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第3話:魔王様の王都入り

「ここが勇者様のお部屋です」

 リュシカが通されたのは、他国の王族などが泊まるように作られたVIP用の客室であった。

 何人も寝むれそうなキングサイズのベッドに、金銀財宝で装飾された家具たち。どこぞの有名な画家が描いたとおもわしき、名画の数々。

 それはリュシカの趣向にまったくあっていなかった。

 リュシカはキングサイズのベッドに側近を下した。

 人サイズの側近を寝かせてみると、ベッドの大きさが際立った。ベッドなんて小さくていいし、家具を金銀財宝で装飾する意味も分からない。絵画を飾るのではなく、花を活けてあれば面白いものを、リュシカはそう思った。


「もしかして、お気に召しませんか」

 姫は、リュシカの表情を見て心配そうに問う。

「そんなことは……」

 しかし、リュシカは姫の表情を読んで言葉を止める。

「少々贅沢が過ぎると思いましてね」

「私もそう思います……父が好きなんですよ。こういった派手で豪華なものが……勇者様とは真逆ですね」

 馬車の中でのリュシカの言葉から、姫がリュシカの趣向を理解していた。

 リュシカが馬車の中で語った言葉の中で、あながち嘘ではない部分だった。


 昔から、金銀財宝などよりも花などの素朴な美しさを好むのがリュシカである。永遠とも思える長い時間を綺麗に輝き続ける宝石や金銀などの貴金属よりも、はかなくも一瞬を輝く花のほうが、リュシカは好きだった。

 もちろんそれは、魔王としても異端である。魔王の中でも金銀財宝を好むものは多い。

 永遠よりも一瞬を好むなど、魔王らしくない部分である。

 もっと言えば、綺麗なものよりも可愛らしいものが好きと言うのがリュシカであった。


「お邪魔しますよ。姫様、王が勇者様に合われるそうです」

「バルト騎士団長」

 勇者と姫の後方に音もなく騎士が現れる。鎧を着ているのに音がしなかったという矛盾。それだけで、戦士としてのレベルの高さがうかがえた。王国騎士団長バルトである。王国における軍事の最高責任者の一人であり、実質的な軍事のトップである。

 リュシカは振り返って、バルトを見る。

 バルトもリュシカの顔を覗き込む。

「成る程ね」

「どうしたのですかバルト?」

「いやね、姫様がわざわざ部屋に案内したと聞いたんで、どんな男かと思ったら、姫様好みの可愛い顔したイケメンがいるものでね」

「なっ、バルト何をいうのです」

「はははは、これは失敬を」

 姫が怒って、バルトの鎧をぽかぽかと叩く。姫と王国騎士団長としての関係には見えなかった。それは仲のよい親子のようである。事実、年の頃も親と子といっていいくらい開いている。


「違いますよ。私はそんな即落ちするような軽い女ではないですよ」

 リュシカは姫の言葉を聞き流しながら、このバルトと言う男を観察する。魔力の量、身のこなし、どれをとっても今まで出会った人間のどれとも違っていた。得体のしれない力をリュシカは感じ取る。

 側近が寝ていて、自分は魔力切れしている今、仲良くしておかないといけないな。思考を完了させ、リュシカはバルトに微笑みかける。


「リュシカと言います。騎士団長殿」

「バルトだ。勇者様から握手していただけるなんて、光栄ですよ」

 顔が笑っているのに、姫の前とは明らかに違う笑みに、リュシカは警戒する。

 警戒されていることがリュシカには良く分かった、それはバルトも同じだろう。姫だけがほほえましく、2人の握手を見ていたが、2人は腹の中を探りあっていた。


「ところで勇者様、そこで寝ているご婦人はドラゴンだと聞きましたが、本当ですか?」

「そうなのよ、バルト。勇者様は竜騎士でもあらせられるの」

姫が自分のことのように誇らしげに語る。

「それはすごい。100年前の勇者様と一緒だ。ただ……上位のドラゴンに乗ったなんて話は聞いたことがない」

 やばい。リュシカは頭を抱えたくて仕方なかった。

 人間に使役できるドラゴンなんて、ドラゴンたちに能無しと馬鹿にされる知能の低い下級種のドラゴンである。側近のように人間形態になれるほど強いドラゴンなんて、人間に従うわけがない。なんて言ったって、魔王にも従わないくらいである。

