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7.あの国

お読みくださり有難うございます。

「いいいいいい痛いって!シン傷口抉ってるよねそれ!?」

「……そんな事するわけないでしょ」

「いや、今の間は何かな?」


 医務室内に、ヤナギの声が響いている。手当てが終わったキョウとアイリスは、カレンの入れてくれたお茶を飲みながらその様子を見ていた。


「シンが、怒るの分かってるのになんで無茶したのよ」

「師…シュロ殿とやるの久々で」

「まったくシュロも大人気ないですね」


 話が聞こえていたのか部屋から出てきたスノードが困った顔をしている。シンは手当てをしながら顔を上げた。


「師匠おはよう」

「おはよう」

「手当ては済んだか?」


 軽く挨拶を交わしていると、ユリオが医務室に入ってきたが、少し様子がおかしい。キョウは何かあったのか?とユリオを見ると当のユリオもキョウを見ていた。


「キョウ少しいいか?」

「あぁ」

「2人ともこっちの部屋を使うと良いよ」

「有難うございます」


 スノードが、自身の作業部屋へと通してくれた。この医務室でここが一番防音が備わってるからともいえるが、スノード自身もユリオの様子が違う事に気づいているのだろう。キョウと目が合うと目尻を下げ苦笑していた。


「叔父上も少し良い?」


 部屋から出ようとしていたスノードをユリオが引き留めたので、そのまま部屋の扉を閉め、2人が腰掛けたのを見てからキョウは、控えるよう壁際に立ちながら問いかけた。


「何かあったのか?」

「さっきカトレア夫人と話しただろう?」

「カトレアさんが城に?」


 結婚してフドル家に嫁いでからは、あまり領地を空けることはないので、珍しいことと言えば珍しいのだ。


「急用で自分が動く方が早かったと言ってた。でその急用なんだが……」


 ユリオはどう伝えようか少し考えているのだろう一度言葉を切り、単純かつ簡潔に述べた。


「あの国に……妙な動きがあるらしい?」


 キョウは確認するように再度問いかける。


「あの国って……血の気の多い阿保がいるあの国か?」

「その国だ」


 ユリオがうなづくと、スノードはそれを聞いて首を傾げで言った。


「その国なら20年以上も前にシュロが、完膚無きまでにやる気を削いだ筈ですよ?エテの鬼人もその頃から呼ばれましたし」

「「え?」」


 初めて聞く話に、ユリオとキョウの声が重なった。


 まず、何故あの国と言うのか、国名が長い上に言いにくく、その国の王族がかなり血の気が多いらしく?しかもとても女好き?で何かしら急に戦を仕掛けたりと傍迷惑な国なので、名前を口にするだけで馬鹿が移ると有名なのだ。エテ国でその国の名前を出すと槍が降ってくるとかなんとか言われている為、皆あの国と言っている。今や国名よりあの国の方が浸透している有り様だ。

 そうそんな簡単な感じで、幼い頃聞いただけなので、よく分からない国なのだ。それに加えて今しがたスノードが話した内容は興味を惹きつけるのには充分だった。


「叔父上その話俺聞いてない!」


 案の定食いつくユリオが目を輝かせながら、スノードを見ている。小さい頃良く物語を読んで聞かせていた時の表情と同じで、キョウの口元が微かに緩んだ。


「なぜ笑う」

「いや別に?」

「叔父上とりあえずその面白い話聞かせて」


 ユリオの頭の中は多分《エテの鬼人武勇伝》を聴く事で一杯なのだろう。こういう所は全く変わっていない……


「(まぁ俺自身も気になってはいるが……)」

「そうですね〜何から話しましょうか?シュロに妹がいるのは知っていますね?」


 スノードが、この話を話すにはまず関わる人物をユリオ達が把握していなければいけない。ユリオが記憶を辿るように天上を見上げ答える。


「母上が、夜会の銀の華って言ってた人だよね?嫁いでから一度も出てないから顔までは知らない」

「その方は、ガーベラさんと言う方なのですが、シュロと同じ綺麗な銀髪だったんですよ。そこから銀の華と呼ばれていたんです。夜会に出ないのは、2人の子が、夜会デビュー出来るまでは、表には出ないと言っていたからですよ」

