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巡る世界のグランギニョール  作者: まさひろ
第2章 僕とイグニスと黒い魔剣
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「それで、一体どういうことなのだ? マスター」

「いやー、一か八かだったんだけどね」


 僕はイグニスの質問に、頭を掻きつつこう答えた。


 僕のやった事は単純だ、イグニスが僕に力を分けてくれることが出来るなら、その逆も出来るはず。

 だから、僕はイグニスに力を与えた、それだけの話だ。


「マスター」


 僕の説明を聞き終わったイグニスは、めったに見れない怒り顔を僕に披露してくれた。


「なんてことをするんだ! 死にたいのか! マスター!」

「あはははは、加減はするつもりだったんだけどね」


 世界を救うほどの力を秘めている聖剣と、ただの大道芸人の僕とでは、その器が段違いだ。

 僕の生命力は、スポンジに水が吸収されるように、一瞬のうちに吸い尽くされた。


「けど、ああしなかったら2人とも死んでいたよ」

「……それはそうなのだが」


 僕はイグニスの頬にそっと手を当てそう呟く。もっとも僕が死んでも彼女は死ぬことは無い、いずれどこかに転生して、次の契約者を待つことになるだろう。


 だが、僕はその事は言わない、言ったら彼女が悲しむからだ。


 彼女は世界を救うための道具なんかじゃない。彼女を彼女として扱ってくれ、彼はそう言っていたのだ。

 世界が危機に陥るたびに、便利に扱われる道具でなく。1人の人間として、彼女が勝ち得た平和な世界を、彼女自身に見せてくれ。彼はそう言っていたのだ。





「ともかくこれで、準備は万端だ、ルサットさんのお家に三度目の訪問と行こうか」


 僕はふらつく体を隠しつつ、イグニスにそう言った。


「駄目だ、マスター、それは許可できない」

「あはははは、僕ならもう大丈夫、イグニスの看病のおかげでもうすっかり元通りだよ」

「馬鹿を言うなマスター、そんな体で、戦ってみろ、今度こそ死ぬぞ」

「そうは言っても、僕たちが行かなくっちゃ、アリシアが死んじゃうよ」

「私はマスターの剣だ、マスターの安全を最優先する」


 うーん困った、イグニスは強情を張って梃子でも動いてくれそうにない。


「ちょっとだけ、ちょっと様子を見て来るだけ」

「駄目だ、マスター」


 イグニスはぷいと顔を横に向ける。あーもう、すねた様子も可愛いなぁ。

 けど困った、半死半生の大道芸人が乗り込んだところで、屁のツッパリにもなりはしない。


「だけどまぁ」


 一歩足を踏み出す、それだけで頭がグルグル回って倒れそうになる。


「マスター!」


 咄嗟にイグニスが体を支えてくれる。


「行かなくちゃ、いけないんだ」

「マスター……どうして……」


 さて、どうしてだろう。アリシアの境遇に同情しているのか、それとも別の事情なのか、僕にもとんとわからない。だけど……。


「だけど、僕には彼女を見捨てる事は出来ないんだ」


 これはただの、僕の我儘、人を助けるのに理由なんて、寝覚めが悪いから程度でちょうどいい。


「……分かった、死ぬまで恨むぞ、いや、死んだら恨むぞ、マスター」

「ははっ、善処するよ」


 こうして僕たちは、三度目の正直をなしえるために、ルサットさんのお家を目指した。





「相変わらず、お城みたいに、広いお家だ」


 あの中から、アイリスとローグレンを探し出す。しかも今の状態でだ。とてもじゃないが、イグニスの力を解放する事なんで出来はしない。かと言ってイグニス単独で乗り込ませるなんて、どうやって封印しているのかが分からない今、易々イグニスをくれてやる様なものだ。


「まぁ、何とかなるか?」

「……そうなのか? マスター?」


 イグニスは疑問符まみれにそう返してくる。ありゃりゃりゃ、大分信頼を失ってしまったようだ。


 ここは頑張って汚名返上と行こうかなっ!


 ……まぁ今の僕には、イグニスの荷物として彼女の背中に乗っかっているのが精一杯なんだけど。





「兎に角適当に暴れてみてよイグニス」

「了解だ、マスター」


 ばこーんと、毎度おなじみ、門破壊。イグニスの蹴りは、分厚い鉄扉を蹴り飛ばす。


「んっ!? んだこら!」


 少し間をおいて、マフィアさん達が騒ぎ出す。彼らにとっちゃ逃がした得物が自分から罠に掛かりに来たようなものだろう。


 わらわらと、一体どこに隠れていたのかと思うように、マフィアさん達が現れる。みんな元気いっぱい血走った目で、襲い掛かってくる。


「イグニス、今の体調は?」

「半分と言った所だ」


 まぁ、これから魔王退治に赴くわけじゃない、単なる人探しなら、その程度でも十分だろう。


 マフィアさん達との鬼ごっこ、あるいは障害物競争を開始する。

 ぼごん、ぼごんと、壁やドアを破壊しながら、やたら目ったら暴れ回る。


「あはははは、みんな良い顔で追いかけて来るよ!」

「そうだな、マスター」


 万が一にも、例の客室には近づかないように、端っこから破壊していく。さてさて、此方からは、十分に手を伸ばした。後は……。





 ブチリと、猿轡を噛み切った。口の端からがダラダラと血が流れ、歯はぐらぐらとしてやがる。


 ぺっと血まみれの唾液を吐き出す。


 上が妙に騒がしい、どっかんどっかんと、愉快なパーティでもしてるかのような大騒ぎだ。


「へっ、あの甘ちゃんが」


 猿轡を外したからと言え、それでどうこうなる訳じゃない。相変わらず手足は縛られたままで、身動き一つとれやしない。


 だが、だが!


 俺は胸の奥まで息を吸い込み、壁をぶっ壊すような勢いで、それを吐き出した。


「何時まで寝てやがるローグレン! パーティの準備は万端だぞ!」


 メキリと、体に傷み()が走る。

 言葉は力だ、魔法なんて使えねぇ唯の小娘には、言葉こそが魔法()だ。


 吹けば飛ぶような、か細いラインは、痛みと共に膨れ上がる。


 メキリと額の血管がブチ切れる音がする。ミシリと、全身の神経が燃えるように脈動する。

 ここは欲望の街カイギスターグ、その中でも一等強欲なマフィアの家だ。


「ここは、テメェの餌場だろ! 何時までお行儀よく我慢してるつもりだ!」


 怒りを乗せて、全力で叫ぶ。くそッたれな世界に、くそッたれな自分に。


 轟と黒き炎が一直線に飛んでくる。壁も地面もお構いなしに。

 その炎はあっという間に戒めを焼き尽くし、俺は炎に包まれた。


「待たせてすまない、わが主よ」

「へっ、借りは返してもらうぜローグレン!」


 黒き炎に包まれた俺は、姿形を一変させる。金髪は、欲望を煮詰めた様な漆黒に、碧眼は、怒りに燃える紅に。

 溢れる血潮は、オーラとなりて、逆鱗をはがされたドラゴンもかくありきだ。


「ぎゃははははは! 行くぜローグレン!」


 俺は吠える、自由を噛みしめるように。

 俺は猛る、怒りを楽しむように。

 俺は、勢いのまま、天井をぶっ壊し、地下室から躍り出た。


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