8.エテの鬼人
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「でも叔父上、何かしでかしたんだよね?」
「だが警備強化されていたし、警戒されていたんですよね?」
シオンの戴冠式2日前の夜会で起きた酔っ払いによる傍迷惑な出来事。大まかな話を終えて一息ついたスノードに、ユリオやキョウはそれぞれの疑問をぶつけていた。その様子にスノードは、微笑ましく思いながらも話を続ける。
「ええ、昼食会や夜会でも常に、シュロもしくは我々の誰かがいたので、話しかける隙すら与えなかったのですが、予想を上回る愚劣な事をしでかしたのですよ」
普段穏やかなスノードの目から笑みが消えた。
「兄上の戴冠式を終えて、国民へのお披露目に城内の一部解放が行われるのですが、一眼新王を見ようと人の行き交いが凄かったのですよ……その途中でしたね女官の1人が慌てて駆け寄ってきて言ったんです。「カトレア近衛第2小隊副隊長が何者かに襲われた」って」
「「え?」」
驚くのも無理はない。それについ先程色々目にしたばかりだ。キョウは素直に問いかけた。
「カトレア夫人は、近衛第2小隊副隊長を任せられるくらいの実力者ですよね?」
「ええ、カトレアさんが動けなくなるとしたら何だと思いますか?」
突如なスノードの質問に、ユリオは頭をひねっている。キョウはもし自分が護衛対象のいる所で、動けなくなるとしたらと考え、そして最悪の想像をした。
「人質ですか?」
「キョウそれは……」
ユリオの言いたい事は理解できる。この国では人質など愚行、騎士道に反する行いだ。
「キョウ殿の言った通り人質ですよ。しかも一般市民の子供を……」
それを静かに肯定しスノードは、一呼吸置いて続けた。
「あの者の執着心は、私たちの想像をはるかに超えてました。一般解放された人々の中に雇った人間達を紛れ込ませていた。因みにその人達には、手段は選ばなくて良いと言ったそうです。子供に害を加えられても困るので、ガーベラさんは話を聞きながらカトレアさんと機会を狙っていたのですが、いつ見つかってもおかしくない王宮内ですし時間が惜しかったのでしょう。1人が背後から切りかかったのですよ。そして言ったんです「一緒に来い、さもなくば子供も同じ目に合う」と」
「それでついて行く他無かったと」
「ええ、しかもそれだけでは無かったのですよ。同時にもう一つ入ったのが、「サルビア書記官が何者かに連れ去られた」」
「同時にですか?」
「ええ、もう一つはあの者本人が行ったみたいですけどね。とりあえず、カトレアさんのもとに急いで行きましたよ。大量の血を流しながら、でも混乱を招かないように、人のいない所を通りあの者達を追おうと歩みを進めていました。深い傷を負っているのに無理して」
その時の様子はとても酷かったのだろう、スノードは辛そうに眉を下げた。
「急いで彼女を止め、私は彼女の治療に……怒りで暴走しかねないシュロに兄上もついて行くと言ってたんですが戴冠式を終えても他にやる事が沢山あるので、本人が居ないのはダメだとタルロが止めてましたね……その時私たちの友人であるライラック殿が一緒に行くと言ってくれたのです」
「もしかしてその2人で行ったの?」
そんな少人数で?何人いるか分からないのに?ユリオの疑問が全て顔に出ているのを見た。その微笑ましさにスノードは軽く笑う。
「治療を終えたら私とタルロも追いかけるつもりだったんですよ。私たちが知らせを受けた時あの者達は、だいぶ遠くに行ってまして、シュロ達が彼らのものと推測される荷馬車を見つけた時、既に国境付近の森を抜けていました。2人が追いついた時、彼らは国境付近で、軍を率いて待ち構えていたそうですよ」
「たった数日で準備がいいですね……」
「悪知恵だけは働きますからね。2人しかいないのを鼻で笑ったらしいですよ。そして私とタルロが、後から合流した時なんですが……ライラック殿が子供をあやしながらガーベラさんとサルビアさんと居ました」
