推しだからこそ
この世界に目出し帽って存在してたのね。とか。前世では二次元で毎日のように会っていた時期があったとはいえ、この世界で実際に会った事もない相手なのに、どうして、あきらかにあの怪しいあの風貌で、アーウィン王子と確信できたんだろう。とか。いや、まさか本人なわけないでしょう。とか。色々思う事はあるけれど、こういうのってやっぱり理屈じゃないと改めて思った。
この方は、アーウィン第一王子だ。
思わぬアーウィン王子の出現に、自分が今日一番の緊張をしているのがわかる。
でも、これは、絶対に前世の記憶のせい。相手が前世の推しだろうが、王族だろうが、今の私は私だわ。今こそ日頃の淑女教育の「どんな事でも動じず、臨機応変に対応する」の成果を発揮する時!!
アーウィン王子の「この国の王族は、城で幼い頃から城でのたくさんの人間を見てきているため、人を見る事に長けていて、中でもアーヴイン王子は心の機敏に敏いため、誤魔化しの表情などはすぐに気づいてしまう。幼い頃から作り笑顔や、ヨイショをされてきた王子は、純粋で裏表のないヒロインに惹かれていく。」なんて、ゲームの説明書のキャラクター紹介はもちろん暗記していますし、何ならやり込んで、全ルート把握しておりますし、更にガイドブックや設定集だって読み込んでおりますから、王子の基本設定を思い出すなんて息をするより簡単ですので、この方に、下手な誤魔化しは通用しないなんてことは重々承知しておりますけれどもっ。
でも、それでも。
私にだって完璧令嬢を目指している矜持がある。見栄だと見抜かれてもいい。それでも堂々と立つのよ。なぜならば、私は…
完璧公爵令嬢フローレンス・バリントンなのだから。
そう自分を叱咤しながら、心を落ち着かせて、今まで培った私の中の淑女を総動員する。姿勢を正し、正面から堂々とアーウィン王子を見…まずい、目を見る事ができない…ので、前世の豆知識「目を見て話すのが恥ずかしい時は、鼻を見て話すと目を見ているように見える」を実践する。いや、鼻も隠れているから鼻と思われる位置を真っすぐに見つめる。
そうやって気持ちを奮い立たせている私の様子をみて、アーウィン王子は少し笑っているように見える。いや、謎の少年の方がいいのかな?目出し帽って事は、そういう事ですよね?王子サマ。
闘技場のイベントは内容にもよるらしいけれど、今日のイベントの場合、受付の申込時に参加者の名前を登録するけれど、身分証明書の提出の必要はない。だから私も偽名で参加できているし、きっとアーウィン王子も偽名で参加しているだろう。どちらにしろ、闘技場内では「(連勝)保持者」と「挑戦者」とでしか区別がされていない状態だ。
とはいえ、なぜ「いかにも怪しいです」な格好で登場しているのよ。今日会った人の中で、一番怪しいし、逆に目立ってしまっているのでは?お付きの従者や護衛が「王子、いかがなものか」と進言しなかったのかしら。
あ。なんだかツッコミどころ満載で逆に冷静になってきたわ。うん。
余裕が出てきたので観客の様子を見れば、特に覆面少年の登場に驚いている様子はない。覆面でも問題ないのだろうか。あとでデイジー隊長に聞いてみよう。
そうこうしている内に、審査員に促され、互いに試合開始の位置に立てば、アーウィン王子が話しかけてきた。
「女の子が連勝しているなんて珍しいね。今は緊張しているのかな?大丈夫だよ。すぐに勝負をつけてあげるから。格の差を思い知らせてあげよう」
うわあぁん。喋った~。ジェイド兄様も声変わり前でまだ可愛らしい声だけれど、アーウィン王子もなかなか可愛らしい声をしていらっしゃる。素なのか、挑発なのか判断できませんが、何その自分が勝つ前提での発言、ちょっとそれは聞き捨てなりませんー。それに、そんな小物みたいなセリフはやめてー。そう言う人に限って、速攻負けたりするんですよ。そういうキャラじゃないはずなのに。
「いえ、お気になさらず。遠慮せずにかかってきてください。女だからと油断すれば痛い目をみるのはそちらですよ」
と、精一杯言い返して差し上げたわ。すると、木製の模擬剣を構えてアーウィン王子はクスクス笑いながら「言うね」と返してきた。
ふぉぉお、笑ってらっしゃる。そして、公式通り「剣が得意」なのね。と思えば、なんだかもう、心がいっぱいになってしまった。いやいや、試合に集中せねばと、私も同じく模擬剣を構えたところで、審判から「始め!」の合図がかかった。
合図の掛け声でスイッチがちゃんと入って冷静になった私は、面白いくらい落ち着いて戦っていた。さすが攻略対象者のアーウィン王子というべきか、今までの9人に比べて格段に強い。1合目の打ち合いで、アーウィン王子も同じように感じたのか、にこやかだった目が、鋭くなり、2振り目からの剣先が真剣になった。そんな風に相手の様子や実力が「わかる」自分にまた嬉しくなる。
今までの試合にかかっている時間よりも長く打ち合っている状況にアーウィン王子の言うところの「すぐに勝負をつけてあげる」の「すぐ」以上の時間はかかっただろうかと考える。少しは意趣返しになっただろうか。
うん、アーウィン王子は強い。でも…騎士やジェイド兄様に比べれば…
「まだまだですわっ」
思わず声が出てしまったが、素早く相手の剣を弾いて隙を作ったところに足技を入れれば、王子はバランスを崩し見事にストンと尻もちをついた。
