5.双剣
お読みくださり有難うございます。
『 』
温かい手に暖かい声
その後
薄暗い闇の中ただひたすら走る――
走っても走ってもどこにたどり着くのかすら分からない――
私はいったい――
アイリスは、飛び起きるように目を覚ました。
激しくなる心臓とは対照的に手は凍えたかのように冷たくなっている。
「またあの夢……」
まだ見慣れない部屋をぼんやりと眺めながらアイリスは呟いた。
王宮内の東側にある場所で、殿下の寝室が1番近く、その側近や殿下の近衛騎士団団長、殿下の専属医師など、殿下であるユリオと1番近い者だけが、住んでいる居住空間だ。別名東の宮とも呼ばれている。
小さな書庫や応接間もあり、城の全体を見れば小さな屋敷とも呼べなくは無いが、この東側だけで一般市民の家が20軒くらいの建つ広さがある。南側にも同じ様な形をした宮がありそこは、陛下達の居住区となっていた。王都住まい以外の近衛兵や城勤の者は、西と北にそれぞれ寮がありそこに暮らしている。
顔を洗いながら先程の夢を思い返す。時折見る夢はいつも同じような内容だ。
「何かとても大事なことのような気がする……」
ユリオと初めて出会った時彼は、守るために力がいると言っていた。その時、アイリスも何かに突き動かされるように『私も守れる力が欲しい』とシュロに頼み込んだ。
結果として今ここにいるのだが、何かが足りない……力だけが強さではないとシュロは言っていた。自分人身が、ほかに出来ることは何か?それをこの数日アイリスは考え続けていた。
「まだ明け方かぁ……」
もう一度寝るにも目が冴えてしまったので、アイリスは、身体を動かそうと身支度を整えるため部屋へ向かった。
***
近衛兵が、練習に使う広場へ向かうとそこには既に先客がおり、気配でこちらに気づいたのか手を止めて歩いてきた。
「アイリスおはよう。早いな」
「おはよう。キョウこそ早いね」
「いつもの日課だ。1日の大半が、執務室だから身体が鈍ってはいざという時動けないしな。アイリスは?」
「目が覚めたから身体を動かそうかと」
そう答えたアイリスに、キョウは少し考え流そぶりを見せた後、稽古用の木刀をもう一本持ってきてアイリスに差し出す。
「なら手合わせを願っても?」
「喜んで、私も相手がいる方が練習になるからありがたい」
稽古用の木刀を手に持ち、間合いを測りながら、静かな広場にただ木刀のぶつかり合う音が響き渡った。キョウの剣筋は、しなやかでいて鋭い、気を抜けばその隙を突かれてしまう。
「アイリス、城には慣れたか?」
「うん。皆んなが気にかけてくれるから」
空いた時間に、カレンとお茶をしたり、植物園に行ったり、昼食や夕食時には、ヤグルマギクやシンもやってきて古語や貴族の事について話たりとだいぶ周りに慣れてきたところだった。
殿下付きの近衛も初めの頃は、アイリスの髪色を物珍しく見ていたが、今では気さくに話しかけてくれる。何故か、たまにユリオが面白くないと顔をしかめたりするのだが――
木刀を交えながら会話していると、すごい殺気を帯びたピリピリとした空気が漂いキョウがアイリスに目配せをし、その相手と交わった――
「いいね。息が合ってる。」
「ヤナギ……危ないだろう、後城内で殺気を振りまくな」
「こうでもしないと二人して軽くあしらうだろ?それに敵は、いつ何処から攻めてくるか分からないしね」
おどけた口調だが、攻撃の手を緩めないヤナギは、アイリスとキョウ二人と対峙している。しなやかにそしてとても軽やかに動いているが、ヤナギの剣は一つ一つが鋭く重いそれに――
「ヤナギって双剣使いなの?」
「正確には双剣使いになったかな?」
「6年くらい前だったか?」
「それくらいかなぁ〜」
ヤナギによると、ユリオ達と視察に行った帰り、盗賊に出くわしユリオの正面にいた敵と対峙していた際、背後から襲ってきた相手をかわした時に、少し怪我をしたそうだ。ユリオは自分がもっと素早く動いていればと何度も謝っていたらしい。
「俺も動ければ良かったんだがな」
「3人相手にしてたら無理だろ、それにユリオが、無傷なら俺としては良かったんだけど、俺たちが怪我すると自分を責めるんだよ『自分にもっと力があればって』」
それを聞いたアイリスは、初めて出会った時のユリオを思い出す。
「(だからあの時、力が欲しいって言ってたんだ)」
「それならいっそ両手で戦えるようになればいいやって思ったんだ」
「怪我が治って直ぐに、しばらく左手で生活するって言い出した時は何事かと思ったがな」
「まぁユリオが、気にするからいない時に、ひたすら左手を鍛えたからなぁ」
「ユリオは、繊細だからね」
