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第1話:魔王様の大誤算

 魔王城に勇者が現れた。

 幾千もの魔物を倒し、魔族の血で汚れた聖剣を振るい、決死の覚悟で勇者は魔王城に訪れたのだ。

 魔王城には既に城主たる魔王はいない。勇者に殺され既に息絶えていた。魔王の親族たちも次々に殺される。次第の魔王を生まないために、勇者は魔王の血を絶やすことに決めたのだ。

 どこまでも賑やかで、残酷だった魔王の城にはもう過去の栄光はない。勇者と言う最強の人間によって、今まさに魔王の血族は滅びようとしていた。

 魔族は誰しも恐怖した。一切容赦のない鬼気迫る勇者に魔族たちは既に恐怖以外の感情を持ち合わせていなかったのだ。そこまで追いつめられるほどこの時代の勇者は強かった。

 時代の産んだ特異点。勇者の中でもまた特別な勇者だった。

 だが、時代のいたずらなのか、または世界のバランスなのか特異点が生まれたのは人間側だけではなかった。

 魔王城で1人。楽し気に笑う魔族がいた。

 先代魔王の弟たるその魔族は、あろうことか親族が殺されていくこの現状を楽し気に笑っていたのだ。

 人間には理解できない感性。まさにそれこそが真の魔族。真の魔族は人間の理解の及ばない地平に存在していた。


「ありがとう親族諸君、地獄で会いましょう」

 その発言からも分かる。人間とは隔絶された存在だった。

 その魔族は思った。父も母も兄弟たちも皆死んだ。蛮勇を語り、力を欲し、それで自分の存在を証明してきた哀れなものたち。哀れゆえに、どこまでも愛そう。そう思って笑うものこそ、この魔王城に生き残った最後の魔王の血族、リュシカ=フルフォールであった。

 その魔族の歩みはしっかりとしていた。そして希望にあふれていた。自信と威厳のあるその姿を知能も力も弱い下級魔族と呼ばれるものたちは、ただ茫然と見ていた。

 その姿は希望ではなかった。誰も期待はしていなかった。その魔族はおちこぼれだったからだ。

 先先代魔王の息子とは言え、力のない魔族はゴミである。誰かに期待されたことは一度としてなく、恥さらしと言うことで、引きこもって生きることを余儀なくされたいらない子供、それがリュシカと名付けられた魔族であった。

 だが、リュシカははっきりと魔物たちの前で宣言することで、そこにいたものたちは誰しも彼を見る目が変わった。

「括目しろ。生き残った私の民たちよ。そして聞け。諸君らは私の庇護下に入った。喜ばしきことである。この喜ばしき日を幸の多い日とするため、私は王としての初仕事を行うことをここに宣言する。私にとっては瑣末事ではあるが、目下諸君らを最も悩ましている害虫、勇者を殺して見せよう。勇者が死んだあとは、好きに私を称えると良い、全てを許そう、そうそれこそが魔王だ」

 

数週間後

「諸君、わが愛すべき魔のものたちよ。私が第66代魔王、リュシカ=フルフォールである。幾年にも渡り、我が魔界を苦しめてきた勇者は、この私が討ち取った」

 リュシカは、魔王城の高台から勇者の生首を持ちあがた。数週間も立っているので、その首は腐っていた。

 魔王城の周りに集まった魔物たちは、憎き勇者の首を見て歓声を上げた。

 リュシカの兄である先代・リュシカの父である先先代魔王を討ち取っている勇者は、いかに魔族と言っても、恐怖の対象でしかない。それが討ち取られたのだ、魔族にとって、これ程嬉しいことはなかった。

 実に7割である。勇者によって魔王の領地はその7割を奪い取られていた。

 そんな絶望の時代の中、新魔王であるリュシカは魔族たちの希望と呼べる存在に既になっていた。

 リュシカは、魔王城から勇者の生首を投げ捨てる。

 そして、勇者の持っていた聖剣を掲げて、高らかに宣言する。

「このリュシカ=フルフォールが宣言する。必ず人間どもから領地を奪い返し、世界を混沌の世に変えて見せる」

 また、歓声が上がる。

 涙を流し喜ぶものまでいた。それは、今までどれだけ魔族たちが苦しめられてきたかの証明であった。

「我が愛すべき魔のものたちよ、奪え、壊せ、犯せ、殺せ。我が名において、全てを許そう」

 リュシカはここで1拍おき、最後の言葉を伝える。

「さあ、力を蓄えろ。次にこの私が皆の前に現れた時こそ、領地を奪還し、人間界に攻め込む時だ」

 そう言葉を残し、リュシカは城の中に消える。

 歓声鳴りやまぬ城の外を一瞬見たリュシカの顔は、勇者を討ち取る前の彼とは違い暗いものだった。

 

