15.訓練開始
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早暁、兄達を見送る際渡された紙に、記されていた東の宮、地下へと続く階段をアイリスは降りていた。
「来たか、アイリス」
「おはようヤナギ」
階段を降りきるとひらけた空間になっていて、土で整備された床、天井や壁には不規則に的が置いてある。その中央でヤナギが待っていた。
「こんな所に訓練所があったんだね」
「ほぼヤナギの為の訓練所だけどね〜」
「お前ら何しに来たんだよ」
アイリスが振り返ると、ノギとキョウが後ろから階段を降りて来ていた。ヤナギの少し拗ねたような声が響く。
「初日だから見物に」
「ユリオは……まだ時間じゃねぇな」
「あぁ、まだぐっすりだな。それに今日は、陛下達と朝食を取るから俺たちはここで済まそうと思ってまだだろ?」
キョウは言いながら敷物を敷いて、籠を置いているので、皆食べ物に釣られるかの様に敷物に座った。
中身は、昨日とはまた違ったサンドイッチだった。
「見物にって事は、2人は知っていたの?「今度お前に師をつける」とは言われていたんだけど、今朝ヤナギが師になるって聞かされたばかりで……」
「いや、俺も昨日頼まれた」
「俺たちはその場に居たからな」
「ちなみにシンとヤグルも知ってるよ〜ユーくんには今日とりあえず話すけど」
仕えている主人に、報告するのは当たり前の事なので、異論は無いが、ヤナギがとても複雑そうな顔をしていた。
「この歳で、自分と歳の変わらない弟子を取るとは思わなかった」
「兄様達が、ヤナギなら間違いないって言ってたけど」
アイリスは、兄達に言われた事をそのまま口にした。肯定したのはキョウだ。
「間違いは無いな。ヤナギは今、城の中にいる人達だけで見たら3番目には強いからな」
「お前達だって充分強いだろ」
「イヤイヤ〜俺たち強いけど、シュロ殿と師匠とヤナギは別格」
「ノギさん何故俺が、人外2人と一括りになってるのかな?俺は人だよ一般人だよ」
芝居かかったヤナギの声色に、ノギが目をパチクリさせながら、指を3本立てて1人ずつ数えるように折っていく
「だってヤナギは、英雄的人外の孫で、知略的人外の息子で、武力的人外の弟子だろ?この3つを足したヤナギは人外になる」
「なるほど」
「アイリスそこは納得するな」
「一理あるかなと」
ため息をつくヤナギに、ノギが笑う。
「さっきヤナギの為の訓練所って言ってたのは?」
「?あぁ、ここねぇ〜ほぼその人外御三方がヤナギ鍛えたり、ヤナギが自主練するのに使ってたのよ」
ノギの言葉に、ヤナギは肩をすくめて言った。
「まぁ色々あったからなぁ〜人目につかない所で俺を鍛える為……かな?」
少し歯切れの悪いヤナギの言い方に、話しづらい事なのだろうとアイリスは思った。
「じゃあその色々はヤナギが、話したくなったら話して」
そうアイリスが言うと、ヤナギは、虚を突かれたような顔して困ったように笑いながらポンポンとアイリスの頭を撫でた。
「(子供じゃないんだが……)」
「聞いていてあまり楽しい話じゃないんだ。まぁ弟子のお言葉に甘えるとしよう。ところでアイリス、力をつけるはいいのどが、まず大事なのは何か分かるか?」
「技術の向上?」
「それもあるが、まずは、自衛!攻撃をかわす事、かわしきれない時は、致命傷を避ける事だな」
「俺たち側近や護衛は、主人を守るのが1番大事な事だが、自分が怪我をしてしまうと、守れなくなる」
ヤナギの言葉に、キョウが続ける。
「まずは今以上に、攻撃をかわすもしくは防ぐことを会得してもらう」
「なぁヤナギ」
静かに食べていたノギがユリオの手元を見ている。
「なんだよノギ」
「今日だけお前のそれ外したら?」
「それ?そう言えばシュロ様も昨日言ってたけど……何のこと?」
ヤナギは少し考え、手首と足首につけている薄い布の様な物をを取り外した。床に置くとドスと見た目とは似つかわしくない音がする。アイリスが手に取ると想像以上に重たかった。
「ヤナギこれ……」
「師匠に「修行だ」って弟子入りした頃から徐々に、重さが増えてる重り。基本寝る時と風呂の時以外は着けてる」
昨日もこれをつけてヤナギが稽古をしていた事になる。これだけの重さを四つもつけてあの無駄のない動き、アイリスは本音がこぼれ出た。
