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ファムファタる。  作者: 蒼治
1 丑の刻参る。
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 さて。

 なぜ私が深夜、五寸釘と金槌そして藁人形の古式ゆかしい三種の神器を大事に抱えていそいそと夜の散歩にでかけたのかという話である。


 ベタでちょっと恥ずかしいのだけど、それは失恋だ。


 恋敵を呪うくらい、可愛い女子のたしなみであろう。いやまあ私が可愛いかどうかは別にして恋する乙女は概ね可愛いものである。

 佐藤君の話をした後に私の話をするのはちょいと気が引ける。すっごく私は地味だからだ。一応髪は梳かしているし、顔も洗って歯も磨いている。以上。

 視力の関係上、まさに瓶底状態の厚い眼鏡に無造作に括った髪。しまったもう何も語ることがない。

 そんな私だって、一応恋くらいしていたのだ。


 ひょろりと背の高い男のことを思い出す。穏やかな性格をそのまま示すような優しいまなざしはキリンに似ている。けしてハンサムだと手放しには褒めることはできないけれど、品のある顔立ちは彼の育ちの良さを示すのだろう。

 その横で幸せそうに微笑む、文句なしに美人であるといえる女性。

 ……。


 ちっ、思い出したらイラついてきた。

 二人から婚約の報告を受けて、にこやかにおめでとうといって私は喜んだ。フリをした。一緒に食事をしてその時に恋敵の髪を拾ってラッキー、てなもんだ。

 世の中にはあれほどに恋のおまじないがあるんだから、丑の刻参りだってなにかしらご利益があってしかるべきだ。ということで通販で買ったキットをもっていそいそと出かけたのにこの始末。


「佐藤君」

 参った。

 あのいつも超然としている佐藤君のこんな姿を見てしまって、私は明日から一体どう接したらいいのか。そして佐藤君も私の手の藁人形に視線が釘付けだ。佐藤君も明日からの私への接し方で苦悩するのだろうか。気まずい。

 いつまでも無言でいるわけにはいかないのはお互いにわかっているのだけど、言葉が無くて押し黙ったままだ。


 先に口を開いたのは佐藤君のほうだった。さすが。リーダーシップをとるのが手慣れている。

 佐藤君は落ちついた態度を崩さず言った。藁人形を指差す。

「それ、通販?」

 そう来たか。


「……あ、うん、そう……」

「俺のも……。今、ネットで何でも買えるよね」

「そっか、サイズが合っていたから、不思議だなって思ったの。普通の店じゃ佐藤君のサイズはないもんね」

「三嶋は白装束は着ないのか?」

「ほら、白装束で寮の門を越えるのはちょっと大変だから」

「ああー、なるほど、そうだな」

 そして私達は顔を見合わせ、へへっと短く苦笑した。


「その様子だと神社まで行くんだろう?夜道は危ないから一緒に行こうか?」

「あ、いいよ。今日はもう中止。丑の刻参りってその最中を見られてはいけないんだ」

「……あれ?ということは、もしかして俺のせいで中止?……ごめん」

「え、ええっ。そんな、佐藤君のせいじゃないよ。こういうのってめぐり合わせだし。人間六十億人もいるんだから誰かに見られても仕方ないよ」

「そういってもらえると助かる。三嶋は優しいな」

 なんで普通の会話しているんだろう。我々。なんか違うだろう。


「三嶋は俺のこの格好についても驚かないし」

 いや、驚いているよ?ものすごく!

 なにが驚くって、佐藤君の女装の似合わなさっぷりに。


 普通さ、美形男子が女装したら「予想外に美人……ぎぎぎ嫉妬!」となってしかるべきだと思うのだけど、佐藤君はきっぱりさっぱり似合ってない。いくらサイズあげたってやっぱり男女の骨格の違いはいかんともしがたく、肩はごつごつしてはちきれんばかりだし、スカートもお尻の辺は妙にスカスカだ。

 あとその精悍な顔が不釣合いすぎる。

 でもそんなこと指摘してもしょうがないしね。


「驚いてはいるけど……でもそれはお互い様だし」

「まあ俺も驚いた。三嶋って、あまりそういうことしなさそうだと思っていたから。いつもにこにこしていて皆とうまくやっていたし。あまり怒りをためないタイプなのかと」

「相手は学校関係者じゃないよ」

 いじめとか受けてないからね別に!