そこだけ聞くと何事も無く終わった後に思えるが、肝心のシュロがいない。ユリオは首を傾げて言った。
「シュロ殿は?」
「シュロは?って私も聞きましたよ。そしたらガーベラさんが、「カトレアは大丈夫なのですか?あとサルビアさんの手当てをして下さいませんか?」と言うのです。ふると私とタルロが2人についたのを確認したライラック殿が「止めてくる」って言って、加勢するでもなく普通に歩いて行ったんですよ」
「歩いてですか?シュロ殿は1人で軍を相手してたんですよね?」
スノードはうなづきながら続ける。
「私も驚いてライラック殿が歩いて行った方向を見たら、シュロが1人で大きな槍を振り回していて周囲には、ぼぼ伸びている人達でしたよ。後は「鬼だー」って叫んで逃げ回ってる人達でした」
「「え?」」
再び驚かされる内容なのだが、側からみれば地獄絵図である。だがそれよりも気になる事があった。
「槍なんてシュロ殿使ってたか?」
「いや、剣しか見た事ないが?」
「あぁ、それはあの人達のですよ。槍の方が長いですからね〜近づかなくても攻撃できるでしょ?まぁまさかそれを逆手に取られて自分が攻撃されるなんて思ってもいなかったでしょうが……」
その時を思い出したのかスノードが笑いながら話す。
「いや、槍1つで、軍を相手に出来るものなのですか?」
シュロは、キョウ達3人相手に飄々としていたから数人ならさして驚かないのだが、軍相手だとかなりの大人数だ。
「ガーベラさんが、「愛の力ですわ」って言ってましたね」
「……愛の力?」
「カトレアさんを好いていましたからね。カトレアさんに怪我させ、尚且つ大事な妹を攫った奴らを許せなかったんでしょう。ライラック殿は私たちが来るまで、3人の護衛をしてましたし。後から聞いたらシュロがそのまま突っ込んでいったので、自分は3人探して助ける方に回ったと」
「で、どうやって暴走してるシュロ殿止めたの?」
ユリオの質問にスノードは苦笑しつつも続ける。
「えーっとですね……頭を一発ポカリと叩いて、あの者にしっかりと脅しをかけたうえ、引きずって戻ってきましたね。シュロはまだ暴れ足りないようでしたけど」
「(暴れているシュロ殿を引きずって戻れる――その友人って一体何者……)」
自分には到底無理な話だとキョウは、遠い目になった。
「叔父上じゃあ鬼人って呼び方は……」
「鬼の様だったとか噂が噂をよんで、誰かが鬼人と言いはじめ今に至ると」
「槍が降ってくるって言うのは、シュロ殿が槍を振り回していたからですか?」
「そうなのですが、何というか国に戻った後、何かとあの国の話題が出たのですよ。その時にシュロが居合わせると物凄く機嫌が悪くなるので、気がついたらこの様な言い方が定着しましたね。後その時人質になった子は、シュロ達に憧れて、騎士を目指し、今では、近衛第1小隊副隊長ですからね」
「レイス副隊長が、その時の子供……」
「(あれ?俺がよく見る光景は……)」
キョウは頭の中で記憶を辿ったのだが、浮かぶ光景はすべて――
『シュロ隊長またこんなところでサボって、仕事してください!しごと』
『今からやろうと……』
『そのセリフ聞き飽きました。行きますよ』
『おい!レイス俺への扱いが雑だぞ!』
『これでも敬意は払ってます』
「(うん、こんな感じだな)」
あまり良い記憶では無かった。
「まぁ全てが片付いてからシュロは、カトレアさんに毎日「俺と結婚しろ!」って挨拶がわりに言ってましたね」
「いきなり結婚申し込んだんだ」
ユリオの呆れた声に、スノードは困ったように笑みを浮かべた。
「ええ、最終的にはカトレアさんが2人の結婚を見届けてからガーベラさんも嫁いで行きました。ただ嫁ぐ時に、夜会には暫く顔を出しませんって言ったので、義姉上が駄々を捏ねたのが印象強く残ってます」
「母上らしい……」
ユリオと同じくその様子がありありと浮かびキョウは苦笑つつも当初の話に戻すためユリオに問いかけた。
