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4.新たな出会い、古語

お読みくださり有難うございます。

 

 キョウは、青白い顔で濃い隈を作っている青年を見て、深々とため息をついた。


「それは仕事……じゃなさそうだな」

「いや〜一昨日たまたま見た書物に書いてあって事が、気になって気になって調べてたら止まらなくて」


 それに対し青年は、おどけた笑顔で答えていたが、隣で聞いているアイリスは、一昨日という言葉に2日も調べていたのかと唖然としていた。アイリスのほぼ動かない表情を同じく周りから無表情と言われているキョウは、雰囲気で察したのか肩をすくめつつ言った。


「ヤグルは、仕事はとても速いのだが、一度気になる事を調べると寝食も忘れ没頭するんだが当初は、まぁ騒ぎになったのだが、今ではこの状態の方が通常だ」

「まぁ10年過ぎたら慣れるものだね」


 当時の事を思い出したのかヤグルが笑いながらそう答えた。10年も同じような事を繰り返していると確かに慣れてしまうのだろう。こんな風に幾人もの人が、この近くを通り過ぎているが、誰も彼を止める気配がない。

 ふと青年がアイリスを見て、柔らかな笑顔を向けた。


「殿下から話しは聞いてるよ。アイリスさんだね?僕は、ヤグルマギク・アルブル 長いからヤグルでいいよ。主にこの国の貿易や流通管理をしてる」

「それに加え、ヤグルはこの国や他国の歴史や遺跡などについても研究しているぞ」


 ヤグルマギクの、簡潔過ぎる自己紹介にキョウが付け加えた。書庫に入る前のキョウの言葉と今のヤグルマギクの状態を見てアイリスは納得した。彼は、興味があれば何でも調べる人間で、そして連鎖的に増えていくせいで、終着地点が見えなくなっているとも言えるだろう。アイリスはただ一言。


「幅広いですね」

「研究は趣味でしてるものだよ。後話し方は楽にしてくれていいよ。公式の場でも僕は伯爵家で、身分は君の方が上になるから身内の僕達で今の内に慣らしておくといいよ」


 それが後半は、アイリスたちが聞こえる程度の小声だ。

 それにしても趣味への比重が大きいなとアイリスは、思ったが声には出さなかった。


「分かった。私もアイリスでいい。宜しくヤグル」


 公式の場、身内だけなら何も言われないが、礼儀に煩い貴族がいるのはフドル家にいる時に教わった。アイリスではあまり区別がつかないので素直に忠告を聞いておくことにする。ヤグルマギクは、アイリスに微笑みふとキョウの手元を見た。


「キョウその手にあるのは仕事?」

「そうだ」

「どれどれ」


 キョウの手から受け取った書類をパラパラとめくりながら立ち上がって何も言わずに歩き出す。キョウもそれに黙ってついて行くので、アイリスもそれに習って追いかけた。


 辿り着いたのは、先程覗いた部屋のそのまた奥の書類と本が山積みになった机の上で、崩れないのか?という心配をよそに、ヤグルマギクは迷う事なく書類を引き出している。そして何枚かをキョウの前に差し出した。