転び方の見た目は派手だけれど、痛くはないはず。なぜならば、一昨日の鍛錬の時に、教えてもらったばかりの技で、倒れた時の衝撃はすでに経験済だから。
「勝負あり!!」と、武舞台に響いた審判の声と共に、一瞬静まり返った観客席が大歓声に包まれた。
思わず、デイジー隊長を見れば、大きく頷きながら拍手をしてくれている。そのまま、騎士やジェイド兄様たちのところを見れば、ジェイド兄様が拍手をしている隣で、パキラ隊長がジェイド兄様の肩をブンブン揺さぶっていて、他の騎士達が抱き合って喜んでくれていた。そんなに喜んでくれているなんて、私も嬉しい。
ふと、アーウィン王子を見れば、座ったまま呆然としていた。いくら変装して身分を隠しているからといって、いつまでも座らせておくのも居たたまれない。今まで対戦した大人の男の人は無理だけれど、王子くらいならなんとかなるかな。
そう思って「大丈夫ですか?お怪我は?」と声をかけて、手を貸せば「大丈夫」とその手を取ってくれた。そのまま、頑張って引き上げる。アーウィン王子は「ありがとう」とお礼を言ってくれた。うぅっ。怪しさ満載の目出し帽でも眩しいです。
「驚いた。君、すごく強いね。どこの子?剣の師は誰だい?」
「北の村から来ました。剣は、剣術の本で学びました」
今日の設定を素直に答える。試合が終わったら終わったで、また緊張する。
「え?剣術の本であれほどまで?北にはいくつか知っている村があるけれど、村の名前は?」
どうしよう、なんでこんなに質問攻めに…。そうか。誤魔化しが通用しないから、わざとこうやって質問をして私を困らせているんだわ。もう、ここまで来たら仕方がない。このまま誤魔化して終わろう。だいたい、初対面の怪しさ満載の目出し帽の男性に、個人情報をほいほい言うのはおかしいもの。推しだからこそ、そういうところはしっかり考えてほしいなぁ。と思うのは、ファンが相手に対して勝手な理想を押し付けているのと同じだろうか。
普段「王子様」だから、質問すれば答えが返ってくるのは当たり前なのだろうけれど、さすがにこの格好をしているという事は「王子様」として参加しているわけではないだろうから、多少の無礼は許されるだろう。これで、後で不敬罪とか言われたら、ちょっと理不尽すぎてこの国の将来を疑う。とりあえず、話を切り上げてこの場を去ろう。
「すごく小さな村なので…たぶん、聞いてもわからないと思います。それでは、失礼いたします」
ペコリと一礼して、私は武舞台から退散した。
出入口で待っているデイジー隊長と合流すれば「10連勝、おめでとうございます。大丈夫でしたか?」と心配される。
きっと、試合後に、アーウィン王子に話しかけられた事に対してだろう。「なんともないわ。大丈夫よ」と答えれば「では、すぐにここを出ましょう」と普通の子供にするように、手を繋がれた。
デイジー隊長と一緒に、賞金の受け取り手続きをしに受付に行く間、色々な人から「おめでとう」「すごかったぞ嬢ちゃん」と声をかけられた。下手に近づいて来ないのは、きっとデイジー隊長が不用意に近づかれないように間に入ってくれているからだろう。何も言わないのも何なので、とりあえず「ありがとうございます」とペコペコ少しだけ頭を下げながら進む。フローレンスになってからこんなにペコペコする事はなかったから、逆に新鮮だった。デイジー隊長が「もう少し堂々としていていいのですよ」と言ってくれたけれど、今日の私は「ローラ」なので、許してもらおう。
受付で手続きをして、無事に賞金を受け取る。追加料金を支払った参加者が多かったのと、「最後の挑戦者」がかなり高額の追加料金を支払って参加したそうで、普段の同じようなイベントよりも、賞金額がかなりの高額になっていると受付の人が教えてくれた。
受け取った賞金はデイジー隊長に預かってもらい、それでは控室で着替えましょうかと移動しようとしたところに、ネリネさんがやってきた。
「お嬢ちゃん、すごいな。10連勝達成おめでとう。今日のイベントは公式の記録には残らないけれど、最年少記録が2年前に出た9歳からお嬢ちゃん8歳に更新だ。パキラといい、デイジーといい、バリントン家の騎士の縁者はとんでもないな。もっと話をしたかったが、こっちも急に忙しくなったから今日はこれで。お嬢ちゃん、また、挑戦してくれよな」
お嬢ちゃんなら大歓迎だよ。と、ネリネさんは言うと奥に引っ込んでしまった。急に忙しく…きっと王子関連なんだろうな。
控室で、デイジー隊長に身体を拭いてもらって、元のワンピースに着替えた後「多分、今日の闘技場内で、ローラは有名になっていると思うので」と、編み込みでまとめてあった髪を、サイドの三つ編みに結い直してくれて、リボンで飾り付けをしてくれた。これはこれで可愛い。
「すごくかわいいです。デイジー隊長、上手ですね」と言えば「シンシアさんなどの本業の方に比べれば全然ですけれど、任務の関係で侍女やメイドとして行動する事もあるので、基本的な事はできますよ」と答えてくれた。騎士って多彩。
「さぁ、早く闘技場を出て、他の騎士達と合流したら次は昼食をとりに行きましょう」
美味しい所があるんですと、手を差し出してくれたデイジー隊長の手を握る。
午後の予定も何があるのか全く聞かされていない。結局、この後もケセラセラだろうけれど、きっと楽しくなるに違いないと、私は嬉しさで顔が緩んでしまうのだった。