26.時を共に歩む者
お読みくださり有難うございます。
安心する香りと頬に心地よい暖かさを感じる……だがそれはふかふかのベッドではなく、何故か硬い――
まだ微睡んでいたい気持ちと違和感がぬぐえず、何度かゆっくり瞬きを繰り返す。
「……起きたのか?アイリス」
とてもやさしい声につられるまま視線を向けると、アイリスを見下ろす形で微笑んでいるユリオがいた。
「(私は何故ユリオを見上げているんだろう?暖かくて硬い……)」
そこまで考えてアイリスの頭は一気に覚醒する。ガバッという効果音が付きそうなくらい勢いよく起き上がりソファーの端まで移動した。アイリスは、ユリオの膝でいつの間にか眠っていたのだった。
友人以前に、あろうことか自分の仕えている主人で、王子、しかも側近という立場にありながら人が自身の近くに来たにもかかわらず、起きるどころか熟睡していたという事実に羞恥で膝を抱えた。唸っているアイリスのその背にそっと重みが加わる……
「よく眠れたか?」
背から伝わる振動で、笑っているのは分かるが、問いかける声はひどく柔らかいものだった。
「……お陰様で」
自身でも拗ねているとすぐに分かる声が出た。また背後でユリオが笑っている。
「一人だと眠れないか?」
「そんなことは無いと思うんだけど」
「だが目の下に隈があったぞ」
人の寝顔をじっくり見るなと抗議したいが、ユリオの膝の上で寝ていたのも事実なので、アイリスはぐっとこらえる。
「ユリオはその、いつここへ?」
近衛隊の女性陣と軽い挨拶をした後は、一人で本を読んでいたのだが、それ以降の記憶がない。
「アイリスがここにいるって聞いたから、来てみたら気持ちよさそうに寝ていたんだ。だから起きるまで待ってようと」
待っている間に膝枕をすることになったのは不可抗力だ。初めは起こそうと思ったのだが、アイリスがあまりにも安心しきった顔をして寝ており、起こすのも忍びなく眺めていたとは言わないでおく。
「もし一人でいると寝づらいなら、しばらくみんなでここに集まったり出来るぞ、そこの奥の部屋はベッドが結構あるからな」
「ここ書庫と応接の間だよね?」
「カレンの話聞いたろ?一時期カレンも眠れないことがあってな……その時、カレンとロランをここに呼んで、みんなで夜通し話したり遊んだりしたんだ。それに一人が眠るとつられるというか……あとは、ノギの家族の話聞いたか?」
「山火事で亡くしたって」
「……普段は飄々としているやつだけど、命日の前後は、どことなく危なげでな無理やりみんなで集まったりするんだ。少しでも気がまぎれるように、いつの間にか毎年の恒例になりつつあるけどな。命日の日は、別の所にいるから他の日は少しでも寄り添ってやりたいんだ」
背中越しに伝わる体温とユリオの話に耳を傾けながらアイリスは、何故か形状しがたい気持ちに駆られていた。
「(私は……)」
記憶がないアイリスにとって、過去の自分がどのように生活していたかなんて知る由もなく、たった3ヶ月ちょっとの過ごした時間そして今家族と呼んでいるフドル家の者たちと友人と呼ぶユリオ達だけが、アイリスのすべてだった。
だが、その記憶がいつ無くなるのか分からない。常に不安と隣り合わせで、だからユリオ達の関係性にそういった羨望の感情を持ち合わせていることにアイリスまだ気が付いていなかった。
「アイリス?」
黙ってしまったアイリスを心配したユリオが肩越しに覗き込むように見ている。アイリスは軽くかぶりをふり出来るだけ明るく聞いた。
「ごめん。ユリオは私を探してたんだよね?」
「ん?あぁ……頼んでいたものが完成したから渡そうと思って」
そう言って取り出したものをアイリスの掌に載せる。この国を象徴する獅子と太陽をあしらった模様になぜか花が彫ってある銀色の懐中時計だ。
「ユリオプステージ。その花から俺の名前を取ったんだと、中開けてみて」
言われるがまま。懐中時計のふたを開けると裏にはアイリスの花が彫られていた。
「ユリオこれ」
「王子の側近や近衛で最も信頼置ける者には、剣を渡しているよな?それは、王子の家臣を示すものだ。そう言ったものじゃなくて、例えばアイリスが今つけているピアス」
フドル家の紋章を現した雪の結晶のものだ。フドル家の初代当主の名が雪にちなんだものから雪の紋章か作られたといわれている。
「フドル門下の騎士たちは証にピアスしてるだろう?それにもいろいろ意味があるが、アイリスのしているそれは、別名「兄弟の契り」という」
「兄弟の契り?」