「いや、そういうんじゃなくて、三嶋って、穏やかな性格だと」

 ああ、と彼は自分の言葉で合点が言ったように頷いた。

「穏やかだから、人に迷惑掛けないように丑の刻参りなのか」

 それは何かが論理的におかしい。というか、それは丑の刻参りにはなんの効力もないという前提で語っているようだが、私は御利益を本心から求めているのだぞ。


「佐藤君こそ」

「え、俺?」

「まさか女装するとは思わなかった」

 佐藤君は言われてはじめて恥ずかしそうにした。そうか、恥ずかしいとは思っていたんだ……あまりにも超然としているから全然そう思っていないのかと思った。

「て。いうか」

 佐藤君はそこでスカートをひらりひらりと舞わせ、夜の光に当てるようにして一回転した。


「綺麗だろうこれ」

「うん綺麗だね」

 スカートは、ね!

 お約束のつっこみを心の中で入れつつ、私はくるくる回って楽しそうな佐藤君を見ていた。スカートは花が開くように軽やかで、上着のブラウスはその白さが光みたいだ。月光の中踊るような佐藤君は妖精みたい、とは言えないな……ごつすぎる。


「いいよなあ。綺麗で可愛くて。服は」

 ぼそっと呟いて、佐藤君は私を見た。

「でも俺には似合わないんだ」

「それは」

「わかっているからいいんだ」

 そして佐藤君はこちらに近づいてきた。


「余計なお世話かもしれないけど、今日もう用事をすませないなら、戻ったほうがいい。寮監が起き始めるのは午前四時半だけど。あの人、バードウォッチングで朝が早いんだ。君は慣れていないから柵を越えて戻るのにも時間がかかるだろ」

「詳しいね」

「去年からずっとやっているから」

 それには本気で感嘆の声をあげた。


「すごいね。一度も騒ぎにならないなんて」

「そのために寮長になったんだ」

「は?」

 控えめな彼の言葉の意味がわからずに、彼を見つめてしまった。

「……寮長は、寮の各場所の鍵の管理ができるし、一人部屋がもらえるから」

「あのさ、寮長と生徒会長って、兼務できないじゃない?」

 私は……いや、私以外にもほぼ全ての生徒が一度は疑問に思ったであろうことを尋ねることになった。


「もしかして去年の選挙の時、生徒会長戦出馬の話を蹴ったのって」

 佐藤君なら間違いなく生徒会長になれた。寮長もハクは付くけど、やっぱり生徒会長のほうが生徒の認識として格は少しばかり上位だ。


「……寮長になりたかったんだ」

「このために?」

 女装、とはっきりいえなかったけど、察した佐藤君は静かに頷いた。

「うん。自宅だと親が荷物を開けてしまうから通販もできなくて。遡れば王理をえらんだのもこのためっていうか」


 気持ちはわかるような、わからないような。

 とにかく女装したいがゆえに、この偏差値と授業料がアホのように高い王理に進学して、生徒会長の器でありながらそれを蹴って、寮長になったというわけか。

 アホだ。

 佐藤君はちょっとアホだ。


「明日もやるの?」

「いや、明日に響くから、外に出るのは金曜日だけ」

「そうか……もっと見たかったんだけどな」

 私はもちろんからかいまじりの好奇心だったんだけど、その言葉でぎょっとするくらい嬉しそうに佐藤君は笑ったのだった。


「そっか。じゃあ来週の金曜日に会えることを楽しみにしているよ。大体今の時間くらいまではいるから」

「この辺に?」

「そうだね。ときどき神社まで行くけど。そこは月光の入り方がとても神秘的だったんだ」

 佐藤君のそんな素敵な秘密の場所でゲスな呪いを吐き散らかそうとしていてごめん……。

 そして、またね、といって私は女子寮に戻ったのだった。戻る途中で気が付いたのは、お互いに秘密にしようという話さえしなかったということだ。



 これだけでもエライことになった話だったのだけど、それは私の長い夏の事件のはじまりでしかなかった。


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