魔王城玉座の間

「お疲れ様です。魔王様」

 玉座の間で、魔王を待っている女の魔族が一人いた。蛇のような目に、牛のような角、ワニのような太い尻尾が生えている彼女の正体は、魔族の中でも上位種ドラゴンの血を引くものである。でかい城の中とはいえ、ドラゴンの姿では動き回れないので、普段は人間のような格好をしていた。

「側近」

 彼女を一瞥し、リュシカは玉座の床に倒れ伏した。

「もう終わりだよ。何でなの、何でなの、何でなの。私、人望なさすぎでしょ。勇者を倒した英雄だよ。魔神とあがめられてもおかしくない、英雄の中の英雄だよ。なのに何なの、何で城の外には雑魚しかいないの」

 外で演説をしていた魔王の威厳はどこにもない。

 そんな姿を見て、側近はほくそ笑む。


「人望がないからですよ」

 側近は冷ややかに言い切った。

「計算外だよ。勇者を倒せば馬鹿な魔族どもは、奴隷のように働いてくれると思っていたのに、何で魔界の有力貴族は一人も来てないの」

 勇者を倒して数週間がたち、ようやく魔王城内でも人事も決まって、これからだと言うときに、魔界の貴族たち、つまり上級魔族は誰一人としてリュシカの元に集まってきていなかった


「上級魔族が集まらないのは人望がないからですよ♡」

「側近頼むよ、ブレスでも吐いて人間どもを滅ぼしてくれ」

リュシカは、立ち上がり側近の肩に手を置き懇願する。

「話を聞かない人ですね。私だけで勝てるわけがないでしょう。10倍以上の戦力差ですよ。馬鹿ですね」

「どうすればいいんだ」

 リュシカは考え込む。今こそ魔界の戦力を集める時なのだ。魔界全ての戦力がそろえば、きっと人間に勝てる。

 しかし問題なのは、下級・中級の魔族しかリュシカを支持していないということだ。魔界の上級魔族はリュシカを支持せず傍観していた。リュシカのことをよく知る魔族に至っては、リュシカを嫌ってすらいる。

勇者との戦いの中、ずっと引きこもっていたリュシカを上級魔族たちは認めていなかった。。幼少のリュシカをしる支配者階級の魔族たちにとっては、いつまでたっても落ちこぼれの引きこもりである。しかし、リュシカのことを良く知らない労働層である下級・中級の魔族にとって、過程はどうであれリュシカ勇者を討ち取ったまぎれもない英雄であり、もっとも尊敬すべき王であった。

 リュシカには下級。中級魔族に対する確かな求心力があった。勇者と言うもっとも憎むべき人間を討ったのもまぎれもない事実だったからだ。そのため、歯向かうでもなくなく、従うでもなく傍観を決め込まれているのが上級魔族とリュシカとの関係であった。

 要は、魔族たちはリュシカが依然と違い成長し、王としての資質を覚醒させたのか測っているのである。

それは、勇者さえ倒せば、全ての魔族が付き従うと思っていたリュシカにとっては、予想外であった。


「……積んだみたいだし、引きこもるわ」

「勇者がいないとはいえ、人間の軍は健在です。何もしないと攻め滅ばされますよ。さあ、そのない頭で考えてください」

 リュシカは考え込む。そして立ち上がった。

「そうだ、それだよ」

「それとは?」

 玉座に座って休んでいた側近は、煩わしそうにリュシカに問う。その姿は、リュシカより魔王らしい。そのことはリュシカ自身分かっていたが、咎める勇気など持ち合わせていなかった。

「わが愛すべき魔のものたちは、このまま何もしなければ人間に殺されてしまう。つまり、彼らは好き嫌いではなく力を合わせなければ、滅ぶんだ」

 側近はため息を吐いた。


「だから、何なんですか」

「この私を旗印にしなければ、彼らは終わりなんだ。そのうち、『魔王様いままですいませんでした。私たちを導いてください』と、懇願してくるに違いない。否、絶対来る」

「……その自信はどこから出てくるんです?おめでたい方ですね」

 側近は可哀想なものを見る目でリュシカを見た。

 魔族の性質を考えれば、結果は火をみるに明らかである。魔族たちは認めていない相手に仕えるくらいなら死を選ぶ。


「そう言うわけで、私は寝る」

「またですか、花の水やり以外の時間はいつも寝てますよね。いい加減にしたらどうなんです。私は過労死しそうなんですけど」

「…………」

「ちっ」

 無言で職務放棄して去っていくリュシカに、側近は舌打ちした。

 何故、あのような愚王の側近をやらなければいけないのか、彼女は疑問に思う。

そう思いながらも、側近はリュシカと初めてあった日を思い出した。余計に腹が立ってきたので、忘れることにした。


数時間後、側近は思い出したかのように、しぶしぶではあるが、魔族たちに協力を求める書状を書き始めた。魔族は人間と違って仕えると決めた主人には、最後まで仕えるものなのである。 