「表には出ないって?何かあるの?」

「シュロの話のきっかけはここからだったんです。あれは、兄上が王位を継ぐ頃でしたね……」


 そっと目を閉じ昔を思い出すかのように、スノードは話し始めた。




 ***



 20年以上前のエテ国―ー




「スノード何をしているんだ?そろそろ支度しないと間に合わないぞ?」


 部屋の隅でうずくまっているスノードに、兄はほらと急かす。スノードは、膝から少し顔上げ、駄々おこねるように言った。


「兄上……夜会に出たくありません」

「気持ちは分かるが、無理やり引きづり出されるのが分かっておるだろ」


 苦笑する兄に、スノードは深いため息が出た。

 コンコンと扉がノックされ、返答を待たずに入ってきた人物を見て更にため息が出たのはいうまでも無い。


()()支度を終えて無かったのですか?」

「………」


 スノードは、顔ごとタルロから視線を逸らした。兄はスノードの頭を軽く撫でながらタルロを見る。


「タルロ皆揃っているのか?」

「はい。後は陛下と殿下達が揃うのを皆待っております」


 第1王子であるシオンの戴冠式を明後日に控えており、今日は、国賓を招いての夜会である。


「スノード、挨拶周りを終えたら基本シュロ達と話しておるのだから良いではないか」

「そうなのですが……」

「スノード様支度を急いでください。」


 優しく諭す兄とは対照的に、有無を言わさないタルロの笑顔に押され、渋々と準備をしたスノードは、重い足取りで兄の後ろをついて行った。


 大きな広間に、華やかな装い、目がチカチカする。


 兄について国賓達と軽く挨拶を交わし終えホッと一息をついていた。

 スノードは夜会がというかこういった社交の場が苦手だった。腹の探り合いに蹴落としあい、媚を売るかのように自分や兄に近づいてくる人達、楽しむのであれば、そういった類のものは抜きにして欲しいと毎度のことながら思う。すると背後から声がかかった。


「シオン殿下、スノード殿下お疲れですな?」


 振り向けば笑っているシュロに、嗜めるような視線を兄へ向けているガーベラがいた。


「シュロ兄上。殿下への挨拶にそれはないと思いますが?」


 紺色の騎士服に身を包んだ銀髪の男性とその色に合わせたドレスを着た銀髪の女性。2人が並べば夜空に浮かぶ星のようだ。1人は話さなければ完璧とも言える。


「シュロ……ガーベラ嬢久しいな」

「殿下方お久しぶりです。あのユリ様は?」


 シオンの言葉に微笑み淑女の礼をとった後、ガーベラは辺りを見回して首をかしげる。


「ユリなら……」


 後ろにいると言おうとした兄の言葉を遮る人物がいた。


「ガーベラ! 会いたかったわ」


 勢いよくガーベラの腕を組みご満悦の兄の婚約者であるユリ。その背後に控えるカトレアがいた。シュロはカトレアに目を向けた後、当てが外れたような顔をする。そして呆然と一言。


「……カトレア何故騎士の服なんだ」

「今日は、ユリ様の護衛ですもの」


 何故当たり前の事を?とでも言いたげなカトレアがいる。シュロは負けじと声を上げた。


「ドレスでもでき…「動き難いので嫌です」」

「……」


 一刀両断とも言える。着飾った姿が見たいと思っているシュロ気持ちが手に取るように分かるのだが、当の本人には悲しい事に全く伝わっていない。


「シオン殿下黙って肩を叩くのは、お辞めください」

「ぶっんんんん」

「(兄上笑いを誤魔化すの下手ですね……)」


 そうとても和やかに過ぎていたのだった。


 それから一時間後――


「困ります。お辞めください。」

「嫌がることないだろう。妾にしてやろうと言うのに」


 シュロ達と談笑していると、この場では不釣り合いなざわつきが起こりそちらの方を見ると、女性の腕を掴んでいる大柄の男がいた。よく見ると顔は赤く衣服も着崩しており相当酔っていると思われる。

