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妖精女王の孫  作者: 海月 海
2/5

*妖精は橙の果実を収穫する

どうかダニーと結婚し、幸せな夫婦になれますように。


これがベッキーのただ一つの願い事だった。


あのカフェの店主に言われた通り願いをこめながら紅茶を淹れ、狭い自室の窓辺に置く。少しだけミルクを足してミルクティーにした。離れる前に両手を組み、紅茶に向かってもう一度祈りを捧げる。


ダニーとは幼なじみだった。気づいた時には隣にいて、いつも一緒だった。長い付き合いの中で、彼が好きだと気づいたのはいつだっただろうか。

出会った頃にはまだ私の方が背が高かったのに、いつの間にか追い抜かれて今は頭一つ分も差がある。子供らしく高いボーイソプラノはいつの間にか低くなって。逞しく男らしい人になったダニーに、私はいつも胸をときめかせていた。


いつも一緒だったから友人達にはよくからかわれたけれど、恥ずかしくていつも過剰に反論してしまっていた。私がいつもそんなんだからダニーも似たようなもので、いつまでも幼なじみのまま平行線。鼻垂れた子供だったくせにかっこよく成長したものだから、それなりに彼が他の女の子達から人気があることも知っている。


当然ながら私は焦った。


子供の教育の尊さが説かれ、平民でも学校教育が受けられるようになって早数年。その学校に通っていた私達ももうじき卒業する。ダニーはなかなか有名な大工の元に弟子入りする事が既に決まっていて、私は卒業後どこかへ嫁がされることを父の口から聞かされていた。貴族に比べれば恋愛結婚の多い平民でも、親に決められた相手と結婚させられることはままある。まだ相手は決まっていないけどそろそろ見合い話が来るだろう。

だから正式に見合いをさせられる前に私はダニーに想いを告げなければならなかった。でなければ私は告白をするチャンスを永久に失う。それに上手くいけばダニーと想いが通じ、どこの誰だか知らない男の元へ嫁ぐ必要が無くなるのだ。


そうだとは分かっているのに、もし振られてこの関係が終わってしまったら。そう考えると怖くてなかなか前に進めなかった。


そんな時に聞いたのがある噂だった。なんでも飲めば何でも願いが叶う紅茶を出すカフェがあるらしい。しかも貴族だろうと平民だろうと関係なく受け入れてくれる。正直ただのおまじない程度の話だろうとは思っていた。けれど何でもいいから何かに背中を押して欲しくて。そのお店を探して訪れた。


私を迎えてくれたマスターさんは儚げでとても綺麗な人だった。店の扉を開ける直前、やっぱり根拠の無いものに縋るなんて無駄だと怖気付きそうになっていた。けれどマスターさんを見た瞬間。何故か大丈夫だと、そう信じる事ができた。美しい人には人を魅了するだけではなく、安心させる特別な力が備わっているのかも知れない。


そう、きっと大丈夫。だってあのマスターさんのいう通りにしたのだもの。


ダニーを想いながら眠りについた翌朝、窓辺に置いておいたミルクティーは嵩が半分になっていた。



ーーーーー

「ダニー!」


家を出てすぐのところで丁度ダニーを見つけ、つい嬉しくてその背中に声をかけた。早速あの紅茶の効果が発揮されたのかもしれない。名前を呼ばれた彼はこちらを振り返り手を上げた。


「おー、ベッキー。どこかへお出かけか?」

「今日は天気がいいからちょっとお散歩に行こうと思って」

「確かに気持ちいい天気だよな。昨日の夕方の土砂降りが嘘みたいだ」

「あの、もし良かったらダニーも一緒にどう?」

「いいのか?じゃあ一緒に歩くか」


ニカっと彼は人好きのする笑顔を向けてくれる。友人としては近く、恋人としては遠い。そんな幼馴染みの距離感で並んで特に当てもなく歩き始める。何だかいい調子かもしれない。最近いつもツンツンとした態度ばかり取っていたから、こんな風に気安く話せるのが嬉しい。このまましばらくは二人きりでいられるのだから、これは紛れも無くなくチャンスだ。頑張れ、私。大丈夫、きっと上手くいく。ぐっと勇気を振り絞る。


「あの、今日はダニーに話したいことがあって。聞いてくれる?」

「おお、いいぜ。何だ?」

「ここではまだちょっと話しにくいから、この後あの場所に行って……」

「あら、ダニーじゃない!」


まだ告白本番ではないというのに、いつもより一段と大きな音を立てて動く心臓を抑えながら言葉を紡いでいたところで。少々甘く高い声で彼の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「よう、ミランダじゃないか」