「これに関してはシンに聞かないと、この前聞いた時は、まだ入ってないみたいだったから」

「では、医務室だな」

「僕も行くよ。他にも聞きたいことがあるし」


 ヤグルマギクは言いながら他に何個か束になった書類を取り出し、思い出したかのように


「あ、他の仕事は終わってるからね」


 と付け加え、近くにいる人間に何個か指示を出すと7「さぁ行こう!」と意気揚々に先頭を歩き出した。すごく自由な人だとアイリスは思った。


 医務室と書かれた場所に辿り着き、扉を開けるとふわっと消毒液の香りがする。


 おや?と振り返った人物に、アイリスは見覚えがあった。


「スノード様?」

「スノード様を知っているのか?」


 キョウ達が驚いたようにアイリスを見た。


「シュロ様が、診てもらえって屋敷にいらした時に……」

「あまり時間が無く、ゆっくり話も出来なかったのですが、アイリス嬢その後変わりは無いですか?」

「はい」


 スノードは、優しい笑みを浮かべている。でも何故彼がここにいるのか疑問に思い、隣にいるキョウを見上げた。


「スノード様は、城内の宮廷医でこの医務室の室長だ。この国の名医だ」

「私より凄い方たちなら沢山いますよ。私の弟子もその内の一人ですしね」


 とスノードが微笑みながら話していると、扉がこれでもかと勢いよく開き、両手一杯に草花を入れた籠を持った少女が入って来ると同時に要件を伝える。


「室長!昨日シンが診てた人、意識が戻りましたよ~」

「では、様子を見て来るので、カレンこれをシンに調合しておくように頼んでくれますか?急ぎの物が終わってからでいいので」

「分かりました!」


 ではまた今度とこちらに手を振り、スノードは部屋を出て行った。


 籠を机に置いた少女は、こちらに向き直り、アイリスにずいっと迫ってくる。ふわりとした金色の髪に、つぶらで大きな瞳、とても綺麗な少女だ。キョウの方を振り返り


「キョウこの子?」

「あぁ」


 キョウの返答に、再度アイリスを見た少女は、満開の花が咲いたような笑みを浮かべ


「私は、カレン・フォレ。カレンでいいわ。薬剤師なのよろしく!」

「アイリス・フドルです。よろしく」


 カレンは、嬉しそうに笑い。キョウたちに向き直った。


「シンなら昨日急患が入って、明け方に終わったみたいだから、部屋で寝てるわ。キョウ起こしてくれる?シンとあとヤグルが軽く食べれる物貰ってくる」

「分かった」

「ごめんね~カレン」

「謝るくらいなら食事は、しっかりしてよね。またシンに怒られるわよ」


 ヤグルマギクの間延びした返事に、呆れ笑いを浮かべ、カレンは一度医務室を出た。キョウは、医務室の奥にある部屋の1つに向かい、扉を開けるふわっと草花の香りが漂う。


 部屋の中は、薬品やそれに関する本などが積まれており、そして床にある大きなクッションの上で本を片手に寝ている()()がいた。


 ヤグルマギクが楽しそうに近づいていき、軽く少年を揺さぶる。


「シン起きて〜」

「……兄さん?」


 少年は、眠そうに目をこすり、傍にいるヤグルマギクを見た――そして勢いよくその頬を抓ると同時に響くヤグルマギクの悲鳴――


「いいいい痛いよ!」

「ねぇその隈は何?」


 寝起きのおっとりとした口調だが、怒っているのがわかる。「兄さん?」とゆっくり何度も繰り返してる少年に、止めなくても良いのかと隣にいるキョウを見たが、完全に傍観者と化している。


「いつもの事だからな。シンは、ヤグルの弟なんだ。それにこう見えてもヤグルは21、シンは19だぞ」


 少年だと思ったが青年だったらしい。こちらに気づき、立ち上がったシンの身長は、アイリスとあまり変わらない、黒い髪に、おっとりとした話口調でまだ話しているので、さらに幼く見える。


「いつかは伸びるから」

「シンは、小さい方が可愛い」


 頬を摩りながら言ったヤグルマギクを一瞥したシンは、机に置いてある小瓶を手に取り、笑顔でそれを前に差し出した。


「兄さん新しい薬の実験台になる?」

「遠慮しておく」


 視線を小瓶からそらし答えたヤグルマギクを無視して、シンは、アイリスに視線を戻した。そして何かを確認するように見つめてくる。


「うん、至って健康だね……君がアイリスさん?」


 なるほど健康観察だったらしい。


「初めまして。アイリス・フドルです」

「よろしく……俺はシン・アルブル。医務官だよ。この医務室の副室長もして――」

「シンおはよう!」


 シンの声がかき消されるほどドアが勢いよく開きカレンが入ってきた。そのままスタスタと中に入り、シンの手に包みを乗せる。


「はい、これ食べて!ヤグルも!今お茶入れるね」

「ありがとう」


 そう言って出されたお茶は、4つとも違う種類のものだった。アイリスが不思議に思っているとカレンは、微笑みながら理由を説明する。


「ヤグルはいつもの事で、寝てないし食べてないから胃に負担をかけない薬草茶。シンは、昨日の疲れと眠気覚ましになるもの。キョウは、疲労回復と集中力を高める効果のあるもの。でアイリスは緊張を解すもの」