さえに2日後


「魔王様、魔王様」

 側近は返ってきた書状をもって、魔王の寝室に到着する

「水やりの時間はもう少し先だよ。もう少し寝る」

 そこには、馬鹿面の魔王の寝顔があった。かれこれ2日ぶりの主君の顔に、側近は怒りを覚える。リュシカは2日寝ていたが、側近は2日寝ていなかった。

側近の体の周りに火の粉が漂い始め、側近の体は燃えだした。火をまき散らすのはドラゴンの習性である。

「起きなさい!」

「はい!」

 側近の大声にリュシカが飛び起きた。側近の体の一部がドラゴンに変化している。そのため、鼓膜が破れかけるほどの唸り声をリュシカを襲った。現に、リュシカの耳からは黒い血が垂れていた。


「何、夜這いか何か?夜這いなら人型になってよ」

「寝言は死んでから入ってください」

 怒鳴ったため、冷静になった側近は人型にもどる。しかし、声も目も冷ややかであった。


「それで何?」

「魔王様の名で、上級魔族たちに召集の手紙を書きました」

「マジで、側近ちゃんは有能だね」

「ちゃんを付けないでください」

 嫌そうな側近の顔とは対照的にリュシカがほくそ笑む。


「私の名前で召集したんだ、来ない不埒な魔族はいないだろう」

「まだ寝ぼけているんですか……魔族たちの回答は、来てほしいなら力を示せです」

 全ての書状を魔法で浮かせて、リュシカの前に突き出す。

「…………」

 リュシカは頭を抱えた。

「勇者を倒しただろ。それだけで十分だろ。上級魔族の盆暗どもめ。お前たちに勇者を倒せるか、誰も倒せなかったじゃないか」

 側近は現実逃避を続ける愚王にため息を漏らす。

「いい加減、嘆くのはやめなさい。みっともない。嘆いても状況は変わりませんよ。魔族たちを納得しないのは、あなたの戦闘力を疑っているからではありません。あなたの王としてのリーダーシップを疑っているんです」

 その姿は、側近と言うよりお母さんのようであった。


「リーダーシップだ。そんなもの先代たちにもなかっただろ」

「先代たちの代は、ここまで人間に苦しめられていませんでした。ゆえに、個人的な戦闘力さえあれば馬鹿でもやれました。現に魔王様と同じ馬鹿でした。しかし、今となっては人間と戦うのは命がけです。虐殺ではなく、種の繁栄をかけた戦をしないといけない。無能な魔王についたら、もう如何しようもなくなってしまう。あなたに仕えるというのは、命を一族を全て賭けるということなんです。慎重になって当たり前でしょう」

「はあ、重い、重いよ。もっと軽く命を差し出して、馬車馬のように働けよ。奪い、壊し、犯し、殺す。魔族にはその感情さえあれば良いんだ。家族、繁栄だ。そんなもの人間の考え方だろ、生きている限り人間の言う悪の限りを尽くせばいいんだ。他の感情なんていらない」

 リュシカは、小ばかにした感じで側近に返答した。


 珍しく、魔王様が正しい。リュシカの返答に側近はそう思った。ゆえに返す言葉がなかった。

人間にとっては間違っているように見えるリュシカの思想こそ、歴代最凶と言われた初代魔王の思想そのものだからだ。今のどこか人間に毒され愛に満ちた魔界こそおかしいのだ。

 魔界は昔はこうではなかった。勇者と言う絶対的な恐怖の中で、絶対的な強者として暴れるだけだった魔族の中に、身を案じ、同族を案じる気持ちが生まれた。そのため、今の魔界は気持ち悪い人間的な思考にあふれていた。

 そんな魔界の中で、リュシカという魔王はひきこもっていた影響もあって、外部的要因で一切の思想の変化を起こさなかった。その点においては魔界を正す、これ以上ない賢君になる器をもっていたが、時代のせいで今は異端でしかなかった。