 ドラゴンのプライドの高さを、リュシカは誰よりも知っていたが、残念ながら竜騎士のことは何も知らなかった。


「それはですね……」

 無言も変なので喋ってみたが、言葉が続かない。助けて側近と思うが自分が気絶させた。非常に不味い。リュシカは聖剣を抜いて戦うことも考える。今なら姫を人質にとれるだろう。しかし、逃げられる保証なんてどこにもない。確率は限りなく低いだろう。

「勇者様、どうかされました?」

 バルトは不振そうにリュシカを見る。

 リュシカは心に誓う。舐めやがっていつか生け捕って殺してやると。それは現状では出来ない妄想をであり、現実逃避であった。


「バルト、勇者様を困らせてはだめですよ」

 リュシカを救う一言が意外なことに姫から発せられた。

 姫は怒ったようで、可愛く頬を膨らませる姿に、バルトはたじたじである。それは、溺愛する娘に叱られている父親のようであった。

「姫様、しかしね」

「誰にでも話したくないことはあります。客人の勇者様を困らせてはいけません。そうですよね、勇者様」

 そう優しく微笑む姫に、リュシカは心から感謝していた。くそ人間の害虫以下とおもっていたが、雑草くらいにリュシカの中で姫への好感度が上がっていた。たかが雑草とされど雑草である、リュシカが雑草ほどに人間に好意を抱くことなどめったにない。


「ご察しいただけてありがたい。そのドラゴンとはいろいろありましてね。聞かないでいただけると幸いです」

「はい、聞きません」

そう笑う姫を見て、バルトも口を閉じるしかなかった。

 バルトの疑念が消えたわけではない。しかし、この姫のいうことは的を外していても、その言葉から好転することが非常に多いのだ。天の加護とでもいえばいいのだろうか、バルトはリュシカのことは信じることが出来なかったが、姫の持つ天運を信じていた。


「それでは行きましょう。勇者様」

 姫は赤面しながらもリュシカの手を引く。リュシカは側近を置いて客室を後にする。

 その嬉しそうな姫の顔を見て、バルトは複雑な思いを持たずにはいられなかった。


「ここで父がお待ちです」

 姫がリュシカを連れて来たのは、5列くらいでも入場できそうな大きな扉。そこには4人の兵士たちが並び、固くその扉を閉ざす。

「ご苦労様です」

 姫が兵士の労を労う。 

「恐縮であります」

 兵士の代表が、姫に答える。

 姫に騎士団長、そして勇者と言うトリオに兵士たちは緊張していた。


「お疲れさん、国王陛下は中にいるか?」

「はっ、食事中であります」

バルトの言葉に兵士の一人が答えた。

「食事ね……」

 不思議な雰囲気をリュシカは感じ取る。姫を見ると悲しそうな表情をしていた。食事をすると悲しい。リュシカには想像もできなかった。


「開けてくれ」

 バルトが兵士に命じると、兵士たちは4人がかりで扉を開ける。大きな扉が開かれた。開かれた先は、王が食事をとるための大広間の一つであった。大きなテーブルには数十人がかりで食すると思われる料理の数々が並ぶ。

「おお、よく来た。我が愛娘リーア、バルトもご苦労だった。そして、お前が勇者か?」

 娘であるリーアや、バルトへの態度とうって変わって、王はリュシカに対して不遜な態度を取った。


「はい、陛下。リュシカと申します」

 リュシカは、そのことで意に返すことはない。人間から向けられる悪意など、リュシカにとっては決して不快なものではなかった。むしろ尊敬の目で見られるよりも、悪意を向けられた方が小気味よいくらいだった。


「ふん、お前が勇者だと、まだ子供ではないか」

 リュシカの見た目は魔王と言うにも、大人と言うにもまだ幼い。見てくれで年齢を換算するなら、14~15歳ほどである。しかし、その実年齢は153歳という、人間ならとっくに死んでいる年齢である。このギャップはリュシカが人間ではないからだ。魔神族は魔物の中でも長寿な種族である。その寿命は1000年を超える。