「ユリオ、カトレア夫人の話だとまた動きが出てるんだよな?」
「ん?あぁ、あの国とこの国の間に友好国があるだろ?」
「あぁ」
「その国との連絡がつかないらしいそれで、探りを入れるとあの国が関与しているのではないかと」
「厄介ですね。あの国が手段を選ばないのは昔からのことですからね」
「最悪は戦か――」
ユリオの顔が険しくなる。戦で勝ったとはいっても戦禍の爪痕は深く残った。それを建て直し荒れた土地が豊かになってまだ10年と少しまだまだこれからなのだ。
「それはなんとしても避けたい。カトレア夫人が一先ず情報を集めるため息子達を動かす事を父上に頼みに来たそうだ。で、その間息子達が指揮している2小隊を俺の傘下に入れる事にした」
「ヤナギには?」
「後で話す。この事は、とりあえず非公式で動かすからな……」
「そうか……でユリオ、お前の様子がおかしい理由は?」
キョウの問いに、ユリオは目を丸くしため息をついた。
「そこまで露骨に変だったか?」
「アイリス以外は、長い付き合いだ気づいてると思うぞ?(まぁあいつらは、分かっていてあえてこういう時は、俺に基本丸投げしてくるので、今頃雑談しているだろうが……)」
友人たちの考えが手にとるように分かる為、敢えて伝えず心の中にしまいつつキョウはユリオの返答を待った。言い辛そうに唸っていたユリオだが、キョウの視線に耐えられなくなったのか歯切れが悪そうにボソボソと話し出す。
「カトレア夫人に「アイリスをお願いします。後もし……アイリスを生涯殿下の側にとお考えでしたら……私をはじめ此処にいる夫と息子達と勝負で勝ってからにして下さいね」と物凄く笑顔で言われたんだが……俺ってそうなのか?」
頭を抱え思案するユリオに、キョウは首を傾げた。
「そうとは?」
「アイリスをそういう意味で好きなのかと」
「俺に聞かれても知らん」
「カトレアさんも答えを急ぐ必要はないのに」
スノードは小声で何かを言っていたが、ユリオの唸り声でかき消されてしまった。
「ユリオ自身は、彼女の事どう考えているのですか?」
「う〜ん、困ってたら助けてやりたいなとか、キョウたちみたいに関係を築いていきたいなぁって」
ユリオの返答を聞いたスノードは慈愛のこもった目でユリオを見つめ頭を撫でた。
「なら周りを気にせず、しっかりと関係を築いていけばいいのですよ。人と関わることでしか学べないこともありますから……しっかりと自分の目で確かめればいい、迷ったときに頼れる者がユリオにはもういるでしょう?」
「うん。叔父上の言うとおりだ」
今後どう動くか話しているとコンコンと扉が叩く音がした。
「どうかしましたか?」
「師匠、陛下が呼んでるって」
また後日と話を切り上げ部屋を出ると貴婦人に、頭を撫で繰り回されているアイリスが視界に入る。ユリオは若干引きながらも問いかけた。
「伯母上何をしているのですか?」
「スノード様を呼びに来たのですが、先ほどカトレアさんから娘自慢されて……話に聞いていた通り可愛かったのでつい」
貴婦人は自然な事だと言わんばかりににっこりと笑いそう答えた。
「シン少し席を外しますね。さぁ行きましょうか?」
「分かった」
「アイリスさん今度ゆっくりお話ししましょうね。後お仕事で困ったことがあれば言ってくださいね?以前司書室で務めていましたのお役に立てると思いますわ」
「有難うございます」
そう言って優雅にスノードと出て行った。キョウはその背中を見送りつつもつい先程の会話が何か引っ掛かる。
「ユリオ……夫人の名前って確か」
「伯母上の名前か?確かサルビ……ん?」
キョウとユリオは先ほどの『以前司書室で務めていましたの』という言葉を思い出し同時に声を上げた。
「「あ!サルビア書記官」」
「ずるい!叔父上そこだけ触れなかった!」
とユリオの呟きに、キョウ以外の事情を知らない面々は首をかしげていたのだった。
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