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夢ではありませんでした

前世を思い出してから3日目の朝。

さすがに夢ではないと自覚して、すっかり元気になった私は、家族と一緒の朝食の時間に思いっきり転んだことが恥ずかしかった事を話し「今日から体幹を鍛える宣言」をして、体幹を鍛えるためにはどうしたらよいのかをお父様に相談をした。

ところが、家族全員に「頭を打ったのだから、しばらく大人しくしていなさい」と止められ、家庭教師の授業も武芸の鍛錬もしばらくはお休みして、大人しくしているように言いつけられてしまった。


そのため、現在の楽しみは読書である。

読書は前世を思い出す前から好んで読んでいた物語と、前世を思い出してから興味が出た歴史に関する本を読んで過ごしているけれど、前世の知識と照らし合わせながら読む歴史は面白くて仕方がない。今世でも前世でも読書は好きだったので苦ではないし、何より、バリントン家の蔵書の数が多く、書斎の規模も前世のちょっとした図書館並みで毎日通っているけれど全く飽きない。


そうして過ごしているうちに1週間が経ち、本日も、自室で読書をしているところに、訪問者がやってきた。

「フローラ。調子はどう?」

「大丈夫よ。本当に心配をかけてごめんなさい。ジェイド兄様」

ジェイド兄様の問いかけに笑顔で応え、そして、段々と顔が熱くなってくるのを自覚する。前世の記憶のせいか、今まで普通に接していたジェイド兄様に、どうしても照れてしまうのだ。ジェイド兄様は、あれから毎日時間を作っては一緒にお茶をしに私の部屋に来てくれている。そして、毎日顔を合わせているのにも関わらず、一週間経過した今もジェイド兄様の輝きに未だに慣れない。

 

ジェイド・バリントン。

バリントン公爵家の長男で、父譲りのプラチナブロンドの髪と、母譲りのエメラルドグリーンの瞳をもつ、フローレンスの2つ上の兄。

ゲーム内では、公爵家の跡取り、学園内での成績はトップクラス、そして、攻略対象者の一人でもある第一王子の友人という事もあり社交界では将来の有望株として注目され、決まった婚約者もいなかったので、ご令嬢からの人気も高いという設定だった。

ゲームのファンの間でも見目麗しい外見に加え、人当たりのよい柔らかい性格なのに、武芸にも長けていて、そのギャップが良いと人気が高く「ジェイド兄様」と呼ばれ親しまれていた。


ゲーム開始時に比べれば、まだ10歳で幼さが残るが、それでも美形には変わりない。

前世の子供や孫を思い出せば、8歳のフローレンスをはじめ、この世界の住人達の外見や精神年齢は高いように感じる。環境のせいなのか、ゲーム設定上のせいなのかはわからないけれど。


「何度も言うけれど、フローラが謝る事ではないよ。自主鍛錬の時は必ずフローラを見ているように父上から言われていたのは僕だ」

本当にすまなかったと、もう何度も聞いている謝罪に逆に申し訳なくなる。


3歳の時から身に着けている武芸は、お父様から基本を教わるところから始まった。6歳になってから教師がついて勉強をする時間が設けられるのと同じくらいの時期から武芸の類はジェイド兄様と一緒に同じ先生から指導を受けている。

最近になってジェイド兄様と一緒ならばという条件で、武芸を教わる時間以外での鍛錬場を使っていいとお父様から許可がでたのでほとんど毎日予定を合わせて一緒に鍛錬に励んでいた。

あの時、転んだのは本当に偶然だったし、10歳の子供が付き添いでどうにかできる範囲を超えている。大人にだって未然に防げたとは思えない。誰が悪いわけではないのだけれど、相当ショックだったのだろう。


「無理をしていないか?また顔が赤くなっているし。熱があるのではないか?」

私がぼーっと思い出していたところに、ジェイド兄様が私の額に手を当ててきた。せっかく引いたと思った熱が再び上がってくるのがわかる。

「心配しすぎよ。もう一週間も経つし、本当に大丈夫よ。できることなら今すぐにでも鍛錬を再開したいくらいだわ」

赤くなった顔を見せるのが恥ずかしくなって、誤魔化すようにカップを持つ手を見つめる。

そんな私の様子にジェイド兄様は、ふっと笑って、額から手を離し、頭を撫でると向いのソファに座った。シンシアが私のお茶のおかわりと、ジェイド兄様の分のお茶を用意してくれる。


ソファに座ったジェイド兄様は、静かだけれど、私にもしっかりと聞こえる声で言った。

「本当にフローラが元気になって良かった」

心からと思われるその言葉に思わず顔を上げると、ジェイド兄様が満面の笑みで私を真っ直ぐに見つめていた。


本当に、なんで、なんでっ…

こんなに素敵なのにジェイド兄様は、攻略対象者じゃなかったのかしら!!