 助けなければと思いスノードが、身体を動かそうとすると、スッと大股でドレスをなびかせユリが歩いていく。彼女がいくと()()()()()()()ややこしい事になるので、急ぎ足で止めに向かったが、それより先に男の手を取る者がいた。


「女性に手荒な真似はするものではない」

「あぁ?」

「国の代表で、来ているのならそれなりの節度を守れ」


 声を荒げる男をものとせず淡々と述べた男は、スラリと伸びた長身に耳に心地良い低くよく通る声をしている。見知った助け舟にスノードは名を呼んだ。


「ライラック殿」

「すまぬ少し遅れた」


 そう軽く挨拶をしながらもサッとその大柄な男から女性を背にかばい視界に入れないように配慮している。この完璧な紳士の振る舞いに心で賞賛に値する。

 ユリはライラックが助太刀に入った事でそのままその女性の手を取り問いかけた。


「怪我はありませんか?」

「はい、ユリ様申し訳ございません。」


 ユリは、恐縮しきっている彼女に優しく笑いかけた。


「貴女が謝る事ないのよ。スノード殿下お願い出来ますか?」

「少し失礼しますね」


 元々政治云々が苦手であったスノードは、何か別の形で兄の力になれればと医学を学んでいた。

 ユリに託され、彼女の掴まれていた腕を見るとかなり赤くなっている。


「(どれだけ強い力で掴んだのか……)」


 スノードは眉を寄せつつも彼女に安心するよう笑いかけて言った。


「少し冷やした方が良さそうですね。誰か……」

「スノード殿下これを」


 ガーベラが、氷を布で包んだ物を隣から差し出した。


「ガーベラ嬢、有難うございます」


 スノードが、軽く処置をしているとライラックに何かを言っていた男が声を上げる。


「おお!これはこれはまた珍しい髪色!それに美しい方だ!」


 今度は、ガーベラに興味を示したのか近寄ろうとする。当然1番近い場所にいるライラックが、ガーベラを背に隠す。それでも諦めない男は、ライラックの背後を覗き込むようにして一言爆弾を落とした。


「邪魔をしないで頂きたいな。お嬢さんどうでしょう私の妾になりませんか?」

「「「「は?」」」」


 周りの声が綺麗に揃った。


「妾が嫌なら正妻でもよろしいですよ?」


 にんまりと笑い不躾な言葉を発する男。ユリの持っている扇子がミシミシいっているのが聞こえる。それだけではない会場内にいるこの国の貴族たちや騎士、給仕役の視線までもが鋭い――


 あぁこの人、この城内にいるほぼ全員敵に回したなとスノードが、人知れずため息をついていた。ガーベラの人柄ゆえか彼女を慕うものは多いそれなのにこの発言だ。その事を知らなかったとしてもあまりにも失礼である。


