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第6話:魔王様の革命前夜

「勝っただと?」

 上空から見ていた側近はその事実が信じられなかった。自分の想像よりもリードは強かったためだ。自分が戦っても勝てるとは限らない相手だった。それを結果だけ見れば無傷で破ったのだ。あの自分が無能と馬鹿にしてきたリュシカがである。もしかしたら、有能なのではないかとそんな疑問が側近の中で浮かんだ。


「側近!」

 側近がそんなことを思っていると、リュシカの怒号が響いた。それは側近が聞いたことのないほどの強い怒気が込められていて、体が一瞬竦むほどだった。

 側近はその翼でリュシカの元に近づいていくと、再び有無を言わせぬ言葉が響いた。

「あの一帯を焼き払え」

「何を言って……」

 側近は困惑する。そんな敵対行動をとれば、人間に囲まれて袋叩きにされてもおかしくない。

「さっさとやれ」

 今まで聞いたことのないその言葉に、側近は動かされた。

「あそこだぞ、外すなよ」

 リュシカの指を指す方角に向けて、側近は口から火球を放った。その火球は地面に激突すると、火柱になって大地を黒く焦がす。


「やはり、そうか」

「俺たちの考えは正しかった」

「勇者様は、我々の水源を守ってくれてたんだ」

 酸が水源に達しようとした刹那。側近の炎によっては酸は蒸発し天に消えた。

 それを確認し、リュシカは安堵のため息を吐く。

「リュシカ様?」

 側近はリュシカのところにいち早くはせ参じる。飛べるゆえに誰よりも早かった。どういうことですかという、表情でリュシカを見る。

「いや、あのバカ、街中で酸なんか出すからさ、イリスの木に被害が出ないように守りながら戦ってたんだよ」

「はっ?何故です?」

 側近は素朴な疑問を持ち、リュシカに質問する。

「決まってるだろ。それだけの価値があるからさ」

 側近には、リュシカの言葉が理解できなかった。いつも意味不明だが、今回は特に意味不明だった。しかし、深く考える必要はない。リュシカは花が好きなだけである。イリスの木は桜のような花を咲かせ、その実は桃のように甘く珍味とされた。この国の自慢の特産物で、魔界の気候では育たない珍しい植物である。リュシカにとっては確かに価値があったが、魔族として異端過ぎて側近ですら理解できなかったのだ。


「リード様」

 側近に続いて、リードの弟子である副官も上空の足場から飛び降り風の魔法で減速することで、師匠であるリードの元に駆け付けた。その形相は、凄まじいもので取り乱していた。

 それを見たリュシカはここぞとばかりに口を開く。

「安心しろ、峰打ちだ」

 その言葉を聞いて側近は思う。やっぱりこいつは馬鹿だなと……それもそのはずである、リュシカの聖剣に峰など存在しないし、仮にあったとしても、思いっ切り切れているのに、峰打ちも糞もない。


「本当ですか?」

 希望をもった顔で副官の少女が、リュシカを見つめる。

 いや、どうみてもざっくりいっているだろと、側近は人間の愚かしさにため息を吐いた。それに対して、リュシカは笑顔で口を開く。

「言ってみたかっただけ……死んだんじゃないかな?」

「……あなたって本当に屑です」

 若き副官は、目に涙をためながらリュシカを睨んだ。

 それを見て、リュシカは愉悦の表情を浮かべる。


「宜しかったのですか?」

 魔王らしいことが出来て、嬉しそうにしているリュシカを、側近は横目で見ながら問う。

「何が、俺のイリスの木を傷つけようとしたんだ。死んで当然だ」

 側近はお前のじゃないだろと思い、また、ため息を吐く。

「反乱軍のリーダーになりにきたのでしょ。人間の心証が悪くなっても良いのですか?」

「あっ」

 リュシカを間の抜けた声を上げた。自分の目的を思い出したのだ。イライラしていたから次いですまない。

リュシカが副官を見ると、必死に回復魔法をかけていた。しかし、傷が深くてとても治りそうもない。魔法と言えど、致命傷を回復するにはそれなりの道具が必要だった。回復魔法は、魔法の中でも特に難易度が高いのだ。

