ツァラー卿の過去
この話もまた、タイガーマン誕生よりもずっと前の話です。
僕たち父子ふたりの住処はキラキラした服やアクセサリーで溢れていた。しかし、それらは僕らの所持品ではない。そういったものでしか周りに存在感を与えることが出来ない人が使い、そして捨てていったモノたちだ。父はそういったモノをかき集め、ドーム型の家を作ってくれた。最高の暮らしとは言い難かったが、それでも居場所を求めて徘徊する以前の生活よりはマシだった。一緒に寝る時だって、父のぬくもりがずっと近くで感じられたし。
「ごめんな、リム。お父さんが不甲斐ないばかりに、こんな生活をさせてしまって」
毎晩寝る時間になると父は僕に謝っていた。
「急にどうしたんでリム?別に謝る必要はないでリム」
「本当だったら、お前の年齢だったら学校に行かせてあげたいのだけど・・・お父さんのエナジーがないばかりに・・・」
「別にいいのでリムよ。学校に行きたいなんて思ってないでリムよ」
「そうか・・・・・・本当にごめんな」
父は、エナジーが少ないらしかった。原因は良く分からない。父は深く語らず、自分が悪いとしか言わないが、決してそんなことは無いと思う。・・・だって、優しいから。
※※※※※
「お宅のお子さんを、うちに預けてはもらえませんか」
そういう言葉を口にする人が、度々お父さんところに現れた。ふつうの学校への勧誘とは違うことだけは、なんとなく僕にも理解が出来ていた。
「うちに預けていただけたら、あなたのお子さん、そしてあなたにも豊かな生活を・・・」
「帰ってもらいたい」
「考え直してくださいよ。こんな孤立した場所で生活させていては、お子さんが得られるエナジーだって小さいでしょうし・・・」
「もう一度言う、帰れ」
「そんなんだからあなた自身のエナジーも・・・」
「帰れ!!!!」
そういった連中を追い返す時の父の顔は、魔物のようであった。
「ごめんな、リム。驚かせちゃって」
「いや、別に大丈夫でリムよ。・・・それより、よく来るあの人たちは何なのでリム?」
「・・・いつか、お前がもう少し大きくなったら話す」
「いつもそればかりでリム。リムだって、もう学校に通える年齢になったのでリム。それくらい、教えてほしいのでリム」
「・・・・・・・」
父は、すごく悲しそうな顔をして、僕の目を見た。
「ごめんなさいでリム。別に、お父さんを責めるつもりはなかったのでリム」
「いや、いいんだ別に。お父さんは自分の不甲斐なさを悲しんでいる以上に、お前の成長を喜んでいるのだ。大きくなったなあ、リム」
父は、僕の頭をゴシゴシと撫でてくれた。そして、淡々と話しだした。――この世界の、サ・タという神様が創った不平等な摂理を。
※※※※※
「それじゃあ、あの人たちは教育するという名目で、自分だけにエナジーを集めるというのでリムか!?」
「そう。お父さんみたいな社会から孤立した人の子供に自身の存在を教え込んで、エナジーを集める。それで自分の力を高めて・・・」
「そんなの、ずるいでリム」
「ずるい?」
「だって、そうじゃないでリムか?それじゃあ、ここに捨てられたモノと扱いが一緒じゃないでリムか!」
「しかし、モノとは違って簡単に捨てられることは無いよ」
「・・・でもかわいそうじゃないでリムか!他人のエナジーのために生きるなんて」
「まあ・・・でも、それは人それぞれで考え方が分かれるところだな。少なくとも、そこで生活する子供たちは、ここよりは豊かな生活が保障されているのは確かだよ」
あの連中を援護する父に対し、僕は今までに感じたことのないほどの怒りが湧いてきた。
「・・・父は、なんであいつらを肯定するのでリムか!あんなやつらの考えなんて・・・」
「・・・・・・」
父は再び黙り込んだ。そして、悩みつつも、今まで話したことのなかった秘密を僕に打ち明けてくれた。
「お父さんはね、そういった施設で育てられたんだ。でも、結局逃げ出したからこの生活になったんだけどね。それに・・・実のところ、お父さんにもあの人たちを批判する資格なんてものは無いんだ」
「・・・それは、どういう意味でリム?」
父は、一度大きく息を吸って、それから吐いた。
「お父さんは、自分が生きるために、お前をつくった」
父の言っている言葉が理解できなかった。
「・・・つまり、どういうことでリム?」
「施設を逃げ出した時の自分には生きながらえる最低限のエナジーすらなかった。だから、この世界に、自分の存在を認識してくれる他者を求めたんだ。幸いにも、自分と似たような境遇の人を見つけて・・・お前を生ませた」
僕は、驚きのあまりに言葉を失ってしまった。
「その時は、自分のエナジーを得るために子供をつくったといって間違いは無いと思う。・・・そこに愛なんてものはない。だから俺の嫁はすぐにどこかへと消えていった。・・・今では俺の存在も、すっかり忘れているだろう。でも、今もこうしてエナジーが得られて、なんとか生きていられるのは・・・お前のおかげなんだ、リム」
父は、目に涙を浮かべていた。そんな父の姿が、なんとも可哀そうだった。
「俺のこと、怒っているよな」
「・・・なんともいえないけど、多分。お父さんにも怒っているし、それ以上にこの世界が憎いでリム」
「・・・この世界が?」
「・・・この世界の仕組みを、創り変えたいでリム」
「施設を抜け出した俺が言うのは説得力がないが、冗談でも、神に関してそういったことを口にしてはいけないよ」
「冗談では、無いでリム」
「・・・神に対して反抗心を持つとは・・・俺は子育てを間違ったようだな」
父は、落胆するようなその口調とは裏腹に、ぎゅっと僕を抱きしめた。
※※※※※
そして、その数週間後。ひとつの啓示が僕の元へ来た。
神に近い位である、「卿」になるチャンスが。
この世界を変えることが出来るかもしれない、チャンスが。
読んでいただき、ありがとうございました。