「・・・え?」
『ですから、地球を征服しに、地球人の心を奪いに来るんです!』
「本当に?冗談でしょ?」
『冗談をいうためにわざわざエナジーを使ってあなたにテレパシーを送るわけないでしょ!セアからだとどれだけ負荷がかかることか・・・ってそんなことはいいんです。お願いしていたように、セアの刺客から、地球人を守ってください!』
「いや、急に言われても心の準備が・・・」
『準備する余裕があるかも分かりません。もうそっちに着いているかもしれません。・・・ウェヤー卿が!」
「・・・・・・いや、誰だよ」
『わが星の過激派の一人で・・・ああ、すいません・・・エナジーの消耗が激しくて、ううっ・・・』
「お、おい、ニマっ大丈夫かっ」
『あと・・・は・・・・・・・・・・』
ニマとの会話はそれきりになってしまった。
(全く、何だってんだよ)
「こんにちはトス、虎太郎君。いや、今のあなたはタイガーマンというほうが正しいでトス?」
「・・・え?」
いつ現れたのかもわからないが、ベンチの横に全身紫色の男が座っていた。ニマと同じ一つ目をした、人間っぽい見た目の男が・・・。
「その顔ですぐに分かったでトスよ、タイガーマン。吾が名はウェヤー。主、サ・タ様の命令に従い地球を征服しに参ったでトス。さっそくでトスが、タイガーマン。まずはお前を倒すでトス!」
自身をウェヤーと称す異星人。その体色は紫から、見る見るうちに赤くなっていった。その大きな一つ目も獲物を見つけたトラのように鋭いものになっていく。そして、懐から十字の形をしたペンダントを天高く掲げた。
「御父、御子、御霊の力において・・・・融合!一角獣!!!」
融合――メフィがトラと虎太郎を合体させたソレによく似ていた。ウェヤーが叫んだ瞬間、持っていた十字のペンダントから光が放たれる。シャボン玉のような光の中にウェヤーは包まれ、あっという間に大きくなり・・・高さが20mを超える辺りになるとパンッとはじけた。現れたのは、家ひとつ分の大きさはあろう、大きな角の生えた真っ白い馬だった。
(なんだ・・・この怪獣は・・・)
虎太郎はあまりの衝撃に身体が動かなくなってしまった。
(俺が、こいつと、戦うのか・・・)
恐怖だった。壮大な力を与えられたとはいえ、心は虎太郎のままなのである。見たこともない巨大な怪獣と対峙し、純粋な恐怖が虎太郎の体を蝕んだ。ガタガタと足が震えた。
「覚悟するでトス」
一角獣は虎太郎に向かって、その大きな角を振りかざした。虎太郎は、その角を受け止めようと両手を前に出す。両者が衝突した瞬間、すさまじい爆風が公園から周囲に放たれる。
木々の葉は舞い、人々は悲鳴をあげながら逃げ惑った。
「うぅ・・・・・・・・・」
虎太郎はウェヤーの力に押されていた。踏ん張る足もじりじりと後ろに後退し、地面がえぐれていった。
「どうした、タイガーマン。貴様の力はその程度でトスか?・・・おりゃああああ!」
振りかざした角の力を緩めることで、体制を崩した虎太郎の一瞬の空きをついた。今度は下から思いっきり振り上げることで、虎太郎は抵抗する余裕もなく、遠くかなたへ吹き飛ばされてしまった。
「おやおや、ご加護を受けたタイガーマンもこの程度でトスか。それでは本格的に、我が破壊力で地球人の心を奪うでトス!」
ウェヤーは町を破壊し始めた。立ち並ぶ家々、電柱、車、人間・・・目につくものを片っ端からなぎ倒していった。警察、自衛隊など、あらゆる機関が出動するが、それを留めることすら出来なかった。瞬く間に日本は大パニックに陥いるのであった。
※※※※
『タイガーマン』
「・・・」
『起きて、タイガーマン』
「・・・その声は・・・ってイタタタタタ」
虎太郎はどこかの山の中、腐葉土のベッドに横たわっていた。
『よかった。目が覚めたようですね』
「ニマ・・・俺、勝てないよ」
『え・・・』
「怖いんだ。あんなでかい怪物を、人間の俺がどう倒せっていうんだよ。俺、死んじまうよ・・・」
『違いますよ、タイガーマン。あなたは人間ではありません。異星人である私がエナジーを送り込んだ、地球を救う英』
「もう止めてくれよ!!!おれは虎太郎なんだよ。力はあるかもしれない。でも、中身はただの人間の虎太郎なんだ。普通の人間なんだよ・・・体に気持ち追い付かないんだよ・・・」
『気持ち・・・ですか?』
「ああ、俺なんかがヒーローになれるわけがないんだ!ただ能力を与えられたって、元がダメだから意味が無いんだよ!・・・ああ!こんなに孤独なら、死に怯えて戦うくらいなら、いっそのこと、あの時何も知らないまま死んじゃえばよかった!なんで俺なんかを助けて、変な能力を与えたんだよ!ニマ!!!!」
『それは、このまま死なせてしまったら、地球人だったあなたに申し訳なかったから。命を救い、圧倒的な力を与えたのは、生前のあなたの願いを少しでも叶えたかったからで・・・』
「そんな嘘聞きたくねーよ!!!!理由は知らねーけど、俺がセア人と戦えば何かと都合が良かったんだろう?だから人間として不要な能力を与えて・・・そんなのエゴの押し付けだよ!」
『・・・確かに、セア人から地球を守って欲しいというのは、私のエゴかもしれません。・・・でも、この美しい星を守れるのはあなたしかいないのです!タイガーマン!』