ミランダは同じ学校に通うクラスメイトの女の子だ。女の子らしくて可愛くて人気がある。そして、どう見てもダニーに気があるライバルでもあった。


「ふふ、偶然とは言えお休みの日に貴方に会えて嬉しいわ。ねえ、よかったらこの後付き合ってくれない?今日は広場の方でバザーをやっているんですって」


そう言ってミランダは甘えるように下からダニーを覗き込んでお願いする。私だって隣にいるのに、見えていないのかしらこの子。きっと見えてはいるんだろうけどわざと無視しているのがわかる。


何を言っているのよ。嫌、すごく嫌。ダニーは今私と一緒にいるの。それにこれから私はダニーに……。


ちらりとダニーを見上げると少し困ったような顔で私とミランダの顔を見比べていた。


ああ、駄目だ。意気込んでいた心が萎んでいく。

私よりもミランダの方がずっと可愛いし、ただの散歩よりもバザーを見て歩く方がずっと楽しそうだ。ダニーだって本当はそっちについて行きたいのかも知れないのに、幼馴染だからと私に気を遣っているのかも。でもここではっきりとミランダのことを選ばれたら。私きっと立ち直れない。


「あー、私は一人でも大丈夫だからついて行ったら?」

「え?いや、でも」

「ベッキーもこう言ってるし、行きましょ!」

「じゃあ二人とも楽しんで」

「いやおい、お前なんか話があるって……」

「やっぱりなんでもないから、じゃ!」


ダニーの腕にミランダが絡みつき、広場の方へと引っ張って行こうとする。私、あんな風にダニーに触れたことない。手を繋いだのだって子供の頃が最後で、いつの間にか互いが互いに触れなくなっていた。ああ、私はなんて可愛くないんだろう。上手に甘えられもせず、こんなこと言うなんて。


二人の姿を見ていられなくなった私は無理矢理笑顔を作って別れを言い、その場を離れた。少し離れ角を曲がって二人の方から完全に私の姿が見えなくなってから一気に駆け出す。辿り着いた先は人気の無い、ひっそりとした公園だった。なんとも言えない侘しい風情が、今の私の心中を表している様だった。


ここはまだ幼かった頃、探検だと言って町をダニーと二人練り歩いた日に見つけた二人だけの秘密の場所だった。

本当はここでダニーに想いを伝えるはずだったのに。一人で膝を抱えて座っている私は何て惨めなんだろう。

今頃広場で二人が楽しんでいるのかと考えると、とてもやるせない気持ちになった。自分から身をひいたくせに。

今日彼と二人で並んで歩いている時に感じた全能感に似た感情は、やっぱり気のせいだった。あのお店の紅茶も、やっぱり子供騙しのただのおまじないに過ぎなかった。綺麗な人だからって騙されたわ、これは詐欺よ。

面とは向かって言えないけれど、心の中で悪態をつく。


はあ、きっと今日が最後のチャンスだった。なんでも無いなんて、そんなわけないのに辛くなって自分から逃げてふいにした。これで知らない誰かに嫁ぐしかないのね、私。さようなら初恋。頬を涙が伝う。大丈夫、お見合い婚何て珍しくない。お見合いでも自分次第で幸せになれるはずだわ。


でも今は。すぐには気持ちを切り替えることはできないから、しばらくここで心を落ち着かせていよう。ここにくるのもこれで最後になるのかもしれないし。




どれくらいそうしていただろう。柔らかい風がふわりと優しく頬を撫でる。そろそろ帰ろうかしら。立ち上がってお尻にくっついてきた草をはらっていたら。


「ベッキー!よかった、やっぱりここにいた」

「どうして?ミランダとバザーへ行ったんじゃないの?」


息を切らし膝に手を当てて息を整えるダニーの姿がそこにあった。広場へ行ったはずの彼がどうしてここにいるのか。


「ミランダは断ってきたよ。そもそもお前との約束が先だったし」


そう思うのなら悩む素振りなど見せずにすぐに断って欲しかった。とは思うものの既に気落ちしていた私は口に出せなかった。


「すぐに追いかけたはずなのにどこにもお前の姿が見当たらないし、家にも行ったけど帰ってないっていうし。それでミランダに会う前のお前との会話を思い出して。もしかしたらここかなって。よかったよあってて」

「この場所、覚えてたのね」

「当たり前だろ。ベッキーと見つけた思い出の場所だし」


その言葉に胸がぎゅうっとなった。私との思い出を大切にしてくれていたことがたまらなく嬉しい。恋人にはなれなかったけれど、幼馴染みとして大切に思ってくれていたことがわかり、本当に嬉しかった。この思いだけでどこか遠くに嫁いでもちゃんとやっていけるような気がした。


「それで、話したいことがあったんだろ?ここでなら聞かせてくれるか?」

「あー、えーと。私卒業したらお嫁に行くの」

「はあ?!」


完全に勢いが削がれ、むしろ告白する気を失っていた私は迷った挙句にそんな答えを返した。ダニーからはめちゃくめちゃくちゃ大きな驚きの声が。まあいきなり聞かされたら無理もないよね。付き合いの長い幼馴染だし。


