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臨界戦線  作者: 中邑優駿
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2.琉球ピエロ(1)

 島国である日本の中でも、その四方を海に囲まれている唯一の県である沖縄。

 同盟国の軍隊として駐留しているアメリカ軍は、まるで蜂の巣を突いた様な騒ぎに。

 その防衛システムの内、長距離に対応しているものに関して機能が維持出来なくなってしまった。

 それは当初、敵対国のサイバー攻撃によるものと認識されたのも当然である。


 ところがデータが上がって来る度に不思議な傾向を示し始めた。

 何故だか長距離対応兵器のみにサイバー攻撃がされているのか使用が不可能と化している。

 それが各国ともに同時に同様の傾向を示し始めている、その意味を掴めていない。

 そして、そんな不自然な攻撃を起こすウイルスの存在も確認されてはいない。

 その傾向の不自然さに各国が同時に気付き始めた、そして争うの規模が縮小され始める。


 つまり世界的規模で疑心暗鬼になってしまい、それは固定概念として根付き始めてしまった。

 国境上の争いが消滅する事は無く、その睨み合いは続いている。


 混乱していく世界の状態に応じて日本の防衛ラインも強化されていく。

 その中でも沖縄は、その防衛を駐留している米軍に一任されていた。




「ジミー、コザに行くのか?」


「ああ、ここで大人しく飼い殺しされているだけじゃ気が狂うからな。」


「一応、目立つなよとは言っておくよ。」


「いやぁ、どう隠れていたって目立っちゃうのは仕方ねぇだろ。」


「そりゃ、そうだけどさ。」


 基地のゲートを出る時にキャップを深く被り直してジミーは早歩きになっていった。

 ジミーのルックスは、とても人目を引くほどのバランスである。

 父はアフリカ系で母が中国系のアメリカ人、混血特有の目立つルックスであった。


 アメリカにおいてはマイノリティ同士の混血、本人の自覚以上に目立っていた。

 背は高く黒人特有の筋肉質で全体がバネの様な身体、運動神経は間違い無く良さそうに見える。

 顔はアジア人種特有の切れ長の目で、その肌の色との釣りあいは取れていない。

 存在自体が完成形の様であり、まるでアートの様でもあった。


 ジミーは米国社会でも軍隊内でも、その居心地が良いと感じた事は無かった。

 どこであろうと、どんな状況であろうとマイノリティであったから。

 しかし、この沖縄に来てからは少し環境が自分に合っている気がしていた。


 不思議と沖縄は出身者を含めても、よそ者が寄り集まっている雰囲気が漂う。

 街も日本でありながら米国の影響が大きくて異国情緒が満載、繁華街での話ではあるが。

 そんな街中を、うろつくのをジミーは好んでいた。


 コザに向かわず那覇に着いたジミーは、ゆっくりと行き付けのバーに吸い込まれていった。

 ママは日本と韓国の混血でバーテンはアフリカ系米国人との混血、店自体がジミーを目立たせない。

 いつもの様にカウンターの隅に座ったジミーはウィスキーコークを注文する。


「ジミー…久し振りね、この頃じゃ米軍も待機が長くて大変でしょ?」


「…全くだ、この状況が続いていくなら気が狂うのも仕方が無いとも思えてくるよ。」


「相変わらず待機だけなの?」


「自由時間は、こうやって飲みに出ているだけだしな…。」


「この店なら、いつでも歓迎しているからね。」


「うん、とても助かるよ…サンクス。」


 BGMには小さくブルースが流れている、ほんの少しハードではあった。


「これは誰の歌なんだい、…とてもクールで気に入ったぜ。」


「ジョアンナ・コナー、ブルースの女神と呼ばれてるんですよ。」


 ママではなくて、その後ろでグラスを磨いていたバーテンが答えた。

 ジミーはバーテンに向かって微笑む、そして話を続ける。


「ムガビのセンスか…、このCDを貸して貰いたいもんだ。」


「いえ…これは配信を繋いでいます、ワタシはレコードしか持ちませんし。」


「まだプレイヤーなんて在るのか…、そりゃ渋いね。」


「レコードの音圧に勝てるものは在りませんよ、この店にも備えたいぐらいです。」


「耳が良いんだね…、オレにゃラジカセが似合いだよ。」


 その時に二人連れの客が入ってきて、そのカウンターの反対の隅に陣取る。

