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6.守る強さ

お読みくださり有難うございます。

 

「入れ」


 扉がノックする音がして、ユリオは返事をした。返事とほぼ同時に扉を開けた当人は、目を瞬いている。


「珍しいな……起きていたのか」

「俺がいつも寝てるみたいに聞こえるんだが?」

「実際に寝てるだろ?」


 ユリオは基本、起こされるまで寝ている事が多く、これ以上言っても小言が増えるので話題を変える事にした。


「……んん、目が覚めたから風に当たってた」


 そうかとキョウが、うなづく様子を確認して、疑われていない事にユリオは、ホッとする。


「(帰るのがギリギリ間に合って良かった)」


 先程まで、シュロの所へお忍びで行き、そこでアイリスという少女に出会った。自分の側近と似て表情にあまり変化は無いが、話す言葉は裏表なく真っ直ぐな人だったと感じた。


「(今までの記憶が無いって、本当は不安なんだろうなぁ)」


 先程からユリオは、何故かずっとアイリスの事ばかり考えている。髪色が珍しいと言えばそうなのだが、城には色んな人間がいるので、然程気にする事でも無いわけなんだが――


「力だけが全てでは無いか……」

「どうかしたのか?」

「強さって何なんだろうな」


 ユリオの問いに、キョウは、予定を確認していた手を止め、少し考えるようにしたかと思ったらユリオの方を見た。


「純粋な力の強さや心の強さ、色々あるし人によって求める物も変わってくると思うが?」

「キョウは?」

「俺か?俺は、側にいる大切な人を守れる強さだな」

「守れる強さね……ん?大切な人?」


 ユリオは首を傾げ


「思い人でもいるのか?」


 ユリオの質問にキョウは真顔で答える。


「そんな浮いた話が俺にあるとでも?」

「無いな……じゃあ誰だ?」

「ユリオ」

「どうした?」

「だからユリオお前だ」

「俺は、男だぞ……」


 キョウにものすご〜く呆れた目で見られ、おまけにため息までつかれた。


「……お前が、みんなを大事にするのと同じように、俺がお前を大事に思うのは不自然か?」

「いや……側近だしな」

「それは仕事だろ?」

「そうだな」


 キョウは、ユリオの前に立ち真っ直ぐに目を見つめて言った。


「ユリオは、この国の王子だ。それは変わらないし王子としてのお前の事を守るのは責務だ。だけどそれ以前に、俺にとってお前は、気のおけない友人であり、弟のように思っている。だからお前が、良い国を作ろうと努力している側で、お前を支えたい。困っているのなら力になりたい」


 キョウの紛れもない本心だ。家臣の枠などとうの昔に超えている。ただひたすらに友を思う気持ちだ。


「(キョウの言いたいことは分かる……分かるが俺は)」

「俺は、守られるお飾りじゃなくて、お前たちを守れるくらい強くなりたいんだ」

「知ってる。そんなユリオを俺は、いや俺だけじゃないな……他のみんなだって支え守りたいって思ってるんだ」


 キョウは、優しい目でふんわりと笑った。気を許した人しかあまり見ない柔らかい表情だ。目だけでも充分に伝わる。


「(あぁ……俺は、本当に――)」


 ふと帽子(フード)を取って有難うと微笑んでくれたアイリスの顔がよぎった。


「(俺は、あの笑顔を守りたい。困っていたら支えたいって思ったのか……)」


 自身が先程まで考えていた事が、キョウの言葉でストンと答えに変わった。


「(1人で考えても答えは出るわけないかぁ)」


 ふっと笑うユリオに、キョウは首を傾げた。


「どうかしたか?」

「いや……さて、今日も頑張りますか」


 窓から空を見上げ、シュロのもとで、前に進もうとしている彼女に負けじとユリオは、気合をいれた。




 ***




 あれから、ふた月後――



 ユリオは、その日部屋の中をそわそわしながら意味も無く歩き回っていた。心ここにあらずで、仕事に邪魔だから切り替えて来いとキョウに追い出されてしまった。


「(切り替えろと言われてもな……)」


 窓の外をふと見上げながらどうするべきかと悩んでいると後ろから声をかけられた。


「ユリオ何してるの?」

「カレンか?キョウに追い出された」


 そのまま簡素に事実を話したのだが、カレンは、暫しユリオの顔を見つめたかと思うと「こっちに来なさい」とユリオを半ば強引に、医務室に連れて行く、当然扉を開ければ叔父がいるわけで――