 そのため、一般的な子供の年齢ではないが、リュシカは子供で間違いないのである。

 私の方が3倍は生きているぞと思いながらも、リュシカは笑顔を作った。


「15歳ですから」

「15歳」

 その年齢に、リーア姫が驚き声を上げる。若いとは思っていたが自分よりも下だと思っていなかったからだ。

 バルトもリュシカの言葉に驚き、困ったように頬を掻いている。

 もちろん、15歳というのはリュシカが自分の見た目から適当に見繕った偽りの年齢である。


「お前は、その歳で勇者だと申すのか?」

 弱そうなリュシカに王は強気だった。否、常日頃から見えばかり張っているだけで、そう見えるだけだった。

「陛下、勇者に歳は関係ありません。聖剣に選ばれたものが勇者なのです」

 小ばかにしたような態度で、リュシカが返答する。

「では、抜いて証拠を見せてみろ」

「喜んで。危ないので離れていてください」

 自分の近くにいたリーア姫とバルトを下がらせる。


 リュシカはゆっくり鞘から聖剣を引き抜く、聖剣は光を放ちまばゆく発光する。リュシカが魔力を込めなかったため、以前のように雷や雷音が鳴り響くことはなかった。しかし、その虹色の独特の輝きが聖剣だと証明していた。

「ちっ」

 王は聖剣を引き抜いたリュシカを見て舌打ちをした。王にとって、勇者と言う存在は目の上のたんこぶだったためだ。

 王と言っても勇者をコントロールすることは出来ない。民衆の人気で言えば王よりも勇者の方が上になる。下手に罪にでも問えば民衆の怒りをかう。また、隣国も黙っていないだろう。勇者は世界の宝、世界全てで保護しなければいけないという風潮があるのだ。

 時に、勇者の言葉は王の言葉を上回る。王はそれが気に食わなかった。否、自分よりも偉い存在という全てを王は許せなかったのだ。ゆえに、他の王たちにいつも利用されていた。

 前の勇者に、魔王を倒した暁には娘をくれと言われたときは、王がどれだけ勇者を呪ったことか、そしてそれを飲まなければならない立場に追い込まれた時の悔しさは今でも忘れることが出来ない。

 

 魔族どもの領地の7割を壊滅に追いこんだうえで、新魔王に倒された勇者の死は王にとっては、これ以上ない行幸だったのだ。それなのに、新しい勇者が現れ、その勇者は娘に手を引かれて現れた。

 王にとっては、大切な娘を奪う存在が再び現れたのだ。度し難い出来事だった。


「お父様、そのような態度は……」

 娘に諭され王は正気に返る。

「すまない、リーア。勇者殿、先ほどは疑ってすまなかった。あなたは間違いなく勇者だ。好きなだけ我が国に滞在してくれ」

「お言葉に甘えさせていただきます」

 王の『甘えんじゃないよ』と言う顔を見て、作り笑いではなく、初めてリュシカは心の底から微笑んだ。王とリュシカは相性最悪のようで最高の相性だった。

 リュシカは自分に向けられている憎悪と、怒りの根源の正体がわかっていた。ゆえに、愉悦を感じずにはいられなかったのだ。


 王との食事が始まった。

 5メートルはあろうかという長机の対面に王とリュシカが座る。姫は王の傍らに座っていた。この配置は王の嫌がらせである。

 しかし、リュシカは終始笑顔である。

 王にはそれが気に食わなかった。嫌な顔の一つでもすれば可愛げもあるものも、自分の嫌がらせを意に返していなかった。それどころか、出された料理をおいしそうに一心不乱に食べていた。

 対称的にリュシカは王に感謝していた。これだけ離れていては会話なんて出来ない。要はしなくていいのだ。そのため、食べることに集中できる。魔力を回復するには寝るか、食事をするのが一番である。リュシカは人間界の食べ物を食べれば食べるだけ、魔力が充実してきていることがわかった。

 人間界の食事は口に合うようで、魔力の上限が上がってさえいた。これは、実はリュシカが今まで食事をしなかったことに起因している。魔神族は水さえ定期的に飲めば、数年単位で生きていけるため、リュシカはろくに食事をとっていなかったのである。

 リュシカは気づいていなかったが、魔神族にしてはゴミみたいなリュシカの魔力量は、リュシカ自身の不摂生に由来していた。


 王はリュシカへのぶつけようがない怒りから、嫌悪感を強め暴食的に食事量が自然と増えていた。

 それを見て、反対的にリュシカはこの王のことが好きになっていった。リュシカにとってはまさに理想的な人間だったためだ。小物そうな態度と雰囲気、自分への明確な悪意。リュシカにとっては実に愛でがいのあるおもちゃであった。