ジェイド兄様は攻略対象者同等のスペックを持ちながら、なぜか攻略対象者ではなかった。

声優界のレジェンドともいわれている人気声優が声を担当していた事や、サブキャラにしては登場回数も多かった事、たまに思わせぶりな言動もありヒロイン…もとい多くのプレイヤーを翻弄した。ゲームのパッケージには、ヒロインと攻略対象者と共に、ライバル令嬢役であるフローレンスと一緒に描かれ、取説の登場人物欄にもイラストと紹介文が載っていた事などから隠しルートで攻略対象者になるのでは?と、多くのプレイヤーを期待させていた。


発売からしばらくして、フルコンプしたというプレイヤーが「ジェイド兄様ルートが存在しない」とネットで嘆く声がぽつぽつ投稿されるようになり、ネタバレ禁止や未プレイヤーに対する配慮が足りないとファンの間で騒ぎとなったり、逆ハーレムルートのように、思いがけないところでルートが解放されるのではないか?と、ジェイドルートが諦めきれないプレイヤーも続出したほどだ。


しかし、その騒ぎは発売から半年以上経過した後、鎮火する。 


公式の専用サイトの「よくある質問」のコーナーに「ジェイド・バリントンルートはありますか?」という質問が追加され「ジェイド・バリントンルートは存在しません」という回答が掲載されたのだ。この公式発表は数か月に及んだファンの論争終結すると同時に、多くのプレイヤーを落胆させた。その後、攻略対象が増えたリメイク版でも、スピンオフ作品でも新作発表がされる度にジェイドルートを期待するファンの声は多かったが、ジェイドルートが実現する事はなかった。

その結果、ファンの間では「ジェイド兄様は誰のものにもならない」とネタにまでなった。


前世を思い出していなくても、今現在のジェイド兄様は十分かっこいい存在だ。勉強に関しては同世代の子供たちよりも先の事を学んでいるというし、魔法も武芸もかなり優秀だと評判らしい。それに、ゲーム内では見ることができなかったが、本当に妹思いの素敵な兄なのだ。前世にこのように振舞えていた兄が3次元に存在しただろうか。いたかもしれないけれど、少なくとも周りにはいなかった。やはり環境のなせるわざなのだろうか。

そして、ゲーム開始前のジェイド兄様の声はまだまだ可愛らしい。あと数年もすれば更にイケメンに成長し、あのミラクルボイスになってしまうのかと思うと、今から私の心臓が心配になってくる。幼少期のジェイド兄様、ジェイド兄様強火担のマイにも見せてあげたかったなぁ…。と、前世の妹の事を想う。


また、ジェイド兄様は、6歳の時から社会勉強として月に数回父と一緒に城へ出入りをしていて、第一王子の話し相手にもなっている。ゲーム内では「幼い頃からのつきあい」程度にしか出てこなかった設定が具体的に知ることができて楽しい。


誰のものにもならないジェイド兄様は将来一体誰のものになるのかしら?


ジェイド兄様の設定を思い返して、顔を上げて目を合わせると、ジェイド兄様の笑顔が更に優しくなった。うぅっ。眩しいです。


「そんなに元気なら、父上が帰ってきたら元通りの予定にしてもらえるよう、一緒にお願いしに行こうか」

「本当?嬉しい!鍛錬の再開もしたいわ。もう転ばないように気を付けるから」

お願い!!とジェイド兄様を見つめながら言うと、ジェイド兄様は真剣な顔をして静かに言った。

「…次は、絶対に守るから」


あぁぁああぁ、この瞬間、この表情…スチルにして欲しい。


◇◇◇◇◇


その後、ジェイド兄様は約束通り、お父様のところに一緒に付いてきてくれて、私が明日から今まで通りの生活に戻れるようにお願いをしてくれた。

お父様も頃合いだろうと、すでに家庭教師へ授業の再開の依頼をしてくれていて、後で私に報告に来てくれるつもりだったらしい。

また、お父様は私が元気になった事を喜んでくれた後、今回の件は誰が悪いわけでもない事、ジェイド兄様には、私が元気になったのだから、これ以上は自分自身を責めないようにと強く言ってくれた。そして、二人とも怪我には気を付けるようにと念を押された。


次の日、早速ジェイド兄様と一緒に自主鍛錬の予定を組んだ。

久しぶりだったので、念入りにストレッチと準備運動をしたけれど、身体が動かせる事が嬉しくて、ジェイド兄様に手合わせをお願いした。

始めは「今日は久しぶりだから、軽めにしておけ」と、断られたのだけれど、私があまりにしつこく迫ったものだから、最終的には折れてくれた。いつものとおり、手加減をしてくれたのにも関わらず全く歯が立たたなかったけれど。ジェイド兄様は次の予定のギリギリまで相手をしてくれて「これだけ動けるなら、もう心配ないな」と最後は笑ってくれた。


鍛錬後、自分の部屋に帰ってきて、ベッドに仰向けに転がる。

久しぶりだったとはいえ、8歳の身体がヘトヘトだ。天井を見ながら、手加減をしているジェイド兄様に全く敵わなかった手合わせの事を思い出す。そういえば、私って世間一般的にどれくらい強いのかしら?周りに比較相手がいないので、全く判断がつかない。

あと6年で文武両道の完璧令嬢になれるのかしら?と、少しだけ不安になったけれど、すぐに思い直す。


「とりあえず、武芸の類は積み重ねよっ。自分に負けないことが大事よっ。先のことなんてケセラセラよ!」


と、気合を入れなおしていた仰向けの私に、シンシアが「お疲れ様でございます」と、お水を持ってきてくれた。

鍛錬用の運動着を着たままベッドに仰向けの状態で「この格好は淑女としてどうなのかしら?」とシンシアに聞くと「お行儀が良いとは言えませんね」と返された。あぁあ!淑女への道も遠のいている気がする。思わず両手で顔を覆ってしまった。

それを見たシンシアが

「お嬢様は久しぶりに身体を動かされたのですから、あまり無理をなさいませんように。少しお休みしてから、身体を拭いて、お着換えしましょうね」

優しく声をかけてくれる。


とにかく、今後も色々とがんばらなくてはならないことは理解して、シンシアの言葉に甘えて、もう少しだけとベッドで仰向けで休む事にした。

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