ウェヤー卿、誕生
タイガーマンが誕生するよりも、ずっと前の話です。
「ウェヤー、ご飯よー」
温かい声が一階から届いてきた。それと伴ってお腹が鳴ってしまうくらい美味しい香りが。
急いで階段を降りる。テーブルには出来たての朝ごはんがあった。
「ウェヤー、おはよう」
父上だ。
「おはようでトス、父上」
「どうした?また寝不足なのか?」
「いえ、そんなことは」
「お前は真面目すぎるんだよ。誰に似たんだか・・・なあ、お母さん」
「うふふ、そうね。でもウェヤー、真面目はいいけどあなたは真面目すぎるのよ。それは良くないわよ」
母上は僕の頭を軽く撫でた。年齢からして、そういった扱いは困るのだが、それでも僕はうれしかった。
「そうだぞ。真面目の前にバカがつくってものだ・・・まあそんなことはいいや。集まったことだしご飯にしよう」
「そうね」
いつもの儀式。僕と父上、母上は手を合わせた。
「御父、御子、精霊の御名において・・・いただきます」
「いただきます」
毎日の朝ご飯。僕は、これがたまらなく好きだった。
「母上、質問があるのですが」
「何よ。改まってどうしたのよ、ウェヤー?」
「母上はどうして朝ごはんを作るのですか」
「どうしてって・・・ねえ?」
母上は困った顔で父上を見た。ちょうど父上はご飯を口の中にかき込んでいるところだった。
「ウェヤーはお母さんの朝ごはんが嫌いなのか?」
父上は、口をもごもごしながら聞いてきた。
「いえいえ、そんな訳はないでトス。・・・ただ、気になったんでトス。他の家では行っていない儀式なので」
「他の家って?」
「学校で、僕の家では朝ごはんという儀式があるって言ったら、周りの友達は誰も知らなくて・・・」
「アッハッハッハ!そうかそうか。だってよ、お母さん。他の家ではやっていないんだってさ」
「まあ・・・そうかもしれないわね。別に食事からエナジーを摂取できるわけでは無いし。必要かって言われたら、生きるためには必要ないかもしれないわね」
「うん。・・・効率が悪いって言われたでトス。・・・でも、僕は好きでトス。母上の朝ごはん。・・・なんか、温かくなるんでトス、心が。」
「そう、それは良かったわ」
母上は、にこりと笑った。
「お母さん、本当にうれしい」
そして、そのすぐ後だった。
当たり前の毎日が崩壊した瞬間――神様からの啓示があったのは。
僕が、選ばれし「卿」の候補生になったのは。
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神殿は住み慣れない場所だった。母上も、父上もいない。友達も・・・。周りの候補生はみんな目がギラギラしているし、打ち解けられるような雰囲気ではなかった。
(・・・朝ごはんが恋しいなあ)
今までの当たり前の日常に戻りたかった。
そんな心が見透かされたのだろうか。ある夜のことである。ベッドの上で横になっていると、近くで聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『ウェヤーよ。どんしたんだい。そんな浮かない顔をして』
「その声は・・・サ、サ・タ様!?!?どこにいらっしゃるのですか!?!?」
『私自身はそこにはいないよ。ただ・・・君と私はエナジーでつながっているんだ。だから私の声が君に届く。ところで・・・名誉ある「卿」の候補生である君が、どうしてつらい思いをしているのかね?』
「そそそそんなことないでトス!「卿」の候補生になれたことが、セア人にとってどれほど名誉なことであるかは理解しているつもりでトス。そのために友達や先生、父上と母上は莫大なエナジーを僕に与えてくれたんでトス。だから、つらい思いなんて・・・」
『ウェヤー君、嘘は良くないよ。ここに来てからというもの、君だけ周りと雰囲気が違うからね・・・いつもどこか遠くを見ているようで』
「す、すみませんでトス。やる気はあると・・・思うのでトス。けど・・・」
『けど?』
「目的が無いんでトス。「卿」になって果たす、明確な目的が・・・」
『ウェヤー君。君は真面目すぎるんだよ。他の皆だって、「卿」になってからの目的なんかないよ。欲しいのは、純粋な力。「卿」になることが目的なのだから』
「そ、そうなのでトスかね・・・」
『私の話が信じられないっていうのかね?君も含めてここにいる候補生は皆、候補生に選ばれた時に私のエナジーを受肉していて・・・だから、その心は分かるのだよ』
「す、すごいでトスね・・・サ・タ様は。でも、僕なんかがそんなサ・タ様の「卿」になんかなれないでトスよ」
『それは、どうして?』
「僕は普通の家庭で育った、ごく普通の一般人でトスから。だから、家族や友達が恋しくて・・・「卿」になること以上に、今までの日常が。その資格なんて・・・」
『その資格の有無は私が決めることだよ。この世界の神である私が』
「・・・すいません、不遜をお許しください。神様」
『今回は許してやろう。・・・ちなみに君にはその資格がある。・・・その意味が分かるかい?』
「・・・え?」
ゆっくりと、神様は僕に囁いた。
『今日から君は、ウェヤー卿だ』
読んでいただき、ありがとうございました。