「あれは、どう見ても無理ですね」

 側近は率直な意見を述べる。回復魔法の専門家がいないと不可能な傷であった。


「リュシカ様?」 

側近はリュシカを見る。いつもなら慌てふためいているはずなのだが、やけに冷静にしていた。まるで、何か秘策でもあるようではないかと、側近は訝し気に見つめる。

「何か考えがあるのですか?」

「ポーションがあれば、あの程度の傷は治療できる」

「……ポーションですか?」

 何を言い出すんだと側近は思った。ポーションはとても貴重な薬だ。人間の魔導士組合が製造に成功した万能薬だが、未だに量産の目途が立たず、安定生産も出来ていない。ポーション欲しさに戦争が起きたほどだ。それほど完成品の現存数は非常に少なく、あの魔王城にも1本しかない。先先代の魔王が人間から奪い取ったものだ。


「魔王城からもってきたんですか?」

「いや、魔王城に合ったのはオーク大臣にあげたから、一本も持ってないんだよね」

「あげた?正気ですか?」

「正気も正気だよ。部下への投資は惜しまないよ私は……それに、オーク大臣のやつ泣いて喜んでくれたっけ」

 懐かしそうに語るリュシカに、側近はオーク大臣の忠誠心の高さの一端を垣間見た気がした。思えば、リュシカという魔王は、部下を非常に大事にする魔王である。ただ手に負えないくらい政治的な手腕がなく、デスクワークが出来ないため仕事を丸投げしてくるだけなのだ。そのせいで、側近は過労死寸前で働いていたので、大事にされているという実感が、彼女だけは例外的に1つもなかった。


「無いなら、どうするんですか?」

 側近はリュシカに質問する。

「作るんだよ」

 側近は呆れてものが言えなかった。作る?誰が?作れるやつ何ていない。ポーションのレシピは国家機密。仮にレシピを手に入れたとしても、現在のレシピも完璧ではない。何せ安定生産にいたっていないレシピなのだ。


「はい、出来た」

 信じられない光景を側近は見た。

 あの無能の極みのようなリュシカが、ポーションを精製してみせたのだ。


「ポーションの原材料は、実はイリスの実なんだよね。イリスの実は酸に非常に弱いけど、熱処理した後に、数秒間弱酸性の石鹸水に付けると、物性が劇的に変化する。後は桃の皮のような薄皮を丁寧にむいてから、皮だけを冷水に漬ける。この冷水を月の光を当てながらまた熱処理すればポーションが完成する。問題は、残った果肉は糞不味くなっていて食えたものじゃないことかな」

 リュシカは反乱軍の面々に自慢げに話していた。

 国家機密級のことを話すなと言ってやりたかったが、反乱軍の面々を見れば良く分かる。リュシカの真似をしようとしているが、誰一人として成功していないのだ。熱処理のタイミングが非常にピーキーで、コンマ単位での精密処理を必要としていたためだ。

 側近は悔しいが認めざる負えなかった。リュシカは天才だと。


「リュシカ様のことを始めて尊敬しました」

「今までどう思っていたんだよ。私は政治と戦が出来ないだけで、他のことはやろうと思えば大抵できるんだぞ」

 王としては致命的と言わざる負えなかった。他の職業を選択すれば大成するのは間違いないほどの多彩な才能がリュシカにはあった。事実、研究者になれば、歴史を変えるような発明を複数してしまうほどの才能があった。もっとも才能を活かせる職業なのは言うまでもなく研究者である。

 側近は魔王を辞めて、こっちで食っていけば良いのにと、心の底から思ったが、口にだして言わないことにした。

 若き副官がやってきたためだ。


「あの、さっきは酷いことをいって、申し訳ございませんでした」

 副官は、深々と頭を下げた。

 それをリュシカが冷めた目で見つめる。言うまでもないが、魔王であるリュシカは、人間の感謝されたり、謝れるのが嫌で仕方なかった。

「気にするな」

 それは、リュシカの本心からの言葉であった。

「そういう訳にはいきません。この御礼は必ずさせてもらいます」

「礼なんていらん」

 それも、リュシカの本心だった。人間から礼などリュシカが貰う訳がない。欲しいものは魔王らしく奪っていく。

「何故です?」

「…………」

 何故、リュシカは考える。流石に人間ごときの施しはいらないとは言えない。

 そして、考えても思いつかないので、いつも魔界の部下たちに言っている言葉を伝えることにした。

「言葉だけもらえれば十分だ」 

「あ……ありがとう……ございます」

「ふっ」

 人間に感謝されちゃったよ。リュシカはそう思いながら自虐気味に笑った。


「勇者様」

器がでかい。対照的に若き副官ことジュディスはリュシカに対してそんな感情を持った。あれだけの知識と実力がありながら、それに対して気取った態度を取らないどころか、国の現状を顧みて、何も貰わないと言うのだ。