 命乞いをさせたうえで、ゆっくりじっくりいたぶって、自分への恨みや怒りが恐怖へ変わったときに殺そう。美味しい食事に快適な宿、それに生贄になってくれるなんて、理想的な人間である。人間はこうでなければいけないなと、リュシカは思った。


 王はリュシカに何度か嫌味を言ったが、リュシカはやはり意に返さなかった。人間に何を言われても魔王が気にするわけがないのである。リュシカにとっては作業用BGMのようなものであった。

 自分に向けられているわけではないが、思わず嫌悪感を抱いてしまう王の言。それを全く意に返さないその姿をみて、リーア姫やバルト、何人かの王のおつきたちは、この若い勇者の豪胆さや器のでかさに関心を抱くようになっていった。もちもん、勘違いである。

 リュシカは食事の中で、この王がどのような人物か徐々に理解し始めていた。まず、人に好かれたり尊敬されている人間ではない。それは、周りの王を見る目でわかった。その目は暴君を見る目だ。自分とは正反対だなとリュシカは理解する。

 しかし、側近にはよくそんな目で見られているので、リュシカは自分のことを棚に上げていると言えた。


 さらに、リュシカはこの国に来て感じていた違和感のようなものの答えも得ていた。

 王都は立派であるが、国民たちがみすぼらしいのである。芸術の英知をあわせて作った王都であるが、そこに住んでいたのは、頬のコケ細った国民たちであった。物に溢れているのに、国民が貧乏であったのだ。おそらく重税により自分だけが肥えているのだろう。この3人では食べつくせない20人前はある料理も良い例である。

 リュシカも姫も食事を終えているのに、王だけは食事を吐き出し、さらに食事を続けるというありさまであった。

 魔王でもやらない悪政に、リュシカは感心していた。リュシカがこのようなことをしようものなら、魔界の有力貴族たちにつるし上げにされ、殺されてしまうからだ。

 魔王は人間に対しては、暴虐の限りを尽くせるが、自国での権力は絶対ではない。リュシカの前の代から、魔王が有力貴族たちと争うのは日常茶飯事であった。

 ゆえに、このような姿を見て、このような現状を許す人間が愚かなのか、王が凄いのかリュシカには判断が出来なかった。

 しかし、物珍しく食事の席にいたリュシカであったが、王がいつまでも食べているので飽きが来てしまう。リュシカは食事の席を立つことにした。


「国王陛下、本日は食事の席をありがとうございました。そろそろ自室に戻っても宜しいでしょうか?」

 その発言に、辺りが凍り付く。王の食事の席で先に帰ろうというのである。それは人間にとっては最高に無礼な行為であった。

「勇者様、それはあまりに……」

「無礼ではないか」

 リーア姫が言葉を言い終わる前に、王が言葉を放つ。

「無礼?」

 リュシカは魔族である。人間の常識を持ち合わせていなかった。正直なところ、どこが無礼なのかわからなかった。ゆえに、このような非難の視線にさらされているわけもわからない。リュシカは無礼なわけを考える。

 

「そうですね。こんなに料理が残っていては勿体ないですもんね」

 それは、的外れな解答だったが仕方ない。魔王であるリュシカにとって、人間に対して無礼な行いをしたという発想自体が存在しないのだ。自然な流れとして、食べ物にたいして失礼だったという思考の流れが出来上がってしまった。

「持って帰っていいですか?」

「持って帰るだと……」

 王のハトが豆鉄砲を食らったような顔に、バルトだけが吹き出してしまう。

 しかし、それを気取られることなかった。それほどリュシカは視線を集めていた。


「はい、持って帰って食べさせてあげたいんです」

 ここでリュシカが言う、食べさせてあげたい相手は側近だった。そろそろ起きるころだし、ご機嫌取りもかねておいしいものでも食べさせてあげようと、リュシカは考えていた。

 しかし、他の人間たちはそうは捉えなかった。

 バルトが真っ先にリュシカの真意に気づいたという顔で微笑む。


「これらは全ては儂のものだ。持って帰るなんて許さん」

 王がリュシカを睨む。泣く子も黙る威圧感。しかし、リュシカは怯えるどころか、笑顔で口を開いた。

「出された料理を皆食べようというのは立派ですが、吐いてまで頑張る必要ないんですよ」

 バルト以外からも、微笑が漏れる。

 王は流石に気付いてそれらを殺さんとする形相で睨んだ。

 