「そう。アイリスの身近にいる人物だとシュロとヒイラギとタルロの三人。あの三人は、言い合いも喧嘩も日常茶飯事だけど、お互いの事を誰よりも信頼しているって父上が言っててな。シュロのピアスもアイリスと同じものだけどついている石はお互いの瞳の色の物を付けている。ヒイラギとタルロも片方ずつ色が違う。あとヤナギのピアスはシュロの瞳のシルバーブルーとヒイラギの瞳のエメラルドの石を左右に着けてる。アイリスの兄たちも片方はヒイラギの瞳の色だ。貴族の身分ってすごく面倒でな。前者の三人みたいに身分にあまり差が無い者たちで互いの色を交換したりできるが、貴族や平民で当人たちは、親しくしていてもつながりを持ちたい他の貴族からしたら自分より身分の低いものが邪魔だと考える人もいる。そういった者から守る様に、己の印を渡したりすることもある。要するに後ろ盾だな」
ユリオは一度言葉を切って、アイリスの手にある懐中時計に、視線を落とした。
「俺は情けない事につい最近まで、キョウたちが傍にいるのは家臣だからだと半分思っていた」
「半分?」
「ヤナギとノギは置いておいて、他のメンバーは家臣として出逢ったのが先なんだ。俺自身の気持ちとあいつらの気持ちは違うかもしれないってずっと思ってたんだ。そしてあいつらをひどく傷つけた後にものすごく怒られた」
「薔薇の花束……」
「うっ……その一件で俺は俺の気持ちをどう伝えるか考えに考えてそれを作ったんだ。俺と共に時を歩む者。俺にとっては兄弟と同等で、これからの未来になくてはならない者たちだ。キョウにヤナギ、ノギにヤグル、シンとカレン、みんながあって俺がいる。それにアイリスも含まれるからな」
ユリオの声に、気が付けば正面からユリオの顔を見ていた。
「アイリスも俺にとっては大事な友人だ。他のみんなと過ごした時間はまだ浅いけど、これから共に歩んでいきたいって思たんだ」
ユリオの話を聞きながらアイリスはまた形容し難い恐怖に襲われる。時々夢の中で誰かが問いかけるのだ「貴女は誰?どうしてそこに居るの?」と、この暖かい人たちを忘れるのが怖い。気がつけばそれが音となってこぼれ落ちていた。
「怖いの……もし私がまた記憶を失ったら、今こうして過ごしてる事も全部忘れたら……」
「その時はその時だ」
「え?」
ユリオは朗らかに言った。さすがのアイリスもそんな単純なことではないと困惑する。
「アイリスが記憶を……俺たちとの記憶をなくしたのなら。俺がもう一度アイリスと出逢えばいい。なん千回何万回だって、出逢える。そんなことで、糸は切れないよ。覚えてないなら俺たちが教えてやる。だからアイリスそんな不安そうな顔しないでくれ」
「不安そうなんて……」
「俺これでもアイリス以上に無表情のやつと長年つるんでるんだ。それにアイリスは目が結構語ってくれるしな。無理をして記憶を思い出そうと焦らなくていい。また記憶を失ってしまうのかと不安にならなくてもいい」
「どうして……」
ユリオは、苦笑して机を指さした。アイリスが居眠りをするまでに読んでいた本。ここ数年の出来事を綴ったものだ。
「過去の出来事から記憶が呼び出せないかとか考えてたんだろ?で、アイリスはここに来た頃から再び記憶を無くすのではないかと不安になっている」
黙ったままのアイリスだが、その瞳は不安げに揺れていた。ユリオはそっとアイリスの手を握る。
「アイリス無理しなくていい。無理しなくても誰も離れていかないよ。少なくとも俺はアイリスを手放す気はないからな。記憶を忘れようが嫌だと言われようが、傍にいてもらうぞ」
「それは……」
「ヤナギにもはじめものすごく逃げられたんだよ」
唐突に語り出すユリオにアイリスは困惑しつつも相槌を打った。
「そう……なの?」
「俺の粘り勝ちだ。ヤナギには、しつこいから折れてあげますって言われた」
一国の王子に「しつこいから折れてあげます」と返せるヤナギは、ある意味強者だ。その前に、ユリオの頭を鷲掴みにしたり、叩いたりしているので、ヤナギだから許されるのかと少し納得してしまうのだが、考えていたことが口から出ていたのか、ユリオは笑いながら言った。
「初対面で、まぁ俺が悪いんだが、ヤナギに殴られてなそこからあいつは開き直ってる。キョウとヤナギ怒らせると口と物理が両方来るから嫌なんだ」
その様子がありありと想像できるのもどうかと思うが、それが彼らの付き合い方なのだろう
アイリスは、手にある懐中時計をそっと撫でる。
「ユリオ」
「どうした?」
「少しの間だけ……夜はみんなで話したい」
少しずつ甘えてもいいのだろうか……
「今日はカレンとシンが夜は空いているからこの二人と……あとロランも呼ぼう。あいつはカレンの弟なだけあって面白いぞ」
そう言って、何でもないように笑うユリオの笑顔に泣きたくなるような温かさを覚えたアイリスであった。
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