17.苦労人
お読みくださり有難うございます。
「お話のところ宜しいですかな?」
「フ、フラウ公爵お戻りで」
レンギョウが声をかけると、先程まで高圧的な態度で話していた青年騎士は慌てたように目を泳がせた。
レンギョウは、笑顔を貼り付けたまま言葉を続ける。
「ええ昨晩に。彼女をお借りしても宜しいですかな?ユリオ殿下にご挨拶をしたいので、案内を頼みたいのですが……」
「は、はい。では私はこれで失礼致します。アイリス嬢またの機会に」
「はい。また機会がございましたら」
慌ててこの場から遠ざかる男とは対照的にアイリスは、事務的な挨拶と静かに礼をして見送り、今度はレンギョウに向かって頭を下げた。
「助けて頂き有難うございます。アイリス・フドルと申します」
「頼まれたのでね。それに殿下の元へ向かうのは本当なのだから嘘では無いしね。私の名は、レンギョウ・フラウ。孫のキョウが世話になっている。此処では人目につくからこちらへ行こうか」
共用の廊下から王族と許可を得ている者のみが、通れる専用の廊下へと2人は移動した。
「救出は成功したようだな?もう出てきてもいいぞ」
「レンギョウ殿助かりました」
壁にもたれ、蜂蜜色の髪を風に遊ばれている大柄な武人の影に隠れていた青年が顔を出した。
「ノギ?」
「ごめんねお嬢。あの人に絡まれてるの見かけたんだけど、俺が行くとさらに面倒な事になるから近くにいたお2人に頼んだんだ」
「その呼び方は変わらないんだね。どう切り上げるのか分からなかったので助かりました」
再度頭を下げた少女に、男は肩を竦めた。
「俺は何もしてないけどな。名乗って無かったな俺はケイジュ・ソル。ヤナギが世話になってる」
「アイリス・フドルです。師のヤナギにお世話になっているのは私です」
「朝の稽古こっそり覗かせてもらったよ」
「見ていらしたのですか?」
ケイジュは、普段自分には見せない孫の顔を見たくて覗きに行ったともいう。
「途中でヤナギに気付かれたから退散した。孫に嫌われたくないのでね?」
茶目っ気たっぷりにケイジュは言ったが、嫌われたくないのは本心である。それを知っているレンギョウやノギは半ば諦めた顔をしていた。
「アイリス嬢、先程のような事は良くあるのですか?」
レンギョウの質問に、アイリスは首を横に振った。
「いえ、仕事の話ついでの会話なら少し有りましたが、直接話しかけられたのは今回が初めてです。あのノギもしかしてヤナギが合わないって言ってた人って」
「そうさっきの人。あれ?お嬢あの人の事知らなかったの?ノースかポールもしくはキョウが教えてるのかと思った」
「ノース兄様からは「自分に用がある時は、ポールを探せ。俺の隊舎の近くにはきてはダメだ」とだけ。キョウは任命された初日に」
一旦くぎり、少し言いにくそうにしたアイリスだが、ノギを少し見て困ったように言った。
「「これから仕事と生活面で必要最低限の場所を、まず教える。後、俺がアイリスの事を紹介した人達は、覚えておくように」とだけ言われたの。その後ヤグルから「仕事以外での挨拶は、基本身分が下の者からは軽い会釈のみで、直接話しかけてくるのは、身分が上もしくは同じだと認識しておくといい」って、だから伯爵家の人で、キョウが紹介しなかった人……あ、後ヤナギが見れば分かるって言ってた」
「「「……」」」
三者三様の顔で無言になる。アイリスも黙って廊下を歩いていると、盛大な溜息と共に沈黙を破ったのはケイジュだった。
「レンお前、孫に何を教えとるんだ?」
「あの子にその手の類のことを教えたのはタルロだ。それにケイお前が言える事か?」
「レンギョウ殿、多分キョウと後ヤグルを含め俺たちは、ユリオやヤナギ基準で考えてるだけだと思いますよ」
「貴族との関わりが殿下とヤナギ基準とは、褒められた事ではないが」
この2人を基準に、考えてしまうと偏りが、出来てしまうのではないかと少し難しい顔をしたレンギョウに、ノギは苦笑した。
「まぁ殿下は、深く考えず直感で人を見抜きますからね。後の微調整は私達の仕事ですので、見極め無ければ守れません」
個々の性格や能力に応じた仕事を与えるのは大事な事だが、貴族というのは厄介で、自分の上司の身分が自分より下なら従わない者が多い。レンギョウは、隣にいるケイジュが過去に苦労していたのを近くで見ていたのだから知っている。
