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リリーは決めた

婚約者の心変わりをこの目でしかと見たリリーは、勝手にこちらの一存で婚約解消に向けて法的手続きを取る事にした。


半ばやけくそでもあったけど、

何かしていないとまた泣くだけの日々に明け暮れそうだったから。


やけくそリリーは動き出す。


「確かこの国の貴族間の婚約解消は役所に提出した婚姻約定書の差し戻し手続きから始まるのよね」


“婚約”という形を取らない平民であれば、結婚後に籍を置く土地の領主に結婚証明書を発行して貰う。


だけど領主自身やその家族や親戚、つまり貴族の場合は余程の事がない限り、まずは婚約期間を設けるのが慣例となる。


そして貴族間の婚約は必ず書面にして国に届けなくてはならない。


国に届出を出してようやく正式な婚約と認められるわけだ。


もちろんリリーとグレインも両親の名の下に正式に結ばれた婚約であるからして、必ず国に婚姻約定書を提出している。


それをどこの役所に提出したのかどこに請求すれば差し戻しが出来るのか、リリーはヘイワードに尋ねた。



「いや……それが13、4年も昔の話だろう?私も子どもだったし、よく知らないんだよ。両方の親がもう亡くなってるというのが困ったところだな……」


ヘイワードが困った顔をして言う。


「ライト伯爵領地内にある国の役所に提出したのではないのですか?」


リリーが聞くとヘイワードが答えてくれた。


「私もそう思って、出向役人に確認してみたんだが、どうやらここには無いらしいんだ」


「では王都の中央貴族機関に直接提出したのかしら?」


ジョゼットが一つの可能性を口にする。


(中央貴族機関とはこの国、アデリオールの貴族の婚姻や戸籍の管理、相続や継承など全てを管理統括する所なのであ~る)


「多分ね。リリーのお父上は宮廷貴族であった事を考えると、他に縁の地はなさそうだし」


ヘイワードのその言葉を受け、リリーは二人に告げた。


「じゃあわたし、もう一度王都へ行って直接中央貴族機関で調べて来ます」


リリーがそう言うと、ヘイワードが厳しい顔つきで却下した。


「ダメだよ。この前は無断で行かれてしまったからどうしようもなかったけど、今王都では違法薬物が一部に広がりつつあってとても危険らしいんだ。無事に帰って来られたから良かったものの……リリーはしばらく領地からは一歩も出さないからね」