「ヤナギは、普通じゃない人外だ」
「あ!お嬢もやっぱりそう思うよね〜」
「何でそうなるんだよ」
「「普通そんなの着けて、あれだけ動く人はいないから」」
「いや慣れればいけるぞ」
「俺やユーくんが、一度シュロ殿に言ったんだよ。その方法俺たちもやりたいって、それで返ってきたのが、「お前達にはこの方法は合わない」って、だからヤナギがおかしい」
言い合いを始めた2人を他所に、キョウが片付け始めたので、アイリスは急いで手伝った。
「いつまでも言い合いしていたら終わらないぞ」
「おっとそうだった。とりあえずそうだなぁ〜キョウ、ノギ適当に攻撃してくれ。アイリス少し見てろ」
「分かった」
アイリスは入り口付近に移動し、3人を見る。
キョウは稽古用の剣をノギは稽古用の暗器を手にしているが、ヤナギは何も持っていない。
訓練所が静寂に包まれ、呼吸音すら聞こえない。
ノギが静かに先陣を切って動き出した。キョウもそれにならうが、ヤナギは微動だにしない――と思っていたらアイリスの視界から消えた。
ヤナギを視認する前に、トス、トスと音がする。見ると不規則に置かれていた壁の的に、ノギが先ほど持っていた武器が刺さっていた。因みに全てど真ん中を突いている。
武器がぶつかり合う音とキョウやノギは、まだ視認出来るが、ヤナギの場合は残像だったりする。
「まぁざっとこんな感じかな?」
肩に手を置かれ、アイリスが振り返るとヤナギがいた。
いつの間に移動したのか全く分からない。
「ヤナギ速度が、上がってないか?」
「あぁ、腹立つ気配消すの俺のが得意なのに」
「ノギが本気出したら誰も気が付かないだろ?なんなら今度隠れんぼでもする?」
「お前達がやると日が暮れるどころではすまないぞ」
悔しそうに話していたのに気が付けば、本気で遊びの計画を立てている。だが、アイリスはそれどころではなかった。
「2人には、ヤナギの居場所が分かったの?」
キョウとノギは少し考え
「それ外してるヤナギと相手するときはもう感覚で補ってるとこが多いかね〜これでも手加減してるだろうし」
「この状態のヤナギを視認出来る人間は基本いないぞ」
アイリスは成程と納得して、次の質問をする。
「そうだよね人外……それにいつの間に武器を?」
「アイリス一旦人外から離れようか。俺は人だからね?武器は始めの攻撃で一つ拝借した。まぁ武器がない時は、手短にある物や相手のを使うんだが、まずは気配を読む訓練からかな?」
少し思案顔になったヤナギは、何かを思い付いたのかポンと手を叩き笑って言った。
「暗闇などで視界が悪い時、音や風とかそういったものを読むのが必要になってくる。とりあえずは一週間、目隠しで俺の攻撃を交わせるようになろう!」
「……1週間?」
おかしな単語が聞こえたので、聞き返したのだが、ユリオは曇りのない笑顔で言う。
「おう!朝昼晩時間がある時全て訓練だ」
何というスパルタだ。シュロもここまで鬼ではない。
助けを求めようとアイリスがキョウとノギを見ると
「お嬢、頑張れ!生きて帰るの祈ってる」
ノギがキョウの背を押しながら逃げるように退散しようとしていた。
「キョウ待って、これ陛下に」
ヤナギは折りたたんだ紙をキョウに渡す。
「これは?」
「決まってんだろ?あの2人が逆らえない相手に頼み事しないとね?」
ヤナギは悪戯っぽく笑いそう言った。
あの2人とは、シュロとヤナギの父ヒイラギの事だろう。ノギの目が遠くを見てるので多分当たりだ。
「……分かった。渡しておく」
キョウは仕方ないといった感じで、胸ポケットにしまっていた。
「じゃあ始めるか」
「よろしくお願いします。」
***
「シン〜アイリス見てあげて」
あれから4時間程か過ぎ、辺りはすっかり明るくなっていた。仕事を始める前にまず医務室へ向かったが――
入って早々盛大なため息と共に
「初日から派手にやったんだね」
「ヤナギ?どうしたの朝早くに…ってアイリスどうしたのその怪我!」
アイリスの怪我を見たカレンが、真っ先にヤナギに詰め寄り胸倉をつかんだ。
「アイリスに、何してるのよ!」
「待ってカレン。私が避け方を間違えたから怪我しただけでヤナギは悪くない」
「避け方?」
「うん」
昨日に続き、今朝方新たに作った怪我は、ヤナギの攻撃を無理に交わそうとして、転んだり、避けきれずに突いたものだった。
