第4話 コトネ
起こしてもらうなら女の子がいいですね。
小鳥が鳴く爽やかな朝。
俺の部屋に侵入者が現れる。
「兄さん、兄さん起きてよ」
弟のユウトだ。
「今日はアルメリア学園の合格発表の日だよ」
「ユウトが見てきてくれ。ゴホッ、ゴホッ。どうも熱があるみたいだ」
「兄さんが熱が出るのは今年で32回目だよ。猿飛先生に鍛練してもらっているから風邪を引くわけないよ」
「そんなことない。俺はひ弱なもやしっこだ」
「もやしはひ弱じゃないよ。食物繊維やビタミン、カルシウムが摂取できて、特に疲労回復効果があるアスバラギン酸は、野菜の中でもトップクラスに含まれているんだ」
これだから頭がいいやつは嫌いだ。理論的に攻めてきやがる。
「兄さんが起きないならコトネ姉さんを連れてくるよ」
ユウトめ! 伝家の宝刀を抜きやがった。
「わかった起きる。ユウトは下に行ってろ」
「二度寝しないでよ」
しょうがない起きるか。
俺は着替えて一階に降りる。
すると二階から気配を感じたので上を見ると、俺の頭の所にコンパスの針が落ちてきた。
俺は一歩引いてそのコンパスをキャッチする。
危ねえ。これが頭に刺さったら下手をすれば死ぬぞ。
いや、相手は俺を殺したいほど憎んでいるから当然の行為か。
二階に視線を向けるがすでに誰もいなかった。
サクラside
今日の嫌がらせは失敗した。
何でさっきのコンパスが避けられるの。
頭が痛い、頭が痛い。これもあいつが生きているせいだ。
私のお父さんとお母さんは簡単に死んでしまったのに、それなのにあいつは。
ヒロトだけは絶対に許さない。
ユウトside
俺は一階に下りると、母さん、ユウト、コト姉が朝食を食べていた。
今日の朝御飯はご飯、納豆、卵、鮭の塩焼き、味噌汁か。
ご飯に納豆をかけその上に卵をかける。この組み合わせを考えた人は神だな。
「ヒロトはおいしそうにご飯を食べるわね。将来のお嫁さんも喜ぶと思うわ」
ゴホッ!
母さんの言葉に、俺は口の中のものを吐き出しそうになる。
「母さん、何言ってるんだよ」
「そうだね。ヒロトちゃんはその前に恋人を作らないとね」
「大きなお世話だ」
「お姉ちゃんは恋人いないから欲しくなったらいつでも言ってね」
「はいはい」
コト姉は恋人いないのか。
コト姉はそのおっとりした性格から、アルメリア学園のお姉ちゃんにしたい人No.1に輝いたらしい。
一年がお姉ちゃんにしたい人No.1に輝くっていかがなものかと思うが、俺もその意見に異論はない。
さすが中学時代癒しのコトネと呼ばれただけのことはある。
「扱いがぞんざいだよ~」
「それよりヒロトちゃんはもうやめてくれ。今日アルメリアの入学試験に合格してたらコト姉の後輩になるからさ、さすがに高校生になってまでちゃんづけは恥ずかしい」
コト姉は俺の言葉を聞いて黙ってると思ったら、瞳に涙を浮かべていた。
「ぐすっ。ひどいよ。ヒロトちゃんはお姉ちゃんにヒロトちゃんって呼ばれるのが嫌なの」
コト姉が泣いてしまった。
「ユウトちゃんもユウトちゃんってお姉ちゃんに呼ばれるのが嫌なの」
「僕は全然構わないよ」
ユウトめ! 裏切りやがった。
この間、ちゃんづけで呼ばれるのちょっと恥ずかしいねって言ってたじゃないか。
ユウトの方を見ると視線で「ごめん、兄さん」と伝えてくる。
「ヒロト最低ね」
母さんまで敵に回わる。
わかったよ。俺が悪いんだろ。
「いや、俺はいいけど、コト姉がそう呼ぶのが恥ずかしいかなって思って」
「お姉ちゃん全然恥ずかしくないよ。ヒロトちゃんはヒロトちゃん。ユウトちゃんはユウトちゃんだもん」
