18.合同訓練
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第一演習場、通称"試練の場"と呼ばれ、使用者が滅多にいない。何故なら演習場の位置がちょうど陛下や殿下の執務室の間にあり、両部屋から丸見えなので、肝の座った者しか使いたいと思わないからだ。
常に陛下と行動を共にしている陛下近衛達もしくは、良い隠れのみになるとヤナギが率いている近衛隊しか使用していない。
そんな場所でいつもより多く隊服に、身を包んだ者達が整列していた。半数が緊張した面持ちで立っている。
「これより、3隊合同訓練を行う。皆今日同班になる者との顔合わせは済んだな?」
一つの班に各部隊から2人ずつ計6人で形成されており今日はこのメンバーで、別班と総当たり戦を行うこととなった。勝敗は、全員の腕に巻いてある紐を奪う事で決まる。
「相手班には自分の手の内を知っている者が少なくとも2人いる。これを訓練と思わず実戦と心得よ。少しの油断が命を落とす事となるからだ。何か質問は?」
スッと1人が手を上げた。ヤナギは発言して良いとうなづく
「ソル隊長や各隊副隊長は参戦されないのですか?」
「副隊長達には、別にやって貰うことがある。私なら参戦しても構わ「隊長は出たらダメです!」」
ヤナギの声に被せるように、複数の声が同時に聞こえた。
青ざめているのはヤナギの部下達だ。
「隊長は、絶対参戦したらダメですからね。ここにいる全員戦意喪失したら困るのは隊長ですよ!」
1人が代表し捲し立てて言うが、理由を知らない別部隊の数名は、実力不足だと言われたようで場の空気が少し淀んだ。
「あれは、ヤナギ隊長殿が就任した時だった」
不穏な空気を消すかのように、声を出したノギは、何故かそのまま語りべのように言葉を紡ぎ始めた。
当時、ヤナギの隊長就任を祝おうとして集まった隊員達は、隊の執務室で灯りを消しヤナギを今か今かと待ち構えていた。もしヤナギを本当の意味で、知っている者が側に居たなら別の方法を薦めただろう。案の定ヤナギは曲者と間違え、灯りをつけようとした1人を投げ飛ばした。そこから暗闇の中で始まった負の連鎖。
「就任祝いに後から私が部屋を訪れた時……ヤナギ隊長以外は誰も起き上がっていなかった……」
さらにそこから1週間、隊長から一本取るべく隊員達による奇襲攻撃という名の訓練が始まった。だが誰一人一本取るどころか触れることさえ叶わず今に至るのである。
隊員達の中で、ヤナギ・ソルを怒らせない、敵にならない、そして背後から近づく場合は必ず声を掛ける事が、教訓となっている。
「貴殿らの中には、彼等と同期の者もいるから彼等の実力が分か「ノギ殿〜隊長が、私達相手に本気を一度も出して無いの言ってないですよ」」
「そうですよ。隊長の真の凄さを「お前達まだ話し足りないか?」」
いつもより低めの声で話し絶対零度の目をして立っているヤナギを見た途端、部下達は青ざめたが、ノギは楽しそうに笑い戯けたように
「褒めてるんだからそんな怖い顔したらだめですよヤナギ隊長」
観覧席からその様子を見ていたキョウは、また始まったと溜息をついた。
「なぁキョウ。今の話初めて聞いたんだが?」
「近衛を任されたもの達が、「隊長一人に一度も勝てた事がありません」って言うと思うか?」
「言わんな。まぁヤナギが相手なら納得はするが……」
「ユリオは、ヤナギの本気見たことあるの?」
ユリオの隣にいるアイリスは、いつもと違うヤナギが見慣れないといった様子だ。ヤナギの場合、仕事中と身内ではない人の前では、常に今の(ちょっと冷たくてお堅い)ヤナギ状態なので見慣れるしかない。
「無いぞ。ヤナギは俺やシン、カレンの前でそういった一面を見せんからな」
「そうなんだ」
「まぁ俺の場合、俺がまだ未熟で、ヤナギの抱えているものをまだ一緒に背負ってやれないからだけど」
少し寂しそうにユリオは言った。
「なら頑張れば良いのよ」