「…………」

 リュシカは珍しく考えていた。2日寝たので、頭はいつもよりは冴えていた。

 考えた末リュシカという王は結論を出すことにした。その結論がリュシカの運命をおかしな方向へと導き、世界を変えていくことになるとはまだ誰も知らない。勇者が死んだことよりも、今日こそが世界の運命が変わった時だった。


「私は決めたぞ」

「何を、ですか?」

 側近は、この魔王のだす答えを久しぶり神妙な顔で待った。側近になって数週間。永遠のように感じられたのは、激務によるところが大きい。


「人間の国を1つ攻め落とし、私の力を示す」

 無理だろ。側近は素直にそう思った。それが出来ないから上級魔族たちに助力を求めているのに、やはり仕える相手を間違えたかと側近は悩んだ。少なからず、馬鹿なことははっきりと分かっていた。

側近のリュシカを見る目は、実に冷ややかなものであった。


「善は急げ、人間界に向かうぞ」

「えっ、今から行くんですか……」

「馬鹿か当たり前だろ。今の状況を考えると一分一秒がおしい」

 2日も寝てたやつのセリフじゃないなと側近は思った。そして、自分が2日以上寝ていないことにさらに強い怒りを覚え、もはや憎しみに近い感情がわいてきた。自分が人間だったら過労死している。


「ちょっとは考えてくださいよ。どうせ計画なんてないんでしょ。あっても魔王様馬鹿ですからろくでもないんです。きっとそうです」

 側近はリュシカのことを舐めていた。

 そんな側近の態度に怯むことなく、リュシカは口を開く。

「策ならある。2日寝て考えた。まともにやっても人間の国を攻め落とすことなんて確かに不可能。勇者が死んで、人間どもは守りを固めている。奇襲なら攻める方が有利だが、守りを固めて待っている相手と戦うのは攻める方が不利だ。ゆえに、正面から責めるのではなく、私は王を暗殺することにした」


「王の暗殺?」

 意外に考えていたので、側近はびっくりしていた。

 思えばこの魔王は、誰も倒せなかった勇者を殺して玉座をかっさらった。序列下から1位の王子だったのだ。磨けば光るのかもしれない。そんなことを側近は思っていたが、側近の盛大な勘違いである。リュシカは、戦略家としての才能はどこを漁っても出てこない。

 2日寝ていない側近にはまともな判断が出来ないだけだった。


「そうだ。戦とは頭さえ潰せば勝ちなんだよ。私は目以外はどうみても人間だし、勇者の振りでもして単身人間の国に忍び込み、なんやかんやで王に謁見し、この聖剣で切り殺してやるわ」

 そう言って、リュシカはいつも肌身離さずもっている聖剣を掲げた。

 リュシカは、魔神族といわれる魔物の始祖たる一族の一人である。黒い眼球と身にまとう黒いオーラ―が特徴の一族であり、黒いオーラ―は、人間が触れば1秒ともたたず絶命させられる。魔物でも触れていれば体が溶けていく。絶対の力であった。しかし、落ちこぼれたるリュシカには、黒いオーラ―が発現することがなかった。

 そのため、リュシカを人間ではなく魔神族だと見分けるポイントは、目と黒い血しかないのである。

でも、そんなことは関係なく、ちょっと考えればがばがばな計画と分かる。


「では気を取り直して、行くぞ側近」

「わかりました。魔王様。お見送りだけさせていただきます」

「えっ、付いてきてくれないの」

「嫌です」

 側近は満面の笑みで微笑んだ。

 側近は魔王を止めないことにした。自分に迷惑がかからないかたちで放りだすことにしたのだ。それがどういうことか側近には分かっていた。この魔王の計画が上手くいかず死んでしまえば、魔界は終わりだろう。でも、それでいいじゃないか、そうすれば晴れて自分は働かなくていいのだ。

 恐ろしき社畜思考。

「では途中まで供に行こう」

「はい」

 その返事がやたら元気なことくらい、リュシカには分かった。


 リュシカは、気を取り直してマジックアイテムである眼鏡を装着する。この眼鏡は、人間とは違うリュシカの瞳を隠すものだ。眼鏡越しにみたリュシカの瞳は、人間のそれにしかみえない。

 黒い漆黒のマントを翻し、リュシカは魔動園に向かう。

 

