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守りたい、あなたを、あなた達を
あなた達より大切なものなんて、ないもの
そのためなら、いくらでも愚かなふりをするわ―
陽の光が入り、柔らかな暖かさを保つ部屋で、一人の少女に妃教育の一貫として講義が行われていた。
「昏破様、そちらの木簡は穀物の昨年度の収穫量と今年のおおよその収穫予定量が書かれております。
昨年と比較して備蓄の量や、税として徴収する量を決めます」
「まぁ、そうですの。収穫量で決めるんですね。」
収穫量の数字に負けず劣らずの丸々とした体型をした、国庫を司る戸部尚書からの説明に相槌を打つと
「ええ。民の生活を知ることも、妃のお務めにございます。政は我々、官吏と皇帝にお任せ下さい。
昏破様は、妃として民の生活に想いを馳せて頂ければ、民も喜ぶでしょう」
ニヤニヤとした笑顔を貼り付けた尚書に、微笑む。
「もちろん、民の幸せを常に願っていますわ」
(あ、ちょっと言い方を間違えたかも。)
「そうですとも!妃の一番の仕事は民の幸せを願うこと、皇帝を労い慰めることでございまする!
さすがは昏破様、貴妃としての才覚が十二分でございますね。これでの四季国も安泰ですなあ!!」
分かりやす過ぎるお世辞に、昏破は顔が崩れていないか心配になった。
「まあ、もったいないお言葉ですわ。
でも私、まだ貴妃ではございませんのよ。「貴妃」として入内することが内定しただけですもの」
ニコッと笑顔で訂正する。
「いやいや、何を言っているのですか!
皇帝はあの妃選びで、昏破様のみをお選びになられたではありませんか。あれだけの候補者からたった一人しかお選びにならなかった皇帝の愛の深さに感動したものです。」
最後の言葉のところで、戸部尚書の顔が少しだけ忌々しそうにした。
「とりあえず、の選定でしたし・・・きっと陛下も見知った顔を選んだだけですわ。
あれから5年も経っていますし、そろそろ、次の妃選びの機会を設けると思います。」
昏破は目を閉じ、相手を見ずに言った。
「ほう・・・そうですか!
ではでは、そろそろお疲れでございましょうから、私からの講義はこれにて終わりに致しましょう。」
そう言うと、男はそそくさと木簡を片付け始め
「御前、失礼致します」
少女の顔を見ず、雑に礼をとり執務室を後にした。
「…まったく、時間の無駄だ。
どうせ女になんぞ政の事など分からないのだから、大人しく後宮で茶でも飲んでいればよいものを」
フンッと鼻で笑う。
(まあ、馬鹿な女な方が扱いやすい。収穫はあったのだから、よしとするか)
来た時よりも、軽い足取りで自分の執務室に戻って行った。