2.少女
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「(綺麗だ……)」
風に靡くその髪色にユリオは、ただ見惚れていた。
しかしそれとは、対象的にアイリスは髪を隠すように手で覆って、周囲を見回している。
ユリオにはそれが怯えているように見え、急いで自分の上着を彼女の頭に被せていた。そして落ちかせるために出来るだけ優しく声をかける。
「大丈夫だ!ここには、俺たちしかいないから」
「……」
「ちょっとこのまま待ってろ」
アイリスが小さく頷くのを確認し、帽子を探す。
「(遠くに飛んでいなければいいが……)」
辺りを見渡すと、幸い木の枝にかろうじて引っかかっていたので、強い風がまた吹く前にと、急いで木に登りそれを取って、アイリスの側に戻った。
「留め具が外れていたみたいだな。あとで繕わないと」
「ユリオ……あの、ありがとう」
「ど、どういたしまして」
先程の無表情とは違い、安堵した柔らかな笑みで礼を言われ、ユリオは返事に詰まった。友人達が居たら確実に笑われているので、今ここに居なくて良かったとユリオが、1人ホッとしていると視線を感じたので、アイリスの方を見ると、彼女の視線はユリオの顔ではなく手元を見ていた。
「手……」
「手がどうした?」
「怪我してる」
よく見ると腕の部分にかすり傷がある。先程枝か葉に引っ掛けたのだろう。
「これくらいなら――」
大丈夫と言うとしたところで、アイリスに手を引っ張られ、咄嗟の事で力も入らず、半ば引きずられるようにして、小屋の方へ連れていかれる。
「シュロさま!」
「アイリスそんなに慌ててどうした?」
中にいたのは銀髪で空色の瞳をした美丈夫で、その顔に不釣り合いなガタイのいい男がいた。勢いよく空いた扉に驚くというよりも、アイリスが連れている人物を目にした途端、僅かに目を見開き、その後長い長い溜め息をついた。「そんな呆れた感じで溜め息をつくな!」という抗議の念を込めてユリオは睨む。そんな2人のやり取りを知らぬアイリスは顔を青くさせて
「ユリオが、私の帽子を取ってくれて……それで怪我して……」
「アイリス落ち着きなさい。大丈夫だから洗濯物はどうした?」
「まだ途中」
「では先に干しておいで。ユリオ……は、こっちに来なさい。」
「おう……」
アイリスは、髪をしっかりと隠し、先程の続きをしにいったん外へと出て行った。ユリオはシュロの手当てを受けながら小言もとい尋問を受けていた。
「一人でいらしたのですね?」
「ここに来ていると聞いた」
「はぁ~何かあったらどうするおつもりですか……」
「そこはちゃんと気を付けている……」
シュロに呆れた目で見られ、とりあえずこれ以上の説教はゴメンなので、ユリオは話題を変えることにした。
「ところで、アイリスは……」
「拾った……」
「は!?」
「冗談です。1ヶ月前、東の地を訪れた帰りに――」
シュロの話によるとアイリスは、川辺に傷だらけで倒れていたらしい。信頼出来る宿の女将にとりあえず手当てや着替えを頼み目が醒めるのを待ったが、当の本人は、記憶を無くしていた。
ただ毎晩うなされ、何かに怯えているようだったので、りあえず、面倒を見ることにしたとのことだった。
「(だから分からないって言っていたのか……)」
先程の彼女とのやりとりを思い出す。何も覚えていないと言うのは、どれ程不安な事なのだろうかとユリオは思う。
「さっき髪を見られるのを嫌がっていたのは?」
「それは……」
1週間前、南の地を訪れ国境付近を見て回っていた時に、アイリスの髪色が珍しいからなのか人攫いが、シュロが国境守備隊の者と話している隙に、連れ去ろうとした。直ぐに捕えたのだが、アイリスを庇った時に腕の所を少々彼らの武器で掠ったのだそうだ。ユリオはシュロの手元を見る。
「見たところ普通に動かしているが……」
「これくらいなんともありませんよ。ただあの子は気に病んでしまい。とりあえず目立つ髪を隠す事にしたんですよ。まぁ町々で皆に見られるのもあまりいい気がしないと思いまして」