「アイリス嬢、基本貴族との関わり合いは、夜会など社交の場もしくは学院等で身につけていくものです。キョウやヤグルマギク殿が、大まかな事を先に貴女に伝えたのは、貴女に味方になり得る人を先に教え、警戒心を持ってもらう為ですよ」
「警戒心ですか?」
言葉を反復するアイリスに、この手の事を苦手としているシュロの顔が浮かび、そしてキョウ達のやり方だと言葉が圧倒的に足りない。意味をしっかり教えるべきだとレンギョウは感じた。
「そうです。貴女はフドル家の養女そしてユリオ殿下の側近という立場にいる。フドル家や殿下と繋がりを持ちたい者など掃いて捨てるほど居ますからね」
「お嬢は、格好の的だからね」
先程の男との会話を思い出したのか遠い目になるアイリスに、男達は苦笑した。
「キョウは、付き人に内定してからそれまで以上に声をかけられたんだって、5歳の子供に、貴族の大人と同じ対処なんて不可能でしょ?それでタルロ殿が、ユリ王妃が出る夜会や外交に付き添いで連れて回ったみたい。確かカレンも一時期王妃様に付いてたかも」
「どうして王妃様なの?」
「ユリ王妃は、1度会った人物なら役職やその時着ていた服装や癖など全て覚えている」
社交で、1番大事なのは人を覚えるということ。それが出来なければ、恥となる。社交シーズンになれば貴族達は、その日の招待客のリストをしっかりと暗記するのが暗黙の常識である。
カレンは貴族では無いが、キョウの従姉妹で殿下とも親しいのもあってか、自らキョウと共にユリから見分け方や対応の仕方、話術などの学んだのだ。
「記憶力の良さで言えばヤグルマギク殿もそうだろう。まぁアルブル家の家系は、記憶力や吸収力が桁違いで、自分の興味ある分野を極めている者が多い」
「ヤグルは範囲が異常だけど」
ノギが補足のように言った。
医術方面にその才を伸ばし、学院に通わずそのまま城に入ったシンとは違い。ヤグルマギクは、元々のんびり初等科に通っていたが、弟が登城したという理由で、豊富な知識を生かし初等科から高等科までの全学科(騎士志望は騎士学校へ行くのでそれ以外)の試験項目を全て首席で取り卒業資格を得つつそれと並行で文官の試験を受けこれもまた首席合格し、宰相候補にもなり得ると期待されていた。だが実際ヤグルマギクが、希望したのは不正があり傾き掛けた物流や交通を管理する職であった。
当時シオンは、内密にヤグルマギクを呼んで「本音は?」と聞いた。ヤグルマギクはその問いに何の迷いもなく「物の流れを把握し、情報が入りやすい方が、社交が苦手な弟シンと弟の様に可愛がっているヤナギ殿を影で守る事が出来ますから」と答えた。
ヤナギの事は極秘扱い、アルブル伯爵本人も預かっている本当の理由を妻にすら話していないのに、ヤナギの名前が出た事にその場にいた大人達は顔には出さず驚いていた。
「ヤナギ殿は、屋敷に居る時はとても明るく気さくですが、所用で外に出ると馬車の中でも気を張っています。それに学院で、ヤナギ殿の名前が時たま聞こえるもので、まぁ多分親が言ってたのを聞いただけだと思いますが、大人が居ないと気が緩みますからね。情報を集めるにはとても良い場所ですよ」
そう言ってヤグルマギクはシオンに綺麗に折り畳んだ紙を差し出す。
「ここにその者達の家名と関わりが有りそうな者達を書き記しています。ご参考までに、後父が管理してる財務部にこの者を推薦します。私が無理言って一緒に飛び級して貰いましたので、来年に文官試験を受けてくれるよう頼んでいます。後の人材は、もう少し学院に通いながら探しますが宜しいでしょうか?」
見た目と中身がそぐわないとはこういう事を言うのだろう。その時のシオンが、大変満足そうにしていたのをレンギョウは覚えている。
ユリオの側にいる者の中で、駆け引きが出来る貴族らしい貴族といえばヤグルマギクである。孫はその辺まだまだ爪が甘いとレンギョウが思ったのも無理はない事だった。
「俺は、ヤグルから貴族との接し方を覚えたんだよね」
「そうなの?」
普段の彼の様子だと想像つかないのかノギの言葉に、アイリスは驚いていた。実際ヤグルマギクのそういった一面を知っているのはあの場にいた大人達とノギぐらいだろう。
「まぁヤグルのやり方が俺に合ってそうだったから教えてもらったんだ。って言っても普段のヤグルは自由気ままに他人を巻き込むトラブルメーカーだけどね。そこはユーくんと一緒」
ケイジュが、ペシっとノギの頭を叩いた。