「一体どこに、誰に嫁に行くって?!」

「それはまだわからないんだけど、お父さんが卒業後はどっか嫁に出すって。近々正式なお見合い話がくると思う」

「……ベッキーはそれで言い訳?」

「うん、お見合い婚何て珍しくないし。大丈夫、きっとやっていけるわ」


さっきまで自分に言い聞かせていた言葉をそのまま口にした。ダニーは突然の幼馴染みの嫁入り話についていけないのか、俯いて両手拳を震わせていた。


「えーと、ダニー?」

「ベッキー!そんな現時点で顔も知らないやつのところに嫁に行くくらいなら、俺と結婚しろ!」

「ええ?!」


突然のプロポーズに今度は私が驚く番だった。


「俺と結婚すれば家族とそう離れずに済むし、必ず幸せにする!俺じゃ不満か?」

「えーと、」


何から言っていいのか。不満なんてあるはずがない。むしろ大歓迎だ。ただいきなりのことに頭が追いついていない。


「俺はずっとベッキーが好きだったし、いつか嫁に貰おうと思ってた。だからベッキー、俺と結婚してくれ」

「……は、はい。私もダニーが好きです」


混乱した頭ではそう返すのが精一杯だった。え?これ夢じゃないよね?夢か現か悩んでいるとダニーが思い切り抱きしめてきた。この苦しさ、間違いなく現実だわ。


「はーよかった!いきなり見合いとか嫁ぐとか流石に焦ったからな」

「嫁にもらおうと思ってたなんて、全然そんなそぶり見せなかったじゃない」

「早く言おう言おうとは思ってたんだけど、いざとなると照れ臭くなって。ベッキーはどんどん綺麗になってくし余計にさ」

「何それ」


彼も今まで私と同じ気持ちでいたんだ。それがわかると何だかおかしくて。思わずくすくすと笑う。見上げると思っていたより近くにダニーの顔があって。今自分が彼の腕の中にいたことを思い出して、恥ずかしくて顔が真っ赤に染まる。


ここまでダニーと密着したのは久しぶり、というか初めてで。思っていた以上に逞しくなっていた身体にドギマギしてしまう。流石は大工の卵と言ったところか。


身を捩ったところでダニーと目が合った。その瞳はなんだか熱っぽくて、そらせなくて。近づいてくるのを目を閉じて受け入れると、自分の唇に柔らかいものが触れた。しばらく唇を触れ合わせてからゆっくりと離れていく。至近距離でまた目があって、照れ臭くてお互いに顔を真っ赤にしたまま目を逸らす。けれど互いの背中に回したうでは、そのまま離さなかった。


「あー、じゃあこうなった事だし早速親父さん達に報告に行くか。見合い本当に持ってこられたら困るし」


顔の火照りが冷めた頃、どちらからともなく手を繋いぎ家に向かって歩き出す。


「あ、俺ん家の親達は元々ベッキーを迎えるつもりでいたから」

「なっ」


驚いて彼を見上げると顔どころか耳まで真っ赤だった。長い付き合いだと言うのにさっきからこんなに照れてばかりのダニーを見るのは初めてだった。


「貴方、本当に私が好きなのね」

「ああ、好きだよ。俺はベッキーが誰よりも好きだ」

「……私もダニーが誰よりも好きだわ」

「幸せに、なろうな」

「うん」


頭も胸も、なんだか身体全体がふわふわする。今私は全身が幸せで溢れていた。

ずっと好きだったダニーにプロポーズされて……。あら?私願い叶ったわね?

両親への挨拶はまだだがきっとダニー相手なら許してくれるだろう。


心の中でとはいえ悪口言って悪態ついてごめんなさい。今度マスターさんにお礼を持っていきます。


儚く美しい店主を思い浮かべありったけの感謝を述べる。

本当に紅茶の効果があったのか無かったのか。どちらにせよ今日勇気が出せて良かったわ。途中失敗しちゃったけど。


ぎゅっと手を握るとぎゅっと私より強い力で握り返される。

胸がポカポカとして幸せで。こんな時がずっと続けばいいなと、そう思った。


帰宅後とんとん拍子に話は進み、結果卒業と同時に籍を入れることが決定した。


実は今朝ダニーの両親から私の両親へ私達の結婚について打診があったらしい。それを聞いたお父さんは私に勧めようとしてた縁談話をすぐになかったことにした。

幼い頃から知ってるダニーなら安心できると泣いてるのか笑ってるのか分からない顔で言っていた。

何はともあれ願い事が叶って本当に良かった。本当にありがとう、綺麗なマスターさん。



ダニーに断られ置いていかれたミランダが、ダニーを追いかけようとしてすぐに、傍を通った子供に泥水をひっかけられたことはまた別のお話。


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