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3.はじめの一歩

お読みくださり有難うございます。

 “アイリス・フドル


 本日より第一王子の側近として任命する“


 書かれた書簡を手に持ち、アイリスは王宮の廊下を物珍しげに眺めながら歩いていた。石柱には様々な模様が彫られていて目を楽しませてくれる。ふと先ほど会った王の顔をアイリスは思い浮かべた。


 任命先を告げる時、どこか懐かしむように、そして自分を通して誰かを見ているような優しい目をして微笑んでいた。


「(どこかで会ったことでもあるのかしら?)」


 アイリスは、自身の事すら何も覚えていない自分に手を差し伸べてくれる人たちを守れるようにと、シュロの下で学んでいた。

 あれからふた月経ったが、記憶は未だに戻らないままだ。

 ある日シュロが、「そろそろ王都に戻らないと行けないのだが、アイリス、王宮の試験受けてみないか?」と言われ、そのまま成り行きで受けたのだった。


「王子の側近……私に務まるのだろうか」


 案内人には、聞こえないくらいの声量でアイリスは呟く、このふた月の間、何故かあれもこれもと詰め込めるだけ詰められた知識と技術だ。普通は精々下っ端か見習いから始まるのでは?と疑問と不安を覚えながら歩いているといつの間にか王子の執務室前にたどり着いていた。案内人に礼を言い。扉前の衛兵に自身の到着とお目通りを告げてもらう。


「失礼致します。アイリス・フドル。本日より殿下の側近として仕えさせて頂きます」


 中に入り、家臣の礼をとり言葉を述べた。すると楽しそうに笑う声が聞こえる。


「来たか! アイリス」


 その聞き覚えのある声に自然と顔を上げる。


 そこに居たのは、柔らかな金色の髪と深い緑の瞳、物語に出てくる妖精の様な面立ちの青年だが、ただその目が、悪戯を成功させた、幼い少年のように微笑んでいた。


「ユリオ?」


 ふた月前に一度会った青年の名を口にする。すると当人は嬉しそうに笑った。


「おう! また会ったな!」

「ユリオ殿()()、威厳がありません」


 ユリオの背後に控えていた青年が苦言を申し立てたのだが、それをあしらう様に手をふり、軽く後ろを見やって言った。


「キョウまぁそう怒るな」


 キョウと呼ばれた長身の青年は、明るい栗毛の髪に、アクアマリンの瞳をしており、ユリオとはまた違った端正な顔立ちをしている。終始笑顔のユリオとは対照的で、目頭を押さえ、ため息をついている。アイリスはその様子にこの人は中々の苦労人だと直感で感じていた。何処となく、フドル家に居た執事に似ているからだ。

 ユリオは気にした様子もなく、軽く微笑み仕切り直すように告げた。


「改めてエテ王国の王子、ユリオ・ソレイユだ。よろしく」


 エテ王国

 大小20の領土がある大国で、四季があり豊かな自然に恵まれており、それぞれの領土を活かした特産品やその恵まれた土地で特化した才ある者達が多くいるといわれている国だ。

 アイリスが、ふた月前そこで会ったのが、この目の前にいるエテ王国の未来を担う王子のユリオだったらしい。「また会える」の約束がこの様な形で叶うとは思わなかった。


「私の名は、キョウ・フラム。あなたと同じく王子の側近です」

「アイリス・フドルです。よろしくお願い――」


 ユリオの隣にいたキョウが名乗り、アイリスもそれに続いたその時だった――


 何かが、背後から迫り来るような寒気を伴う気配を感じ、アイリスは、腰にある剣を即座に取り出していた。


 金属がぶつかる音……そして――


「筋がいいね。合格合格!」


 蜂蜜色の髪に、エメラルドの瞳で、男性物の騎士服を身に付けていなければ、女性と間違えてもおかしくないくらい愛嬌のある顔をした青年が気が抜けた声とともに満足げな笑みを浮かべていた。