「オダマキ殿、少々お酒を飲み過ぎのようですな?部屋を用意させましたので、今日はお休み下さい」


 兄がこの場を収めようと言った。その声色は無有を言わせるつもりが無いのが分かるくらいなのだが、男は負けじと言いかえす。


「シオン殿私はまだ……ひっ!そうですね休むとしましょう」


 奇声?に何事かと兄の後ろを見ると、遠い東の国の話で聞いた般若の如く恐ろしい顔をしたシュロが居た。


「(これは私でも怖いですね)」


 酒が一気に抜けたのであろう青白い顔をして、大人しく下がったオダマキ殿を目で見送っていると、兄が小声で後ろに控えているタルロを呼んだ。


「タルロあの者の世話は、全て侍従達に、シュロ顔が怖いぞ」

「分かりました。殿下」

「………」


 周りにいる貴族達は、シュロが怖いのか気がつけば遠巻きに此方を見ているだけである。


「しかし困ったな。このまま引き下がれば良いが……」

「ですね。あの方は、しつこ……っんん執念深いと言うか……」


 ただでさえ女好きと噂が絶えないのだ。どうしたものかと思案しているとユリが笑って兄に言った。


「シオン殿下、ガーベラは私の部屋と同室にして下さいな」

「確かにユリの部屋ならば安全だが……」


 婚約者であるユリの部屋は、元々警備強化されている。

 ユリはそうでしょ?と言わんばかりににっこりと微笑み


「ええ、カトレアも一緒にそれと……貴女はフレグ侯爵の娘で書記科にいるサルビアよね?」

「はいそうでございます。ユリ様私をご存じで?」

「ふふ、何度か司書室でお見かけしたわ」


 ユリは、この城内いる全ての人間の顔と名前、役職を覚えている。家柄や身分など王族の婚約者になるには様々な条件があるが、幼少期からユリはこのことに関して郡を抜いていた。すなわち社交や外交面においても強い。今このいつまた戦禍が始まるか分からない危うい状態に、次期国王のシオンを支え寄り添える器が誰よりも備わっていたとも言える。


「(でもこの流れだとあれですかね?)」


 兄も自分同様何かを察したのか苦笑している。


「サルビア貴女も今日は私の部屋にいらっしゃい」

「滅相もございません。城内の寮に戻るだけですから」


 ユリの言葉にサルビアは恐縮しきっていた。一家臣が未来の王妃と同じ部屋に、しかも自身の身の安全のためとまで言われて、慌てている。しかし相手はユリだきっぱりと言い放った。


「ダメよ!城が安全でもその城にさっきの方がいるのだから油断は禁物です!そうよね?カトレア?」

「そうですね。タルロ殿宜しいですか?」


 戴冠式の大まかな流れや人員配備を担当しているタルロは、少し考える。非常事態だまとめて警護にあたれる方が良いくらいには、ここ数日は厳しい状態だ。


「大丈夫です。サルビア嬢は、式典が終わるまで、ユリ様のお部屋から出勤して下さい」

「分かりました。ユリ様お気遣い頂きありがとうございます」

「この国の民は皆家族ですもの。ね?殿下?」

「そうだ、あまり気をわなくても良い。ユリの話し相手にでもなってくれ。しかし部屋の問題はそれでいいのだが、ガーベラ嬢はどうする?式典の際シュロもユリも側に居ないのだぞ?」


 しかも式典中タルロも兄の側にいる。


「カトレアその日は、ガーベラの隣にいてくれる?私が殿下から離れることはないから安全ですもの」

「分かりました」


 苦笑しながらユリを見ていたガーベラは柔らかい笑みを浮かべ言った。


「そんなに心配なさらなくても私は、大丈夫ですわ」

「だめよ!貴女に何かあってからじゃ遅いの!そうですわ!ライラック様は式典の際、フドル家と席が隣でしたわね?」


 良いこと思いついたわ!とユリが顔を輝かせながら、静かに話を聞いていたライラックを見上げる。ライラックは軽く微笑み言った。


「光栄な事に、シオン殿の友人として呼ばれている。ガーベラ嬢、式典中エスコート役をさせて頂けませんか?貴女を1人にしておくとシュロ殿が、この顔で式典に出ますよ?」


 今だに怖い顔をしているシュロである。何かあったら確実に暴走するであろう事は容易に想像できた。


「ふふ、そうですわね。宜しくお願い致します。ライラック様」

「まぁ式典に何かするようなバカでは無いと思うが……」

「そうだと良いのですがね……」


 隣で呟く兄にスノードも同意する。

 一抹の不安を抱えながらその日の夜会を終えたのだった――





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