魔動園

 そこは知性の低い、魔族と言えない魔物たちの飼われている場所である。

 そこで、魔王は部下から魔物を一匹連れてきてもらう。

 やってきたのは、馬の2倍はある勇者の乗っていたユニコーンである。

 トロール達が、その怪力を発揮し数人がかりで抑え込んでいる。

「それに乗っていくんですか」

 「私は飛べないからな。人間の領土に行くには足がいる。それにユニコーンなら、勇者の乗り物だし、人間は乗ってるものを敵だと思わないだろう」

「……ユニコーンが従うんですか?」

 心配して側近がリュシカを見た。側近の心とは裏腹にその表情は自信満々だった。


「当たり前だろ。私は魔王なのだぞ。あの地獄の番犬ケルベロスを従えたほどの男」

「そうですよ。側近さん魔王様はケルベロスすら従えたお方ですよ」

「ユニコーンごとき余裕でしょ」

 

ケロベロスは、歴代魔王の何人かがペットにしていたと言われる番犬である。魔王以外には決して懐かないと言われている。凶暴な生き物だ。

 そんなケロベロスを、リュシカがどうやって手懐けたかというと、ただ知っていただけである。ケロベロスは、基本的に凶暴な生き物であるが、ある特定の匂いを嗅がせると沈静化するのである。歴代魔王は力で無理やり沈静化して、ケロベロスを忠犬として仕込んだが、リュシカは別の方法で沈静化させて、ペットとして仕込んだのであった。