「そ、それなら今までどおりの呼び方で大丈夫だよ」
「うん。ヒロトちゃん、ユウトちゃん」
くそう。これでアルメリア学園でも羞恥プレイをしなくちゃならないのか。
けどコト姉のこの嬉しそうな顔をみたら何も言えないな。
「今日アルメリア学園の合格発表よね。三人とも受かってるといいわね」
「皆受かってると思うよ」
「それならお祝いしないと」
ユウトは合格している自信があるようだ。
まあ俺も落ちてるとは思ってないけどね。
ただ結果を見るまでは安心できない。ひょっとしたら解答欄がずれていたり、名前を書き忘れたりってこともあるからな。
「じゃあ俺は先に行くわ。ユウト、サクラを頼むな」
「わかった」
「お姉ちゃんもヒロトちゃんと行く」
「コト姉、もう少し時間かかるだろ。公園で待ってるわ」
「うん。なるべく早く行くね」
俺は公園に向かい、ベンチに座っていると花梨の花が目に入る。
そういえばカリンとあった時、花梨の花が思い浮かんで名前を呼んだことがあったな。
コト姉が来るまで暇だからカリンの花のことを調べてみるか。
俺はスマフォを取り出しカリンで検索してみる。
カリンの花は3~5月にピンク色の花を咲かせて、花言葉は豊麗と唯一の恋と。豊麗ってなんだ?
今度は豊麗を調べてみる。
豊で美しいこと。
例文も見てみる。
肉付きがよくて美しいこと、だと!
なんかセクハラみたいな言葉が出てきたぞ。
まずいな。このことがカリンに知られたら変態扱いされそうだ。
カリンのスタイルがいいだけにこの花言葉は洒落にならない。
万が一聞かれたら唯一の恋の方を答えよう。
「ヒロトちゃんお待たせ」
コト姉が来たようだ。
「どうしたの? 難しい顔しちゃって」
「ちょっと花言葉を調べてたんだ」
コト姉が俺のオデコに手を置く。
「熱はないようだね」
「どういう意味だ」
「わかった! アルメリア学園に受かっているか心配なんでしょ。もうテストは終わっているからなるようにしかならないよ。ほら、お姉ちゃんが一緒に見に行ってあげるから」
「ちが~う! ちょっと知り合いの名前が花の名前だったから調べていただけだ」
「そうなんだ」
コト姉が俺をどう見ているかわかったよ。
俺は立ち上がり、学園へと向かう。
雑談をしながら歩いているとコト姉が、チラチラこちらの様子を伺っている。
「どうした?」
「その、サクラちゃんと最近どうかなって思って」
またその話か。
「別に何もないよ」
「サクラちゃん、ヒロトちゃんに何かしているでしょ」
基本サクラは俺一人の時に仕掛けてくる。だから今まで俺に嫌がらせをしていることは、他の人には気づかれていない。それに俺以外には昔と同じ優しいサクラだからな。
「昔あんなに仲が良かった二人が、こんなことになっちゃうなんてお姉ちゃん見てて辛いの。だからもう私からお話してもいいかな」
「コト姉! それはやめてくれ。あの頃みたいにサクラの心が壊れるかもしれない」
俺が強い口調で話したため、コト姉の体がビクッとなる。
「それより今日は合格発表の日だ。さっきからドキドキしてるよ。今はそっちに集中させてくれ」
「⋯⋯わかった」
不満そうだが一応了承してくれた。
コト姉。今さらなんだ。もうサクラの話はやめよう。
サクラは俺を憎んでいる。そうすればあいつは生きる糧を持つことができるのだから。それでいいじゃないか。
二人の間に微妙な空気が漂ったまま、アルメリア学園へと向かった。
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