 様子からして危険は無いと感じたので、アイリスは、黙って剣を鞘に納める。


「ヤナギお前何してる」


 一連の行動を見ていたユリオが眉を寄せ、問いかけるが、当の青年ヤナギは、終始楽しそうな顔をしている。


「怒らないでくださいよ~ユリオ殿・下・、新しい側近の力量を見ただけだし~」

「だからっていきなり仕掛けるやつがあるか!」


 机を叩き指をさして低く怒鳴っているユリオに、ヤナギはかなり砕けた口調で話している。アイリスが呆気に取られている間も2人の口論は続いており


「俺のこと知ってもらう前に、仕掛けないと本気出さねぇじゃん」

「だか――」

「お前たちいい加減にしろ……」


 キョウが、終わりそうにない2人の掛け合いを止めた。

 ユリオが止まったのをこれ幸いとヤナギがアイリスに向き直り人懐っこい笑みをうかべる。


「いきなり悪かったな! 俺はヤナギ・ソル。殿下直属の近衛騎士団、団長だ」

「いえ、アイリス・フドルです」


 ヤナギは、ニコニコと笑ったまま首を傾げ……先程とは打って変わって低い声で


「ところでさユリオと何処で知り合ったのかな?」


 殿下に対して呼び捨て?とアイリスは疑問に思ったが、取り敢えず問われた事を返す。


「以前、シュロ様のところにお一人でいらした時に、お会いしました。殿下とは知らずにご無礼を……」


 なんとかフドル家で教わった型通りに、礼儀や言葉遣いに気をつけながら話したのだが、いつの間にか立ち上がっていたユリオが、何を言うのか考えていたのだろう。


「いや、あのアイリス。あれはお忍びで行っただけだし、俺も名乗ってないし、大丈夫だ。あと俺たちと居る時は話しやすい話し方でいいぞ、名もユリオでいい」


 とあたふたしながら告げるユリオに、仮にも一国の王子に対して本当にそれで良いのか?と考えているとそれを察したのかヤナギがこちらを見て笑った。


「俺たちもそうだから気にするな!」


 と朗らかに言われ、確かに先程から既に砕けた感じで話していたので、無言で了承の意を示した。それを確認したキョウとヤナギは、ユリオに向き直り机に詰め寄るが、ユリオはジリジリと後退しつつ明後日の方向を見ている。


「それよりも一人で行ったとは感心しないなぁ〜」

「俺たちがいない時に勝手に出たんだな……」

「……何のことやら?」


 あの日、ユリオが慌てて帰った理由をアイリスは理解した。護衛もつけずに外出して何か有れば大問題である。あの時、シュロが驚いていた理由も分かったアイリスはただ事実を告げることにした。


「ユリオが来たのは、明け方だよ」

「ア、アイリス!?」


 この件に関して味方がいないユリオは、この状況をどうやって脱するか考えているのだが、顔にすべて出ているので、あまり意味がない。


「ユリオは、目を離すとフラっとどこかに行ってしまうから、見かけたら捕まえてくれ」


 至極真面目に告げたキョウに、アイリスはしっかりとうなづき答えた。


「分かった。そうする」


 その返答を聞きうなだれるユリオに、表情こそあまり変わらないが、その声で呆れているのが分かるキョウ、そんな二人を見て笑っているヤナギ。この三人の仲の良さが伺える。

 微笑ましげに見ていると、ふとユリオが思い出したかのように、アイリスを見た。


「そういえば、アイリス記憶は?」

「まだ戻っていない……フドルの姓もシュロ様が、記憶が戻るまで使いなさいって」


 フドル姓は、このエテ王国で指折りに入る貴族の一つで、武術が、得意な者が多い事から、騎士などを多く育てている。因みにシュロは陛下直近の近衛騎士で、この国のすべての騎士を束ねる総隊長でもある。だから時々各地の状況を見に、何故か総隊長自ら出向いている。


 自分が、このフドルを名乗るわけにはいかないと、言ったのだが、フドル家一同から『娘が欲しかったの』『妹が欲しかった』などと家に迎えられた日から毎日のように言われ続け、気が付けば押し切られる形で決まっていた。


 色々思い出し遠い目をしているアイリスに、ユリオは苦笑しつつ


「そっか……戻るといいな!」

「うん」

「失礼致します。」


 軽いノックと共に、大柄な男性が顔を覗かせる。大した許可も得ないまま入って来た人物に誰だろうと振り返るとそこに居たのはよく知る人物だった。


「シュロ様」

「アイリス。驚いたか?」

「ユリオが王子だってこと?」


 アイリスがそう告げると、シュロはニヤリと笑い一言


「見えないだろ」

「見えない」

「ぶっはははははは」

「お前ら、ひどいぞ!ヤナギうるさい!あとキョウも黙って笑うんじゃねぇ」


 アイリスの様子を見に来たであろう、シュロの一言に真顔で返せば、ヤナギがお腹を抱えて笑い出す。キョウは、ユリオを見ずに、日ごろの行いだなどと小言を言っているが、肩が震えているので笑っているのだろう。