 ママが彼等の相手をして話し始めた、それを見てバーテンのムガビがジミーに近付く。

 彼は、その声をジョアンナ・コナーのギターに紛れ込ませて話し始めた。


「最近この耳で聞き取れたヤバい話が在ります、これはママには内緒なんですが…。」


「ヤバい話を何でオレに?」


「米軍基地に関わる事らしいんですが…、どうします?」


「…聞かせて貰おうか。」


 ムガビは店に来た客の話を聞き取っていた、その内容を話し始める。

 最初はリラックスしていたジミーだが、もう前のめりで聞き込んでいく。


 要約すれば米軍基地が襲撃されるかも知れないとの事だった。

 確かに基地の中枢が制圧されてしまったら、この沖縄は無法地帯になるだろう。

 他国からしてみれば、とても簡単に攻撃出来る対象となってしまうのだ。


「その客達って、どんな種類の奴等だったんだい?」


「本土から来たと思われるヤクザと地元のヤクザ、アジアン・マフィアですかね。」


「アジアン・マフィア?」


「金で寄せ集められたマフィアですね、つまり傭兵みたいに祖国を持たない奴等です。」


「つまり裏にスポンサーの桁外れの金持ちが要るって事か、…その目的は何だろう?」


「バックは金持ちっていうより国でしょうね、つまり沖縄自体が目的では?」


「…て事は日本が最終目的か。」


 ジミーはボックス席の会話を聞き取ったムガビの聴力を褒めた、そして口止めをする。

 この裏が取れない話を間に受けるつもりも無かったが、それでも気にはなっていた。


「その地元のヤクザだけど、どこの奴等かは分かるか?」


「沖縄北野組だと思うんですが、もしかしたら違うかも。」


「それにしても大した聴力だな…、よく聞き取れたもんだ。」


「彼等は方言で喋っていたので分からないと思ったんじゃないですかね。」


 ジミーは苦笑しながら、その二の腕をムガビと軽く合わせる。


「こういうのを日本語で何と言うか知ってるか…地獄耳って言うんだ。」


「地獄ですか…?」


「そう…地獄だ。」




 数日後、再びジミーは急いで基地を抜け出してバーに向かっていた。

 バーテンのムガビから連絡が入った、その組員が再びバーに来たのである。


 ジミーはバー「ミスター・グッド」のドアを少し緊張しながら開けた。

 ボックス席に居たのは三人、全くジミーに関心を見せない。

 ムガビの言っていた通り凄く強い訛りで話していた、まるで意味が取れない。

 こんな方言を聞き取れるなんて…ジミーはムガビに感心していた。


 敢えてムガビとは視線も合わせずに、ほんの少し大きな声でママに挨拶する。

 その後で、いつもの様にカウンターの隅に座りウィスキーコークを注文した。


 …と同時に店に入ってきた男が三人のボックス席に向かって行った。

 その途端に雰囲気が変わった、ほんの少しだけ緊張感も漂い始める。

 ジミーは後から入ってきた男だけに注目していた、まるで吸い寄せられる様に。


 その男はボックス席に滑り込んだ、とてもヤクザには見えなかったが仲間には違いない。

 沖縄の者にも見えず、その言葉も訛ってはいなかった。

 男は運ばれて来た飲み物を左手で受け取り、そして飲み始める。

 ジミーは、その男の手の甲に大きな傷跡を確認した。

 それは切られた様な傷跡であり、その位置から普通の原因では無さそうなのは明らかだ。


(戦闘で受けた傷だとしか思えないな…、やはり素人じゃなさそうだ…。)


 ジミーの座っている位置からは会話は聞き取れない、なので観察だけを続けた。

 男は何かの鍵を三人の内の一人に渡した、車のキーの様に見える。


(こいつらが、たったこれだけの人数で米軍基地を襲うなんて無謀もいいところ。

 絶対バックに大掛かりな人数が動いている筈、国家レベルの可能性が高いな…。)


 男はカクテルを飲み干すと、まるで入ってきた時と同じ様に滑り出て行った。

 ジミーもウィスキーコークを飲み干すと、その後を追う様に店のドアを静かに押す。

 もし男が乗ってきた車のキーを渡したなら、もちろん徒歩で移動するからだ。

 残った三人の会話の内容は後でムガビから聞けるだろうと、その男を尾行した。


 しばらく歩いて大通りに出た男はタクシーを止めて乗り込んだ。

 ジミーは舌打ちをしてバー「ミスター・グッド」へと帰る事にする。

 店へ戻りながら、もう後戻りが出来なくなっている事を感じて武者震いした。










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