雪の雑踏に立つ女
女の正体と結末をご想像しながらお楽しみください。
冬になると、
毎日のように雪の降る街がありました。
毎日ゝゝ、
しんしんと降り続け、
街を白く染め上げるのです。
だから人々は毎日ゝゝ、
自分たちが歩けるように、
雪を掻き出さねばなりませんでした。
――そんな、街の、雑踏で。
女が1人、立っておりました。
「たいそうな美人だなぁ。」
「ぜひ恋人にしたいね。」
そんな風に人々に囁かれる、美しい女でした。
行き交う人々は足をとめて、雑踏に立つ女を見つめます。
――なんて寒いのでしょう。
私もマフラーがほしいわ。
女は見つめる人々にうんざりしながら、そう思いました。
――そんな、冬の、ある日のこと。
その晩は、特別に冷え込む晩でした。
マフラーもつけず、
手袋もつけず、
コートも着ていないのは、
その女1人くらいなものでした。
「さっびぃなぁ。せっかく酒であったまったってぇのによぉ……。」
男が1人、歩いておりました。
その頬は赤く
吐く息は白く
寒さと酒と、
どちらのせいなのか、
よくわかりません。
おそらく、どちらもでしょう。
「おっ……こりゃたまげた。えっれぇ美人さんだねぇ。」
聞き慣れた賛辞に、
女は眉一つ動かしません。
「よぅよぅ、そんな格好じゃぁ、さぶくてしゃあねぇだろ。ほれ。」
ふわり
「こいつとセットで、クリスマスカラー、なんちってな。」
黒いコートの男は緑のマフラー
白い肌の女は赤いマフラー
それはやわらかに首元を包み込み、
彼と彼女をあたためてくれました。
「じゃあな、風邪ひくなよ。」
それだけを言い残し、
鼻歌まじりに千鳥足で、
男は雑踏を去ってゆきました。
残された女は
ただただ呆気にとられておりました。
――翌日。
「――わぁ、あのマフラーどうしたんだろ?」
「誰かがかけたんじゃねぇの?」
「帽子も似合いそうだよね。」
ぽとり
「うん、似合う似合う。」
「いや、なんか却って寒々しいような……。」
「これデザインかわいいから、美人さんに似合うねー。」
「聞いちゃいねぇ……。」
黒い毛糸の帽子でした。
女の耳がすっぽりと
美しい編目に覆われます。
――そしてまた、翌日。
「……いや、まあここまできたら、コートもかけないとかわいそうじゃね?ノースリーブのワンピースとか、却って寒々しく見えるんですけど。」
「夏冬仕様を楽しめる、って寸法ですな。」
「せっかく苦心して生み出した魅惑のボディが隠れちまうけど……まあいいか。」
ふぁさり
「……ってかお前、これどっから持ってきたの?」
「昨日これ見て、似合うの買うっきゃないなと思って買った。」
「まじかよっ。高そうなんですけどー。」
黒い毛がふわふわとした
ポンチョ型のコートでした。
胸より下までの短い丈でしたが、
充分にあたたかく、女は驚きました。
――あの人とおそろいだわ。
最初に
マフラーをくれた男も
黒いコートを着ていました。
もしも
彼がいなければ
彼女は今も雪の雑踏で。
手袋もつけず
マフラーもつけず
コートもつけず
ましてや毛糸の帽子なんてないままに
ただただ立ち尽くしていたことでしょう。
――あぁ、あの人に、お礼を言いたい。
その日は雪の街では珍しい
透き通った青がさえわたる
晴れ空が広がっておりました
日差しは雑踏に立つ女にも平等にふりそそぎ
その白い肌はもとより
黒い帽子に
赤いマフラーに
そして黒いコートに
さんさんとふりそそぎました
ドサリ
「――え!?」
「あー……今日、おかしいくらいあったかかったもんねぇ……。」
「ってかなんでこれだけ残ってたの?他はずいぶん前に撤去されてなかったっけ?」
「さあ?」
雑踏を行き交う人々の視線が
崩れた雪像に注がれます
黒い帽子とコート
そして赤いマフラーは
白い雪まみれ――
――雪降る街に、春がおとずれたのでした。
こんにちは、裏薄荷です。
本編より長いかもしれない後書きです(笑)。
何年か前に、仕事にちょっと嫌気が指していて、少しでも楽しめる要素をつくろう、という思いで日報用のメールに連載していた童話です。
「短文童話連載」のような項目名で、毎日2~3文程度の短さで、通勤時に携帯に下書きして、連載していました。
職場の方には、そこそこ好評だったと信じています(笑)。
その内の一人が、マフラー前後の段階でオチについて、「マリオネットが最後に歩き出すんだ」と予想してくれました。
同じような予想をされた方はいますでしょうか?
もしくはもう最初の方で、わかってしまったでしょうか?
いずれにせよ、楽しんでいただけたなら、何よりの幸いです。
当時の職場を思い返すと、得るものも多かったのですが、私の未熟さ故にご迷惑をおかけしたことが思いかえされます。
特に私以上に稼働が高かったり、色々な事情を抱えている方に対して、
配慮の足りない言葉を漏らしてしまったことを思い出すと、今でも悔やまれます。
ここでお詫びを述べても当人たちに届くことはきっとないでしょう。
こうして後書きに書く事は自己満足でしかありません。
なので当時のそうした経験を糧に、今後の自分の振舞いにつなげていきます、
と自己決意を表明するに留めて、結びといたします。
これを読んでくださった方に、少しでも何かを与えることができたなら、幸いです。