タイガーマン、誕生
社会人、西方虎太郎は今日も仕事に疲れていた。
(なんで大卒の俺がゴミ捨てばっか行かされるんだよ・・・)
大学を卒業したばかりの彼にとっては不満ばかりの毎日だった。仕事は肉体労働。人間関係は最悪。あらゆることから逃げたがっていた。
(はあああ・・・怪獣にでもなって、あの会社を破壊出来たらなあ・・・)
残業後の帰り道、夜空を見上げた彼はふと思った。
輝くいくつもの星。ギラギラと輝く金星のような星もあれば、中には今にも消えてしまいそうな名もなき星もいっぱいある。彼は、それを人間と重ねていた。
(どうせ、俺なんて・・・)
その時だった。金星よりも一際目立つ輝きをした星があることに気がついた。
(なんだあれは!)
急速にその輝きは増していった。大きさも、周りの星の100倍は大きく・・・。
(違う、こっちに落ちてきているんだ!!!)
そう思ったときにはもう遅かった。
虎太郎の眼には真っ赤な光が・・・。
それからどれほどの時間が経過したのだろうか。虎太郎が意識を取り戻したのは研究室のような一室だった。
(どこだろう、ここは・・・ああ・・・体が・・・動かない・・・)
ただベッドで寝ているだけなのに、虎太郎の身体はギプスで固定されているかのようにほとんど身動きがとれない状態だった。そして、目をきょろきょろさせていると虎太郎の顔を覗き込む人物がいた。
(誰・・・)
人間ではないのはすぐに分かった。人間の顔をしていない。顔には特徴的な大きな一つ目があったからだ。
(おれ、どうなっちゃうんだろう・・・)
『あ、ア、亜。意識言語を通じてあなたに話しかけているのですが、聞こえていますか?』
虎太郎の脳内に、青年のようなさわやかな声が入ってきた。
(・・・あ、日本語だ)
『もし聞こえましたら、反応を・・・』
「・・・はい、聞こえます」
かすかではあるが、虎太郎は何とか口を動かして息に近い声を出した。その様子を見ると一つ目は、淡々と話をつづけた。
『私はあなたにこれ以上の危害を与えるつもりはございません。ですから、安心してください。事の経緯を順を追って説明しますので、まずは私の話を聞いてください。
私は惑星セアーから来ました。名前はニマと申します。』
「惑星セア・・・?」
『はい、地球から遠く離れたところにある星です。前々から地球には文化の進んだ異星人がいることが分かっていたのですが、今回はその偵察のためにやって参りました。いまいる一室は、その宇宙船内部になります。なぜ、あなたがここにいるのかですが・・・それは私の着陸の失敗によって、あなたは瀕死の状態にあったからです。ですから、ここで治療をしていました』
「ああ、そういえば思い出したよ。こっちに迫ってくる光があって・・・」
『はい、大変申し訳ありません。あなたのちょうど真上に落ちてしまいました。その影響で魂と肉体はバラバラ。なんとか私のエナジーを送り込んで修復したのですが・・・・・・えっと、これをご覧ください』
すると、虎太郎の真上にモニターが表示され、ベッドに仰向けに寝ている虎の顔が映し出された。
「なんです、これは?・・・ってあれ?一緒に口が動いて・・・」
『・・・・これは、あなたです。』
(!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?)