訓練中ずっと「読みが甘い!」「気配を感じろ」「かわす事に集中しろ」と怒号が何度も何度も飛び交った。
正直にいうと、普段から想像出来ないくらい厳しくて怖い。そんなアイリスの心中をヤナギが知るよしもなく
「派手に転んでたからな〜」
「何にを他人事みたいに言ってるのよ!」
「けど当分は、これが続くから慌てても仕方が無いというか、まぁあれだカレン見慣れてくれ」
当分どころか永遠に続きそうだ。
「見慣れるとか無理よ!可愛いアイリスの心配するのは私なんだから」
「ヘイヘイ、あっお前に頼み事があったんだ。カレンさん奥で、用意をお願いしま〜す」
「ちょっと行くから押さないでよ〜」
ヤナギとカレンは、奥の調合室に向かって行った。
室内が静かになるとシンはアイリスの手当てを始めた。
「ヤナギは、訓練だけじゃ無いけど、基本真面目で手を抜かないから何かあったら言ってね?」
「有難うシン。ヤナギが、武器を持つ事は、命のやり取りをするものだって言ってたから、厳しくて当たり前だよ」
「初日なのに師匠が板についてるんだね?」
シンのからかい半分の問いかけに、アイリスも軽く肩をすくめた。
「普段からは想像出来ないくらい怖い顔してたから少し驚いた」
「俺の前では、あまりそういった顔にならないから見た事ないけど、ヤナギの隊の人達は、鬼隊長とかスパルタ魔神とか色々呼び方つけてたよ」
「それいい呼び方じゃないね」
シンが笑いながら肯定する。
「まぁそうだね。城でも知ってるのは一部の人だけだよ」
「そうなの?」
「うん。派閥が多いのと、まだ若いからってヤナギ自身が、あまり表舞台に出ないようにしてるとこがあるかな?」
「表舞台ってユリオの護衛とか?」
「そうだね。東の宮周りやユリオの私室、執務室の前の護衛とかは部下が交代でやってるから、ヤナギはユリオと一緒に行動するか、近衛兵の執務室で、書類に埋もれてるよ」
「そうなんだ」
少し和やかな時間を過ごし、着替えて執務室に向かったはいいが、ユリオにカレンと全く同じ反応をされたヤナギは、早々に執務室から退散していったのだった。
基本的に、火急の用がない限り殿下の側にいるのが常なので、お昼を食べた後、目を慣らす訓練として、2つの入れ物の内どちらに小石が入っているのかを当てるゲームのような物をした。入れ物を動かすのはノギで、数を増やしたり空中に投げたりと朝の訓練に比べたらとても楽しかった。因みにユリオも一緒にやると言ってアイリスの隣に座っていたので、負けた方がお茶を入れるなど簡単な罰ゲームがいつ間にかついていた。
ヤナギは、3小隊を統括するにあたって隊の間を行き来していたらしく、夕方訓練所で会った頃にはげっそりとしていた。
「大丈夫?」
「あぁ、仕事はさほど難しくないんだが、ノース隊の隊舎と俺が1番関わりたくない奴の隊舎が近くて、顔を合わせないように遠回りしたから疲れた」
心底嫌そうにげんなりとした顔するヤナギを見てアイリスは不思議に思う。
「ヤナギが、そんな風に言うの珍しいね?どんな人なの?」
ヤナギは苦虫を噛み潰したような顔になり
「貴族という身分を鼻にかけて、仕事は全て他人任せ、手柄は横取り、他にも色々あるが、まず根本的にアイツとはウマが合わない」
「もしかしてその人元々近衛の候補だったりする?」
「よく分かったな」
「会ったことは無いけど、兄様達に要注意人物って言われたのと、兄さまも昨日ヤナギと同じ顔をしていたわ」
ヤナギが納得した様に言った。
「2人が正しいよ。関わらない方がいい、遠目からでもすぐに判るから見つけたら回れ右避けるが勝ちだ」
「分かったそうする」
「よし!じゃあ始めるか!」
夕方は、まず訓練所を軽く走りながら距離と感覚を覚え、次に目隠しをしてさっきの感覚を頼りに歩く、壁にぶつかりそうになるとヤナギが教えてくれるのでそれに従う。
慣れた頃に、ヤナギが丸めた紙くずを投げるのでそれを目隠ししながら音と気配を頼りに避けるを繰り返した。
その後みんなと合流して夕飯を食べ、今日は初日で、明日に響くので、ストレッチをして早く寝るように言われた。
帰り際にカレンから貰ったハーブティーを飲み、ベッドに横になると、疲れていたのかぐっすりと夢の中へとアイリスは旅立ったのだった。
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