「え?」

「少し顔がこわばってる。緊張してるのかな?って」


 さっき少し話しただけなのに、よく見てるなとその観察力の高さにアイリスが関心していると、カレンは、アイリスの手を取った。


「アイリス、私と友達になって」


 突然の申し出に、アイリスは首をかしげながら問い返す。


「私と?」

「そうアイリスと。あと困ったことがあったら何でも言ってね。ユリオやキョウは、女性の扱いが下手だから」

「下手で悪かったな」


 キョウの声色は少し拗ねているように思える。それを楽しそうに笑うカレンは、アイリスを見て「ダメかな?」と再び問いかける。


「私でよければ喜んで」


 それを聞いたカレンは、嬉しそうに笑みを浮かべた。

 食事をしながら一部始終を見ていたシンは、そういえばと話しを切り出す。


「俺に用があったんだよね?」

「ああこれだ」


 キョウが持ってきていた書類を渡し、シンが確認しながら記入していく。

 それが終わり今度は、ヤグルがシンに次はこれだと手にしていたものを渡した。


「兄さん、これ何?」

「古語で書かれた書物で、全ては無理だが、読めるとこだけ読むと、草花に関することが書かれたいるみたいでね?似たような文献をしらないかな~って思って」


 広げられた書物をシンとカレンが覗き込む。カレンは、首をひねり書物に書かれてある絵を指してシンと話している。


 アイリスは、何故かその絵に見覚えがあり一緒になって覗き込んだ。


「シナオケラ?」

「アイリスさん古語が、読めるの?」

「アイリスでいいよ。何故読めるのかは分からないけど」

「アイリスは、シュロ殿に会う以前の記憶がないんだよな?」

「うん」


 先程ユリオと軽く話しただけなので、確認の様に問いかけたキョウにアイリスはうなづいた。それを聞いていたシンは


「身体の記憶だと思うよ」

「身体の?」

「うん。記憶を忘れていても、身体が覚えている記憶があるんだ。本当に全てを忘れてしまっていたら。話すことや歩くことさえ出来ないでしょ?」


 シンの問いかけに皆がうなづく


「記憶をなくす以前のアイリスが、この古語を学んでいた。そしてそれを身体が覚えてるんだよ。それにこの古語を読める人間は、そんなに多くはないはずだから何かのきっかけになればいいね」

「そうなの?」

「俺が知ってる限りだと、師匠…スノード様の事ね。あと陛下とシュロ殿というか、フドル直系の人は、読めたはずだけど」

「俺の父も読めるぞ」

「キョウは読めないの?」

「独学で少しなら読めるが、父とは中々会わないからな」

「まぁ陛下と殿下にそれぞれ仕えていたらね〜」


 ヤグルマギクの一言に、それは仕方のない事だとキョウは言った。代々王家に仕える為に生きてきたのだ。頻繁に顔を合わせていないのも必然的な事だった。


「アイリス時間がある時でいい古語を教えてくれないかな?」


 ヤグルマギクが名案だと言わんばかりの顔で問いかけてきた。


「教えれる程覚えているかは分からないけど、私で良ければ」

「出来れば俺にも教えてくれ」


 キョウにも頼まれ承諾していると、部屋の外に出ていたカレンが花の種を持って戻ってくる。


「シン、そのシナオケラの種ってこれじゃなかったけ?」

「育て方が分からなくて、しまっていた物だっけ?」

「そうそう、本に育て方書いてないかな?」


 アイリスは、書物を読みながら


「この本には、シナオケラを薬にする方法しか載ってないけど、シナオケラなら……」



 ***



「遅い」


 部屋に入ると開口一番、不機嫌な顔を隠そうともせず、ユリオが言った。キョウはユリオの手元を覗き込み


「仕事は?」

「終わった」

「ちゃんと見てたから心配するなって、中々帰ってこないから拗ねてるだけだ」


 ヤナギが苦笑しながら言った。手にはいつの間にか書類を持っている。ここで待っている間に、仕事を進めていたのだろうという事が容易に想像出来た。


「ヤナギすまない。ヤグルに捕まった」


 ヤグルマギクに捕まってたら長くなるよなぁと納得した様子のヤナギに、以前にも同じことが多々あったのだろうユリオは「ヤグルか……」と遠い目をしながら呟く。ふと目が合うと首を傾げ、アイリスの手元を差した。


「何を持っているんだ?」

「植木鉢だけど」


 アイリスは、ユリオたちに事の成り行きを話す。古語が読めた事、シナオケラの育て方を何故か知っていて、シンがきっかけになるかは分からないが、育ててみたらどうかと種を2つほど分けて貰った事。


 シナオケラは、丘陵地のやや乾燥した土地に生えるもので、それと似た環境を作る為、土などを鉢に少し入れこちらに戻って来たことを話した。


 話を聞いていたユリオは優しく目を細めている。


「アイリス良かったな」

「うん……あ、ユリオこれ新しい仕事」


 アイリスが手にある書類をユリオに渡す。ユリオが嫌そうな顔で書類を受け取った。


「はぁ……」


 黙ってやり取りを見ていたヤナギは、笑いながら


「ユリオ良かったな側近の二人が真面目で」

「真面目過ぎるのも問題だがな」


 とため息と共に吐き出されたユリオの言葉が、部屋に虚しく響くのだった。




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