ユリオ達の後ろで怪我人が出たときの為に、準備をしているカレンは、優しく微笑んでユリオを見た。
「頑張って皆んなに愛され、頼られる王様目指せばいいわ。その頃には私も最強の薬剤師になってる事だし!」
ドヤ顔で言ってのけるカレン。しかも今ではなくこれから目指す先の未来の話だ。焦るのではなく、時間をかけてもいい。そう思うと笑いがこみ上げてきた。
「くっ……それは面白い。ヤナギの度肝を抜く長い計画になるな」
「ええ、そうよ。ヤナギが何か抱える以前に全て私達で解決してしまうのよ!私達だけ除け者なんて許さないわ」
「その計画乗った!」
ユリオとカレンは硬く握手を交わす。
「ただいま〜」
ノギ達が階段を上がり戻ってきた。ユリオには、ヤナギが心なしかすでに疲れているように見える。
「2人とも握手交わして何してるの?」
「「なんでもない」」
黙って話を聞いていたキョウ、アイリス、シンは質問しているにもかかわらずノギが、面白そうに微笑み視線をヤナギに移したので、目で追った。
ヤナギは、此方に背を向け訓練の準備をしているようだが、耳が赤い。カレンとユリオの会話をノギとヤナギが聞いていたのだと3人は悟り、気づいていない2人には黙っておこうと決めたのだった。
広場には今から試合をする2班がいて、他はぐるりと観覧席を囲んでいる。ユリオ達がいる場所には、側近と治療班のシンとカレン、ノギにヤナギそして副隊長3人だ。
「3部隊の顔と名前は一致してるか?」
「「「大丈夫です」」」
「じゃあ試合見ながらそれぞれ全員の長所と短所書き出してくれ」
「3人とも全員ですか?」
内1人が驚いた表情で言った。かなりの量だからである。
1人ゼラだけは、いそいそと準備を始めている。
「人によって見方が変わるだろ?自分の部隊だけだと気付かないことも分かるし、訓練メニューを作る参考にしたい」
「訓練メニューですか……」
「個々に合ったメニューを作らないと弱点を克服出来ないだろ」
それを聞いたアイリスは遠い目をしている。昨日と今朝でこの表情、ユリオは心の中で「アイリスはどんな訓練をしているんだ」と思った。
「殿下はこちらを」
ヤナギはユリオの前にチェス盤を置き種類の違う6つの駒を計12個置いた。
「試合を見て直感でいいので殿下なら何処に誰を置きたいか教えて下さい」
「直感でいいのか?」
「はい。アイリスは、隣で一緒に見て考えろ」
師弟関係である事は、部下達には秘密にしているので、後半はとても小声だったが、アイリスは見るのも修行と気合を入れた。
「ノギお前全員と親しいか?」
「まぁそれなりに。殿下の知りたい内容によりますが、ある程度は答えれますよ」
ノギが殿下と呼びながらワザと芝居かかった言い回しをするのがイラッときたので、ユリオはその脇腹を突いた。ノギは脇腹を抑えて蹲ったが、謝るつもりはない「ふざけた奴が悪い」その一言に尽きる。
「まずそこにいる12名の名前とお前から見てどういった人柄か教えろ。ヤナギいつでも初めて構わんぞ」
「では、まず左手奥から……」
ノギの説明でまずユリオは、駒の配置を決めていく。
少ししてから開始の合図が掛かった。
「ノギそっちのはお前が記録しろ、ヤナギこっちで書くからお前は試合を見ろ」
「悪いキョウ」
ノギはユリオが今置いた配置を描き、キョウはヤナギが時折話す内容を簡潔にまとめている。
「この者は、普段後衛か?」
「そうですね。ポール殿から聞いた話だと後衛に志願する事が多い人ですね」
「前衛向きだと思うんだが、ヤナギどう思う?」
ヤナギは、ユリオの配置を見て、もう一度今言われている人物に目を向ける。記録をしているポール隊の副隊長にいくつか質問を投げかけた後、「ポールが手を焼いてたのはコイツか」と隣にいるキョウにしか聞こえない声量で呟いた。
「ケアン、そいつの所に3倍って書いておけ」
「はい。……3倍ですか?」