そして、あの笑顔をジュディスは思い出す。リュシカにとっては自虐的な嘲笑だったが、ジュディスには違うものに見えた。ジュディスはだいぶ好意的にリュシカを見ていた。

それは何もジュディスだけではない。反乱軍の面々も同様であった。

実力・器、そして心を持ち合わせた、あらたなリーダーが、決闘という本来は遺恨が残ってもおかしくない方法で生まれようとしていた。


 リュシカにとって、その期待の眼差しは心地の良いものではなかった。針の筵の中にいるような気分であった。

 リュシカは魔王なのである。人間からの期待など望むものではなかった。人間どもを皆殺しにするために、リュシカは次の段階に移行しようとした。反乱軍を手に入れたのだ。革命である。


王の間

「何だと」

 国王の怒声が城内を震わせた。

「反乱軍を討伐するどころか、そのリーダーにおさまっただと、あのクソガキが」

「はっ、信じられないことですが事実のようです」

「奴は条約を知らんのか、勇者はどこの国にも属さず、常に中立であるべきなのだ」

 王はそう言って、激高したが、リュシカがそんな条約知るわけがなかった。

「だが、これは好機だ。あの生意気なクソガキを殺すな」

 王は考えた方を改めた。条約のために勇者を殺すことが出来なかったが、反逆者なら話は別だ。

「しかし、陛下、勇者様を殺しては、他国が黙っていませんよ」

 王に勇者の謀反を伝えに来た騎士は、王の言葉を否定した。いかに反逆者と言えど、確認も取らずにすぐ殺しては、後々他国に何を言われるか分かったものではない。

「黙れ、儂の決定に意を唱えるな」

 王の悪い癖が出ていた。この王は後先を考えない。自分のしたいことを優先してしまう。リュシカも後先を考えない愚か者ではあるが、忠臣の言葉には耳を傾ける分、この王よりも優秀と言えた。


 騎士は、王の言葉にそれ以上の意を唱えることは出来ず、とぼとぼと退出する。

「よう」

 とぼとぼと歩いていると、部屋の外でバルトが待っていた。バルトの表情はいつもとは違い、険し物があった。

「勇者様が反乱軍のリーダーになったというのは、確かな話なのか?」

「信じられないことかもしれませんが、事実です。どうするのでしょうかね?我々は勇者を相手に戦争しないといけない」

「…………」

 勇者相手に戦争。バルトは返す言葉もなかった。

「反乱軍のリーダーはどうなったんだ?」

 気を取り直して、バルトは質問を再開する。

「勇者様に負けたとのことです」

「負けた?嘘だろ」

 バルトは反乱軍のリーダーのことを良く知っていた。国家級戦力だ。どこの国でも宮廷魔導士として雇ってもらえるだろう。こういっては失礼ではあると思いつつ、リュシカは若かった。才能はあれど実力においては、それほどの物はないと考えていた。勇者は人間の中で最強ではないのだ。要は魔族との相性が良いだけなのである。しかし、反乱軍のリーダーに勝ったと言うのなら、その実力は人間の中でも最強クラスにカテゴリーされる。