「そ、そんなぁ……!」


「気持ちはわかるけどやけくそになって突っ走らないで欲しいんだ。婚姻約定書の方はこちらで任せてくれないか?」


やけくそリリーになっているのがヘイワードにはお見通しらしい。

兄の様に慕うヘイワードを困らせたいわけではないので、リリーは素直に応じる事にした。


「……はい、わかりました」


ジョゼット様が気を取り直す様に明るく言った。


「そろそろお茶にして王都マンジュウをみんなで食べましょう」


「今日はわたしがお茶を淹れます。動いていないと窒息しそうなの」


深刻な顔をつきで言うリリーにジョゼットが柔らかく微笑んだ。


「リリーったらマグロじゃないんだから。でもリリーの淹れてくれるお茶は美味しいから嬉しいわ、よろしくねリリー」


「はーい」


キッチンへと向かうリリーの背中を見送りながらヘイワードがため息を吐いた。


「グレインの奴、何を考えてるんだ?アイツ、正気なのか?」


「あんなにリリーに夢中だったのにね……」


ジョゼットが頬に手を当て憂いの表情を見せる。


「グレインの真意を確認するのは当然として、その前に気になる事があるんだ」


「気になる事?」


「妙だと思わないか?いくら身内に関係する事とはいえ、遠く離れた王都の噂がこんな田舎に早々に届くなんて。しかも随時更新され、最新の噂がフレッシュに耳に入るんだ」


ヘイワードのその言葉に、ジョゼットが眉根を寄せた。


「確かに。王都で最新のファッションが次のシーズンにようやく入ってくる程の田舎なのにね」


「……そんな田舎に嫁いで来てくれてありがとう」


「いやだわおほほ、私、田舎が好きよ。でも本当に妙だわ。確か噂を聞かせてくれたのは貴方のお友達のマルタン様でしたわよね?」


ヘイワードは頷きながら答えた。


「そう。それに王都で買い付けをしてくる商人とだ。そしてその商人はマルタンの遠縁の者でもある」


ジョゼットの目がキラーンと光る。


「匂いますわね」


「そうだろう?一度調べてみるよ」


ヘイワードがそう締めくくった丁度その時、リリーがお茶の支度の載ったテーブルワゴンを押しながら部屋に戻って来た。


その後は3人でお茶を飲み、王都土産のド定番、王都マンジュウに舌鼓を打った。



ヘイワードが懸念した、

友人の一人であるマルタン=コンラッドの噂の件。

本当に善意のものなのか、それとも裏に何か含むものがあるのか。

意外にも早く、その真相が明らかになった。


やけくそリリーがじっとしていられず、せめて法的な流れをきちんと頭に入れておこうと領内の図書館へ出向いた時の事だった。


「やぁリリー嬢、奇遇だね」


マルタン=コンラッドが法律関連の本を読み漁るリリーに声をかけて来た。


「あら……コンラッド様、ご機嫌よう」


リリーが眉間にシワを寄せて挨拶をする。


耳を覆いたくなるような噂を聞かせてくれるマルタンの顔を見ると、もはやリリーの眉間には自動でシワが寄るようになっていたのだ。


マルタンが苦笑いを浮かべてリリーに言う。


「酷いな、リリー嬢。キミの為を思って仕入れた情報なのにそんな顔をするなんて」


リリーは眉間を指で摩りながらマルタンに返した。


「ごめんなさい、体が咄嗟に拒絶反応を示すみたいなんです」


「……まぁいいです。それよりも、婚約解消の手続きは進んでいますか?」


「ヘイワード様が色々と動いてくれていますわ……」


それを聞き、マルタンの顔が破顔した。


「そうですか!彼は優秀な男だから、すぐに婚約は解消になるでしょうね!」


「……そんなに嬉しそうにされると複雑なんですけど」


リリーの眉間に再びシワが刻まれる。


「いや失礼。だってリリー嬢、僕はキミに幸せになって貰いたいんですよ。そして出来ればキミを幸せにするその役目を僕が果たしたいと願っている……!」


「…………は?」


「リリー」


「は?」


突然の呼び捨てにリリーの眉間にかつて無いほど深くシワが刻まれる。


そんなリリーの様子もお構いなしにマルタンはリリーの手を掬い取った。


「!」


「リリー、あんな簡単に心変わりするような奴の事は忘れて僕と幸せになろう。キミ達の婚約が解消されたら、直ぐにでもキミに結婚を申し込むよ」


そう言ってマルタンはリリーの指先にキスを落とそうとした。


「!?」


リリーは咄嗟にマルタンから手を奪い返し、こう言った。


「いずれ解消されるにしても、

今はまだわたしはグレイン=ライトの婚約者です!不埒な振る舞いはおやめください!」


「向こうは不埒な真似をしているのに?」


「!!」


リリーの脳裏に見知らぬ女性の肩を抱いていたグレインの姿が浮かぶ。

それと同時に王都へ行く前にリリーの指先にキスをした時の彼の顔も。


怒りたいのか泣きたいのかわからない。

その感情を持て余す。


「それでも!わたしは誠実でありたいの!」


そう言い残し、リリーはその場を後にした。


後ろから「いずれ正式に申し込むから!」

と曰うマルタンの声が聞こえたが、もちろん無視である。


〈グレインのバカ!ろくでなし!あんぽんたん!グレインの所為であんな男に手を握られたじゃない!グレインなんか!グレインなんかっ……〉


大キライ。


その言葉がどうしても出て来なかった。


手のひらを返すようにすぐに嫌いになれたらどれほど良かったか。


グレインの心変わりを目の当たりにしたというのに、まだ彼への想いは燻りながらも消えてはくれない。


一体どうしたらいいのか。


どうすればいいのか。


リリーにはわからない、わからないのだ。




図書館でのマルタンとの一件をヘイワードに話すと、ヘイワードの眉間にも深くシワが刻まれた。


そして、「やはりそういう事か……」とポツリ呟く。


それから直ぐにヘイワードはコンラッド家にリリーとの接触禁止を申し渡した。


理由は必要以上に噂を吹聴しリリーを傷付けた事、そしてまだ婚約者を持つ身のリリーに対しての不適切な言動である。


マルタンは自身の父を介して抗議してきたが、リリーの後見人でもあるヘイワードはバッサリと切り捨てた。


その後の調べで明らかになったのは……。


マルタンは予てよりリリーに横恋慕をしていたらしい。


そして遠縁の商人が街でたまたま女性と共にいるグレインを見かけ、マルタンに注進したそうだ。

これはリリーを手に入れるチャンスだと踏んだマルタンは、それを脚色してさらに信憑性のある噂話にでっち上げ、リリーに聞かせ続けたというわけだ。


その報告を受け、ジョゼットがヘイワードに問う。


「では噂はデマだったという事なの?」


それに対し、ヘイワードは首を横に振りながら答えた。


「……残念ながら、リリーが現場を見てしまってるからな……あながちデマではないのだろう……まぁ王都中に噂が広まっているというのは嘘っぱちだろうな……でも、いやしかし、どうしても腑に落ちない」


「そうね……」


頭を抱え込むヘイワードとジョゼット。


「やはり一度、王都へ行ってくるよ」


ヘイワードがそう告げた時、ノックも早々にリリーが部屋に入って来た。


「ヘイワード様、ジョゼット様、わたし決めました」


リリーの様子を見て、ヘイワードは嫌な予感しかしなかった。


「な、何を決めたんだい?」


「わたし、職業婦人になります。これからは女性も手に職を付けて、自立して生きていく時代が来ると思うんです!」


「しょ、職業婦人……?手に職……?一体何の職に就くというんだい?」


若干頭痛がしてきたヘイワードがリリーに尋ねると、リリーはキッパリと言い切った。


「それをこれから懸命に探します!」


「つまり行き当たりばったりのノープランと……」


ヘイワードが額に手を当てる。

その姿を横目で見ながら、ジョゼットは表情を明るくしてリリーに言った。


「それはいい考えだわ!リリーにはどんな職業婦人が似合っているか、私も一緒に考えるわ」

 

ジョゼットの申し出にリリーは目を輝かせた。


「本当?ありがとうジョゼット様!」


リリーの暴走を後押ししようとする妻に、ヘイワードは目を見張った。


「ジョゼット!?」


それをジョゼットは小声で制する。


「しっ!今のリリーはやけくそリリーなのよ。やけになり過ぎて突っ走るよりも、何か別の方向へ誘導する方が安全よ」


「な、なるほど……」


「リリーの事はわたしに任せて、貴方はグレイン様の方を何とかしてください。そして必要とあらば即、婚約を解消してリリーを楽にしてあげて」


普段のんびりしたジョゼットからは想像もつかないような重低音の声で言われ、ヘイワードの額に汗が滲んだ。


「……わ、わかった」



こうしてやけくそリリーは

婚約解消後に向けて明後日の方へ向かって走り出した。


今はとにかく止まると死ぬ。


やけくそリリーはマグロになった。























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