「…………」

 沈黙が流れる。

 この辺りでリュシカが異変に気付く、何か王様切れてないか、最初から不機嫌だったので、感情の変化がわかりにくかったが、今は自分を殺そうというくらい怒っている。

 周りのものには嫌味にしか聞こえなかったリュシカの言葉であったが、リュシカにとってはただの本音だった。魔界には、吐いてまた食べるなんて言う人間の上位層がやっている習慣はないのだ。ゆえに、リュシカにとっては、王が残さず食べようとして頑張って吐いたようにしか見えなかった。

 魔界では、王や貴族が余った獲物を下のものに配ったりする風習があった。それがリュシカをさらに勘違いさせていた。

 余談であるが、人間の女などを人間界から奪ってきて、少し楽しんだ後、オークやゴブリンなどに与えるなどは、魔界全盛期にはよくあった話である。

 女も食事も一緒、余った物を、下のものに与えるなど普通のことにリュシカには感じられた。


「どうかされました?」

「…………」

 王はリュシカの態度に、どうするかの思案をしていた。リュシカが勇者でさえなければ間違いなく、切り殺している。しかし、王にとってリュシカは勇者である。自分の権力の外にいる存在である。下手にことを起こすと、国が傾きかねない。

 さらに言えば、先ほどから自分の剣幕に怯む様子一つ見せないリュシカに、底の見えない恐怖を感じていた。王の人生において、自分相手にこうも堂々としていた男はいなかったのだ。自分の嫌味に対して顔色一つ変えない男も初めてであった。

 この愚王だけが、愚かゆえにリュシカの魔王としての側面を感じ取っていた。


「器の大きいところ見せてくださいよ」

 殺したいほどむかついた。しかし……自分の方を心配そうにみている愛娘をみて王は冷静さを取り戻す。

「好きなだけ持っていくがいい」

「ありがとうございます。それでは、全部包んでください」

「なっ」

 給仕のメイドに全部包めというリュシカに、王は驚愕する。吐いてから何も食べていないので、自業自得であるが腹が減っているのだ。馬鹿とはまさにこの王のことをいうのである。


「全部は……」

「はい、勇者様」

「ありがとう」

 王が何か言いきる前に、メイドたちが料理を片付けはじめ、それをリュシカに渡す準備を開始する。

 

「かえ……」

「お父様」

 王の言葉をリーア姫が遮る。そうなると王は何も言えなかった。

「ありがとうございます。王様」

 そう言って、リュシカはそそくさと部屋から出ていく。その後ろに、バルトが音もなく続く。

 

「すげー怒ってたな、王様。愉快、愉快」

「うお……」

 リュシカは、バルトがついてきたのに気づいていなかったために、驚いて声をあげた。

「若いのにたいした度胸だ。気に入ったよ」

 そう言って、バルトはリュシカの背中をたたいた。この騎士団長は気に入った男には皆こうするのである。 

 バルトの言葉に、リュシカが何がという気持ちになりながらも、褒めているようなので、話をあわせることにした。


「超えてきた死線が違いますよ」

 もちろん、引きこもりのリュシカに超えてきた死線などないし、全く的外れな解答であった。

「ははは、言うね。話点々は変わって勇者様」

「何か?」

「その手土産、私が責任をもって預かりましょう」

「預かる?」

「ああ、飢えた国民に配ろうというんだろ」

 何言ってるんだ、コイツ?そう思いながらも、目ざとくバルトから、自分への疑念がきえていることに気づいたリュシカは、やはり話を合わせることにした。


「……ばれていましたか」

「バレバレだって、王の不評を買いながらも、国民のためにブレーキを踏まない、その勇気はたいしたものだ。俺はあんたを勇者と認めるぜ」

「ありがとうございます?」

「じゃあな、はっはっは」

 上機嫌のバルトを呆然と見送りながら、リュシカは側近の機嫌の取り方を考える。何も思いつかなかった。背中を叩かれて痛いし、リュシカは悲しい気持ちになった。

 そして、殺してやりたい人間ランキング、堂々一位にバルトが躍り出た瞬間であった。

 王に魔王に騎士団長、絶望的にかみ合っていなかった。


VIPの客室(リュシカの部屋)