「なんで俺なんだよ!!!セア人のお前なら、本気になれば俺なんかより互角に戦える力くらいあるんだろう?地球に干渉しないほうがいいなんてキレイ事言ってないで、お前が戦って守れよ!!!」
「それは・・・・・・・できません」
「ニマにもできないなら、俺には絶対に無理。裏切るようで申し訳ないけど、考えていたのと現実は全然違ったわ」
「・・・・・・・そうですか・・・分かりました。地球を守ることは、タイガーマンであるあなたの義務でも何でもありません。ですから、これ以上強制するような権利すら私にはありません。あなたにこんな目に合わせてしまって、本当にごめんなさい。もう二度と声をかけることはありません。それでは・・・さようなら・・・」
ニマとの会話が終わった後も、虎太郎はずっと空を見ていた。木々の隙間から見えるいつもと異なる空を。
戦闘機がいっぱい飛んでいた。まるで、日本で戦争が起きているみたいに。
「ああああっくっそおおおおおおおお」
虎太郎は叫んだ。怒っているのは自分の境遇でも、ニマでも、侵略者でもなかった。・・・自分の不甲斐なさだった。
(くそおおおお。俺は・・・俺は・・・)
「ここに居たのでトスね、タイガーマン」
ドンッという音とともにに、周りの木々がなぎ倒される。土煙の奥には、あの一角獣がいた。
「さすがに飛ばされただけででくたばる体ではないでトスね・・・でも、これで息の根を止めるでトス」
「うるさいよ」
「はい?」
「うるさいんだよ。勝手に地球人の心を奪っていればいいだろ。・・・俺は独りにしてくれ」
「・・・これじゃあ戦いがいがないでトスね」
虎太郎がやさぐれる姿を見て、一角獣の口からはため息が出た。
「ホント、情けないでトスね・・・これがあの女が自分を犠牲にして助けた地球人だなんて・・・今頃治療室で泣いているトスな・・・」
(・・・え?)
虎太郎は体を起こし、ギロリと一角獣を見た。
「ど、どういうことだよ?あの女?治療室?」
「知らなかったでトスか?お前を助けたせいで死にかけているでトス。セア人にとってエナジーは生きる源。そのエナジーのほとんどをお前に使い果たしたのがあのバカ女でトス。全く、事故とはいえ、義理も無いのにたかが地球人ごときを救うなんて・・・放っておいたって罰があるわけでもないでトスに」
「倒す」
「はい?」
「絶対に倒す」
虎太郎の体は震えていた。恐怖ではない。怒りだった。
「ハッハッハッハ!ついに戦う気になったでトスなタイガーマン!やれるものなら、やってみろでトス!!!!」
一角獣は助走をつけて突進をしてきた。虎太郎の体を角で突き刺すべく・・・
「これで終わりトス!」
一角獣の角が虎太郎の体の1m前まで迫っていた。
その瞬間だった!
バアアアン!!!!!
爆風が生じた。虎太郎が跳ね飛ばされたと思いきや、地面に足を付けている。一角獣を止めたのだ。それも、片手だった。右手で一角獣の角の先を掴んで止めたのだ。
その手――人間のものではない。鋭い爪が生えた、ふさふさの手。それは間違いなく、トラの手だった。
グッグググググ
その手で角を掴み上げる。2トンはあろう一角獣が宙に浮いた。
(死ぬ思いまでして助けてくれたのに・・・俺は・・・俺は・・・)
「かっこ悪すぎだろおおおおおおおおおお!!!!!」
虎太郎は、一角獣をそのまま真上へ投げ飛ばした。
そして、虎手を握りしめた。握りこぶしに力を溜めていき・・・・・爪の隙間から光が溢れてきた。
「タイガあああああああパあああああああああンチ!!!!!!!!!」
落下してくる一角獣にめがけて、その拳を放った。すさまじい光と爆発音を放って、一角獣は消滅した。
(か・・・勝った・・・・・・・てか、ニマって・・・女だったのかよ・・・)
虎太郎はその場に倒れた。そして、深い眠りにつくのだった。
※※※※※
『タイガーマン』
「・・・・・」
『ありがとう、タイガーマン。戦ってくれて』
「・・・ニマか・・・ごめんな・・・」
『なんで謝るのよ、タイガーマン!すごいじゃないの!!!あなた一人の力で、あのウェヤー卿に勝ったのよ!!!』
「いや・・・ニマの気持ちを考えていなかったなあって・・・せっかく助けてくれたのに」
『そんな、気にしなくていいわよ。実際、あなたを救出する名目で力を与えて、利用しているのは事実ですから』
「あと、ニマ。体は大丈夫なのか?」
『体ですか?』
「俺を助けるために死にかけたって聞いたけど・・・」
『え、え、え、え、誰がそのようなことを・・・え、ウェヤー卿が話していたんですか?・・・まあ、一時は危なかったかもですが、もう大丈夫ですよ!だいぶ良くなりましたから!』
「そう・・・なら良かったけど」
『ところで、タイガーマン。日本の文化を調べていて英雄を見つけました。「ウルトラマン」って名前なんですけど、ご存じですか?・・・どこか、今のあなたと似ているなあって思いまして』
「うん、知っているよ。ウルトラマン・・・か。」
虎太郎は、ふさふさの毛が生えた頭を掻いた。
「いや、ウルトラマンには及ばないよ。おれは『ウルトラ』じゃない。半人前の、虎マンさ」
読んでいただき、ありがとうございました!