これからの事を考える
前世を思い出し日常に戻ったので、私、フローレンスは今後の事について考える事にした。
ゲーム開始軸になれば、自然とゲームに関する出来事が起こるだろうけれど、とにかくそれまでに設定だけは壊さないよう気をつけたい。
前世の頃は思考をまとめたり、展開するために紙に書き出す癖があった。今世もそれに倣って、前世のゲームに関する記憶と今世の記憶を紙にまとめる事にした。正直、わざわざ書き出してまとめなくてもゲームの記憶には自信があるので、書き出すのは殆ど趣味に近い。いや、ただの趣味である。本当にニヤニヤが止まらない。
まずはこの数日で分かった事。
フローレンスには転生作品にありがちなチート能力は全くない。
ゲーム内のフローレンスは、ヒロインの前に堂々と立ちはだかる完璧令嬢であるが、現在のフローレンスの武芸と学問の優秀さは、フローレンスの記憶から自身の才能に更に努力を積み重ねたものという事がわかった。
とはいえ、物覚えは良いし、要領が良いのか器用なのか、とにかく基本スペックが高かった。正直、8歳なのに末恐ろしいと思ったし、その時点でチートでは?と勘違いしそうになるけれど、今まで手を抜こうと思えば好きなだけ手を抜くことができたはずなのに、そんな事はしてこなかった。
公爵家の令嬢として、バリントン家の一員として恥ずかしくないようにという気持ちが強く、身近にいる優秀な兄が基準にもなっていた事もあり、とにかく何事にも手を抜かずに取り組んでいた。
教師たちは、フローレンスの優秀さを褒めてくださるけれど、公爵家のお嬢様なのでお世辞の可能性が高い、鵜呑みにしてしまうのは危険だと、慢心せずに努力を重ねていた。ただ、ここ最近は何故か「まだ足りない」と、自分で自分を追い詰めすぎていた気がする。
前世の記憶を思い出した今は、見えない者達と自分を比べて不安になる必要はないと思えるし、今まで通りに頑張っていれば結果につながると信じられるし、数年後のあの完璧令嬢は努力による賜物だと思うと、更にフローレンスへの愛しさがこみ上げてくる。この設定をファンのみなさまに教えて差し上げたい!できないけれどっ。
せめて前世の記憶で何か少しでもフォローができないものだろうかと思ったけれど、今のところ役立ちそうなのはゲーム内の知識だけ。しかも現在はゲーム開始前の時間軸なので、正直、今のところあまり役に立っていない。ゲームではわからなかった発見が多くて毎日が楽しいのは嬉しいのだけれど。
「あとは、魔法…」
この世界の魔法は、土・火・風・水があり、それぞれの適正を「属性」と呼んでいる。身体を癒す回復魔法のようなものや、人の心を操ったりするような精神に影響する魔法は存在しない。魔法は万能ではないし、身体を動かす時には体力が必要なように、魔法を使用する時には魔力を使う。魔力が高ければ高いほど、たくさんの魔法を使う事ができる。
属性や魔力には遺伝性はなく、運動や勉強の得意不得意があるように、魔力が高い者が全員が魔法が得意とも限らない。
実際、バリントン家では、お父様は土属性で魔力が高いけれど、魔法は苦手だと言って魔法を使っているところを見たことがない。
お母様は水属性で魔力が平均並みだけれど、魔法は得意で、一緒にお散歩をすると、お庭で綺麗な虹を作ってくれたり、噴水の水を自在に操って楽しませてくれる。
私とジェイド兄様は、ゲームの設定通りの属性と魔力だった。ジェイド兄様は、火と風の2属性持ちで魔力が高く、私は土と水の2属性持ちで魔力が高い。ちなみに、複数の属性を持つ人は希少なため、同じ家に2人も複数の属性持ちがいる事は非常に珍しい。ゲーム内でも「バリントン兄妹は2属性持ち」と学校内で注目されている描写があった。
魔法は6歳以上になると開花する。なぜ6歳以上なのか…これにはいろんな説があるし、今も研究されているらしいけれど、私は本当の理由を知っている。
初回特典のファンブックの中に、制作者の座談会コーナーがあり、その中で「シンフォニアの世界は魔法が開花するのは6歳」という設定がある事が語られていた。理由は「赤ちゃんの頃から魔法が使えてしまったら、無意識に色々な事をしでかしそうで危ない。6歳くらいからなら大丈夫だろうと思った」からだそうだ。制作陣が言っていたのだから間違いない。この国の研究者がその答えにたどり着く事はないだろう。