何気なしにアイリスが放った言葉だったが、ヤナギは真剣な顔で攻撃の手は緩めずに言った。
「アイリスそれユリオに言うなよ?拗ねるから」
「分かった。でも6年前だと、ヤナギはいつから団長を?」
「俺か?えっと12歳だったかな?」
当時騎士見習いだったヤナギは、王宮が毎年やる剣術大会に半ば強制的には参加させられた。その時、優勝候補だった人を倒し優勝したそうだ。ちなみにその人は、今ヤナギの部下で、副団長をしている。
「そしたらユリオが、俺の騎士になれって……見習いから一気に昇格~みたいな」
「それはすごいね……」
「すごいのはユリオだよ。アイツあの時まだ10歳になったばかりなのに、その頃から国のこと考えてるから……ついていこうって」
「信頼してるんだね」
ユリオの話になると自慢げにそして嬉しそうに語るヤナギにアイリスはそう返す。ヤナギは当たり前だと言わんばかりの顔で朗らかに言った。
「おうよ! ……それにキョウも俺と同い年なのにユリオが3歳の時には付き人してたからな」
5歳で付き人――キョウに、落ち着きがある理由がなんとなくわかったのだが、当のキョウはふと遠くを見るような顔をしている。
「大した事してないぞ?危ない事をしないように見張ったり、勉強も俺が一緒にいないと受けないって言うから一緒に受たりしたくらいだからな」
キョウはただ側に居ただけだと言う。ヤナギも思い出したのか
「そう言えば、1人では嫌だって拗ねてたなぁ」
「三人は小さい頃から知り合いなの?」
アイリスは、ふと思った疑問を口にする。
「俺たちの親はシオン陛下に仕えているからな〜まぁ色々あって気がついたら剣の稽古とか一緒にやってた。シン達は……」
ヤグルとシンは伯爵家の人間で、シンのお披露目で夜会に出た際に、出席者の一人が足首を捻らせたが、それを我慢していたらしい。足首が腫れているのを見たシンが、近くにいた侍女に必要な薬草とかを頼んで、手当をしたそうだ。
「その夜会にスノード様も出席してて、シンの行動を見て、『王宮の医務官の試験を受けてみないか?』って、それでテスト受けたら最年少首席合格」
「すごい」
シンの話でも自慢げに語るヤナギだが、ふと真顔になり言った。
「けど俺らが、怪我すると怖い」
「お前が、無茶な戦い方ばかりするからだろう」
「俺だけじゃない! ユリオも一緒に怒られた」
「威張って言うことか」
全員が一度はシンに怒られているのだろう話している2人の顔がとても優しい顔をしている。
「みんな兄弟みたいに仲がいい理由が分かった気がする」
「嬉しいこと言ってくれるね〜キョウ?」
「そうだな」
嬉しそうに笑っていたヤナギが、突如険しい顔をして叫ぶ。
「キョウ、アイリス退がれ!」
その声と同時に動いた瞬間、風を切り裂く音ともに、先程まで立っていた場所に、木刀が突き刺さっていた――
飛んできた方向を見ると悠々と此方へ歩いてくる人影がある。
「呼吸が揃う様になったか」
「師匠!危ないだろ!」
「敵は、何処から攻めてくるか分からんぞ」
突き刺さっている木刀を抜きながら朗らかに笑うシュロに対して抗議の声をあげるヤナギなのだが、正直に言おう説得力がない「「自分もさっき同じ事をしたのに」」と冷ややかな目で、アイリスとキョウは、ヤナギを見た。
「側近組2人の目が冷たい」
その様子を黙って見ていたシュロが満面の笑みを浮かべ軽く構える。
「よし!お前たち3人でかかって来い」
シュロの笑みを見たアイリスは、嫌な予感がした。
「シュロ様の機嫌が凄く悪い」
フドルの屋敷に居た時、毎日の様に稽古をつけて貰っていたアイリスなのだが、機嫌が悪い時のシュロは、とてもいい笑顔で「何人でかかって来てもいいぞ」と言う。本気で挑まなければ……骨を折る可能性だってある。フドル家が領地する場所では、常識だと教わった。
「シュロ様ここ数日何を?」
「うん?書類の山を片付けてた。」
恐る恐る訪ねたアイリスに、とてもとてもいい笑顔で、シュロが答えるので、「「「あー外に出れなかったんだ」」」と3人の心の声が重なった。シュロはふとヤナギを見て一言。
「ヤナギはずすなよ」
「メインは俺じゃないって事でしょ?」
「わかれば良い」
「じゃあ遠慮なくやりますか」
2人の会話の内容がアイリスにはよく分からなかったが、ヤナギの合図に、3人同時に仕掛けていく。
エテ国の鬼人と呼ばれるシュロに、3人でかかって勝てるかは、分からない。だかシュロと対峙してる3人も殿下付くだけの実力が備わっているのだ。
そう気がつけば白熱していた――
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