「おや?ユリオ」

「叔父上おはようございます」


 スノード・ソレイユ、ユリオの父の実弟にあたる人物だ。ユリオにとっては第二の父とも言える。


「おはよう。何かありました?」

「さぁ?」


 スノードとユリオは、2人首を傾げカレンを見る。当のカレンは、何かを手に取りそれをユリオの手に持たせた後、満面の笑みで言った。


「一気に飲みなさい」

「え?あ、うん」


 満面の笑みと気迫に負け、渋々渡された物を飲んだ。

 どろっとしている上に舌に渋みが絡みつく、そして案の定咳こんだ。


「…………………っごほ、苦い」

「目が覚めたでしょ?」


 状況がよく分かっていないスノードは、涙目のユリオに水を渡しながらカレンに説明を求めた。カレンは呆れた顔を隠しもぜずにスノードに説明する。


「ユリオは、キョウに執務室を追い出されたんですって」

「執務室を?」

「そうですよ!普段追い出すどころか、縛り付けて出さないようにしている()()キョウが、追い出すって事は、よっぽ〜〜ど使い物にならないくらいボケっとしてたって事でしょ?」


 最後は確実にユリオに向けて言っており、居たたまれなくなってユリオは、目を逸らした。そんな甥の様子に、スノードは何かを察したのか笑いながら言う。


「今日は、任命式でしたね」

「新しい側近が来るんだっけ?女の子でしょ?」

「あぁ」

「ユリオがここまで人事を譲らなかったのは、ヤナギ殿以来でしたからね」

「キョウは、人事が無かったものね」


 ヤナギを自身の側につける時は、幼かった事もあり半ばごねるような形になっていたからだ。思い出したのかスノードとカレンは懐かしむかのような顔をしている。


「キョウは、側近として初めから側にいたし、もし外されそうになったら全力で抗議してた。2人とも俺には絶対に必要だ」


 そうユリオが断言するとカレンは目尻を和らげた。


「それ2人が聞いたら泣いて喜ぶわね。尚更今から新しい側近に会うの楽しみだわ」


 そう言いながらカレンは、ユリオの背中をバシッと思いっきり叩き、ユリオの顔を覗き込む。


「目覚めたでしょ?しっかりしなさいな殿下。側近達困らせたらダメよ」


 殿下と言いつつも口調は幼馴染や姉のそれで、ユリオは困ったように笑った。


「すまない。有難う」

「腑抜けた弟分の背を押すのは姉や兄の仕事ですし?」

「そこまで腑抜けていない」


 そのまま茶化し続けるカレンから逃げる様に、医務室を出たユリオは執務室への道を歩く。


「(しっかりしなさいか……しかしどうしっかりしたらいいんだ?)」


 そんなことをふと思った。




 ***



 アイリスが側近になって数日、徐々に慣れてきている事にユリオは内心ホッとしていたのだが――


「ユリオその顔なんとかならないの?」

「どんな顔だ。」

「面白くないって拗ねてる顔」


 カレンに唐突に言われ、自身の表情が見えないユリオは素直に問うたが、普段通りの事しかしていないのに、何をもって拗ねているというのかユリオには検討がつかないので、当然答えは「してない」である。

 ところがユリオの否定に被さるようにヤナギが言った。


「分かる分かる。特にアイリスが、他の人と話してる時」


 カレンとヤナギにそう言われて今度こそ首を傾げる。本当に身に覚えがないのだ。因みに今は、アイリスが書庫に行っている為、部屋にいるのは、キョウとヤナギ、報告書を出しにきたシンとカレン、そしてユリオである。


