19.鬼のリストと手の温もり
お読みくださり有難うございます。
試合もそろそろ終盤に差し掛かった頃――
「ヤナ来ましたよ」
「レイス副隊長、お時間頂き有難うございます」
「ヤナ坊堅すぎる。俺ら寂しくなるからやめて」
堅苦しい挨拶をするヤナギに突っ込みを入れつつ、ユリオを見ると一斉に家臣の礼を取った男達は、陛下の近衛部隊の面々である。いわば軍部トップのエリート部隊だ。ヤナギがレイス達と話し始めたので、ゼラは手の空いたキョウの側へと向かった。
「キョウどの私達の隊のメモを見せて頂いても?」
「あぁ構わない」
ゼラはキョウの手元を見ながら自分のメモに5倍と書き込んでおり、キョウが持っているメモには、文字の他に×が大量に書かれているものがある。
「その印は?」
一緒になって覗き込んだケアン達が、見知った名前に印があるのを見てゼラに聞いたのだが、彼は「あぁ」と言って
「後で分かるかと、我隊では、鬼のリストって呼んでますが……」
遠くを見るような笑顔に、その物騒なネーミングはなんだと誰も突っ込むことが出来なかった。
「全試合終わったな。勝ちが多かった16班には褒美の酒をやる。あと次に名前を呼ぶもの達は、中央に集まれ」
鬼のリストを片手に名前を読み上げるヤナギに、呼ばれた面々は首を傾げながら集まっている。同じく名前を呼ばれたヤナギ隊の人は顔を真っ青にし、同隊の面々から「骨は拾ってやる」と声がかけられていた。
「今呼ばれた者たちで、ノース隊とポール隊は今日の試合中、実戦で有れば20回は死んでいるもの達だ。俺の隊では1回死んだら呼ばれているが、自分のミスが分かってるか?」
ヤナギ隊の隊員で呼ばれたのは2人だ。
「自分は相手から一本取った後に油断したことです!」
「私は背後に気を配れていませんでした!」
中央にいる他の隊員達は、何の事だと未だに首を傾げており、そこにいる面々に案の定、問題の新人達も含まれていた。内容が内容だけに皆不服そうに顔をしかめている。
「陛下や殿下が、力を尽くして下さっているお陰で、我が国は平和である。だがいつ何が起こるか分からない中、国を守るべき我等が倒れては誰1人守れない。これから貴殿らには、先の戦を駆け抜けてきた先輩方から指導してもらう」
「ヤナ坊〜本気でしごいて良いのか?」
「どうぞ、先程お願いした通りです。お好きなタイミングでどうぞ」
「だから堅いって、おいちゃん泣くよ」
演習場が騒ついた。先輩と言っても軍部では、雲の上の人達である。まずこの様に接点を持つことすらほぼ無いと言ってもいい。それに加え、ヤナギの事を親しげに呼んでいる事が場を更にざわつかせた。
「ゼラお前のとこの隊長……」
この数時間ですっかり打ち解けた副隊長達は、なんとも言えない目で、追いかけ回されている部下達を見ていた。
ある者は、すでに空を見上げ呆けている。
「隊長が出ない当たりまだましだと思う」
「「は?」」
「隊長が出たらもう半分は、床と挨拶してる……」
ノギが声を抑えて爆笑し、キョウは明後日の方向を見ている。レイスは、ヤナギの隣に立ち小声で言った。
「ヤナ、あんまり部下をいじめたら駄目だよ」
「いつも片手だけでやってるんだけどなぁ」
ヤナギの小さな小さな呟きを聞いたアイリスは、ゾッとして無意識にユリオの袖を掴み、免疫の無いユリオはそのまま固まった。
これには後ろで見ているカレンまで、ノギと同じように笑うのであった。
「こちらもこちらで面白い事になっているな。そのままで良いぞ」
「陛下、シラン様とお話しなさっていたのでは?」
敬礼をしようと動く者たちを止めユリオの隣に腰を落ち着けながら困り顔で言った。
「今は、シュロとヒイラギを揶揄って遊んでいる」
「陛下その話詳しく教えて下さい!」
シオンの言葉に、ノギがさも面白そうに食いついた。
「ノギお前‥‥‥」
ユリオは、背後を見ながら呆れ顔で言ったが、ノギは普段より真剣な顔で言う。