 叫ぶユリオに、シュロと二人、目を合わせて笑った。


 ふと視線を感じてそちらを見ると、ひとしきり笑い終えた、ヤナギがじっとアイリスを見ているので、彼女は問いかけた。


「何かついてる?」

「いや、その被り物、取らねぇのか?任命式では外してたんだろ?」

「?あ、取るの忘れてた」


 アイリスは、陛下の御前、任命式では外していたのだが、城内を歩いていると、人の視線が気になった為再度被り直していたのだった。


「アイリス、城内なら被らなくても大丈夫じゃないのか?」

「そうだな、その内皆慣れる。屋敷にいた時と同じだよ。視察の時など、気になるようなら被ってたらいい」

「分かった」


 ユリオとシュロにそう言われ、アイリスは被っていた帽子(フード)を外す。


 ヤナギとキョウはその髪色に目を見開いたが、すぐに表情を戻した。なのに何故か知っている筈のユリオまでもが目を見開いている。


「ユリオどうかした?」

「アイリス、髪切ったのか……」

「こっちの方が、剣を振るう時、邪魔にならないから」


 ユリオと会った時、背中まであったアイリスの髪は、首元がすっきりと見える長さになっている。剣を学ぶようになって、髪を纏めるより切った方早いと思い、切ったのだった。


 何故かユリオが不服そうにしている。


「変?」

「似合っているが……」

「ユリオは、長い方が似合うだってさ!」   


 言いにくそうにしているユリオにヤナギが代弁している。反論しないので、それが答えだろう。


「伸ばそうか?」

「アイリスが良ければそうして……キョウなんだその目は」

「別に……」


 キョウは、しれっとユリオにそう返し、資料をまとめていた。


「アイリス。まずは城内と主な仕事の説明を……ヤナギは戻らなくていいのか?」

「お願いします。」


 ヤナギは、ドカッと執務室にあるソファーに座り


「俺は、シュロ殿に話を聞いてからにするよ」

「じゃあ、戻るまでユリオを見張っててくれ、この書簡を届けてくる。ユリオそれは今日中に片付ける分だ。」

「分かった。」


 頷いたユリオを確認したキョウは、シュロに一礼し、アイリスに向き直る。


「シュロ殿ごゆっくり、アイリスでは行こうか」

「シュロ様、行ってきます。」

「あぁ頑張れ」




 ***


 キョウの後ろを歩きながらアイリスは、城内の場所や主に仕事で行き交いする場所を教えて貰っていた。中々広いので覚えるのに時間がかかりそうだ。


「という感じなんだが、大丈夫か?」

「大体の場所は分かった。ありがとう」

「まずは、ここだな」

「大部屋?」

「ああ、俺たちはユリオと常に行動を共にするから俺たちの執務室は、ユリオと同じだが、文官は大抵ここで執務をしている。まぁ利便性としては、書庫と繋がっている事だ」


 扉を開け、中に入る。大部屋の中には、幾つもの部屋があるようで、それぞれ部署の名前が書かれてあった。どの部屋も扉が開いたままになっており、忙しなく書類を持って出入りしている者や部屋の至る所にある机で、話し合いをしている者達がいる。


 キョウは、軽くそれぞれの部署を説明しながら奥へと進み、部屋の1つに顔を覗かせた。


「ヤグルマギク殿はいるか?」

「あーヤグルマギク殿なら書庫にいますよ」


 入口近くに居た人に聞くと苦笑しながらそう答えてくれた。


「またか、すまない有難う」

「いえいえ」

「アイリスこっちだ」


 キョウについて書庫に入る。天井にまで高く伸びている本棚にびっしりと本が敷き詰められ、入りきらないものが、所狭しと周りに置いてある。


「必要な資料を探しに来た時は、自分で探すより書庫長か今から会う人に聞いた方がはやい」

「場所をすべて把握してるってこと?」

「それもあるがここにある本の中身も大体覚えてる」

「それは、すごいね」

「書庫長はまだしも今から会う人が少しな……」


 キョウはそう言いながら書庫の更に奥へと進む。そこにはおっとりとした笑顔の人が本を整理していた。


「これはキョウ殿何かお探しで?」

「ヤグルマギク殿は?」

「彼ならそこにある本の山にいますよ」


 苦笑しながら向こうの一角を指し示した。


「助かります。書庫長こちらは、今日から殿下の側近になったものです」

「アイリス・フドルです」

「フドル公爵から聞いております。何かお探しの際はお声がけくださいませ」

「はい。よろしくお願いします。」


 一通りの挨拶を済ませ、本の山に近づいていく、その山の真ん中に一人の青年が、何かを呟きながらペンを走らせていた。キョウはため息をつき、咎めるような声で名を呼んだ。


「ヤグル……」

「あれ?キョウ?」


 キョウに呼ばれ顔を上げた、青年は、病人と間違えるくらい青白い顔しており、目の下にとても濃い隈を作っていた。



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