 リュシカは勘違いされることが多いが、知識がないわけではなかった。ある一定の分野においては、世界でも5本の指に入るほどの知識をもっていた。

 リュシカの欠点は、戦略家としての考える才能が致命的にないことである。

 もともと、魔族はごり押しで戦場を支配してしてしまうので、なくても仕方ないといえたが、今その才能がもっとも必要とされているというのも事実であった。


「魔王様お願いします」

 トロールの声援に高らかに笑った後、リュシカはユニコーンに近づいていく。

 リュシカは、魔王であるが動物に好かれやすい魔族であった。だから、自信もあった。


「さあ、私を乗せろ」

 リュシカに対して、ユニコーンが膝まづく。それを見たトロール達は歓声を上げた。

「さすが魔王様、ユニコーンを膝まづかせた」

 リュシカは、ユニコーンの角をもってユニコーンに乗ろうとする。しかし、刹那の間で、リュシカはユニコーンに噛みつかれていた。

 リュシカの頭から、黒い血が流れる。

 リュシカは知らなかった。ユニコーンは角を持たれると切れるのである。そして、知らなくても仕方ない、魔界にユニコーンは一匹としていないのだ。


「魔王様」

「魔王様、大丈夫ですか?」

 トロールが、リュシカからユニコーンを無理やり引き離そうとするがユニコーンは離れない。

「痛い、痛いよ」

涙目のリュシカに、周りが凍り付いた。

 側近はざまみろと思って、ほくそ笑んでいたが、我に返ると意を決して進みだし、ユニコーンの首を、爪で切り裂いて絶命させた。


「この失態、他言したら命はないぞ」

 そう言って、側近はトロール達を睨みつけた。

「散れ」

 そう言うと、圧倒的な強者である側近を恐れ、トロール達は逃げ出していく。リュシカはというと、無言で自室に帰っていった。

 側近は、その魔王の情けない姿をため息を吐いて見送った。

 その後リュシカが人間界進行を再度決意したのは、意外に早く次の日のことだった。

 「仕方ないですから、私が人間界まで付いて行ってあげますから、元気出してください」

 自室にこもっていたリュシカは、その一言で人間界に行くことを決意したのである。保護者同伴でないと人間界に攻め込めもしない魔王、前代未聞だった。

 ちなみに、側近がこのような言葉をかけたのは働きたくなかったからである。まだ付いていった方が楽が出来ると側近は考えたのだ。


 だが、側近が魔界からいなくなると大きな問題があった。それはリュシカが丸投げして、全部側近が一人でやっていた仕事を誰がやるという問題であった。

「どうしますかね。いや、大変だ」

 側近は嬉しそうな顔でしらじらしいことを言っていた。

「あいつにやってもらおう」

 基本的に丸投げしかしないリュシカは、簡単にそう言い放つ。


「あいつ?誰ですか」

「私の腹心だ」

「魔王様の腹心……無能そうな方ですね」

「それってブーメランなんじゃないの?」

「私は腹心でも忠臣でもなく、ただの部下ですから関係ありません」

「……まあいいか。これから紹介する魔族は、めちゃくちゃ優秀なうえに、魔族を見る目もあるようで、私に是非仕えたいっていってくれたんだ。凄い子なんだよ」

「速攻で矛盾してますが……これで優秀だったら逆に怖いんですが……ところで、どちらにいらっしゃるんですか」

 魔王城にいる魔族のことは全て把握してると自負している側近でも、リュシカの言う腹心に思い当たる魔族に見当もつかなかった。


「もともと魔王城の地下牢出身だから、地下牢をリフォームするように命じてやらせてるんだ。楽しみだな」

「ツッコミどころが多すぎるんですが、とりあえず、地下牢出身ってのは何ですか」

「まあ、会えばわかるさ。行こう」

 そう言って、リュシカは地下牢を目指して魔王城の階段を下りていく。側近は地下だあるとは知らされていなかったので、もの珍しそうにリュシカの後に続いた。


 魔王城の地下には巨大な地下牢があった。その場所は主に人間の奴隷や、魔王の意に反する反逆者を捉えておくために存在していた。拷問・実験なんでもありの空間で、普通の魔族はその存在を知らされていない。王族専用の娯楽部屋のような場所だったからだ。


 しかし、常におもちゃに溢れていたその地下牢に拘束されているものは、現在は誰もいなかった。

 リュシカが無差別に牢のカギを開けて、追い出したのである。それは善意から来た行動では当然のようになかった。ただ単に邪魔だったから追い出したのである。

 リュシカは魔王城の地下を地下牢ではなく、王族専用の娯楽部屋と言う意味合いを強めたかったのである。

 魔王城の地下は、匠の技により今や植物の品種改良を行う空間に代わっていた。完全にリュシカの趣味である。この魔王は花の水やりが趣味なのである。

 サディストで拷問を趣味とした先代、先先代とは全く違う趣味趣向を持っていた。

 側近は、動き回る草花を見て目を疑う。そして、魔王城に幽閉されていた犯罪者たちが、解き放たれたらどんな問題が起きるか想像もしたくなかった。


「魔王様、これはどういうことでしょうか」

「よくぞ聞いてくれた。私の最新の研究によって生まれた、新種の植物たちだ。めちゃくちゃ可愛いだろ」

「可愛くないです。それに聞きたいのはそんなことではなありません。ここにいた犯罪者たちはどうしたんです」

「私が魔王になった日は記念すべき日だったので、恩赦を与えて解放した。やつらは犯罪者じゃなくなったというわけだ。その辺間違えないであげてくれ」

「眼鏡をあげながらどや顔で言うのを止めてください。馬鹿そうですし、腹が立つんですよ。それとなんてことしてくれたんです。どんな被害が出るか分かったもんじゃないですよ」

「何、新お会いする必要はない。やつらも私の偉大さに感謝していたよ。私に迷惑かけることはしないだろう」

「そんなわけないでしょ、犯罪者はどこまで行っても犯罪者、屑なんです」


「屑とは、言ってくれますね」

 リュシカと側近の前に、一匹のオークが現れた。オークと言っても小柄で人間ほどの大きさしかない、そのうえ燕尾服を着てメガネを付けている。とても、粗野で凶暴で巨体のオークとは似つかわしくない姿をしていた。

 気配もなくあらわれた来訪者に、リュシカを守るように側近が動く、しかし、リュシカは側近を無視してオークの方に駆け寄った。

「やー、オーク大臣。元気?」

「はい、魔王様のおかげで我々オーク一同元気にやらせていただいています」

「私は何もしてないよ」

「ご謙遜を」

いや、謙遜ではなくそいつはマジで何もしてないと、側近は陰ながら思っていた。


「魔王様、お忙しいところ、良くぞいらっしゃってくださいました。お待たせしている地下牢のリフォームは現在90%ほど完成していますよ」

「有能」

 リュシカが親指を立てて、嬉しそうにオーク大臣と呼ばれたオークに微笑む。それに対してオーク大臣も嬉しそうに微笑みを返した。

「魔王様には敵いませんよ」

「そんなに褒めてくれるのは、オーク大臣だけだよ」

「魔王様の凄さは、分かるものにしか分からないのです」

「照れるな」

「……あなたは誰ですか?」

 リュシカとオークとの会話に、どこから突っ込んでい良いのか分からず、置いてかれていた側近が、ようやく割って入った。

 

「誰とは……側近さん、あなた魔王様の話を聞いてなかったのですか、私は魔王様から大臣職をいただいていますオーク大臣です」

「そういうことを聞いているんじゃない。お前本当にオークなのか?」

 側近は、オーク大臣から感じるオークとは思えない凄まじい魔力を感じて、警戒を解くことが出来なかった。オーク大臣の魔力は、上級魔族と遜色なかった。もともと魔力を持つ個体が少ないオークではありえない。