「無自覚かよ!なぁキョウ~拗ねてるよな」

「そうか?」


 キョウもいまいち分かってない顔で、返答したが、カレンが頭を軽く横に振りビシッとキョウを指した。


「ヤナギ、キョウに聞いても意味ないわよ。2人ともこの手に関しては、全然ダメだから」

「そうだった」


 2人揃って頭を抱え出した。ますます意味のわからないユリオは、2人を軽く睨みながら問いかける。


「だからなんの話だ!」

「えーと……」


 言いにくそうに、言葉を濁すカレン。無自覚な人間に一体どうやって説明すれば良いのだろうか?


「ヤナギ、カレンその辺にしなよ。ユリオが自分で気が付かないと意味ない」

「それもそうね」


  シンの一言で、納得するカレンに、だからどう言う意味だとユリオは再度問いかけたが、逆にため息を疲れてしまった。


「でもユリオ。眉間に、皺を寄せるのはなんとかした方がいいよ」


 シンにまで指摘されると、無意識にやっているユリオ人身ではどうにもなりそうにないと思い。


「善処するが、無意識みたいだから、気づいたら指摘してくれ」

「分かった。でユリオここの部分なんだけど――」


 こんなやり取りがあったのが2日前、ユリオは普段通り寝室で寝ていた。いつもならキョウに叩き起こされ、身支度を整えて、朝食を食べるのが大体の流れだ。


 だがこの日は違った――


「ユリオ起きて」


 いつも聞く声に比べたら少し高い声、重たい瞼を開けるとそこにいたのは黒髪の青年だった。


「……シン?」

「そうだよ。起きて」


 普段ならあり得ない事で、一気に頭が覚醒する。

 サッと上半身を起こすと、状況把握の為に問いかけた。


「何かあったのか?」

「どちらかと言えば、現在進行形で起こっている」

「は……い?」


 よく理解できずに困っていると、「とりあえず顔洗って、着替えて」とシンに水桶と服を渡され、着替えて急かされるままに外へ出る。


「殿下おはようございます」

「おはようゼラ」


 部屋の前で、申し訳なさそうに立っていたのは、ゼラ・ロシュ。ヤナギの部下で、騎士団の副団長をしている男だ。

 やはり普段ならあり得ない事などで、ユリオは再度問いかける。


「何かあったのか?」

「見て頂いた方が、分かりやすいのですが、私達では止めることが出来ないので悩んでいたところに、シン殿が通りかかりまして、その……」

「あの人達の暴走を止めるのは、殿下が適任だって俺が言った」


 とりあえず見た方が早いと、足早に2人について行った先で見た光景にユリオは、まず唖然とした。


 訓練所の至る所にクレーターが出来ている。そしてその訓練所に入らず周りで、食い入る様に見つめている近衛兵達がいた。その視線の先にいるのは4人


 側近であるキョウとアイリス。王子近衛騎士団長ヤナギ。そしてエテ国軍部の総括、エテの鬼人シュロ総隊長。前者3人ならここまでの事にはならなかっただろう。問題は1番最後の人物だ。地位や身分がそれなりにあるのだ。誰も止めに入らないのも無理はない。だから逆らえない相手を呼ぶのが、最善だということは分かったが、表情が皆んなが楽しそうだ。


「(俺もあの中に混じりたい)」


 だが、そんな考えは冷水を浴びたかのように、直ぐに消え失せた。


「稽古であんなに怪我して」


 ボソっとシンが呟くのを耳にした瞬間、コッチにいて良かったとユリオが、心底思ったのは無理もない。シンは普段とても穏やかだ。怪我をすれば心配してくれる。そう、普通の怪我ならだ。羽目を外して出来た怪我では、話が違う。そう今の状況は、完全に後者である。


「そこまでだ」


 ユリオの一声で、4人の動きがピタリと止まり、即座にユリオの前で膝をつく、そして周りで観ていた者たちも静かに持ち場に戻っていった。流石というべきなのか、訓練所が静まり返った。