「側近さん」

 恐る恐る、自室に戻ったリュシカは、側近が寝ていたことから安どのため息を漏らした。一生寝ていてほしかった。でも、一生起きなければ魔界に帰ることも出来ない。

 これがハリネズミのジレンマかと思いながらリュシカは悩んだ。

 側近が起きて殺されるのと、側近が起きなくて魔族とばれて人間と戦うのだとどちらが良いか、リュシカは考えたがどっちも嫌だった。

 リュシカには野望があった。おそらく自分以外には為せない野望が……。


「魔王様」

 その声で、リュシカは背筋が凍り付いた。

 振り返ると側近が目をこすって起き上がっていた。

 リュシカは恐ろしく自然な動きで、土下座した。あまりにも流麗なその土下座は、1つの土下座の型として完成していると言えた。圧倒的謝罪力。

「誠に申し訳ございませんでした」

「……何がですか?」

「えっ」

 顔を上げたリュシカが見たのは、本当に分かっていないと言う表情を浮かべた側近の顔だった。

 それを見てリュシカのちょっと足りない頭が高速で回転するが、側近が悲鳴を上げたので、回転させた意味がなかった。


「どうして私裸何ですか?」

 涙目になりながら、側近がリュシカを睨んだ。リュシカが土下座していたことから、最悪な想像をしてしまう。

「まさか魔王様、私に劣情を抱いて……エッチ、馬鹿、変態」

 側近のうぶな反応に面食らいながら、高速で枕が飛んできて、リュシカは必死で机の下に隠れる。


「違うんだよ。体調の優れないお前に無理させて、人間の世界に連れてきてもらったんだ。それで倒れたんだ。竜の姿の時はいつも全裸だろ。そのまま気絶したらそりゃ全裸さ。覚えていないのか?」

「人間界?……じゃあ、ここは魔王城ではなく人間の城なんですか?」

 何も覚えていなかった側近は、青い顔をして叫ぶ。人間界という衝撃的な事実に、頭が切り替わる。


「そうだ」

 側近の言葉をリュシカが肯定する。 

「どうして、魔王様が人間の世界に?」

「決まっているだろう。人間の国を1つ落として私の力を上級魔族に示す」

「それでは、この城は既に魔王様が落とした後なんですか?」

「うぐ、まだだ。私と言え1人で人間の軍と戦うことが出来ない」

「はあ、そんなことだと思いましたよ。計画はあるんですか?」

 側近は呆れたようにため息を漏らす。リュシカの無能に付き合ってきた側近は、こんな意味の分からない状況でも余裕があった。むしろ、睡眠不足を解消できていつも以上に余裕があるくらいだった。


「国王を暗殺する」

「どうやって?」

「まだそこまでは分からん」

「ノープランと言うことですか?」

「……何を言う、勇者の振りをして王国に侵入している。第一段階はクリアしているのだよ」

「勇者……」

 側近の次の言葉を固唾を飲んでリュシカは待った。これではどちらが上司か分からなかった。

 

「凄いじゃないですか」

 その言葉に、リュシカの表情は明るくなった。まるで、親に褒められた子供のようであった。

悲しいことにリュシカは生まれてこれまで一度も親に褒められたことがなかったが……すっかり側近が親代わりのような立ち位置にいた。


「魔王様でも頭使って考えてるんですね」

「それ失礼じゃない」

「そうですか?」

「……そうだよ」

 側近の真顔に、リュシカは強い否定が出来なかった。

「まあ、良いじゃないですか。ところで、私は魔王様と違って人間には見えませんが、どうやって侵入させたんです?」

 謝ってほしいんだがな。そう思いながらも、リュシカはやはり何も言えなかった。ここは器のでかさを見せる所。そう思っていた。リュシカの中には舐められているという発想がなかった。