「そういうあなたも、本当にドラゴン何ですか?」

「どういう意味かな?」

 微笑を浮かべるオーク大臣と、それを睨む側近。それを見てリュシカが空気も読まずに口を開く。


「暴れても、殺しあっても構わないけど、ここではやらないでね。完成までもう少しなんだからさ」

「大丈夫です魔王様、あの程度の方を相手にして、魔王様にご迷惑をおかけすることはございません」

「……一瞬で消し炭にしてあげますよ。ちょうどイライラしてたんです」

 側近とオーク大臣の間に、火花が散っていた。


「まあまあ、二人とも仲良くしなよ。私から紹介してあげるからさ。側近、彼が大臣の……、名前忘れたわごめんね。……魔王城の地下と防衛を一任しているオーク大臣だ。そして、オーク大臣、彼女が……やべぇ名前覚えてないや。政治関連の仕事を一任している側近だ」

 リュシカが、さらっと問題発言をしたことに、側近は青筋をたてた。そういえば名前で呼ばれたことは一度もなかったことを思い出す。しかし、まさか名前すら覚えていないとは、想像すらしていなかった。

 でも思い返せば予兆はあった。水やりをしている花壇の花以外に、名前を呼んでいる姿を側近は見たことがなかったのだ。


「ははは、オーク大臣で結構ですよ」

 無能極まりない、リュシカに対してオーク大臣はそれでも笑顔で返した。その姿に、側近は素直に感心した。思えば、この男も無能な魔王に振り回される自分と同じ立場の可哀想な魔族なのである。そう感じると怒りではなく親近感のようなものを、側近は持つようになった。


「オーク大臣、先ほどのことは水に流し、お互い魔王様に仕える者同士仲良くしようじゃないか」

 側近は大人な対応ができる魔族である。

「……ええ、お互い魔王様を支持する者同士、争う理由はなかったですね」

 オーク大臣もそれは同じであった。

 側近とオーク大臣は握手を交わした。それをリュシカはどや顔で見ていたので、側近は舌打ちした。お前は何もしてないだろと思っていた。


 側近は、握手を交わしながらもオーク大臣への疑念を実は拭えずにいた。気のせいだと思うが、マジで魔王様のことを有能だと思っているように感じるのだ。それは側近にとってありえないことだった。側近にとっての魔王とは無能以外の何者でもなかった。大臣の言動はリップサービスの演技だと思いたかった。

 そして、出来ればクーデターの一つでも起こして、自分を無職にしてほしかった。

 しかし、魔王を見る目が狂信者のようなのだ。


「それで、魔王様は何のようでいらっしゃたのです」

 落ち着いた広い部屋に移動して、ソファーに腰を落とすと、オーク大臣がさっそく核心を突く質問をする。

 それを聞いて、リュシカは不敵に笑った。

「良くぞ聞いてくれた。私はこれから、側近とともに人間界を攻めるつもりだ」 

「おお、流石魔王様。遂に、遂に人間界に進行を開始するのですね」

「ふっ、そのために、オーク大臣には側近のやっていた仕事を引き継いで欲しいのだ」

「お安い御用です」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 側近は、魔王と大臣の話に割って入る。色々ツッコミたいことが多かったが、側近は一番気がかりなことにツッコミを入れることにした。全てにツッコミをしていては、自分が過労死してしまうという実感があった。 


「安請け合いしているが、本当に私の仕事を代わりにこなせるのか……大臣はここの仕事もやっているのだろ」

「側近さん、魔王様の配下たるものこのくらいこなせずどうします」

「……無理しなくていいんだぞ」

側近が、大臣にだけ聞こえるように小声でささやいた。

「無理とは?」

それに対して、大臣も小声で返す。


「魔王様は……正直無能だ。だが暴君ではない。無理だと言っても部下を殺したりするお方ではない」

 心底心配する側近に対して、大臣は無情にもため息を吐いた。

「魔王様が寛大なことくらい知っていますよ。そして、あなたは1つ大きな間違いをおかしている。良いですか、魔王様は無能ではない、魔王様の凄さが分からないとは、あなたの目は節穴のようですね」

 馬鹿にしたような大臣の言葉に、側近は少し腹が立った。そして、そこまで言うなら、無能さをアピールしてやろうと決めた。本当は無能だと思っていると信じたかったからだ。もちろん、魔王のネガキャンなどリュシカに対する反逆行為でしかなかったが、側近はそんなことはどうでもよかった。