「ノース殿とポール殿から訓練法は、我が隊のやり方にして欲しいと言われてな。あぁいった奴は、根性鍛え直すからメニュー3倍だ。あ、本人には黙っておけよ」
ヤナギは笑顔だが、目が笑っていない。ケアンは自分の上司であるポールが任務出発前夜に「ケアン俺が戻ってくるまで隊を頼む。後ヤナギ殿は、絶対怒らせるなよ」と何故か後半部分を強調していたが、今理解した。
この歳若き隊長は、真面目で熱心、そして自分と他人にとても厳しいタイプの人間だと。
「殿下は、前衛と後衛どうやって見極めているのですか?」
「ん?そうだな俺は動きかな?」
「動きですか」
アイリスは、試合をしている人達に、もう一度目を向けた。だが見てすぐ分かるようなものでは無いので首を傾げて唸っている。
「部隊での配置とかは、シュロ殿に教わったか?」
「前衛は、瞬時に判断して動ける近距離型。後衛は、守りと前衛支援できる遠距離型で、基本は分けていると教わりました」
こちらの会話が、聞こえていたのか副隊長達もアイリスとユリオの方を見ている。
「理論上そのように分けた方が、効率的に動けるが例外もある。さっき言った男をもう一度見てみろ」
皆の視線がそちらに向いたので、ユリオは分かりやすい部分を指し示しながら
「基本遠距離型の人間は、相手と一定の間合いをつくるが、この男はその逆だ。よく見ていると相手の懐に入ろうとしている。間合いを詰めるのは、近距離型の人間が多い。じゃあ何故この男が前衛にいかず後衛にいるのかゼラ分かるか?」
「自分がどの型を知らない。もしくは、あまり聞こえは良くありませんが、前衛より後衛の方が死傷率は低いからでしょうか?」
「大抵見習いの内に、自分の型を知っている筈だから後者が正解だ。そしてもう一つある。ノギがこの男は新入りの1人だと言った」
ユリオは、ヤナギを見て笑みを浮かべながら
「ヤナギ、ノースとポールから部隊を預かる上で何を頼まれた?」
ヤナギは、側にいる3人の部下を少し見て言った。
「1つ目が、2人の義妹君に変な虫がつかないように見張って欲しい。2つ目が、新人数名が2人を過度に慕っている様で、他の部隊員と交流どころか2人以外には、態度があまり良いとは言えないので、鍛え直して欲しいと」
1つ目はさておき、要するに手をつけられない問題児達をどうにかして欲しいと頼まれたのである。
「付け焼き刃の真似事で、部隊を危険に晒すのは良くないな。隊長以外の者の話は聞かないのか?」
「恥ずかしながら自分の実力不足で、どうする事も……」
ユリオの問いに副隊長の1人が、悔しそうに言った。
「諜報部隊の副隊長という役職は、簡単になれるものではない自信を持て。あやつらの問題は、自分自身の奢りだ。ヤナギは、かなり厳しいと近衛では有名だからな。補佐を頑張ってくれ」
「「はい」」
ヤナギが、不服だと目が訴えているが、長年補佐をしているゼラが困り顔で、微笑んでいるあたり厳しいだけで終わるのか少し不安だ。
「殿下は良く人を見ていますね」
「そうか?陛下にはまだ甘いとよく言われるぞ。人の本質を見極めるのは難しいが、自分の周りにいる人達の事は知らなければ守れない」
発言一つが、行動一つが、他の人を巻き込む事になる。
上に立つということは、それだけの責任を持たなければならない。命がかかるなら尚更だ。
「殿下は、充分頑張っておられます。それに私たちが貴方の支えとなるのですから使って下さいな」
何かと自分の力不足だと悔いるこの王子にヤナギは、側にいる友達を代表して言った。ユリオは試合を見たまま優しげな声で言う。
「ヤナギ、お前達にはすでに背を預けているんだ。隣に立ってくれ」
近くにいて一緒に聞いていた副隊長3名は、「王子は、天然人たらしならぬ天然家臣たらしである」と思ったのも無理はない。「このお方が治める国を上司達と共に護りたい」と心に誓ったのであった。
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