虎太郎は衝撃のあまり声が出なかった。それが自分だと言われても信じることができなかった。
『本当に、ごめんなさい。どれほど頑張っても顔の修復が出来ませんでした。ですからそれを補うために・・・まさか、他の地球人を使うわけにはいきませんでしたので、高等動物と融合せざるを終えませんでした。それで、ちょうど近くの施設に監禁されていたシベリアトラを使って・・・』
「いやいやいや。困りますよ、そんなことを勝手にされては。この顔でどうやって生活しろっていうんですか?これ、いつか戻せるんですよね?」
『申し訳ございませんが・・・不可能に近いです』
「うそ・・・だろ・・・。それにしても、なんでトラなんだよ。サルとかチンパンジーだったらせめてもっと人間らしい顔立ちになったのに」
『すいません。これでも少しはあなたのためを考えたつもりです。脳内電子をつかさどった時に、接触5分以内であなたは夢を一つ思い描いていることが分かりました。ですからその・・・その夢をかなえようとしたのです』
「夢?」
『・・・はい。恐ろしい巨大生物になって、あなたが帰属する建造物を壊したいという夢です。ですから、この周辺にいる、その理想に近い高等生物を調べて・・・シベリアトラに決定し融合させました』
「そんなあ・・・たかがそれだけのことで・・・」
『本当に、申し訳ございません。・・・ですが、力は十分にあります。人間だったころに比べて一万倍以上の威力が出せるようになりました。あなたの片手のパンチ一発を地面に打ち込むだけで半径500メートルのクレーターが生じます。間違いなく、この星において、あなたは最も強い生物です』
「いやいらないよ、そんな力。確かにあんな会社壊れればいいとは思うけどさ、実際にそうするわけにはいかないじゃいか・・・この顔で、これからどう生きろっていうんだよ・・・」
おそろしい顔とは裏腹に、そのエメラルド色をした瞳から一筋の涙が流れた。ふさふさの毛に伝う涙を、ニマは人差し指でそっとぬぐった。
『あなたには、大変申し訳ないことをしたと思っています。ですが事実、あなたは地球人としての生き方をすることはもう出来ません。そんなあなたが今後どうやって生きるか・・・・・・私に1つ提案があります』
ニマの一つ目がかっと開いた。
『その力で、あなたの星を守る英雄になるのです!』
「・・・は?ヒーロー?スーパーマンにでも変身して、世の中の悪事と戦えって言ってるの?あいにくだけど、おれは人として優れていないから、力があったってヒーローなんかにはなれないよ」
『揚げ足を取るようで申し訳ございませんが、あなたは既に人ではありません。シベリアトラと西方虎太郎の融合と、私ニマの全てのエナジーを受肉した地球最強の英雄、タイガーマンです。それに・・・あなたが戦うのは地球人ではありません。私と同じセア人です』
「・・・え?どういうこと?」
ニマは一呼吸をおくと、ゆっくりと話し始めた。
『私が地球に来た理由・・・それは地球人にどれほどの知性があるのかを調べるためです。結論から申し上げますと、宇宙広しといえどもトップのレベルだと思います。だからこそ・・・セア人は侵略にやって来ると思われます。地球人の心を奪うために』
「・・・心を?」
『はい。私があなたに送り込んだエナジーの源・・・
それは他者からの認識なのです。それはその生物の知性に影響するのですが、セア人は他者に認識されることこそが力の源。認識のさらに上をゆくのが、信頼や信仰といったその人を思う強い心なのです。この心を得ることで凄まじい力を得ることができます。地球人にはその心があります。ですから、我々セア人にとっては格好の獲物なのです・・・言い方は悪いですが』
「え、いや、そんな深刻な話なの?要は、地球に自分をアピールしに来るってことでしょ?侵略なんていうから、もっと残虐なことをされると思っていたら、なんだその程度か」
『・・・本来、他星人に干渉すること自体が好ましくはないのです。干渉の程度によっては、その星が独自に培ってきた文化を一度に破壊しかねますから。ですから、私の干渉も最低限にとどめています・・・少しハプニングはありましたが。つまり何を言いたいのかといいますと、地球には既にそういった高度な文化があって、強引に私達が干渉するのは悪いことなのです。それに、侵略に来るであろう派閥は何を起こすか分かりません。他者の心を得るためには、あなたの言う残虐な手段を取るかも分かりません。ですから、力を与えられたあなたが、地球人の体と心を守ってください!』
「・・・まあ、分かったよ。俺にできることならやってみる」
『どうか、よろしくお願いします。それでは、タイガーマン。あなたを家に送り届けて私は去ります。どうか、お元気で。あなたの肉体には私のエナジーが流れています。ですから、何かありましたらセア星から声を掛けます。ある意味私も融合の要素、肉体の一部なのです。ですから・・・ってタイガーマン?・・・寝てしまいましたね・・・』
※※※※
カンコン!カンコン!カンコン!カンコン!
朝。布団の上。スマートフォンから凄まじい音が鳴っている。・・・仕事に行く時間だ。
虎太郎は重い体をゆっくりと起こす。
(ああ…なんか、壮大な夢を見ていたなあ。やけにリアルな。・・・はあ、仕事ダル)
ストレスをぶつけるように、虎太郎はスマートフォンのアラームを止める。画面が切り替わると、ニュース速報が画面に表示された。
『○○動物園シベリアトラが行方不明 脱走か 近隣住民は注意』
(虎・・・か・・・)
嫌な予感がしながらも顔を洗いに洗面所へ行く。
そう、それは夢ではなく現実だった。
鏡には虎の頭をした男が――虎男がいた。
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