 最初に声を上げたのは、キョウだった。


「おはようございます。殿下起きてらしたのですか?」

「崩していい。あと、火急の事態と起こされた」


 火急の事態の言葉に、何の事だと4人が、顔を見合わせているので、ユリオは、無言で後ろを指す。


「これまた派手にやりましたね」

「シュロ殿やったのは()()()です」


 他人事のように言うシュロに、ユリオは淡々と事実だけを述べた。


「本当に派手にやったよね。稽古なのに」


 綺麗な笑顔でシンは言った。だが目は笑っていない……

 ヤナギの顔がサッと青ざめる。シンの怒った時の怖さユリオ同様身に染みて理解しているから尚更だ。

 キョウやアイリスに至っては、視線を逸らしている。合わせたら負けというものだ。


「何処に行こうとしているのかしら?」


 状況を見て、不利だと分かり我れ先に、じゃあと言って逃げようとしていた。シュロの背をポンと叩いた人は、笑みを浮かべシュロの背後に立っていた。


「(あれ?この周りだけ更に、気温が下がったような?)」


 背筋が凍るとはこの事ではないか?と思いつつ、気を取り直しユリオは、シュロの背後にいる騎士のいでたちをしている人物に声をかけた。


「久しいな、フドル公爵夫人」

「ご機嫌麗しゅうございます。ユリオ殿下」

「今は、楽にしてくれて構わない」

「有難うございます。では、少し失礼致しします。シュロ・フドル殿これは一体?」


 貴婦人の礼ではなく騎士の礼をとり、旦那に向き直った夫人は、とても綺麗な笑みを浮かべている。フドル家当主であるシュロとその息子達は、城での仕事もある為、領土内を取り仕切っているのは実質、この夫人である。そしてシュロと結婚する前は、女騎士として名を上げ、今もその実力は健在である。そんな人間が、笑みを浮かべて見つめるのは、別の意味で、気迫がある。旦那であるシュロは、視線を逸らししどろもどろになりながら答えている。


「これはだな稽古を……カトレアそれよりも何故お前が此処に……」

「急用ですわ。私が出向いた方が、速いですし」

「そう……か」


 押され気味のシュロに、淡々と答えるカトレアだが、隣にいたキョウ達に視線を動かし困ったように言った。


「皆さんもごめんなさい家の者が、此処の修繕は、すべて夫がしますので、お仕事に戻ってください」

「でもカトレア様、私達も当事者ですし……」


 助け舟を出したアイリスだったが、カトレアは、彼女の頭を撫でる。そしてビシッとシュロを指差した。


「事の始まりは、どうせこの人でしょ?大方身体が鈍ったとか貴方達が、断らないのを分かっててやっているから少しは、反省が必要なのよ」


 笑顔でアイリスを諭すカトレアにシュロは、抗議の声を上げる。


「俺が悪いの前提か」

「当たり前です!身体が鈍っているのなら此処を綺麗に元通りにして、執務室にお戻りになって、お仕事倍に増やしてまいりましたから」

「…………」


 先程まで誰も止められないくらい暴れ回っていた人物を言葉と笑顔だけで負かしたのだ。『怖い』この場にいるみんなの心が一致した。


「殿下もそれでよろしいですか?」

「そう……だな。此処は、夫人に任せよう」 

「俺の意見は……「アイリス。怪我の手当てをしっかりして貰いなさい」」


 カトレアは、シュロの言葉を遮り、笑顔でアイリスの背中を押した。この場にいる誰も彼女に反論できる者がいない。後早くここから立ち去りたいという思いもある。


「はい」

「シン殿宜しくお願いします」

「お任せを、みんな行くよ」


 軽く挨拶を交わし、医務室にユリオも一緒に行こうとしたのだが、カトレアに呼び止められた。


「殿下、少しだけお時間よろしいですか?」


 キョウに「後で行くと」伝え、みんなの姿が見えなくなってからユリオはカトレアに向き直った。


「どうかしたのか?」

「私の耳に入った情報の事ですが――」


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