頭を抱えながらノギは、自分の長身よりさらに上にあるケイジュの顔を見上げ抗議する。
「ケイジュ殿、これは俺たちの共通認識です!」
「お前も似た様な者だろう?」
「俺はまだ良心的に動いてますよ。キョウが胃を痛め無いように」
レンギョウは、孫が胃を痛めるほどの物事が起きているのかと頭を抱えたくなる。そんなレンギョウは他所に、ノギは、アイリスに説明する。
「ヤグルとユーくんはね。意図的にやってる事もあるけど、基本無意識に人を巻き込んで行動してる事が多いんだよ。いつもキョウとシンが巻き込まれるというお決まりの流れがあって、カレンと俺は時と場合によってはどちらかにつく」
「2人がヤグルやユリオに乗ったら、キョウ達大変だね」
「後で説教のおまけ付き。ユーくん揶揄うけど、ヤナギはあぁ見えて真面目でしょ?問題は起こさないし仕事もきっちりするんだけど、もう可哀想になるくらい、いつも面倒臭い厄介ごとの渦中にいるんだよね」
ヤナギは、貴族などの対応の仕方を穏やかとは程遠い実戦で学んでしまった為、本能で敵味方を判別しているようなものである。外では常に戦場にいるような孫に、ケイジュは心を痛めていた。
「そう言えば、キョウがヤナギとノギは敵に回したく無いって言ってた。何かしたの?」
アイリスの質問にノギは首を傾げ、思い至ったのかガシガシと頭を掻き明後日の方向を見た。
「あ〜一回大暴れしたけど、あれはどう考えてもヤナギを怒らせたあちらさんが悪い」
ヤナギを怒らせたという言葉に、アイリスは寒気がした。
「ヤナギを怒らせないように気をつけないと」
「いや、お嬢。ヤナギが暴れるくらい怒るとか滅多にないと思うよ?」
疑問符をつけている時点で、可能性があると言っているようなものである。ケイジュとレンギョウは昨晩のヤナギを思い出していた。圧倒的にシュロとヒイラギに非があり、怒りというよりとりあえず憂さ晴らしといった感じでもあったが……
「レン、お前怪しい案件、先に探れるか?」
「城外ならお前も知っているだろう?城内を指しているなら近々ヤグルマギクを呼ぶか?」
「そうだな。過去であれだ。今暴れたら……」
小声で話している男達は、その先を考える事をやめた。ノギは滅多にとは言っているが、ヤナギは大人達を主に巻き込む方のトラブルメーカーである。
「話だけ聞いてると、キョウとシンがすごく苦労してるという感想しか出てこない」
ポツリとそうこぼしたアイリスに、ノギは笑いながら目的地の扉に手を掛け悪戯っ子の様な顔をアイリスに向ける。
「お嬢もこれから一緒に悩むんだよ?」
「何に悩むんだ?」
「ユーくんおはよう。こっちの話だよ」
ユリオはノギとアイリスの後ろにいる人物に目を留め笑顔を向ける。
「久しいな。レンギョウ殿、ケイジュ殿」
「「ユリオ殿下戻りました」」
レンギョウは、視線をユリオからその向かいに座っている人物に向け淡々と進言する。
「シラン様、陛下とスノード殿下が待っておられますよ」
「後で行く、可愛げの無い息子達より可愛い孫と話している方が良い」
憮然と言ってのける先王シランは、アイリスやノギが挨拶すると和やかに受けていた。その近くで黙って給仕をしているキョウがいる。
「ケイジュ殿!」
「ユリオ殿下、なんでしょうか?」
ユリオはいい事を思いついたと言わんばかりの顔をケイジュに向けた。その瞬間キョウの眉間にシワが寄ったのをアイリス達は見逃さなかった。
「お願いがあるんだが……」
お願いではなく拒否権ゼロのほぼ確定事項である。その内容を聞いた後、ユリオの背後にいたキョウが、ケイジュに声には出さず「ごめんなさい」と静かに頭を下げ、今日の予定を確認していた。
「ねぇノギ」
「なんだい?お嬢」
「シンにキョウへの胃薬用意してもらった方がいいと思う」
「あぁ……お嬢それ多分、運命共同体の俺たちもいると思う」
小声で真剣に相談し始めるアイリスとノギに、レンギョウは自分が良く飲む胃薬をシンに勧めておこうとの心に決めた。ユリオの突拍子もない行動は、祖父のシランに似たのだ。長年シランに付き添っていたからこそ身に染みているし、苦労するのは目に見えている。
「お前の一族は、代々苦労人しかいないなぁ」
レンギョウの隣でしみじみとケイジュが言ったのだった。
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