 ここだけの話であるが、側近はストレスがたまると、リュシカのネガキャンを魔王城で行っていた。もはや日課である。

 愚痴ばかり吐きに来る可哀想な魔族と、魔王城の下級魔族から思われていた。


「大臣、魔王様が普段何をしているか知っているか?」

「さあ、私ごときでは魔王様の日常など想像するのもおこがましい」

「ふっ、教えてやろう、あの魔王は四六時中寝てばかりいるんだ。政務もせずにな。これでも有能だと言うのか」

 勝ち誇ったように、側近が大臣に問う。しかし、大臣の回答は側近の予想したものとは違った。


「素晴らしいことではないですか、次の世継ぎを作ることこそ、魔王の務めの1つです。それが優秀な魔王様の世継ぎなのですから、国にとってこれ以上プラスになることはない。流石魔王様という他ない」

「はあ、何言ってるんだ貴様は」

「事実ですよ。魔王様こそ国の未来そのものなのです。あなたもメスなのだから、協力してさしあげたらどうです」

「バババ馬鹿なことを言うな。どうやら貴様とは、話にならんようだ」

「それは残念です」

 性に疎い側近は、大臣との話から逃げ出してしまった。

 ただ睡眠しているだけだと、突っ込むものは誰もいない。

 今の魔王城にまともな魔族など存在してはいなかった。少しでも先見の明があるのなら、リュシカの部下になどなっていない。

 まともな奴ほど辞めていく、ブラック企業のような組織体系が魔王城では出来上がっていたのである。


次の日。

「いってらっしゃいませ、魔王様」

 オーク大臣は、魔王城の正門で深々と頭を下げた。

 オーク大臣の後ろには、彼の部下である魔族たちが続いている。

 この魔族たちは、実はリュシカが解放した地下牢の犯罪者たちがほとんであった。そんな経歴を知って、側近はクーデターを起こしておいてくれないかと期待したが、オーク大臣に洗脳でもされているのか、ガチでリュシカを魔王として慕っていたので、側近は淡い期待を捨てざる負えなかった。

 また、今さらであるが、この中の数匹を連れていけばいいのではないかと側近の頭の中に疑問が浮かんだが、それでは自分が仕事をしないといけないと思い、側近は口を噤んだ。

 魔王から逃げると言う発想がないのだから、相当脳がやられている。


「側近さん、魔王様をお願いしますね」

 オーク大臣が、側近に対してそんな言葉を吐く。一体どこからそんな忠義がわくのか、側近には分からなかったので、から返事で側近は返答した。

「人間界行くのって初めてなんだよね。楽しみだな」

 側近は隣でワクワクしている魔王に昨日からずっと付き合っていて、オーク大臣に対応する余裕がなかったのである。ちなみにそれを理由に仕事の引継ぎもしていなかった。しかし、懐の深いオーク大臣はそれに対して特に怒った様子は見せることはなかった。

 有能過ぎる彼は、既に側近のやっていた仕事を何も説明を受けずに引継ぎ、今日の分を朝も早いうちから終わらせてしまっていたのだ。

 これは、別に側近が無能なわけではない。側近は側近でリュシカには勿体ないくらい優秀な魔族である。単にオーク大臣が有能過ぎるだけなのである。

 

 無能な王を、優秀な配下たちが支える。ある意味、今の魔界はバランスが取れていた。リュシカが王になる前の魔界なら、オーク大臣や側近のような生まれの良くない魔族は、決して上に上がれない構造ができていたためである。

 リュシカの言うように、リーダーシップの欠片もない、先代や先先代がトップにいて好き放題やり、生まれの良さと強さしか取り柄のない魔族たちが、その下で適当に仕事を行うのが昔の魔界である。まともな人事などあるわけがない。

 皮肉なことであるが、勇者のおかげでそんな魔族たちが死ぬか魔王城から逃げてしまい、優秀な魔族が要職につけるようになったのが今の魔界である。自分の出来ないことは、出来るやつに丸投げしようと言うリュシカの支配者としてのスタンスとも奇跡的にマッチしていた。

 

「では、諸君、人間を絶望の淵に叩き落してくるね。後、花の水やりを忘れないように」

 リュシカはそんな優秀な部下たちに笑顔でそう告げると、竜の姿に戻った側近の背中に乗った。

 お見送りの部下たちは皆、リュシカを称えその姿に歓声を上げた。

 本人は丸投げをしたかっただけなのだが、部下たちにとってのリュシカは、自分たちを勇者から救い、拾い上げてくれた紛れもない王だったのだ。

 側近はそんな様子に馬鹿ばかりだなとため息を吐く。リュシカに近すぎた彼女だけは例外的な立ち位置にいた。

側近は羽ばたき上空へと昇っていく。そして一瞬の加速をもって空の彼方へと消えた。

 

 後に魔界の歴史で、異端の魔王と語り継がれるリュシカ=フルフォールの初めての遠征は、こんな感じで始まったのだ。


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