表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スプリングデート  作者: Administrator : Marve
19/25

Day36-1

 day36                


 一


 結局、ユリフィさんとドールさんには事前に話を通しておくことにした。二人にはレーシャが『廃忘病』であることを伝え、レーシャの名を呼ばないようにお願いしたのだ。ここが【安寧地区】だけあって、彼らは理解があって助かった。

 四番街へと赴き、『カフェ・ユリフィドール』の扉を開ける。心地よい鈴の音がカランカランと鳴って、中から人々の話し声が聞こえてくる。そして、ほのかに甘い匂いが漂った。


「あら、二人ともいらっしゃい!」


 カウンターでコップに水を注いでいたユリフィさんが私達に視線を向けた。

 彼女はにこやかに笑い、私たちを以前座ったカウンター席へと通す。


「お久しぶりです」


 レーシャがこの店へ訪れるのは一ヶ月ぶりとなる。私は彼女の母親と会う際に訪れたが……そのときはあまり夫妻とも話さなかった。

 彼女はユリフィさんと仲睦まじい様子で話し、二人の会話に違和感はなかった。まだ【安寧地区】で出会った人との記憶は欠落していないようで一安心だ。

 メニューを見て、二人で注文する品を決める。レーシャが忘れている料理の名前があったので、彼女が苦手な料理を注文しないように教えながら。彼女が好きな食べ物、苦手な食べ物はほとんど記録している。それも私の仕事だ。


 しばし悩んだが、ランチセットのパスタを注文した。もちろん、パスタを食べ終えれば果物を使ったデザートは食べる。


「やっぱりこのお店の料理はおいしいね」


「そうですね。ドールさんの料理の腕は見習いたいものです」


『カフェ・ユリフィドール』では、ユリフィさんが接客を担当し、ドールさんが調理をしている。ドールさんは基本奥に籠っていて、話す機会が少ないのだ。


「あらあら、旦那に伝えておくわね。きっと喜ぶわよ? あの人、料理の腕を褒められるのが好きなんだから」


「へえ……そうなんだ。私も料理を褒められると嬉しいかも」


「うんうん、そうでしょう? 私があの人と出会ったきっかけも料理でね……」


 そうしてユリフィさんの話を聞きながら、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。



 デザートを食べている最中のこと。一件の連絡があった。ロストフィルズからだ。この【安寧地区】では通信の類が制限されている。管理者権限を使ってまで連絡の通信を送ってきたということは、大切な要件なのだろう。


「すみません、ちょっと席を外しますね」


「はーい」


 幸せそうに林檎のデザートを食べるレーシャにひと声かけ、いったん店の奥にある無人のエリアへ行く。そして、ロストフィルズからの通信を開始した。


「はい、スプリングデートです」


『ああ、スプリング。仕事中にすみません。どうしても今、連絡が必要でして』


「わかっています。それで、ご用件は?」


『前にお渡ししたデータの……六十一番ですね。アレのデータを今すぐに転送していただきたいのですが。暗号化などはしなくていいので、今すぐに』


 何かしらの事由によって必要になったのだろう。あのデータはべつにそこまで機密性の高い内容ではなかったので、ネットワークに乗せて送信しても問題ないだろう。


「わかりました。ただ、確認と承認に時間が五分ほどかかりますので、少々お待ちください」


『はい、待っていますよ。それでは』


 そして私は通信を切り、すぐにデータを探す。読み込み、不備がないことを確認した上で、ロストフィルズに送信。

 一連の作業が終わったのは計算どおり五分後のことだった。レーシャを待たせてしまった。ユリフィさんという話し相手がいるので退屈はしてないとは思うが、すぐに戻ろう。


「あれ……すみません。レーシャは?」


 席に戻ったとき、そこにレーシャの姿はなかった。

 カウンターで仕事をしていたユリフィさんが私の質問に答える。


「レーシャちゃんなら、役人の方について行ったわ。『デートには先に帰るように伝えておいて』って言い残して」


「え……?」


 それは……あり得ない。

 【安寧地区】においては、政府の役人であろうとも許可なき者は患者に干渉することは禁止されている。それに、干渉医の許諾なく患者を連れ出すことなど考えられない。


「そ、その人は本当に政府の役人だったのですか?」


「ええ、管理者の許可証を持っていたわ。念のために読み込みしてみたけど……間違いなく本物の許可証だったわ。デートさんの知り合いだと語っていたのだけど……違うの?」


「いえ……すみません。会計、これでお願いします。これで失礼します」


 会計を一方的に済ませ、私は即座に外へと駆け出す。


 ……何が起こっている?

 誰がレーシャを連れ出した? なぜレーシャは素直について行った? 記憶を失っているとはいえ、彼女はそう易々と誰かを信用する人間ではない。警戒心と論理性のステータスは高く、感受性も高い。彼女を連れ去った役人とやらが、少しでも不審な点を持つ人物であれば、よからぬものを察知するだろう。

 残念ながら彼女に測位システムは付いていないので、場所を特定することはできない。まだそこまで遠くへは行っていないはずだ。

 どうすればいい?

 とにかく、まだ遠くへは行っていないはずだ。探さないと。


 闇雲に走っている内に、手芸店へと辿り着いた。

 この店の店員はレーシャの知己だ。もしかしたら姿を見ているかもしれない。


「いらっしゃいませ~」


 桜色の髪を持つ店員は相変わらず間延びした声で私を迎え入れた。

 しかし、今は彼女の緩慢な調子に合わせている暇はない。


「すみません、レーシャを見ませんでしたか?」


「ああ、あの白い娘ですか? さっき駅の方面に歩いて行きましたよ。誰かと話しながら歩いていた気がしますけど……」


「その相手はどんな人でしたか?」


「うーーん。すみません、覚えてませんね~」


「……っ。ありがとうございました……!」


 再び私は四番街を駆け出す。レーシャが駅へと向かったことはわかったが、それは同時にこの四番街を離れることを意味する。無数にある街の中から、特定の一人を探すのは容易ではない。どうにか手がかりを見つけないと……!


 私は考える。考える。考える。

 レーシャが容易に人を信じてついていくとは考え難い。それに、管理者の証明書を役人は持っていたという。管理者の証明書は特殊な製法で作られているため、偽装できるとも考え難い。


 考える。天才として育てられた頭を使え。無駄にある知性で考える。

 直前、直後に何か変わったことはなかったか? そもそも、なんのためにレーシャは連れていかれた?


「…………」


 私の頭に一つの可能性がよぎった。

 考えれば考えるほど、否定したいその可能性が現実味を帯びていく。

 ……レーシャではない。私が追うべきは――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