話しているうちに、アイリスが籠を抱えて戻って来た。
「シュロさま、ユリオ、今お茶を入れるね」
「すまない。ありがとう」
「シュロ殿は、当分こちらにいるのか?」
「任務は終わらせたので、一度領地に戻ります。あの子の事もありますし、それが済めば戻るつもりだ」
ユリオがアイリスに何も告げてないのを見て取ったのか、アイリスがこちらに近づくと、口調を合わせてくれる。その場に適した対応は咄嗟に出来なければ意味があまりない。この点はやはり流石といえよう。
「そっか……じゃあ手合わせはその時にしてもらおうかな?今やるとアイリスに怒られそうだし……」
「そうだな、すぐに負けぬように鍛錬しておれ」
「絶対に勝ってやる……」
悪戯に笑うシュロの顔を負けじとユリオは睨んだ。
「何の話?」
「シュロ殿は剣の名手なんだよ。だから時々相手をしてもらっている」
「剣……」
「ああ、俺には守るために必要だからな」
「ユリオ……守るのは、力だけではありません」
シュロは真っ直ぐ、ユリオを見つめそう告げた。
「分かっている。知識も学べるだけ学んでいる」
「学ぶ事に終わりはない……生きている限り人は学び続けるものです」
その言葉は、何処かシュロが自身に向けているような口調だった。
「守るために学ぶ……」
アイリスが小声で呟き、何かを決めたようにシュロを見た。
「シュロさま。私にも剣を教えて下さい」
「護身術なら教えたはずだが……」
「それは私の身を守るものでしょ?誰かを守れる剣を学びたい」
シュロは一瞬何かに耐えるような表情をしたが、淡々とアイリスに告げた。
「剣を取るという事は、それなりの覚悟をしなければならないぞ」
剣を取るという事は、自分だけでなく相手の命も時には奪うという事。それを常に理解した上で行動しなければ、ただの野蛮な人と変わりはない。シュロはそれを身をもって体験している。そしてこの言葉に込められている意味をユリオもそしてアイリスも理解している。
「分かっています。ただ見ているだけで、何も出来ないのは嫌だから」
「だがしかし……」
「お願いします」
アイリスの目は真剣だ。許可を貰うまでは引かないという意志がその瞳に宿っていた。シュロは、それをどこか懐かしむような目でアイリスを見ている。暫しおとずれた沈黙――折れたのはシュロだった。ガシガシと頭をかき、手で膝を軽く叩く。
「はぁ~分かった。だが俺は厳しいぞ」
「うん。ありがとう」
それをぼんやりと眺めていたユリオは、ふと窓から差し込む光が明るくなっているのに気づいた。
明るい=明け方=抜け出したのがバレる=自由が無くなる
そう図式が出来上がるにつれて、ユリオの頭の中では愉快なほど大慌てになっていた。頭の中とは裏腹に身体は素直で、ヨロヨロと立ち上がる。
「そろそろ帰らないと」
「帰るの?」
「来たばかりなのに?」と言わんばかりのアイリスの問いかけに、ユリオは絞り出すように言った。
「帰らないとそろそろ危ない……」
歯切れが悪い返答のユリオに、理由を知っているシュロは笑いながら、アイリスを見た。
「アイリス、ユリオとはまた会えるよ」
「ほんとうに?」
「ああ、本当だ」
そんな会話が背後でされていたが、外が明るくなるのは待ってはくれないので、ユリオは慌てて外に出て愛馬を呼び飛び乗った。
「次は供をしっかりとつけて下さい」
とシュロに小声で言われたがユリオは、それには了承せずに、考えておくと目で応えると、シュロに盛大なため息をつかれたが、ユリオは見て見ぬフリをした。
愛馬に走れと合図を送ると同時に後ろを振り返り
「二人ともまたな!」
「またねユリオ」
大きく手を振るアイリス達に見送られながら帰路を急いだのだった。
そのふた月後、ユリオとアイリスは再び出会う――
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