「勇者で竜騎士という設定で押し切った」

「竜騎士?」

 リュシカは、側近の頬がピクッと反応したのを見逃さなかった。

「竜騎士というのは、ドラゴンとも呼べないトカゲ風情を乗り回す、人間の中でも頭おかしい劣等人種じゃないですか。その竜騎士の竜と言う設定にしたんですか、この私のことを?」

 あっ、これヤバいやつだ。リュシカは泣き出したい気持ちを必死で抑えながら何というべきなのか、必死で考えた。胃が痛かった。


「そうだが、文句あるのか?」

 リュシカは開き直ることにした。

 もう、ストレスでお腹痛くなるのは嫌だった。さらに、ストレスで寿命が100年は短くなっている気がした。こういう時は魔王城の植物園のヒーリングルームで、花に囲まれながら、紅茶でも窘めたかった。それは、リュシカの現実逃避であり、刹那の間だけ心を安らげることが出来た、

 リュシカが現実逃避から戻ってくると、滅茶苦茶睨まれているのが分かった。怖くて仕方なかった。だが、流石と呼ぶべきか……種族的な問題と言うべきか、リュシカには恐怖すると言う感情があっても、恐怖の表情と言うものが存在してなかった。リュシカは、焦ったり、ビビったりすることは日常茶飯事であったが、種族としてそれを表す表情を持たなかったため、表に出ることがなかった。


「……魔王様がそう望むなら、我慢しましょう」

 長い睨み合いの末、側近の方が折れた。それはリュシカにとっては意外な展開だったが、魔族の縦社会を考えれば当然の結果とも言えた。

「何ですか、その意外そうな顔は?」

「いや、側近にも忠誠心があったんだなと思って」

「忠誠心?そんなものないですよ。私が魔王様の部下でいるのはお給金が良いからです。金の切れ目は縁の切れ目、お金が払えなくなれば部下でもなんでもないですから、見捨ててどこかに行きます」

「……ツンデレ?」

「違います」

 そう怒った声で一言いうと、側近は布団をかぶって出てこなくなってしまった。


「あの、私は魔王なんだけど、ベッドは譲るべきなんじゃないかな?」

「魔王様は1・2日寝なくても大丈夫なんですから、起きてればいいでしょ。ただでさえ、いつも寝てるごくつぶしなんですから、それでは私は寝ます。起こしららぶっ殺さないまでも、痛い目にあってもらいます」

 布団の中から、そんな言葉を飛ばしながら、側近は寝てしまった。

リュシカはあんなに寝ていたのに、まだ寝るのかと、自分のことを棚に上げながら一人酷いことを思っていた。

 もともとリュシカに代わって過酷な労働をしているので、側近は普段から寝不足で十分な休養が必要だった。そのあたりをこの魔王は全く理解していなかったのだ。そもそも、側近がそんなそぶりを全く見せないのにも、問題があるのだが……。

 

 リュシカは、ベッドを占領され寝ることができないので外に出ることを決める。

 リュシカにはどうしても行って見たい場所があったのだ。


「ふっふっふ。ついに来てしまったな」

 リュシカがどうしても来たかった場所。そこは城の中にあるバラ園だった。魔王の癖に変な話であるが、リュシカは花が好きだった。

 本来、リュシカの種族である魔神族のはなつ黒いオーラに触れると花など一瞬で枯れてしまう。そのため、魔王は花を愛でるということができない。しかし、リュシカは落ちこぼれゆえに、この黒いオーラーを出すことすら叶わない。そのため、花を愛でることが出来た。

 出来たからと言って、歴代魔王が花を愛でたかと言うとそれは別の話であるが……。


「美しい」

 心が洗われるのを感じながら、リュシカはバラ園を歩いていた。

「癒されるわ。今日は働き過ぎなんだよな。優秀な部下がもっと欲しいわ」

 そんな側近に聞かれたら、間違いなくぶっ殺される言葉をつぶやきながら、リュシカは上機嫌だった。

「私が世界を支配したあかつきには、魔王だけ週休6日制で働かないぞ」

 そんな風に調子に乗りながら、バラ園を歩いているとあっと言う前に、出口についてしまっていた。

 バラ園の出口から、王都が一望出来た。

 人間界を見ながら、リュシカはほくそ笑むと口を開く。


「この世界全てを私が征服してやる。そして……」

 自分の待望を語り、魔王は高らかに笑った。

 その姿を見ている1人の人間に、魔王は気づくことはなかった。


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