 バルトは末恐ろしさに震えた。

「どうやって反乱軍のリーダーになったんだ」

「決闘です。リーダーと決闘して勝ったそうです」

「それでは、犠牲になったのはリーダーだけか?」

「それが、そのリーダーも決闘の後に勇者様が治療して、一命をとりとめたらしいです」

「それでは、犠牲者も出さずにトップの首を挿げ替えたというのか?」

「信じられないことですが」

「器が違うな」

「えっ」

 バルトはそれだけ言い残して、その場を立ち去った。その心には様々な思いが渦巻いていた。国か勇者かどちらの味方をすればよいか分からなかった。

 そんなバルトの前に近づく人物がいた。

 副団長であるアレンである。

 まだ、傷が完全に完治していないためふらふらとした足取りではあったが、覚悟を決めた目でバルトにあることを告げる。

 それは、バラ園でリュシカが語った大望だった。

「勇者様は何を考えているんだ」

「分かりません。しかし、あの男の目的は世界征服です」


反乱軍のアジト

「明日?正気ですか勇者様」

「マジだよ。明日、城を責める」

 リュシカは反乱軍のアジトで早速やらかしていた。側近がため息を吐く。

「ジュディス様、何とか言ってください」

「えっ、私」

 リードの副官だったジュディスは、話を振られてうろたえる。この女も、リュシカと同じでこういうことは分からない。ただ、魔法の才が突出しているだけの女である。

「明日は、早いんじゃないですか?」

 こんなことしか言えなかった。ポンコツ天然である。

「では、聞こう。いつ革命を起こす気だ?こうやっている今でも、貧しさに苦しんでいる国民がいるんだぞ。革命に遅いはない。思い立ったら、その日が革命記念日なんだ」

「おお」

 反乱軍のアジトはリュシカの言葉に盛り上がったが、側近だけは『革命記念日』ってなんだよと心の中でツッコミをいれた。

「さあ、全ての反乱軍を集結させろ。明日、私は王の首をとる。国王に戦の準備をする暇を与えるな。先手必勝うって出るぞ」

「……勇者様。1つだけ確認させてください」

 歓声が上がる中、一人の反乱軍メンバーが前に出る。

「姫様はどうなさるつもりなのでしょうか?」

 彼は、姫様信者の反乱軍メンバーだった。

「姫?」

 リュシカは、目の上のたんこぶのような、姫のことを思い出す。リュシカが王になるうえでの障害と言えた。

 王の血筋などは、途絶えさせてしまうのが一番良いのだが、罪のない姫を巻き込んだとか言ってしまった手前、処刑することも叶わない雰囲気をリュシカは感じた。

「側近、お前はどうすべきだと思う」

「何故、魔族に?」

 反乱軍のアジトがざわめきだった。魔族に意見を求めたためだ。

「彼女は信頼できる。私のパートナーだからな」

 それに対して、リュシカが制した。

「しかし……」

「異論は認めない」

 納得できないという顔が何人かいたが、誰もリュシカを恐れて言葉を発さない。リュシカも必死だった、基本的に側近がいないと何も出来ない男である。側近を認めさせないと、この後詰むことが分かっていた。

 そんなリュシカを見て、仕方なさそうに側近は口を開く。少なからず、パートナーという言葉は、彼女の琴線に触れていた。


「勇者様は竜騎士でもある。竜騎士とは竜とともに生き、竜とともに死ぬ存在です。そんな勇者の半身である私を信頼できませんか」

 勇者の前に出て、反乱軍の面々に詰め寄った。相手が勇者ではなく魔族になれば、反乱軍の面々も態度が変わる。

「悪いが、君のことは信頼できない」

「そうだ。姫を殺す気だろ魔族」

 敵意が側近にまっすぐ飛んでくる。

「黙りなさい」

 低い声音で側近がそういうと、周りは蛇に睨まれた蛙のように静まり返る。

「姫を殺すなんて知性の欠片もないことしませんよ。姫には称号だけ立派で、権限も何もない職に就かせます。それが宜しいと思いますが、いかがでしょうか?」

 実にまっとうな意見で、反乱軍のアジト内で不満をあげるものは誰もいなかった。皆が、リュシカの答えを待った。


 リュシカは、人間には死んでもらいたいので、生かしておくと言うのが非常に嫌だった。しかし、側近の言葉に意を唱えることはしないことにした。

「そうそう、それが言いたかった」

 だって、リュシカ自体どうするのがベストなのか分からないのだ。ゆえに、感情ではなく側近の意見をリュシカは尊重することにした。尊重と言えば聞こえは良いが、丸投げである。

 側近は、丸投げされたのを察した。

「さあ、何をしているのですか?リュシカ様は明日、革命を起こすと言ったのです。さっさと準備をしなさい」

 急に側近が仕切りだす。

「軍の状況を、誰か説明しなさい」

「現在、わが軍は……」

 リュシカはニコニコしながら聞いていた。また、たまに相槌をうつ。何も分かっていなかった。

 作戦会議は、無理だと思われたが、側近の手腕で朝までに終わり、何とか形になってしまった。


姫の自室

「勇者が私の所に来てくれる……違うか、彼は魔王。魔王リュシカ=フルフォール。彼が来る。ラブラブに愛してあげなきゃね」

 そこには優しい姫の面影はない。ただ、美しさだけが残っていた。2面性をもっているのはリュシカだけではない。様々な思惑が歪に絡まりながら、革命の時が来ようとしていた。


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