「殿下、師の弱味はいつ何時でも持ち合わせていないと、厄介ごとを避けて通れないのです」
「もう少し、ヒイラギ殿信じてやれよ」
「ノースとポールに言っても同じ答えが、返ってきますよ」
ここの師弟関係はどうなっているのかと、ユリオが疑問に思っている最中。シオンは面白そうにユリオの袖口を見やり
「ノギそちらの面白そうな話を私にも教えておくれ」
「では王妃様も交えてお話しいたしましょう」
一部始終をずっと薬を練りながら見ていたシンは、2人に話すだけで終わるわけも無く、後々盛大に揶揄われるユリオに深く同情した。
「そろそろ頃合いか、お前達も降りて皆と合流しなさい」
シオンを護衛していた兵達が首を傾げながら命令通り広場へと降り、扱かれていた面々は疲れ果てた表情で観覧席へと戻る。シオンが立ち上がると、突如現れた陛下に観覧席にいた面々は一斉に敬礼をする。彼は「楽にして良い」と声をかけた後、自分の近衛兵達に聞こえるように大きな声で言った。
「最近まともに動いて無いみたいでな?ヤナギ皆と遊んでやってくれ、その手足の物は外しなさい」
「「「「「陛下有難う御座います!」」」」」
シオンの声に反応したのは、ヤナギ隊の面々である。一緒に行動していると、ゆっくり隊長の動きを観察出来ない為、皆我先にと観覧席前座を陣取っている。その反面、近衛の面々は内心頭を抱えていた。
「レイス!」
敬称もつけず、内輪での呼び方で呼ぶ辺りかなり焦っていた。いつも何処かへ逃げる上司2人に、仕事を全て押しつけて「伸び伸びと身体を動かせる!」と蓋を開けてみれば、ヤナギの相手である。ここにいるのが、自分達とヤナギだけならまだしも、後輩達が沢山いるのだ。1人相手に負けるという失態を見せるわけにはいかない。「どうにかしてくれ」と抗議の目が、レイスに向けらる。彼は苦笑しつつユリオを見た。
「……ユリオ殿下」
「ヤナギ15分だけだ。後程々にしろ」
15分でもかなりギリギリだが、耐えるほかあるまい。
だがこれで彼らが安心出来るわけもなく、ヤナギが広場に到着し呼吸を整えたのを確認すると、訓練場一帯がピリピリと肌を刺激する様な空気に包まれた。
キョウとノギは、素早くシンとカレンの前に立ち塞がる。
「2人とも俺たちの前に出るなよ」
「威圧というより殺気だねこれ」
視界の端に、何人かが当てられて腰を抜かしたり、顔を真っ青にしているものもいる。
訓練している者達でもこれだ。非戦闘員のこの2人ならひとたまりも無いだろう。
「カレン後で、ハーブティー作って」
「シン、どうし……」
シンの視線の先を辿ると、アイリスが酷く青白い顔をしており、ユリオが、さっきまで自分の袖を掴んでいたその手を握っていた。先程ガチガチに固まっていたのとは、全くの別人である。
「一つ成長かしら?可愛い弟に、ご褒美もあげないとね」
「とりあえず今は湿布作ろう」
「伯父様達が、使うから大量にいるわよね」
実のところは、真後ろでの会話が、耳に入らないくらいユリオは、内心どうしたらいいのか困り果てていた。袖口が引っ張られる感覚がして、真後ろで控えているアイリスに目をやると、顔を真っ青にして震えていたからだ。
「アイ……」
『毎晩何かに怯えるように、うなされていた。』
声をかけようと思ったが、ふとシュロが言った言葉を思い出し、ユリオはなんと声をかければいいのか分からず、ただ力のこもっていないその手に無意識に触れると、血の気が全く感じられないくらい冷たくなっていた。考えるよりただ身体が誘うように、アイリスの手にそっと触れた。すると彼女は、何かに縋るかのように震える手でユリオの手を握りしめた。
「(大丈夫ここにいる。側にいる。)」
そんな思いを込めて、ユリオもそっと優しく彼女の手を握り返す。その暖かさは、春の訪れの氷を溶かす暖かな太陽のようだと後にアイリスが、ユリオを太陽みたいな人と例えるのはまだ先の話だ。
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