魔法の属性や魔力に関しては、神殿で知る事ができる。この国の神殿は、前世でいうところの役所のような役割もしていて、結婚や出産の記録と同じように魔法に関する診断結果も同じように神殿に記録されている。
貴族や大きな機関な施設で働く人は、魔力持ちかどうかや、魔力を持っていた場合は属性を申告する機会が多いため、神殿で魔力診断を受ける割合が多いが、魔力診断は国民の義務ではないため、わざわざ神殿に行って診断をしてもらうのが面倒という理由で必要に迫られない限りは診断に行かない。そのため、自分の正しい属性や魔力の高さを知らないまま一生を過ごす人も多い。
ゲーム内では、魔法を使う授業があったり、魔力至上主義の過激な考えをもつ学生もいたので、この世界での魔法は日常的なものかと思っていたけれど、それは学園内だけの事であって、ユーフォノス王国全体となると、あまり重要視されておらず、魔法は特技のような扱いだ。
フローレンスは、魔法が開花してからお母様が散歩の時に見せてくれた虹を作ってみたくて一生懸命練習をしていた。お母様にコツを聞いてみたら「ちょっと高いところからお水をふわっとさせる」とのことだった。ふわっとさせるにはどうしたらいいのか聞いたら「ふわっとイメージする」とのことだった。
前世で、夏に子供と一緒にホースをシャワーモードや霧モードにして空に向かって水を出して虹を作って遊んでいたのと同じ原理だと思い、水を霧モードで放水するようなイメージで試したところ上手くいった。多分、フローレンスは「ふわっとさせる」イメージが上手くつくれなかったのかもしれない。とはいえ、私の作ったものは「いかにもホースのシャワーで作りました」という感じだったので、お母様のいう「ふわっと」には相当の技術がいることを改めて理解した。
イメージを出力する魔力の力加減に技術的なところが要求されるのだろう。幸い、前世は妄想大好きだったので、イメージする事には自信がある。技術の面は今後も練習をして磨いていこうと決めた。
前世の知識からだけれど、将来ゲーム開始の時間軸になった時に、たった1つだけ心配な事がある。
それは、ゲーム内のミニゲームの存在だ。
通常、乙女ゲームは、行動やセリフの選択によってルートが進んだり、フラグができたり、好感度が上がったり下がったりしてその結果によってエンディングを迎えるするものだけれど「シンフォニー・アラカルト」には攻略本が一切役に立たない問答無用の結果主義の「ミニゲーム」があった。
そのミニゲームの対戦相手には、ライバル令嬢であるフローレンスが必ず立ちはだかるようになっていたが、それこそ設定ミスなのでは?と思うほどフローレンスは強かった。また、ゲームの勝敗は各ルートには影響しない事、獲得するスチルやにも影響しない事、更にはスキップ機能がついていて飛ばす事もできたため、オマケのような扱いだった。
しかし、ここは現実世界。ゲームのスキップ機能などはない。ゲームがどのような形で設定されているかはわからないが、できる事ならゲーム通り強くありたいし、ヒロインに簡単に負けるわけにもいかない。
とにかく、ゲーム設定を壊さないようにするためにも、完璧令嬢を目指すための努力は怠らない。書き留めた紙の束を見直しながら改めて私は心に誓った。
それから、時間をみつけては紙へ書き込み、時にはイラストを付けて、前世が神絵師だったら完璧だったのになぁと思いつつ、鍵付きの引き出しに保管するようにしていったところ、見事な自作攻略本…もとい、自作攻略紙束ができてしまった。
更に現在の出来事も日記にして書き留めているため、随時更新中である。
そして最近、ミニゲーム以外に心配になっている事がもう1つできてしまった。ライバル令嬢の位置づけからか、フローレンスのビジュアルは、可愛らしいヒロインとは対照的に凹凸がはっきりしているスタイルの持ち主だった。8歳のため、成長の兆しは殆どないが、こればっかりはゲームの設定通りになる事を祈るしかない。8歳の身でありながら、前世では考えられないような、お肌ケアを普段からシンシアを始め使用人達にしてもらっているが、前世の経験から、スタイルの良さは努力でどうにかできる部分と、どうにもならない部分とあることを知っている。
「スタイルに関しては…ケセラセラ…だわ」
フローレンスのビジュアルに関することは、書き出すのはやめておこう。そう思いながら、フローレンスは自作攻略紙束の鍵を秘密の小箱にしまった。